鏡烏(かがみからす)は働かない 〜無職の最強能力者と、塗り潰される社会のバグ取り履歴書〜   作:元気のG

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鉄格子黙示録 その②

3

 

議員秘書は割の良い仕事と聞いていた。

 

「秘書が勝手にやった」と言われない限りは……だが。

 

 

 

繁忙期、すなわち選挙期間だけ乗り切れば、新人の自分には雑用を絵に描いたような仕事しか割り振られないし、中庸を具現化したような俺のような人間でも国政に関われるのはものすごいやり甲斐だ。

 

議員先生は優しいし、先輩の公設秘書は一般企業に勤めれば高給取りになれるだろうなってくらい仕事が出来る。

 

まあその先にある実利を求めての労働だろう。

 

 

 

それでもうちの職場に一つ不可解な所がある。

 

うちの先生はパワハラもモラハラもしないまともな人で助かってはいるが、何故か隔月ほどの頻度でパチンコ屋に行ってホームレスらしき人の写真を無音カメラで撮ってこいと命じられる。

 

最初は小遣いも貰えるから好んでやっていたが、何が目的か分からない。

 

なんの意味もない仕事をブルシット・ジョブと言うらしいが、それに片足突っ込んでいるようで最近は溜息続きだ。

 

 

 

近々、この業務だけを断ろうと思う。

 

それか、この業務の意味を聞こう。

 

 

 

この仕事は好きだが、意味のない仕事に耐えられない。

 

-私設秘書HJの手記より-

 

 

 

4

 

能力者被疑リストNo.1210

 

百合櫻子。37歳。衆議院議員。

 

政治志向は与党の中でもタカ派の筆頭にあり、鉄の女の異名を持つ。

 

TV番組等で度々弱者を切り捨てる思想を露見させていた。

 

調査の結果、凶悪な能力を持つと判明。

 

処理に関してはA県警刑事部第零課に一任するものとする。

 

 

 

 

 

「これは何……?素人さんが書いたの?

 

もっと文体とか書式とか拘るもんじゃないの。公務員さんは」

 

 

 

百合櫻子に関する書類を読ませてもらった鏡は文体に関する当然の疑問を持った。

 

 

 

「なんか知らないけど、上から送られてくる文書は文体が曖昧なの。多分予言出来る能力が直接書いてる。これが貴方のよ」

 

 

 

一条寺怜華は弁解出来ない身内の恥に頬を染めながら、鏡に彼の調査書類を渡す。

 

鏡は自分を調査した書類を読むという珍しい経験をする。

 

 

 

「こんな所まで見られてたのかよ。怖っ」

 

「渡したこちらが言うのもあれだけど、こんな事してる場合じゃないわね。作戦は頭に入った?」

 

「多分な。潜入してぶっ飛ばせば良いわけだろ。」

 

 

 

百合櫻子議員の私設秘書が失踪した。

 

それ自体はちょっとしたニュースになったが、新しい秘書を決めるための合同面接が行われるという情報を入手した一条寺は十数人の刑事と鏡を連れて、潜入する事としたのだ。

 

決行は明日。

 

最終確認を終えた鏡は遅刻しないようにと何回も念を押された。

 

 

 

久々に水瀬家に来た鏡は、水瀬唯と共にTVを観ていた。

 

 

 

「ウロコフネタマガイは体表に硫化鉄で出来た鱗を持ち-」

 

 

 

生物云々の話はあまり興味が持てなかったので、鏡はTVから目を逸らしながら何とか話題をひり出す。

 

 

 

「それでさ、塩見の爺さんの敵をとれそうなんだ。明日やってくる」

 

「ここ2週間、常に気にしてたしね。鏡くん。頑張ってね」

 

 

 

遂に塩見の敵を討てる鏡は久々にぐっすりと床に就く。

 

そして、当然のように寝過ごす。

 

 

 

「鏡くん起きなきゃ。僕も仕事があるんだけど……。どうしよう……」

 

 

 

水瀬は話には聞いていた一条寺に連絡を取る。

 

 

 

「もしもし、鏡の友人の水瀬と言うものですが……」

 

「貴方が水瀬さんね。鏡烏に付き合わされて大変ね。こちらは一条寺怜華と言います。何か用事?」

 

 

 

「鏡くん。寝ちゃってて起きないんです。

 

今日塩見のお爺さんの敵を討つんだって張り切ってたのに、大丈夫かなと思って」

 

「連絡ありがとうございます。直ぐに行くわ」

 

 

 

時間には少し早かったが、鏡の復讐が今始まる。

 

 

 

 

 

「眠いんだけど」

 

「我慢して。塩見のお爺さんの敵を討つんでしょ?」

 

「そうだった。今何時」

 

「まだ、9時前。作戦は10時から」

 

「寝てちゃ駄目?」

 

「貴方、一度寝たら起きないじゃない」

 

 

 

捜査車の後部座席で2人が他愛ないやり取りをしていると、10時が訪れようとしていた。

 

百合櫻子の邸宅へ向かう。

 

 

 

邸宅は現代日本に不釣り合いな程広々としていた。

 

先々代は地元の名士。先代は政界の大物。

 

そんな輩の家だ。土地などは自由に線を引くように手に入れたのだろう。

 

瀟洒な庭園に、専属の庭師が付いているのを見ると鏡は嘆息する。

 

 

 

「うちね、父親が庭師だったの」

 

「あぁ、事前の調査で知ってるわ」

 

「家ではあんなに偉そうだった親が、所詮使われる仕事なんだなと思って辛かった」

 

「分かるわ。貴方は社会に出てないから分からないかもしれないけど、使われない仕事なんて殆ど無いのよ。それこそ議員くらいじゃない」

 

「なんで、お前一言多いんだよ」

 

 

 

鏡は窓の外に視線を逸らした。

 

流れる景色は、どこか白々しく整いすぎていた。

 

 

 

二人は大庭園を抜けて伏魔殿へ侵入する。

 

 

 

「面接でございますか。今日は混み合っていまして。

 

しばらくかかりますがよろしいですか」

 

 

 

長年ここで働いて来たと感じさせる所作の執事が、うやうやしく声を掛ける。

 

 

 

「でしたら……そうですな、大広間でお待ち下さい」

 

 

 

通されたのは小さめの体育館程の広さはある大広間。

 

スーツ姿の男達が今か今かと面接を待っている。

 

 

 

「こんなに混むことあるか」

 

「サクラよ。5割はウチの刑事ね。面接の場を借りて、探りをかけてる」

 

 

 

「居たとしたらだが、本当に受けに来た人達が可哀想だな。結局あいつは捕まる訳だし。そういや今回の敵って議員だろ。不逮捕特権とかは?」

 

「前に説明したでしょ。不逮捕特権は国会が開いてるときにしか効力を持たないし、開いていたとしても零課の権力が優先されるって」

 

「そうだった」

 

 

 

思ったより暗部的で公権力が介在する所に身を置いたなと、鏡は後悔すら覚えた。

 

 

 

「一条寺様、櫻子様がお呼びでございます。

 

コリントスの間へどうぞ」

 

 

 

広い館内に釣り合うだけのアナウンスが鳴る。

 

 

 

「行くか」

 

「ええ」

 

 

 

作戦通り、拳銃で武装した刑事十数名と鏡が奴と対峙することとなった。

 

 

 

一条寺が規定通りのノックをする。

 

「どうぞ」と百合櫻子。

 

 

 

その刹那、扉を蹴破る勢いで、刑事達が部屋に突入する。

 

 

 

「百合櫻子。大人しく投降しろ。お前が能力者だということは……。えっ」

 

 

 

勇ましく闖入して行った刑事達は、もうそこには居ない。

 

代わりにあるのは、それにされたとばかりに目立ち鈍い光沢を放つ銅像である。

 

部屋が静まり返り、櫻子のヒールの音だけがコツコツと冷たく響く。

 

その音は心臓の鼓動と重なり、死へのカウントダウンのように聞こえた。

 

 

 

「上からの命令に従い、自らを省みず任務に命を懸ける国家の狗達。

 

その心意気や良しと言った所ね。

 

銅像だ。銅像に決めた」

 

 

 

何が能力のトリガーなのか分からない。

 

奴が何を言ってるかも分からない。

 

 

 

鏡と一条寺はその銅像に身を隠しながらその場を凌ごうとする。

 

青銅の背中はひんやりと冷たく、彼らの無念が染み付いているようだった。

 

 

 

「私が能力で一瞬だけ隙を作る。

 

鏡。貴方がその拳で仕留めて」

 

 

 

一条寺の呟くような声に鏡は頷く。

 

 

 

「-AlphaDog-こっちにだって刑事のプライドが有るの」

 

 

 

一条寺は電子犬を顕現させ、犬が「ワン」と吠える。

 

 

 

-AlphaDog-は、対象の現在の欲求を二分割させ、対象のとる行動を一瞬遅らせることが出来る。

 

一条寺はこれを使い、刑事として何人もの能力者を9mmの拳銃で屠ってきた。

 

 

 

一瞬、百合櫻子の行動が遅れるも、一条寺は無残にも電子犬とともにブロンズの像に変化してしまう。

 

ただ、隙は作った。

 

その間隙に鏡が強烈な一撃を放てばこちらの勝ちだ。

 

 

 

右ストレートが奴の頬に入るも、櫻子は動じる事もなく鏡に一瞥をくれる。

 

すると鏡の身体が硬直し、金属になっていく。

 

 

 

一瞥だ、この一瞥だ。

 

奴は神話のメデューサのように視認した人間を金属に変える。

 

と看破し、身体が完全に金属になる前に、部屋にあった三面鏡を拳で壊し、奴の眼前に叩きつける。

 

 

 

しかし、神話の怪物のようにはいかず、奴は金属で武装した生命体として、目醒めてしまった。

 

 

 

手にはドリルを下げて、等身大のロボットアニメか何かのようにその場に君臨する。

 

鋼鉄の皮膚がシャンデリアの光を反射し、不気味な輝きを放つ。

 

 

 

「-and justice for all-。それが私の能力。

 

見たものを私の評価に応じた金属に変質させる事ができる。

 

勇敢に戦った刑事さんは形を留めておいてあげたし、国の役に立たない何の生産性もない屑共はパチンコ玉として遊戯に役に立ってもらう。

 

鏡烏。ここに貴方の履歴書がある。

 

中卒なの……。可哀想に。

 

勇猛果敢に戦ったけど終わりね。

 

貴方のような、国家の繁栄に繋がらない何の生産性もない中卒の屑はパチンコ玉におなりなさい」

 

 

 

奴は、何もしなくてもこちらを見るだけで戦闘不能に至らしめる事が出来る。

 

そりゃ余裕綽々とあんなセリフを吐くよなと鏡は思った。

 

 

 

皮膚が冷たく固まり、肺ごと鉄に変わっていく息苦しさを鏡は感じていた。

 

血管の中を流れる血が、溶けた鉛のように重く、熱く、そして急速に凝固していく。 指先から感覚が消失し、視界の端から世界が灰色に塗りつぶされていく。

 

次々と金属化していく脳や心臓を別次元の死にかけの自分のものと取り替えながら、鏡は耐え忍ぶ。

 

 

 

今、奴の目が俺を屑と見定めた。 パチンコ玉化が来る。銅像化よりも強力で、抵抗不能だ。

 

奴には負けたくない。

 

 

 

「塩見の爺さん。ごめん、約束果たせそうにない。

 

一条寺。なんで本物の履歴書使ったんだよ。偽造でいいだろ。中卒ってバレたし、畜生。

 

水瀬。こんな俺と仲良くしてくれてありがとう」

 

「さぁ、幕ね。鉄の玉になりなさい」

 

 

 

「ウロコフネタマガイは体表に硫化鉄で出来た鱗を持ち-」

 

走馬灯を探っていたらあまりにも人生経験が希薄すぎて、昨日のテレビが出て来た。

 

硫化鉄で出来た鱗か……。

 

そして、鏡の脳内に電流が走る。

 

 

 

「なってしまえばいいんだ。金属に」

 

「何ぃ」

 

 

 

金属化した鉄の女が声を荒げる。

 

 

 

「レベル2マルチバースの中から、ケイ素生命体が文明を築いた世界の俺を出現させて、お前の能力を無効化した。これで自由に動ける」

 

 

 

奴の能力は肉体を金属に変えて固めること。 ならば、最初から金属ベースで動ける生物になってしまえばいい

 

全身が金属化した鏡は誇らしげな表情を浮かべた。

 

 

 

「面白い。評価はパチンコ玉から、金の像あたりに変更ね。ただ……」

 

鉄の女は腕のドリルを回転させ着々と向かって来る。

 

甲高い回転音が、空気を切り裂く。

 

 

 

「このドリルに勝てるか」

 

「-Mr.BlueSky-」

 

 

 

金属になった青色の魁偉な男が顕現し、鉄女のドリルに片手を突っ込んで防御する。

 

掌が削れて、腕の穴が拡がっていく。

 

火花が飛び散り、鉄と鉄が擦れ合う不快な音が鼓膜を直接揺さぶる。

 

 

 

「やはり、柔らかいな。バナナのように死ねぇぇぇ」

 

 

 

悦に入る鉄女は声を荒げ笑う。

 

結句、形勢がジリ貧の状態で有ることは変わらない。

 

鏡は-MrBlueSky-のもう片方の腕でガンガンと打撃を試みるも、奴の硬い体が勝利を阻む。

 

 

 

「連打だ」

 

 

 

鏡と櫻子が対峙している現実を50としよう。

 

その全てで鏡は櫻子を殴り、殴ったという結果だけを今の次元に貼り付ける。

 

 

 

「もう、女を殴るのはこの一発だけにするよ。品が無いし最低だしな」

 

 

 

鏡のMr.Blueskyが櫻子を殴る。

 

一発殴った所で「効かぬわ」と、余裕の笑みを浮かべる櫻子。

 

 

 

だが次の瞬間、鏡の拳の周囲で空間がガラスのようにひび割れた。

 

それは連打ではない。「同時」だ。 50の並行世界から借りてきた50発の拳が、一瞬のタイムラグもなく、まったく同じ一点に炸裂する。

 

櫻子の鋼鉄の身体を内側から食い破るように振動させた。

 

 

 

櫻子の-and justice for all-に細かなヒビが入り拡散する様に広がっていく。

 

鉄女の破片が地面に落ち、音をたてて全てが崩れる。

 

奴の絶対防禦は崩れ去った。

 

 

 

「私は、強い日本を創ろうと……」

 

「ムショで退屈だろうが、せいぜい生産性のある本でも読んでろ。あと、刑事達は戻せよ。

 

アンタが釈放されてもまた間違ったことをやったら俺が止めるからな」

 

 

 

なにはともあれ事件は解決した。

 

金属化した刑事たちが何事もなかったかのように動き出して鏡はビビった。

 

百合櫻子が能力の全てを解除すると、県内一帯のパチンコ店がしばらく使用不能になり、零課の仕事が増えたのは言うまでもない。

 

 

 

塩見の爺さんは無縁仏で眠っている。

 

鏡は手を合わせに、眠気を押し殺してたまに墓へと向かうのだ。

 

供えられた花が、風に吹かれて静かに揺れていた。

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