鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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月の裏で会いましょう その①

1

 

「代表を倒されましたか。彼を最強にするという案は机上論としては上手くいっていました。

 

人心とは読めないものですね。司馬は傀儡にしては意志を持ちすぎていた。

 

強い能力を持つと言われていた鏡烏に当たらせようと思いましたが、まさか貴方が倒してしまうとは」

 

 

 

帝冠様式の神殿の出入り口にて、水瀬結は鏡烏を抱えながら王と出会う。

 

 

 

「王さんだっけ……、この団体は教祖死亡により解散だよ。それより、鏡くんを治してくれ。まだ息がある。満身創痍で助からないものだと思ってた」

 

 

 

「私に出来るのは、三叉の槍を持っていけという助言です。あれが彼を治す唯一の道です。

 

あれには能力の根源を纏わせていただけですので、一般の人にも見れるようになってます。

 

彼はそれを知らなかったが、まあそれは今となってはどうでもいい。では私は新しい仕事があるので……。また会いましょう」

 

 

 

王は不敵な笑みを浮かべ、階段をコツコツと降りて去って行った。

 

水瀬はその場に放棄されていた三叉の槍を拾い一条寺怜華に連絡を取った。

 

 

 

「予約が取れたわ。要人御用達の病院。腕は確か」

 

 

 

鏡は本人が望まない形でヘリに乗る事となる。

 

緊急搬送され、入院する運びとなった。

 

ローターの轟音が、薄れゆく鏡の意識を無理やり現世に繋ぎ止めていた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

深呼吸すると消毒液の臭いで肺が一杯になってむせてしまう手術室。

 

執刀医としてのキャリア十数年の村井医師は珍しく当惑していた。

 

 

 

目の前のクランケは、上腕両部が欠損しており、下肢も損傷が激しい。

 

全身満遍なく骨折と打撲が見られ、無事な箇所の方が少ないと言えよう。

 

 

 

それより何より、脈拍が360、血圧400、熱が90度近いのに生きている。

 

モニターの警告音が、狂った電子音楽のように鳴り響いている。

 

 

 

キャリア長しと言えども、こんな患者は初めてだ。

 

意味が分からない。

 

 

 

消毒しようとすればそこから細菌が発生し膿む。抗生物質も効果がない。

 

身体から立ち昇る蒸気が、無影灯の光を白く濁らせる。

 

異星の生物が居るとしたらこんな感じだろうか……。

 

こんな状態の人間に何を施せば良いのか分からない。

 

 

 

「ちょっと手術中ですよ」

 

看護師の声が響く。

 

ただでさえ面倒な状態なのに、その上ここに闖入してくる者が居るようだ。

 

 

 

「僕、水瀬結と言います。鏡くんの、その患者の友達です。或る人に、鏡くんを治すにはそれしか無いと言われて、これを持ってきました」

 

 

 

目鼻立ちの整った女性が三叉槍を掲げながら、看護師たちと押し問答を繰り返している。

 

何しろ脈拍360の変わった男だ。友人も変わっていて然るべきだろう。

 

取り敢えずお引き取り頂くか。と村井医師は思った。

 

 

 

「鏡くんは、槍を持った人にやられたんです。戦った結果そうなったんです」

 

水瀬のその一言で村井医師の目の色が変わった。

 

 

 

「武器軟膏だ……」

 

周囲の人々は村井がなにか呟いたのを聞いたが、まさか、あの槍の女をこの部屋にいれるとは思わなかった。

 

 

 

「村井さん、おかしいですよ。こんなの」

 

「私は今から医者であることを辞める。医師になるためにしてきた労苦も、なってからの後悔をも全て捨て去ってこの患者を治す。

 

私は今、中世の医師になる。責任は全て私が取る」

 

 

 

その瞳は、科学の光を捨て、狂気という名の真理を見据えていた。

 

 

 

武器軟膏。

 

近世ヨーロッパで行われていた医療行為であり、自分を傷つけた武器に薬を塗ることで治療を行おうとする、現在から見れば意味のわからない行為である。

 

 

 

これを、2020年代の今まさに行おうとしているのである。

 

件の女から三叉の槍を預かり、それに薬を付ける。

 

患者ではなく、血濡れた凶器に軟膏を塗りたくるというシュールな光景。

 

 

 

すると、熱や血圧や、その他異常だった数値が次第に正常に向かって行く。

 

アラート音が止み、規則正しい電子音が、奇跡の訪れを告げた。

 

武器軟膏という現代からすれば馬鹿げた医療行為によって改善が見られたのだ。

 

これは言わばまさに現代医学の敗北であった。

 

 

 

それ見た事かと村井医師が続けて、瀉血(血液クレンジング)、ホメオパシー、カイロプラクティック、等思いつく限りの民間療法を試行する。

 

それはもはや治療ではなく、科学への冒涜的な儀式であった。

 

 

 

「ん……すげえ痛えな」

 

鏡は死の瀬戸際から、ついに意識を取り戻した。

 

 

 

「鏡くん……、生きてて良かった」

 

水瀬と一条寺が駆け寄り会話する。

 

 

 

「誰かさんが撃ち漏らした相手を水瀬くんが倒してくれたの。2人とも生きてるのが幸運ね」

 

「お前もついに"目覚めた"のか。やっぱこのノリ恥ずかしいな。倒してくれたんだな、ありがとう」

 

「生きてて良かった……。それ以外の言葉が浮かばないよ」

 

 

 

鏡は失った手足を別のマルチバースから持ってきて適合させる。

 

空間がノイズのように走り、失われた肉体が「在るべき姿」として上書き保存される。

 

 

 

「戻せるようになったんだね。それも良かった」

 

「良かったことばっかりだな。完全復活だ。

 

先生、ありがとう。世話になった。

 

じゃあ俺は帰るから」

 

 

 

「いまだに、私のやった事が信じられん。

 

何も見なかったことにしたほうが医学には都合がいいのだろうな」

 

鏡は村井医師に礼を言って3人は元の生活に戻って行った。

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