鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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阿片窟の男 その③

5

 

アイドルが消失した。

 

鏡は正直名前も覚えてなかったが、あの『CULT』の演技力、歌唱力は凄まじいものがあった、あのアイドルが目の前から消失したのだ。

 

 

 

「俺なんの為に来たんだっけ」

 

「知らね、辞めよ辞めよ。こんな奴ら可愛くないよ」

 

 

 

熱心なそのアイドルのファンたちはペンライトやらタオルやらを捨てて、オタ活を引退するように会場から失せていく。

 

考え事してるうちに目の前で人間消失が起こってしまった。

 

 

 

煙のように、朝露のように、氷が溶けるように等描写は様々あるが、どう消えたか見てなかったから描写しようがない。

 

ただ、世界のレイヤーが一枚剥がれ落ちたような、不自然な空白だけがそこにあった。

 

 

 

これは一応探偵としての沽券に関わるくらいヤバい。

 

いや、あくまで考え方はオッカムの剃刀のように単純に……。

 

目の前の、親切にしてくれた岡村。

 

彼が触れた後に消失が起こった。

 

 

 

となると彼が、あのアイドルをチェキ会の時に一瞬で消し去った。それしか無いだろう。

 

この壮年に大掛かりな人体消失マジックをする理由が無い。

 

 

 

「鏡さん。うちに来ませんか……。話したい事が在るんです」

 

 

 

岡村はもう少し歳を取っていれば好々爺と言える笑顔を鏡に向けた。

 

その手には、指人形大の大きさになったあのアイドルの首が「助けて……助けて」と口を動かしている。

 

唇の動きに合わせて、蚊の鳴くような、しかし明瞭な救難信号が聞こえる。

 

 

 

「その子は、無事なんすか?あんたをどうにかする前に、治し方を聞かないといけないと思うんすよね。それ、不可逆じゃあなければいいが」

 

 

 

鏡は指を差しながら、首だけの人形にされた娘に身の丈に合った人情を見せる。

 

 

 

「待ってください。話を聞いてほしい。この子は無事です。一旦、私の家に来て欲しいんです。貴方と話し合いたい」

 

「分かったよ。一応優しくしてくれたし、

 

なんか事情があるなら聞くから、とりあえずお邪魔しようか」

 

 

 

なんかその場のノリで承諾してしまったが、割と危険な人物だし、どうすれば良いんだろうと鏡は思い悩む。

 

まず、奴には人質が居る。

 

刺激しない方が良いし、下手したら自分も触れられるか何かされて、"ああ"なる可能性がある。気付かれないよう後ろから不意打ちという策も指人形となった人質が居て、危険だし。

 

 

 

世にはクレプトマニアというものがある。

 

どうしても万引きしてしまう人間に彼は似ている。

 

他人の人権というこの世で最も重視すべきものを無視すれば、彼は優しくしてくれたし。

 

 

 

久々にあんな親切にされたな……。

 

それも利害が一致しない相手に。

 

再び、考え事をしているうちに、鏡は岡村家に着いた。

 

 

 

「ここが私の家です」

 

 

 

ひび割れた表札には岡村長之助、岡村□子とあった。

 

一部分が傷つけられていて夫人の名前は鏡には読めない。

 

古墳から見つかる刀剣にもこんな感じで読めない部分に□を付けるんだろうなと鏡は思った。

 

 

 

鏡は盗掘家の足取りで、独居中年の阿房宮へ歩みを進めて行く。

 

鏡は、人の家特有の雰囲気が嫌いだったが、どういう訳かそこまでの厭らしさは無い。

 

悲惨なほどの汚部屋でもなければ、悲惨なほどのミニマリストでもない中庸な感じが好きだった。

 

 

 

ただ、時が止まったような静寂と、微かな線香の匂いが漂っているだけだ。

 

 

 

「3年前に妻が亡くなりましてね……。どうぞ、貰い物ですが、ちょっと高い酒らしいです」

 

 

 

客間に通される。

 

取り敢えず奴に触られなければいい。

 

距離を取りつつ、油断しなければいい。

 

鏡は普段飲まない人間だったが、高いのなら損だし、と飲むことにした。

 

 

 

「それで?」

 

 

 

バーボンを水のように注いで鏡はいきなり三杯ほど飲み干す。

 

 

 

「どこまで話しましたっけ。そうだ、妻が死んだところか。……30年連れ添った妻だったんです。まだ生きてる頃の夢をたまに見ます。あの頃の暮らしを見るんです」

 

 

 

紋切り型だが、人が死んだ話だ。

 

嫌がらずに聞いてあげようと、チビチビと飲みながら彼の話を聞く鏡。

 

居間の棚に、賞味期限の切れたハーブティーの箱がありそれが彼女のものだとようやっと分かった。

 

埃をかぶった箱は、主の帰還を永遠に待ち続けているようだった。

 

 

 

「そんな中、ふとした事でアイドルにハマりました。心が埋まるとまではとても言えませんが、脳に常に縊死を考えてた私の心を救ってくれたのです。

 

彼女らが歌う時、妻が笑ってた時を思い出すんです」

 

 

 

「ほーん。岡村さんも色々あったんだな。

 

それで、その能力は?いつ?というか本当に戻せるんだろうな?」

 

 

 

もう一杯、もう一杯とばかりに器に酒を注いでいく鏡。酒を手にしながらプロデューサーが言っていた“本物”についても考える。

 

 

 

「1年前、アイドルとの握手会で発現しました。これは神が私に与えてくれた希望です。

 

……ところで、貴方も、能力者でしょう?

 

感覚で分かります、阿片窟の臭いがするんですよね。一目見たときに確信しました。」

 

「阿片窟……。まあ、なんか、感覚で分かるのは分かる感覚があるな」

 

 

 

「話が逸れましたね。私の能力、人を生きた首だけの人形に変える-Head Shrinker-」

 

 

 

中年の客間に突然、異質な色彩を放つ古代中南米の呪い師のような姿が現れる。

 

極彩色の羽根飾りと、干からびた皮膚の質感が、日本の住宅にはあまりに不釣り合いだった。

 

 

 

「能力を使うのはツァンツァを作るようなものですね。ツァンツァってのは干し首の事です。

 

昔の部族が呪術的な目的でこれを作ってたみたいです。

 

それが影響したのか分かりませんが、シャーマンみたいな幻影が出るようになりました。」

 

 

 

岡村は呪い師をその場から除去して続ける。

 

 

 

「これを使ってアイドルたちを人形に変え続けました。妻の死で心に空いた穴を埋めるように……。

 

かなりの数を変えてしまった。もうこんな事辞めたいんです。

 

でも私には能力がある。それに触れた者は人々の記憶から消えてしまう」

 

「記憶が消える……。それで、完全犯罪が成立しちまう訳ですね。どの口が言うんだって話だが、俺も一応は社会生活を営んでる人間だ。正義の味方じゃあないが、善の心はそれなりにあると思ってる。このまま、あんたを黙って見過ごせない。俺でよければ、一緒に警察に行こうか。全員戻して罪を償おう」

 

 

 

「私には止めてくれる人が必要だった。

 

それが、同じ阿片窟の匂いのする貴方だったんです。逮捕されるのは怖いが……。

 

最後にコレクションを案内させてください。

 

彼女達を解放しなければ」

 

 

 

「"コレクション"ねぇ。まあいいよ。その子たちも元に戻ったとき困惑するだろうしさ。ちゃんと戻してやれよ」

 

 

 

首だけになり生きている女達をコレクションと呼ぶのは理解しかねるが、倫理観が著しくイカれていなければ歳の離れた友人に成れたかもな、と鏡は思った。

 

そもそも、彼が異常だったから能力が発現したのか、能力が発現したから異常になったのか、どちらかも分からない。

 

 

 

 

 

ただ、その"コレクション"を観た瞬間、その考えは変わった。

 

 

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