鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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鉄格子黙示録 その①

1

 

鏡はパチンコが嫌いだった。

 

 

 

タバコの臭い、特に副流煙の臭いが好きだが、なんかパチンコ台はピカピカするしうるさいしで、好んで来る場所ではないと思っていた。

 

マルチバースを利用した競馬や競輪で当たりすぎて、警戒されそうなときの逃げ場がパチンコだった。

 

 

 

それでも人との繋がりは出来るもので、3人ほど知り合いがいた。

 

 

 

「おう、鏡くん。最近見なかったな」

 

「青木のおじさん、元気だったか。」

 

 

 

青木は家に居場所がないからパチンコを打っている中年だ。

 

ある理由で鏡と顔なじみになって次第に親交を深めた。

 

 

 

「まあ、……ぼちぼちだな」

 

 

 

何十年も働き詰めだった勤勉な男だったらしい彼は、ある時ふと糸が切れたように、他の人に自慢出来る立派な職を辞めて、貯蓄を切り崩したり日雇いをしたりでパチンコを打つようになった。

 

虚ろな目で目の前の遊戯に興じる青木。

 

その瞳には、回転するリールの図柄以外、何も映っていないようだった。

 

 

 

「そういえば塩見の爺さんは?見ないといえば、あの人も見ないけど」

 

 

 

鏡は隣の台に座って青木に問う。

 

 

 

「来てないな。

 

いつもならこの時間に来てるし、この前の年金の日にも来てなかった」

 

「亡くなってねえか心配だな」

 

「自分で孤独死だ。孤独死だ。って言ってたしな。

 

あの人があんなに厭がってた死に方だし、もしそうなら早めに見つけてやるのが吉だな。

 

塩見さんには恩も有るし、家行って見てやるか」

 

「だな。玉10個くれ」

 

「いいよ。代わりに当たったら半分な」

 

 

 

金のない鏡に金融機関のように貸し付け、鏡が能力を使って大当たりを狙う。

 

最初は利潤を求めるだけのビジネスパートナーだったが、こんな所にも人の縁は生まれるものだった。

 

 

 

鏡が台にパチンコ玉を入れる。

 

すると、玉はガラスで作られている画面を音をたてて突き破り、成人男性くらいの大きさに膨張し、鏡の元へと向かってくる。

 

物理法則を無視した急激な膨張に、空気が悲鳴を上げた。

 

 

 

「うぉっ」

 

 

 

鏡は、すんでのところで躱し、玉の正体を認める。

 

変形したそれの正体は……、件の塩見の翁であった。

 

 

 

塩見の爺さんは全身がアルミに包まれたように変容し、骨粗鬆症の骨が砕け、肉が無理やり球体に押し込められるような湿った破裂音が、パチンコ台の電子音の合間に響く。

 

皮膚は不気味なほどツルツルとした銀色に変わり、かつて人間だった凹凸はすべて、冷たい球体の中に塗り込められていた。

 

 

 

パチンコ台では、何らかのアニメキャラが「フィーバー」を告げ、予定された演出がそのまま続く。

 

人がどうにかなろうしている場面でも、射幸心を煽ろうとする様が鏡には一見、滑稽に映った。

 

 

 

そんな場合ではない。鏡は急いで脈を確認するも、見たそのままで、鉛を触っているような異質な感覚が指に残った。

 

冷たく、硬く、そして微かに振動していた。まるで、魂が中に閉じ込められて暴れているかのように。

 

 

 

塩見のと同じようなパチンコ玉の叛乱は他の場所でも起こっていたようだ。

 

音にかき消されてそのまま遊戯に興じている客も居るが、多くは人間パチンコ玉の直撃に耐えられず、強い打撲傷により救急搬送されるだろうと鏡は予測した。

 

鏡は塩見の銀メッキされたような遺体を凝望して呟く。

 

 

 

「塩見の爺さん……、敵は俺が討つ」

 

「鏡くん、どこ行くの。これ、塩見さんなの?ちょっと……」

 

 

 

事態を把握しきれてない青木を振り切って鏡は店を出る。

 

向かう先は勿論、第零課だ。

 

 

 

2

 

「信頼してた仲間が殺られた。だから、敵の正体を知りたい」

 

「もっと説明してよ。それだけじゃわからない。なんか、少年漫画の主人公みたいじゃない。柄じゃないでしょ」

 

 

 

血気が逸る鏡をなだめるように一条寺怜華は肩をポンポンと叩きながら彼を椅子に座らせる。

 

佐藤悠真はいつものようにすぐにコーヒーを持ってきて鏡の手前に差し出す。

 

 

 

「パチンコやるんだ、俺。んで、少ないけど繋がりもそれなりに出来た。その仲間がパチンコ玉にされてた。爺さんは死んでた。あれは何らかの能力が使われてる筈だ。だから情報をくれ。俺が爺さんの敵を討つ」 

 

 

 

「冷たい事を言うかもしれないけど、まだ事件は起こってない。ただ、貴方の言うことが本当なら零課が緊急招集されるし、貴方の能力も必要になってくる」

 

 

 

一条寺がそう言ってコーヒーを飲んでいると、狙ったように第零課の貧相な職務室の呼び鈴がけたたましく鳴る。

 

ジリリリリ、という古めかしいベルの音が、張り詰めた空気をさらに振動させた。

 

 

 

「今みたいにね」

 

 

 

一条寺は鏡に目でサインを送った。

 

鏡は、よくこの人は人前でこんな恥ずかしい事出来るよなぁと思った。

 

 

 

 

 

端的に言えば、捜査は進展しなかった。

 

もっとも怪事件であり、そう簡単に解決しないのが普通なのだが、敵を討ちたい鏡はそれにイラついた。

 

 

 

鏡の言っていた仲間達やパチンコ店の店員やそのライバル店等々に捜査の手が及ぶが、情報は得られず、錯綜に次ぐ錯綜であった。

 

毎日零課に来て「公僕の仕事は遅いな」と鏡に悪口を言われる一条寺も流石にストレスが溜まってきて、彼を捜査に参加させて、その苦役を体験させる事にした。

 

 

 

または、素人探偵の素人特有の目線が何かを変えるかもしれないという淡過ぎる期待もあったかもしれない。

 

 

 

一条寺は鏡のために監視カメラ解析用の部屋を用意した。

 

 

 

「んで、このビデオを見ればいいの?簡単じゃん」

 

 

 

一条寺は苦々しい顔を浮かべながら受け答える。

 

 

 

「そう、私達はもう何周かしてるけど……。普通の事件と違って何がトリガーになってるか分からないし、何が捜査のヒントになるか分からないから、嫌になるわ。

 

カメラの精査なんて誰だって嫌なのに」

 

 

 

そう吐き捨てると、鏡を残し部屋から出ていく。

 

そうして1時間もしないうちに、鏡は一条寺の元へと来た。

 

 

 

「音を上げた?分かったでしょ警察がどれだけ苦労してるか、これに懲りたら毎日来て税金の無駄がどうとか言うのを辞めるべきね」

 

「終わった。犯人が分かった」

 

「終わったぁ!?」

 

 

 

柄にも無く驚愕の表情を浮かべる一条寺。

 

 

 

「テキトーな事言わないで。

 

1日12時間が半月、それを5台分。

 

それを1時間で終わらせられる訳無いでしょ」

 

 

 

「俺の能力を忘れてないか?1800個の世界で1時間分のビデオを見て、その現実をここに貼り付けた。1800倍速視聴よ」

 

 

 

一条寺は、ハッとした顔をした。

 

普段、競馬やらパチンコに能力を使っていたから忘れていたが、この男は世界を揺るがすほどの力を持っていたんだった。

 

その後、なるべく取り乱したのを無かった事にするように取り繕う。

 

 

 

「それで、犯人ってのは?」

 

「来てみろ、こいつだ」

 

 

 

部屋に移動する間、勝ち誇った顔をしていた鏡の顔が一条寺にはウザったかった。

 

 

 

モニターに映し出されたのは黒い背広の男だった。

 

顔はある程度整っていて長身。

 

鏡が行くような、最終処分場のようなパチンコ店に来ている細身の彼は、掃き溜めに鶴といった感じで、目立つ存在だから一条寺も目を付けていたのだった。

 

 

 

「この男ね。まあ、私達も目は付けてはいたわ。

 

遊戯もしなければ、ただ品定めでもするように客をジロジロと見て、写真を撮るみたいにスマホを構えて、休憩場では溜息を付いて。

 

隔月ごとに必ず現れる」

 

 

 

「こんな怪しいやつ居ないだろ?」

 

「こっちもこの人物の調査は進めてるわ。勿論、他にいた怪しい人物もね。ただ、なかなか進まなくて……」

 

 

 

話が行き詰まる。

 

 

 

すると、一条寺の部下の佐藤が、突如として二人の間に割り込むようにやって来る。

 

 

 

「出ました。件の男。女性大物議員の私設秘書です。」

 

 

 

一条寺は、鏡が捜査に加入してから、(彼が結果的に何もしてないにしても)解決に進んで行く展開があるのに歯痒さを覚えながら、「まるで天佑ね」と呟く。

 

 

 

「上層部に問い合わせましょう。

 

この議員が絡んでるとしたら、いつもの"予言の書"を送ってきてくれるでしょ」

 

 

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