鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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月の裏で会いましょう その③

 

5

 

 

 

一条寺怜華のスマホが鳴る。

 

王の動画のライブ配信が始まったのだ。

 

 

 

王の背景には月面が映る。

 

奴の能力名-Man on the moon-にかけた洒落だろうか。

 

 

 

「皆様に謝罪申し上げます」

 

「何が謝罪だ」

 

鏡が声を上げるも、一条寺に「うるさい」と目で制止される。

 

 

 

 

 

「今回は私の能力で、PCやスマートフォン等のIT技術を否定しました。

 

人類は1980年代頃の技術に回帰します。

 

効果はこのライブ配信が終わる頃までに、現れるでしょう。

 

この世界には虚業が蔓延しすぎました。

 

インターネットは便利ですが、我々を幸せにしているのと同時に不幸にしている。

 

人口には誹謗中傷が溢れ、留まるところを知りません。私の能力でそれをゼロにして差し上げたのです。虚業に務められている方には申し訳ないが、帰農しましょう。

 

また、最先端の軍事技術を否定致しました。

 

今使えるのは第二次大戦の武器でしょうか。

 

軍事技術が元になっている、カーナビゲーション等は使えなくなりましたが、ご了承下さい。より良い世界の為に」

 

 

 

スローガンを言い終えるのと同時に王の演説は終了し、彼の預言通りに一条寺のスマートフォンは使えなくなる。

 

画面がブラックアウトし、ただの冷たいガラス板へと変わり果てた。

 

暫しの沈黙が訪れる。

 

 

 

「結構いいことするな」

 

鏡が呟くと、

 

「勤め先がなくなったんだけど……」とIT系に勤める水瀬結が悲痛な叫びを返す。

 

 

 

「まあお前も能力者になったんだし、雇ってもらえよ。試験とか都合してもらえるだろ。なぁ一条寺?」

 

一条寺は暫く考え込んでいたようで、「ええ、まぁ」と、曖昧な返事を返す。

 

その声には、社会システム崩壊への危機感が滲んでいた。

 

 

 

「奴のやってる事、今の所は毀誉褒貶、賛否両論ある"施策"だけど……」

 

「『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』ってやつですね。ニーメラーの警句」

 

水瀬がまたなんか難しいこと言ってるという顔を、鏡がしていたら、解説してもらった。

 

「このまま奴を放っておけば、恐らく人類は原始共産制に回帰する。民主主義であり資本主義である国からそれを食い止めるという指示が出る筈よ。2人とも、協力して」

 

「はい」「まあいいよ」

 

会社が無くなった水瀬と違って、鏡は乗り気でなかった。

 

 

 

スマホの無い生活は、鏡にとって最高だった。

 

下らない論争も無い。誹謗中傷も、胸糞案件も無い。

 

黄金の日日だ。

 

 

 

多少日常生活が不便になったし、困っている人が居るだろうが、自分の人生に関係ないしいいやと思っていた。

 

静寂が戻ってきた世界で、彼は久しぶりに深い眠りを貪った。

 

水瀬の会社は潰れていたが、友人のよしみである程度援助してやればいいかと考えても居た。

 

 

 

一条寺や佐藤は忙しそうにしてる。

 

スマホやPCは使用不能だが、本当に古い化石のようなパソコンなら使えるらしく、効率良く効率の悪い機械で奴の位置情報を探知しているらしい。

 

フロッピーディスクの読み込み音が、化石の発掘作業のように虚しく響く。

 

佐藤の淹れるコーヒーが恋しくなってたまに警察署に行くと、「邪魔するな」と白い目で見られる鏡だった。

 

 

 

王の騒動も少し落ち着きを見せてきた頃、鏡は呑気にテレビをついに買って見ていた。

 

安価に視聴率が稼げそうな動物番組は唾棄すべき退廃だと思ったが、とにかくやはり犬が可愛かった。

 

 

 

すると突如として映像が切り替わる。

 

ブラウン管の走査線が乱れ、ノイズ混じりの砂嵐が一瞬だけ画面を覆った。

 

そこに映るのは件の王。前回と同じく、彼は月面を背にしている。

 

3回目の預言、奴は何を残すのか……。

 

 

 

 

 

6

 

 

 

「皆様に謝罪いたします。

 

IT技術を廃止してから1ヶ月、どうお過ごしでしょうか。

 

今回は、皆様をより高度な次元へ招待するために、この地球に変革を、大変革をもたらしたいと思います。

 

皆様ご存知の通り地球は平面で、太陽は地球の周りを回っています。

 

私はそこにもう一つ追加したいのです。

 

地球は空洞であると言うことを。

 

くだらない争いを辞めて、人類が新たな次元へ旅立つ為には、汚染されたこの地上を捨て、清潔で完璧な地下空洞で暮らすべきなのです。

 

これからすぐ、私の能力によって北極に巨大な空洞が出来ます。

 

皆様は北を、北を目指してください。

 

南半球の皆様は申し訳ありませんが、5日の猶予を差し上げます。

 

生き延びたければ、必ず間に合わせてください。

 

また、世には月面の裏にナチスが居るという陰謀論があります。

 

私はこの陰謀論をファクトに変えて、ナチスに地上を攻撃させようと思います。

 

私は、皆様と意見を同じにしていて、ナチズムは唾棄すべき悪でしか無いと認識しておりますが、人類を新たなステージに到達させる彼らはいわば劇薬なのです。

 

地球内の空洞で、安寧の地で、ユートピアを建国してください。

 

ただ、北極にのみ救いはあります。

 

資本主義を捨て去った人類には真の黄金時代が訪れるでしょう。

 

期限は5日、もし止められるなら。

 

月の裏で会いましょう」

 

 

 

テレビは元の放送に戻る。

 

動物番組に映し出されてる犬が可愛いだとか言ってられない。

 

奴は、奴は俺の安寧を崩そうとしてる。

 

絶対に許さない。

 

 

 

一条寺から連絡が入る。

 

「見た?」「見たよ。許さんと思って、電話かけようとした」

 

鏡の声は怒りで震えていた。

 

 

 

「珍しくやる気ね。助かるわ。奴の居場所を特定した。署に来て」

 

鏡は県警に向かった。

 

 

 

 

 

「奴の居場所を特定したって言ったな。何処だ?」

 

昼下がりの零課にて、鏡が単刀直入に問う。

 

 

 

「奴は毎回、月を背景にしてる。

 

前回の放送ならともかくとして、CG技術の使えなくなった現在、あれは合成映像じゃなく本物よ」

 

「まさか!?、奴の能力名にかけて、月面に居るって言うんですか」

 

水瀬が声を上げる。

 

 

 

「えぇ、月の裏に居る。専門家に検証してもらったし、米国の機関に現状の技術で作れる人工衛星を飛ばしてもらったけど、確かに奴の生活の跡があった。

 

地球が平面で、太陽が地球の周りを回る世界で生きてるのよ。

 

月に空気が有ることくらいおかしくないでしょ」

 

 

 

「確かに……。奴をどう倒す。遠隔攻撃か」

 

「ドローンによる攻撃は不可能ね。科学を使っての闘いはほぼ出来ないと言っていい。

 

奴のN線……能力を衛星が食らったらただの鉄塊になるから、次第に得られる情報も減っていくでしょうね」

 

「うーん……」

 

水瀬は頭を掻いて考え込む。

 

 

 

「簡単だ。奴の言う通り月の裏で会えば良いんだよ」

 

「私達で直接会敵してやれって案ね。

 

それも会議の過程で出たけど、月面着陸船を奴のN線でやられて、航行不能になる可能性が高いという結論が出たわ」

 

 

 

「いや、もっと単純だ。反科学には過去の科学で戦う。月世界旅行見てない?」

 

「まさか……」

 

水瀬と一条寺は鏡の出そうとしているその発想に怯えつつある。

 

「砲弾に乗っていけば良い」

 

能力者達による会議は比較的短時間で終わった。

 

 

 

砲弾に乗り込んで月世界へ行く。

 

21世紀にこのような行動を本気で取ろうとしている集団は間違いなくカルトだろうが、人類はこのカルト的な3人に頼るしか無かった。

 

米国政府の協力を取り付け、パリ砲を超える砲台を用意してもらう。

 

何も知らない人間からすれば、税金の無駄遣いだが、これしか解決の道は残されていなかった。

 

 

 

人間3名を収容出来る砲弾を作り、パリ砲を超えた砲へ詰め込む。

 

その中に鏡、水瀬、一条寺の三人が乗り込んだ。

 

それぞれは遺書を書いたし、遺族にそれなりの地位が用意されるように便宜を図って貰った。

 

 

 

鋼鉄の棺桶のような狭い空間に、三人の吐息と覚悟が充満している。

 

「緊張してきたなぁ」

 

水瀬が声を漏らす。

 

 

 

「こんな状況で緊張しない人間は居ないでしょ。そこのそいつ以外」

 

一条寺は鏡烏その人を指差した。

 

鏡は眠くなったようで、なるべく寝そべろうとするも、砲弾内はとかく狭い。

 

斜めになりながら眠っている。

 

 

 

「人類の命運がこんな男にかかってるとはね……」

 

「あはは……」

 

ともかく一行は月へ向かう事となった。

 

カウントダウンの声が、遥か遠くの世界からの通信のように聞こえた。

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