鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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阿片窟の男 その④

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そこは異形の空間だった。

 

 

 

窓は日光が一切入らないように、外付けされたシャッターで塞がれているので、陰気臭い。

 

かび臭さが強烈だった。

 

肺の奥まで侵食するような、湿った胞子の臭いだ。

 

 

 

その影の王国にはフィギュアでも飾るように、首だけになった人形の女達が陳列されていた。

 

見世棚は彼なりのグレードがあるのか、断層式になっていて、雛人形のようだ。

 

何より異質なのはこの部屋の音である。

 

生首の女達は何やらブツブツと声を上げている。

 

 

 

「……春の……」「……私は……」「……花が……」 視線だけが忙しなく動き、顎が外れそうなほど口をパクパクと開閉させている。

 

数十人の少女の声が重なって読経のような不協和音になり、そのエコーが反響して、鏡の背筋を氷の指で撫でられたように這っていた。

 

意味を成さない言葉の羅列が、粘着質なノイズとなって鼓膜にへばりつく。

 

 

 

段の一番横に「陶淵明」やら「ウォルト・ホイットマン」やら「寺山修司」やらと詩人の名前がシールで記されている。

 

 

 

正直、鏡はドン引きした。

 

彼が言っていた高い酒に幻覚剤が入っていた為だと一人で納得したが、岡村は首たちに話しかけて居るし、その狂酔のせいでは無いと確信した。

 

緊張と酔いで判断が鈍っていた。友だちになれるとか言ってる場合じゃあない。

 

彼を捕まえなければ。今ここで、確実に。

 

 

 

「……、ブラッドベリの小説に華氏451って小説が有ってね。

 

本が燃やされる社会で本人間ってのが出てくる。本一冊一冊を暗記して後世に遺そうとする勤勉で殊勝な人達だ。

 

私はこれを見たとき、人をモノにするという発想に憧憬と畏敬を抱いた。

 

今、彼女らはキケロやらホメロスやらの意味のない詩の朗読をする機械と化してる。これがたまらなく良い」

 

 

 

対話出来そうだった壮年は本性を見せる。

 

その瞳は完全に濁りきり、彼岸の景色しか映していないようだった。

 

鏡は-Mr.Blue Sky-を発現させ、戦闘の準備を完了させる。

 

 

 

「自首したいってのは嘘か。その場合であろうとなかろうと、俺が戦闘不能にしてやる」

 

「嘘ではない。私を止めてほしい。

 

だが、捕まりたくないし、この王国を放伐させられたくないというのも真実だ。心が分裂しているかのように……。私を、私を救ってくれ……」

 

 

 

岡村は落涙しながら答える。

 

涙は頬のしわを伝い、床に黒い染みを作った。

 

 

 

「この前も、私の元へ惹かれ合うように女の刑事が来たから、首だけの人形に変えてしまった。もう変わりたいんだ」 

 

「まじか。多分知り合いだそれ。どこに居るの。と言うか生きてる?」

 

「寺山修司の棚に居る」

 

 

 

件の段を見ると、首人形になった一条寺怜華が赤面しながら寺山修司の詩を暗唱していた。

 

「すぐ出してやるからな」と安心させるように挨拶する鏡。

 

 

 

「じゃあ、終わらせようか。俺強いから。多分一瞬でカタが付くぜ。万事一件落着。何も問題無し」

 

「頼む。私を止めてくれ」

 

 

 

鏡と岡村はお互いに能力を発現させながら対峙する。

 

さながら、西部劇の早撃ちの格好だ。

 

 

 

「-HeadShrinker-」「-Mr.Blue Sky-」

 

 

 

先に手を出したのは岡村だった。

 

触った人間を首人形に変える能力。あくまで触る事が出来なければ、なんの能力もない、妻に先立たれたただの哀れな中年だ。

 

 

 

初見殺しの能力であるが故に対処さえしてしまえば簡単にいなせる。

 

中南米の呪術師は鏡に触れようと、クロールのような動きを見せるも、一歩二歩と、易々と後方に下がり鏡は躱す。

 

 

 

そして青い男は呪術師に向けて強烈な一撃を放つ。

 

Mr.BlueSkyの加速器の動力を思わせるパンチにより呪術師の脳は揺れて、今まさに戦闘不能状態に陥ろうとしていた。

 

 

 

「私は、私はこの程度で……、引き下がりはせん」

 

 

 

ダメージが本体にフィードバックされる直前、どこまでも諦めが悪い岡村は何かを口に含んだ。

 

首にした"コレクション"とやらを噛みちぎり、女子供を道連れにしただけか……。

 

 

 

全てを救えなかったし、胸糞悪い事件だった。

 

もう少し真摯に取り組んでいれば違ったのかと鏡は思った。

 

 

 

鏡が考え事に耽っている刹那、凄まじい音と共に、基礎が見えるほどに岡村家の床が割れ、奴の行動の謎が明らかになった。

 

 

 

 

 

7

 

 

 

 

 

岡村家は地下から顕現した何かによって崩壊した。

 

鏡は人間の姿に戻ったアイドルを救う為に、-MrBlueSky-で真下に穴を掘り、崩れていく天井からアイドル達を何とか護った。

 

辺りには轟音が鳴り続けている。

 

 

 

「油断した。奴は……」

 

「久々ね。腕、怪我してるの。私たちのせいで」

 

 

 

首人形から元に戻った一条寺は右腕を負傷した鏡に寄り添う。

 

 

 

「全員を無事に救うのは無理そうだったからな。俺なら最悪、マルチバースから死ぬ直前の無事な身体持って来れるから死なないし、痛みは残るから絶対やりたくないけど……」

 

 

 

「そう……。ありがとう。アイドルの女の子たちはみんな気絶してるみたいだけど、息はある。あなたのおかげで」

 

「……、んな事やってる場合じゃない。全員病院運んで、奴を追うぞ」

 

「そうね、被害が広がる前に。」

 

 

 

その場に鳴り響く着信音。

 

やり取りを終えた鏡の元に、友人の水瀬結から電話が入る。

 

 

 

「もしもし、鏡くん。預かってた変わった色のワンちゃんが居なくなっちゃったけど。」

 

「それは大丈夫だ、飼い主が見つかった。

 

それよりテレビかネットでなんかニュースやってないか。

 

ちょうど今お邪魔してた家が倒壊したんだけど」

 

少しの静寂が訪れて、

 

「大仏だって」

 

「は?」

 

「首のない巨大な大仏がA県の住宅街を練り歩いてるってニュースでやってる。

 

鏡くんが行ってるアイドルのライブ会場に近いよ」

 

「まだ俺は酔ってるのかと思うよ。

 

それか奴に酒にLSDでも入れられてたのか。

 

お前が言うんだから全部マジなんだろうな。ありがとう」

 

「気を付けて。力になれることがあったらいつでも呼んで」

 

 

 

鏡は水瀬との通話を切り上げ、一条寺と顔を見合わせる。

 

 

 

「大仏が街を破壊してるらしい、テレビでやってるって。テレビでやってたから信頼出来るだろ?」

 

「正気?映画とかCGじゃなくて?」

 

「首のないって所に奴らしさがある。

 

奴が何かを噛んで飲み込むのを見た。

 

多分あれは小さくした大仏の頭だったんだろう」

 

 

 

「推測するに、奴の能力は2つあるわ。

 

触れた人型のものを小さい首だけの人形にする。

 

これは人間かどうかに限らない。

 

もう一つは、飲み込んだ人形を実寸大の大きさにして操作出来る。

 

突拍子も無い能力ね。

 

その大仏の、戦車なんか目じゃないくらいの圧倒的な装甲……。

 

ライフルによる狙撃も効かないだろうし、若干手遅れだけど、世間をこれ以上騒がす前に仕留めないと。

 

あなたに頼るしか無さそう……」

 

 

 

逡巡する一条寺、少し悩んで鏡は案を出す。

 

 

 

「ヘリコか何かで上空にあげてくれ。首あった所に穴、空いてるだろ。

 

あれ。奴は大仏の中にいるだろうからそこを仕留める。

 

お前らは、奴が外から大仏を操ってる可能性を考えて移動する仏像の周辺を探る。これでどうだ」

 

「今、思案可能なものとして上出来ね。装備課に連絡してヘリと、それから救急車を手配する。そっちは頼んだわ」

 

 

 

二人だけの緊急作戦会議は、思いの外早く終わった。

 

 

 

 

 

8

 

 

 

 

 

大仏が街をN市を侵攻する。

 

仏教で国を守ろうとした聖武天皇辺りが見たら卒倒しそうではあるが、これは現実だ。

 

 

 

大仏の一歩で、震度5クラスの地震が発生したかのようにアスファルトが波打ち、周囲の車がおもちゃのように跳ね上がる。

 

コンクリートが悲鳴を上げて砕け、鉄骨が飴細工のように捻じ曲がる。

 

周囲のビルのガラスが一斉に粉砕し、ダイヤモンドダストのように降り注ぐ。

 

独居中年の意志が、家屋を米粒みたいに踏み潰して、店舗を薙ぎ払い、ただ真っ直ぐに進む。

 

 

 

地下アイドルのライブ会場へ向かうように。

 

 

 

 

 

声を張り上げないと意思疎通が出来ないほどのヘリコプターの駆動音。

 

鏡はヘリに初めて乗った。

 

自分は要人であるという感じが凄い。映画で見ただけの世界だったし、水瀬に自慢できるなと思った。

 

 

 

ただ、酔った。吐いた。高級そうな設備も汚してしまった。

 

直前にあれだけ鯨飲すればそうなるだろう。

 

当然の帰結だった。

 

 

 

「大丈夫ですか?鏡さん」

 

 

 

添乗員が声を掛け、鏡はなんとか「ウン、ウン」と返事をする。

 

大仏に追いつく頃には気持ちがだいぶ楽になった。

 

 

 

奴は確実に其処にいる。

 

奴の言っていた阿片窟の臭いがする。

 

能力者だけが感覚で理解し合う感じだ。

 

それは鼻腔を刺激する腐臭であり、同時に惹かれ合う磁力のような甘美さも孕んでいた。

 

 

 

鏡は添乗員さんの制止を振り切って、上空の乱気流の中へと身を躍らせた。

 

暴風が鼓膜を引き裂かんばかりに吹き荒れ、重力が内臓を押し上げる。 眼下には、首の断面という巨大な「穴」が、暗黒の口を開けて待っていた。

 

鏡は、巨大聖人の中身へとダイブした。

 

 

 

 

 

首無し大仏の中身は薄暗く、岡村のあの部屋を彷彿とさせた。

 

 

 

「どうだ、鏡くん。

 

私は何も成し遂げられなかった。

 

しがない印刷工として全てを終えていくのだったら、こうするのが良かったかもしれない」

 

「たくさん死んだぞ、あんたの大仏で」

 

 

 

「"事件"は、何も残さない人間に残された最期にして唯一の道なんだよ。誰にだって何かを成し遂げた気になれる。私にだって」

 

 

 

鏡は少し考えてから問いかける。

 

 

 

「『かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭 』。

 

あの女の刑事が詠ってた寺山修司の詩歌というか、短歌。

 

よく聞いてみたらあんたの事みたいだな。

 

あんたは詩なんか意味ないって言ってた。

 

俺もまあ、さっきまでそうだなと思ってたけど、案外意味あったりするんじゃないのか。詩にはさ」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

全てを悟った岡村長之助はたった一言をそう呟いた。

 

 

 

「あんたは将来の俺なのかもしれない。

 

俺にも異能力が有って、それを歪んだ方向に使ったりしたら、そのせいで人格が歪んでしまっていくかもしれない。

 

能力使うたびにあんたのことを思い出して、せいぜい事件起こさないようにするよ。

 

なんて陳腐過ぎたかな」

 

 

 

「いや、陳腐な方がいい。

 

何かを成し遂げれば、事件なぞ起こさなくて済む」

 

 

 

「じゃあな」

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

-MrBlueSky-の拳は-Head shrinker-の胴体を貫き、怒れる大仏は凶行を止める。

 

完璧では無いが、全ては終わった。

 

崩れ落ちる巨像の轟音が、一人の男の悲哀を弔う鐘のように鳴り響いた。

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