鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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玩具のような振る舞いで その③

 

4

 

阿含くんが居なくなって2日経った。

 

 

 

妻は疲弊してここ2日何も食べてない。

 

当たり前だ。自分の子を亡くしてこうならない親が何処にいる。

 

 

 

ただ幸いなのか問題なのか、阿含くんはおそらく生きているということだ。あの風変わりな老人によってベーゴマに変えられてしまった。

 

こんな事を警察に言ったら、僕が狂人としてどうにかされてしまう。それを避ける形として、警察の捜査が入っても僕は家にいた事になっているし、阿含くんは勝手に公園に行った後行方不明になった事になっている。

 

どうするのが正解なのか。

 

 

 

二人ともここ2日は寝ていない。

 

身体が寝ることを受け付けないみたいだ。

 

ただ、体の疲れはある。

 

僕はコーヒーを淹れて、これくらいだったら食べれるだろうと妻に買ってきたチョコレート菓子を口にする。

 

甘ったるい味は、ざらついた舌の上で砂のように崩れた。

 

 

 

……、狂人として受け入れられてもいい。

 

距離を測りかねている面もあったが、彼女の愛する息子であり僕の息子……新しい家族だ。

 

僕に出来ることは何でもしたいし、ここでそのまま見過ごしていい理由は何処にもない。

 

僕は意を決して、警察へ情報提供をする事にした。

 

 

 

 

 

通されたのは簡素な取り調べ室だった。

 

ここ2日の疲弊が顔に出ていたから本当と受け入れられたのか。それとも妄言として処理されるのか。

 

僕の目の前には佐藤という刑事が座っている。

 

明日、佐藤刑事の顔をクイズにされても見分けることが出来ないくらい凡庸な顔をしていた。

 

 

 

ただ、そう言った人間にありがちな頼りなさは感じない。

 

そんな不思議な人だった。

 

 

 

こういうのは調書というのだろうか。

 

目の前の佐藤刑事はあくまで冷静に書類を書き進めていく。

 

 

 

「本当にその老人を見たんでしょう?分かりますよ。

 

今は微妙な立場ですけど、刑事として10年勤めた。ウソをついてる人間とそうじゃない人間の違いくらい分かる。

 

当該公園で児童の失踪が相次いで居ますしね。

 

そして、自分の息子がベーゴマになったという怪現象。これも怪事件に関わってきた自分としては真に思える。

 

これが夢だったらユング的と言えますがね、フロイトでしたっけ。

 

まあいずれにせよ、貴方の態度と目の隈で分かります」

 

 

 

佐藤刑事は滔々とそう喋ると、目の前の紙を書き上げる。

 

 

 

「私の言葉をそんな簡単に信じるんですか……?」

 

「さっきも言った通り、警察は怪事件としてこの集団行方不明事件を追っていましてね。腕利きのが居ます。その人に任せればすぐ済みますよ。この後空いてますよね?」

 

「えぇ……まぁ……」

 

 

 

意を決したのにこんなに簡単に済むのか。

 

僕は多少の狼狽を覚えながら二人と挨拶を交わした。

 

女の刑事さん一条寺さん、刑事に見えないふざけた態度の人間、鏡だ。

 

 

 

一条寺さんが、ドラマで見る刑事らしくスラッとした体型でスーツを着こなしているのと対照的に、彼のスーツはアイロンがけされておらず、どこか勤め人然としていない。

 

 

 

「窪塚さん、大丈夫ですよ。アゴンくん。取り戻せますよ」

 

軽佻浮薄というのは彼のことを言うのだろう。

 

 

 

安易に大丈夫だとか絶対取り戻せるとか言って欲しくない。

 

それを察したのか一条寺さんが鏡という男の足をヒールで踏んでいた。

 

 

 

「それで……、我々は今からその公園に向かおうと思います。

 

本来の捜査において、被害者の家族もご一緒にという事は絶対にあり得ないのですが……、奴の能力、どういうトリガーなのか未だ不明です。汎ゆる可能性を考慮した結果、ご同行をお願いしたい」

 

 

 

一条寺さんは"絶対に"を強調して言った。

 

刑事的にあり得ない指令を受けては応える。

 

この人は苦労しているのだろう。

 

いずれにせよ、一条寺さんの運転で我々は件の公園に向かった。

 

 

 

居た。奴だ。

 

一条寺さんは視線で合図を送り、僕がそれに答えた。

 

ベーゴマの老人は夕暮れの肌寒い公園で、2日前に見たのと同じ格好をしていた。

 

 

 

「鏡、頼む」

 

一条寺さんが声を張り上げると鏡が、老人に向かっていく。

 

こっちを向いた老人の動きが一瞬止まる。

 

 

 

何が起こったか分からないが、老人と鏡烏の間で莫大なエネルギーのぶつかり合いが起きた……気がする。

 

空気が歪み、視界の端で景色がノイズのように走った。

 

 

 

「Bubble Gum Worldは公平だ。

 

私の持つ能力では無く、この公園が持つ能力なのだよ。

 

この空間で悪意をもった暴力は行われない。

 

私に対する暴力も、君に対する暴力も

 

理想的で平和な公園だろう。

 

もっとも、悪意のない暴力とは何だ……と言ったところだが」

 

 

 

老人は何やらのたまっている。

 

 

 

「厄介だな。力押しは無理と考えていい。

 

爆撃でこの区画一帯変えちまった方が速いぞ。それが無理ならアゴンくんを取り戻すのはコマバトルしか無いな……。これ」

 

 

 

鏡烏は態度が気に食わない。……が、確実に息子を取り戻してくれる能力の有る人間だと思った瞬間だった。

 

 

 

「その通り。さあやろうか」

 

 

 

老人はコマをセットしてそう呟く。

 

「窪塚さん。策がある。息子を取り戻したいんだろ?どんな犠牲を払っても」

 

「ええ、財産も生命さえも、妻と阿含のために払うつもりだ」

 

 

 

鏡がそう問いてきたからそう答えた。

 

これが僕の心からの本心だった。

 

 

 

「右足か左足を失うかもしれない。

 

運が良かったら骨折で済むかもしれないが。それでいいか?」

 

 

 

鏡烏がそう聞いてきて、僕は一瞬ためらってしまった。

 

痛いのは昔から苦手だ。

 

具体的な痛みに恐怖を覚えてしまった。

 

いや……、あの子はもっと怖かったはずだ。

 

 

 

僕はそう自分に言い聞かせて、足の震えを何とか止めながら「やります」と答えた。

 

 

 

 

 

「やろうかコマバトル。こっちは窪塚さんを賭ける」

 

「いいな。大人はコマにしたこと無かった。

 

楽しみだ。親子感動の再会になる……」

 

 

 

老人は不敵に笑いながらそう言った。

 

女の刑事さんが審判になることになった。

 

彼女は「レディーゴー」と声を張り上げる。

 

 

 

鏡烏がそのひ弱そうな腕でベーゴマを回すと、何処に力があったのか分からないくらい豪快に回る。

 

その回転数は老人のそれを遥かに上回った。

 

 

 

ただ、勝負は回転数で決まる訳では無い。

 

いかに剛のパワーがあれど、奴のコマは針の穴に糸を通すような正解の動きで避けて避けて避けまくる。

 

一発でも当たれば吹き飛ばせるのに。

 

 

 

ゴリアテとダビデの勝負を思い出した。

 

いわゆる塩試合というやつだ。

 

僕は塩試合の犠牲になって死んでいくのだ。

 

僕の足が、溶解した鉄のように熱を持ちながら、鋳型にハメられる前の金属のようにドロドロになっていく。

 

 

 

鏡烏は僕の目の前に来て、「悪く思わないでくれ」と付言した。鏡がそう呟いた瞬間、ゴキリと鈍い音が響き、僕の右足にあらぬ方向への激痛が走った。

 

叫ぶ間もなく、僕の視界は白く弾けた。

 

 

 

これじゃあコマとして不自然な形となってしまう。

 

ただ、鏡烏の瞳は一点の迷いもなく、ただ「勝つ」ことだけを宿していた。

 

この短い時間の中で僕は鏡を信じる事にした。

 

彼を信じるしか息子を取り戻す方法がないからだ。

 

 

 

ただ、この状況、どう息子を取り戻すんだろうか。

 

鏡烏に対する妄信を胸中一杯にして、僕は眠りにつくようにコマになった。

 

 

 

 

 

 

 

5

 

 

 

窪塚親子はコマになった。

 

鏡は、これで勝利への道筋がそろったなと確信した。

 

 

 

「もう一回やろうか」

 

「やはり、予想した通り大人のコマは出来が悪い。その窪塚とかいうコマは要らん。もう帰ってくれ」

 

 

 

老人は飽きた玩具を捨てるように窪塚のコマを投げる。

 

鏡はそれを受け取るようにキャッチしてこう続ける。

 

 

 

「良いのか?お前にも能力者の素質があるんだろ。

 

俺とあの女刑事は能力者だ。

 

能力者をコマにした事は無いだろう?」

 

 

 

鏡の言葉を聞いて、老人は安っぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

「良いのか?良いなら今そこで宣言しろ。

 

お前とあの刑事の魂を賭けると」

 

 

 

「鏡と一条寺の魂を賭ける」

 

 

 

鏡はキッパリと言い切った。

 

一条寺怜華は鏡を疑うような顔をして、声を張り上げた。

 

 

 

「ウソでしょ。なんで私の命まで賭けてんの」

 

「考えてもみろ。奴の十数個のコマ全てを戻すのに俺一つじゃ割に合わんだろ。ヤツを乗せるために仕方ない餌だ、俺達は。絶対勝つから見てろ」

 

「さっき無残に負けてたじゃない。これも作戦だっていうの?」

 

「まあ見てろよ」

 

 

 

鏡は一条寺に一瞥もくれず、月本をじっと睨んでいた。

 

 

 

「話は纏まったか?勝負といこうか」

 

鏡達は2回戦に挑む事になった。

 

 

 

自分がコマになるかもしれないという恐怖で支配された一条寺が、変わらず審判を務める。

 

鏡は片足が折られて不完全な形となった窪塚の父親を、月本の老人はアゴンのコマを使う事になった。

 

「レディーゴー」

 

 

 

 

 

勝負が始まる。

 

 

 

 

 

始まってしまえば、憮然としていた一条寺はそういう事かと納得した。

 

 

 

コマが地面を蹴って飛び跳ねるのだ。

 

回転しながら重心が不安定になることで、キリのようにスタジアムに突き刺さり、その反動でジャンプが可能になっていた。

 

 

 

歪な回転軸が、予測不能な軌道を描いて空を舞う。

 

そして、アゴンの完璧なコマの懐に飛び込んでアッパーをぶちかます。

 

アゴンのコマは場外に飛び出して、勝負は存外早く終わった。

 

 

 

「そんな……完璧なコマだったのに……」

 

「悪いな。勝つために窪塚さんの右足を折った。正直、思い付いた時点で自分に吐き気がした。完全に俺のせいだし、治してやりたいし、早く解放しろ」

 

 

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。

 

私のだ私のだ私のだ私のだ私のだ私のだ」

 

 

 

老人は駄々をこねる子供のように叫び狂う。

 

玩具を取り上げられた幼児の癇癪そのものだったが、老人のしわがれた喉から発せられることで異様な不気味さを帯びていた。

 

 

 

そして鏡烏に向かって痩せ細った拳を食らわせようとする。

 

その刹那、バブルガムの意匠が施された化け物が老人を取り押さえた。

 

「本当にこれ中立なんだな。中立ってのはあんたの都合のいい妄言だと思ってた。

 

早く戻せよ。あとさ一条寺、骨折って救急車呼ぶべきだっけ?」

 

 

 

少年少女十数名と窪塚親子はコマになった状態から解放された。

 

名前も知らない2人の少年が窪塚阿含少年に謝っていたが、鏡には何も関係ない。

 

……ただ、足を引きずりながら息子を抱きしめる父親の姿だけは、視界の端に留めておいた。

 

鏡はすっかり暗くなった公園を後にした。

 

 

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