鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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肥満天使 その③

5

 

3品目で出てきたのは珍味としては王道の何かの干物であった。

 

木の棒に刺された、よく見る形状の黒い干物。

 

鏡はまず食べてみる。

 

 

 

水分を極限まで奪われ、黒く萎びたその姿は、ミイラ化した小指のようにも見えた。

 

「これは……そんなにおいしくないな」

 

口の中に広がったのは、古畳のような乾いた風味と、微かな泥の苦味だけだった。

 

 

 

「その通りでございます。鏡様はとても良い舌をお持ちだ。

 

これはサンショウウオの干物です。

 

サンショウウオと聞いて、あの魯山人も食べていたものだ!と美食家を気取る人達は喜びますが、彼が食べたのは特別天然記念物のオオサンショウウオ。干物にして食べるハコネサンショウウオとは違います。

 

にわか仕込みの美食家の浅いこと浅いこと……。

 

そして、珍味は美食はそんなにおいしくない。結句として、膾炙された食材にこそ美食の真髄があって、珍味を珍しがってありがたがって、人と違った料理を食べることは愚の骨頂である。と、美食に拘泥した私の35年を否定するかのような面白みもない凡庸な答えだけがそこに残ります。そんな皆様にこそ、食べてほしいのが、最後の"特別料理"でございます。

 

特別料理はアフガニスタンとロシアの国境にまたがるアミルスタン荒地の羊肉。

 

通称、アミルスタン羊でございます」

 

 

 

佐川の口元が、三日月のように歪んだ。

 

 

 

一条寺怜華は、はしごを外されたような気分だった。

 

彼の醸し出す権威のありそうな雰囲気と世間体に負けて美食だ奇食だと乗ってしまったが、乗らずにコース料理を頼んでいれば、こんな「遠回りこそが最高の近道だった」みたいな話に乗らずに済んだのに。

 

 

 

ただ、サボテンは普通に美味しかったし、今後も食べたい。それは収穫だ。

 

それに、ここから彼の言う"特別料理"が提供されるのだ。

 

果たして彼の豪語した力説に見合うものが出てくるのか。楽しみではあった。

 

 

 

 

 

6

 

 

 

……それにしても遅い。

 

彼がいつものようにホールに一礼して出ていってから、とうに十数分は経つ。

 

 

 

静寂が、真綿で首を絞めるように部屋を満たしていく。

 

そして、それまで世間話をする程度でただ寡黙に座っていた鏡の友人、水瀬結が口を開く。

 

 

 

「思い過ごしたらそれで良いんですが……、佐川さんには怪しい状況が付帯してるんですよね。まず、店名。The Blue Hoodは直訳して青頭巾。

 

日本の古典、雨月物語。稚児を愛しすぎて喰う僧侶の話だ。次にあの絵」

 

 

 

水瀬は店内中央に飾られたジェリコーの『メデュース号の筏』を指さす。

 

 

 

「あれはたしか……、遭難か難破した船の絵だ。生き延びるために人を食うしかない状況に追いやられて、食ってしまったショッキングな世界史上の出来事だったと思う……」

 

 

 

絵画の中の死体のような肌色が、照明の加減で妙に生々しく浮き上がって見えた。

 

「そんな……」

 

一条寺は思わず声を漏らす。

 

 

 

「最後に彼が言った"特別料理"。

 

あれは、カニバリズム小説のタイトルだと思うんですよね。

 

たしか、特殊なレストランに招待されて都合よく少しずつ食材になっていく話。

 

アミルスタンだっけ。ちょうどそんな地名もそんな名前の羊も出てきた気がする……。

 

僕の懸念が全て杞憂で、彼は人を食ったようなジョークが好きな変人である可能性に賭けたいけど……」

 

 

 

遠くの厨房の気配も、すべてが遮断された完全な静寂。

 

まるで、自分たちがすでに皿の上の食材になってしまったかのような、冷たいまな板の上の静けさだった。

 

空調の音が、肉を挽く機械の駆動音のように聞こえる錯覚を覚える。

 

 

 

「奴に聞いてくる」

 

と、鏡は立ち上がろうとするも、「ちょっと」と、一条寺は制止する。

 

 

 

「面白い考察ではあると思う。私は文学にも芸術にも全く触れてこなかったから、けっこう強引で露骨な引用にも気付かなかったのは忸怩たる思いだけど、それでも話が出来過ぎてない?」

 

 

 

「安心しろ。まだ推定無罪だけど、2人に手を出したら殺してやる覚悟があるから」

 

「鏡くん、君だけ議論の一歩先を行ってる。

 

まだどうこうしようって段階じゃあない」

 

 

 

「わかったよ。ただ思うのは、まあ、待ってりゃあ良いだろ。待ってりゃ。

 

俺達3人を殺れるほど奴は強いと思うか?正直、俺のほうが強い自信あるしさ。奴が美食家なら俺が倒す。悪趣味な料理人ならそのまま出てきた料理を食べる。それでいいじゃん」

 

「まあ、そうね」

 

敵に感情移入さえさせなければ、鏡は理想的な戦闘マシンだ。対話させなければいい。

 

対話させなければ我々は助かると、一条寺は思った。

 

 

 

「大変お待たせして申し訳ございません。本日ラストのメニューでございます」

 

佐川のこの敬意が、一気に上辺だけの取り繕いに見えてきた。

 

銀色の蓋が、不吉な輝きを放っている。

 

佐川一益は、皿に載った蓋を開ける。

 

そこには……何もなかった。

 

磨き上げられた皿の表面に、鏡たちの青ざめた顔だけが映り込んでいた。

 

 

 

「おいおい、何もないって事は無いだろう。皿を食えってことじゃないだろう?これはそういう事か?」

 

鏡がそう問いかける。

 

 

 

「お連れの方が気付かれましたね。流石です。普段はたまにしか人を食わないが、容姿も良く若くこんなにも瑞々しい人達に出逢うことは滅多にない。これは仕方の無い事なのです。

 

狼は狼を喰わぬが、人間は人間を喰う。

 

あくまで私が個人的に師と仰ぐ人物曰くですが、人類史は奴隷でいれる時代と奴隷にもなれない時代の二重奏なのです。

 

人類は食ったり食われたりを繰り返すのです。

 

春秋五覇の名君桓公は家臣易牙の子を食らい、メディアの王アステュアゲスはハルパゴスに息子を食わせました。

 

そして、位置エネルギーだけで生きてるような富裕層は弱者を踏みにじって喰らう。

 

私がここで貴方達を食ってなんの問題があるのでしょう?」

 

 

 

そして、佐川は青い頭巾を着けた僧侶の幻影を後方に侍らす。

 

 

 

「感謝します。その命を、私の血肉とすることに」

 

 

 

その僧侶は慈愛に満ちた瞳をしていたが、口元だけは耳まで裂け、涎が床に滴り落ちていた

 

 

 

「-Pure Imagination-」

 

 

 

今、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

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