鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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時間を止めた男 その②

 

4

 

3人で揃って、野球場へ行く。

 

こう言ってしまえば微笑ましいが、これは全世界をループから解放するための必要な職務である。

 

 

 

試合が始まる直前の球場前に"八丁味噌"は居た。

 

「なんや?あんたらか、話があるっていうのは。芦名見くんの顔立てたいから会ってやるけど。試合前なのにつまらん話やったら承知せんやで〜」

 

 

 

男は頭に被るタイプの球団マスコットの意匠の着ぐるみを着ていた。

 

そのコミカルな外見とは裏腹に、着ぐるみの目の奥から覗く視線は、爬虫類のように冷たく粘ついていた。

 

芦名見のレプリカユニフォームで武装して、平均的球場ファンといった感じだ。

 

関西弁風だが、その実、関西弁ではない。

 

その、言語的な醜悪さが気持ち悪いと感じる鏡だった。

 

 

 

「警察です。話があってきました。」

 

 

 

一条寺が簡潔に質問を試みると相手の方から話してくれそうだ。

 

 

 

「あー、その事か。気付かれんと思ってたのに残念やな。

 

まぁ、ええやろ。何をどうしようとあんたらにワイは倒せんよ。ネズミが象に勝つくらい無理な事や」

 

 

 

「言ってろ」

 

鏡はそう言い放って戦闘準備をする。

 

 

 

男は羅針盤と航海技師が合わさったような意匠の精神体を後方に配置する。

 

「-ハリソンの夢-」

 

男がそう呟くと、精神体の羅針盤が時計に変化して、刻々と刻まれていた時計の針が止まる。

 

鏡達はその間に臨戦態勢に入るも、フッと意識が途切れて、まるで瞬きをしたような感覚に陥った。

 

まるで時間が止まったように。

 

 

 

「うるさいから3分くらいの間そのままにしてろや。

 

今日は4位決定戦なんや。水差すな」

 

 

 

"八丁味噌"は鏡のことを気にせず球場に入っていく。

 

次の瞬間、太陽はより西に傾き、空はより茜色に染まっていた。

 

秋風が街に吹き抜け、鏡達の足元の影だけが異様に長く伸びていった。

 

 

 

 

 

5

 

 

 

球場前に夕陽が出で来て、3人の影が伸びていく。

 

 

 

「奴はなにをやった……。なぜ居ない。」

 

ようやく動けるようになった鏡は消え入るような声でそう言った。

 

「身動き一つ出来なかったの……?。まるで奴が時間を止めたかのように……」

 

一条寺の言葉が続く。

 

 

 

「時間を止める。そんな事あり得るか」

 

「ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから……」

 

 

 

鏡と水瀬は口々に言うも、

 

「それ以外で説明つくかしら。奴は2年分をループさせてる。-風紋-の彼みたいに時間に関する汎ゆる能力を持っていてもおかしくない……」

 

と一条寺は返す。

 

 

 

「時間操作って事は重力操作……?或いは……」

 

思慮を何とか取りまとめようとする水瀬。

 

 

 

「そんなん、勝てねえよ。俺は降りる。そもそもループしてる毎日が好きだし、贔屓の選手も打てるようになるし。良いことしか無いじゃん」

 

と鏡。

 

「遡及3年」

 

と一条寺が返すと鏡は自分の意見を引っ込めた。

 

 

 

しばらく沈黙が続いて、

 

「影が伸びてる」と水瀬が震える声で呟いた。

 

「どういう事?」と一条寺。

 

 

 

影を指差しながら、水瀬は胸中に沸いた仮説を告げた。

 

 

 

「影が伸びてるんですよ、僕たちの。

 

奴は時間を停止させてる訳じゃあない。我々を停止させているんです。

 

意識は時間とともに流れていく。

 

時間の流れとは意識の流れである。

 

人間の意識が時間の流れを生み出している。

 

つまり、意識の流れをコントロールすれば、時間の流れをコントロールできる。

 

奴は世界中の人の記憶と意識を操作して擬似的に世界をループさせていた。

 

擬似的にループさせて、奴は世界中の人の寿命を2年削った。

 

贔屓のチームの選手に良い成績を残してほしいなんていう邪な願望じゃ許されない動機だ」

 

 

 

思想がけっこう"八丁味噌"側だった鏡は忸怩たる思いで一杯だった。

 

ただ、全世界の人の寿命を2年削ってまでループさせるのはおかしい事だと鏡でも思った。

 

 

 

「奴は今までの俺だ。2年奪われた子供のために。3年にしない為に倒さないと」

 

鏡は決意を新たにした。

 

 

 

3人は一旦帰って作戦を練り直すことにした。

 

 

 

 

 

6

 

 

 

中部球場。今はネーミングライツで、エックス球場。

 

海外の酔狂な金持ちが好きなアルファベットを使って命名したらしい。

 

中部ゴールドスターズの本拠地として知られている球場である。

 

今宵行われるのは伝統も格式もない一戦だった。

 

 

 

「なんやまたお前か。

 

もうええて。もうええでしょってやつやな。

 

これ、ようやっとちゃんとリアルで言えたわ。

 

しつこいて。芦名見くんの手前、会ってあげたけどこれが最後やぞ。

 

この前は試合前やったからなんもせず返したけど、次来るなら殺したるからな。

 

この拳で」

 

 

 

"八丁味噌"は正装とばかりに芦名見のレプリカユニフォームに袖を通していた。

 

芦名見選手づてに試合前の練習に招待したいと伝え、ここに呼んだ訳である。

 

実際の試合は中止になるし、"八丁味噌"は釣り出されたという訳だ。

 

 

 

「お前とけっこう共感できそうだったから、寿命を消費させたループと聞いたときすごく残念だった。

 

ある人喰いシェフと約束したんだ。子どもを救えって。

 

子供の2年を返せ」

 

 

 

そう言うと、鏡は青い巨人を後ろに侍らせる。

 

「周辺の避難完了しました」

 

鏡の耳元に、無線機の声が入る。

 

 

 

「あんたも中部ファンなんやろ?

 

ならスターズが強いほうがどう考えてもええに決まってるやん。今は4位やが……。

 

ワイが満足する結果になるまで時間は進めん。10年20年ループさせて優勝して日本一になるまで世界はこのままや。

 

その世界が嫌なら……あんたが死ねばええやんか」

 

 

 

"八丁味噌"の発言は鏡をキレさせるには充分だった。

 

ファンの熱意というよりは、もはやストーカーの執着に近い腐臭が漂っていた。

 

 

 

 

 

「やろうか。-MrBlueSky-」

 

 

 

鏡は青い巨躯なる男を使役して殴りかかるも、"八丁味噌"はすんでの所で躱して空を切る形となる。

 

「なんやこいつ。急に殴りかかってくるとか……。5分でいいから止まって死に晒せ。-ハリソンの夢-」

 

"八丁味噌"は羅針盤と航海士を象ったような精神体を顕現させ、能力を発動させる。

 

 

 

 

 

「タンクローリーだ」

 

 

 

そう呟いて、鏡の時間が停止する。

 

そして球場の客席に隠して置いてあった、ヘリで搬入したタンクローリー数台が、鏡と-Come a Little Bit Closer-の糸で結びついて縫合するように近付いていく。

 

 

 

巨大な鉄塊が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように鏡と"八丁味噌"を中心にして殺到する。

 

現場は大惨事であった。

 

タンクローリー同士が衝突し、球場を揺らす轟音と共に、一瞬にして爆炎の紅蓮のドームが形成された。

 

太陽が地上に墜ちたかのような灼熱が全てを焼き尽くす。

 

熱風が人工芝を瞬時に焦がし、爆風はマウンドの土を根こそぎ巻き上げ、空高くまで舞い上げる。

 

 

 

何とかBlueskyで防禦して致命傷に留めた鏡烏。

 

5分して起き上がる。

 

今日は調子が良いのでマルチバース能力も多少は使えた。

 

致命傷の状態から手足を戻して再生させる。

 

 

 

ただ、"八丁味噌"の方は形容しがたく、とにかく酷いものであった。

 

「人類を進めるために死んでくれ」

 

鏡はMr.Blueskyの拳で死にかけの男にトドメを刺す。

 

湿った音が、熱気に包まれた球場に微かに響く。

 

 

 

零課とかいうふざけた名前の組織に正式に所属した訳じゃないのに、上からの指令に染まりつつある自分に嫌気が差していた。

 

 

 

「鏡さん。ありがとうございました」

 

芦名見選手に礼を言われたので「どうも」と、直帰を試みていた鏡は何となくで返す。

 

「俺……、野球辞めようと思います。俺のために人類は2年も無駄にした。それに俺は野球に対してとにかく不誠実だった。配球を知った状態で打ってもズルしただけですし」

 

 

 

「俺は野球やったこと無いから分からないけどさ、まあどっちでもいいんじゃない?

 

たださ、すごい野球選手の『たかが野球されど野球』って言葉がけっこう染みるなと思って。

 

配球を知らない状態でもう1年やってみるのもいいんじゃない。

 

野球選手って結構な事しでかしても何だかんだ許されることが多いし。

 

もう元凶は取り除いたしさ」

 

 

 

芦名見は少し悩んで、

 

「そうですか……。俺もう1年だけやってみます。クビになってもいい。もう一度だけ野球に真摯に」と答える。

 

 

 

「そうか……。けっこう応援してるから。頑張れよ」

 

鏡はそう言って、2人は球場で別れた。もう二度と出会うことはないだろう。

 

 

 

ともかく事件は解決した。

 

人類は再び西暦を歩み出す。

 

スタジアムの照明が消え、本当の夜が、静かに世界を包み込んだ。

 

 

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