鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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自由への旅立ち その③

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佐野政子(36歳、小料理屋「マーチラビット」店主)を、N市中区連続中毒死事象の被疑者とする。

 

彼女の料理を介し何らかの能力を行使し、常連客6名を殺害したと断定。

 

特例措置として直ちに確保・収容し、現場対処班は提供物の摂取を厳禁とする。

 

 

 

三行半めいた「予言の書」に従うのは何となく厭だった。

 

本当に彼女がやったのか……。本当に3行しか無いし、ペラ一枚の紙に書いてあるだけだ。

 

 

 

ただ、従うしかない。

 

任されたし。と鏡は機械蟻用のリュックを背負い、バスで件の小料理屋へ向かう。

 

 

 

足取りが重い。リュックのベルト部分が肩に食い込み、まるで黒田の資本主義の鎖が自分の体に絡みついているように感じた。

 

 

 

「重いんだよお前達」

 

 

 

機械蟻の代表クレセは無機質でブザーのような音を立てて自らの非を詫びる。

 

能力者のよしみなのか、奴の言葉が何となく分かる鏡。

 

 

 

「謝られてもなぁ……。お前の一族に腹を食い破られたんだぞ、こっちは」

 

 

 

鏡が腹を擦るような仕草をすると、クレセはさっきと同じような無機質なブザー音。

 

そして……、我々は命令に従っただけだ。

 

従いたくない命令もある。と言っているように聞こえる。

 

 

 

その電子音には、プログラムにはないはずの「後悔」に似たノイズが混じっていた。

 

鏡は圧縮言語みたいだなと思った。

 

車内で物思いにふけっている内に、バスは小料理屋最寄りのバス停へと着いた。

 

 

 

どこにでもある古風な日本家屋と言った建物がそこにはある。

 

少し色褪せた「営業中」の札もある。

 

 

 

小料理屋「マーチラビット」は昼飯時というのに、閑散としていた。

 

6名も死者を出した店だ。

 

人が寄り付かなくなって当然だろう。

 

 

 

鬼が出るか蛇が出るか……。

 

鏡はカラカラカラと音を立てる引き戸を開く。

 

 

 

中にいたのは36にしては一見老けた印象の中年女だった。

 

日々、疲れているのだろう。

 

皺や目の隈が見て取れる。

 

しかし、あくまでここ最近の老けであって、元は相当努力していたのだろうと鏡は思った。

 

 

 

割烹着を着て、「いらっしゃいませ」も言わずその場に立ったままでいる。

 

鏡から「どうも」と声をかけると

 

「近寄らないで」と音量をミスしたかのような大きな声で言われた。

 

 

 

女はこう語る。

 

「蜂が来る。蜂が来る。貴方を刺しにやって来る。この店はつぶれる。

 

私が死ななければ皆死ぬ。だから、飢えて死ぬことを選んだの」

 

 

 

要領を得ない回答だ。

 

こういう回答をしがちな鏡は自分を省みながら、もう一度どういう事か問うてみる。

 

 

 

「蜂が来る。-あの老人は-Human Insecticide-と言っていた。

 

他の人には見えない蜂が来て私の大切なお客さんを襲っていくの。

 

最初は幻想だと思ってた。

 

でも気付いたの。刺されたお客さんは2日もしたら死んでしまうって」

 

 

 

あの老人は分かりかねるが、見えない蜂……。

 

能力のことかとようやっと要領を得た刹那──。

 

店内奥に雀蜂の大群が居ることに気付く。

 

 

 

蝟集していた蜂はハム音と呼ばれる単なる羽音ではなく、無数のモーターが唸るような、狂気的な低周波の振動を出し、鏡を気圧する。

 

 

 

「やってやろうじゃあねえか」

 

 

 

蜂は怖い。

 

人類普遍の蜂に対する恐怖で胸が一杯になるも、なんとか自分を鼓舞して奮い立たせる鏡。

 

 

 

機械蟻をリュックから出してクレセに指揮を任せる。

 

自分は-Mr.Bluesky-を前方に立たせ、なるべく刺されないような布陣をする。

 

 

 

ベチベチと何匹か叩き落とすも、終わりが見えない。

 

一匹一匹が蟻を超える能力を持つ。

 

100匹ほどリュックサックで連れてきた蟻だが、その人的資源はすり減っていく。

 

 

 

息が上がる。

 

スズメバチは毒を噴射する能力を持つ。

 

瀉血で癒しながら一匹二匹と潰すも……、限界だ。

 

毒が回ってきたように感じる。

 

視界が黄色く明滅し、血管の中を熱した油が流れているような錯覚に襲われる。

 

 

 

スズメバチがその太い顎をガチガチさせながらその場に残ったクレセに喰らいつく。

 

「クレセっ」

 

鏡はその一匹を潰した。

 

クレセはなんとか無事だったようだ。

 

 

 

機械蟻の残りは少なく、蜂はあと100匹ほど居るんじゃあ無いかという状況だ。

 

 

 

「小説で読んだな。蜂の弱点はセルロイドの煙!これだけは覚えてた。

 

ただ……、セルロイドってなんだよ……」

 

鏡が蜂毒に酔いながら、もがき苦しんでいると、クレセが「ピーボ」とまた無機質な声を上げた。

 

 

 

「合成樹脂の一種で自然発火があるから廃れた素材……。物知りだなお前。

 

って廃れたなら無理じゃねえか」

 

 

 

万事休すか。

 

このままだと身体に毒が完全に回ってしまう。

 

 

 

いや──。

 

「佐野さん。こっちへ」

 

鏡は佐野を店外へ追い出した。

 

 

 

そして、鏡はマルチバースを利用して、セルロイドがまだ廃れてない世界の「マーチラビット」から小物を持ってきた。

 

毒で意識が朦朧とする中で、無数にある並行世界からピンポイントでセルロイドがある世界を探すのは、砂漠でダイヤを探すような苦行だった。

 

 

 

古めかしいと思えるデザインの人形や、鮮やかすぎる色のビリヤードの玉、色褪せた古い写真立て。それらは、昭和初期のノスタルジーとマルチバースの空気を纏って、現代の小料理屋の床に突如として出現した。

 

 

 

「こいつを燃やして燻す。死んどけ」

 

 

 

ハンカチを口に当てながら手向けの言葉を蜂に捧げる鏡。

 

火災報知器が耳にこびりつくように高々と響くが気にせず燃やし続ける。

 

立ち上る白い煙は、甘く懐かしい匂いと共に、蜂たちの神経を焼き切る猛毒となって充満した。

 

 

 

蜂はセルロイドの煙を吸って動きが鈍くなる。

 

ここぞとばかりにクレセが指示し他の蟻たちも一斉に動き出す。

 

 

 

辺りは蜂の死骸で埋め尽くされた。

 

精神体である蜂はしばらく放っておいたら消えていく。

 

鏡は警察と近所の手前、一応消防も呼んで事情を説明する。

 

彼女は能力をうまく扱えなかっただけで、殺意は無かったと。

 

 

 

鏡は死線を共に潜った仲間であるクレセに問うてみる。

 

 

 

「さっき……、嫌な命令もあるって言ったよな。

 

お前だけが特別じゃあ無いのか。

 

全員意思があって、いやいや黒田に従ってるのか」

 

 

 

三日月の傷跡の機械蟻は「ビーポ」とだけ返した。

 

そのブザー音は、先ほどよりもどこか静かで、深い沈黙を含んでいるように聞こえた。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

鏡は、やる事が出来たようだ。

 

遅れてきた佐藤に大方のことを話して、さびれた小料理屋を後にした。

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