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第17話『恋する乙女は止まれない(side夜美)』

 瞼を上げると、天蓋のベッドが目に入りました。カーテン越しに、陽の傾きかけた薄い空が見えます。

 いつの間にか眠ってしまったようですね。

 まどろみの中、最後の記憶を辿ります。

 ええと。たしか杏子に青鳥くんを監禁してもらうよう指示して――。

 

「…………っ!」

 

 そうでした!

 私、青鳥くんとひとつに!

 彼とあんなにも深く繋がって!

 

「うぅぅぅぅぅっ……ッ!」

 

 枕を抱きながらシーツの上を転がり、爆発しそうな喜びを発散させます。

 指先に、二の腕に、胸元に、あのときの感覚が鮮烈に焼きついていて……。

 生肌の背中に回された腕は、想像よりもずっと硬くて、骨張った硬さをしていました。

 あれが男の子の、青鳥くんの手……。

 

「うひっ……ふふっ……、ふふふふっ……♡」

 

 枕に顔を埋めると、まるで子供みたいに両脚が勝手にバタバタしてしまいます。

 綾倉夜美としてはあるまじき、品位の欠片もない姿ですけれど――興奮が収まりませんでした。

 もっと、もっと欲しい。

 もっと彼を感じたい。

 私だけに向けられるあの優しさを、もっと。

 

「……会いたい」

 

 衝いて出たつぶやきは、次の瞬間、無意識のうちに叫びへと豹変しました。

 

「会いたい! 今すぐ会いたい! 青鳥くんに!」

 

 パジャマが乱れるのも構わず、ベッドを叩きながら声の限り叫びます。

 

「杏子! 杏子!? どこにいるの、杏子ぅっ!」

 

 私の側近ともあろう者が、こんな大事なときに部屋に控えていないだなんて!

 一分一秒でも早く、青鳥くんの元へ行かなければいけないのに。

 

「――お呼びでしょうか、お嬢様」

 

 寝室の扉が開いて、完璧な所作でスーツ姿の杏子が現れます。

 私の焦りなど微風程度にしか感じていないような面持ちでした。

 

「遅い! なにをしていたの!」

「10秒でお呼びに参じましたが」

「体感では1時間よ! とにかく、外出の用意よ!」

 

 ベッドから降り、クローゼットへと駆け寄りながら指示を飛ばします。

 

「すぐに青鳥家へ向かうわ! 準備を!」

「しかしお嬢様。青鳥様を送り届けてからまだ半日も経っておりませんが」

「それが?」

「さしもの青鳥様も、拉致監禁のあとではさすがにお疲れかと。日を改めた方が良いのでは」

「なにを言うの、杏子。だからこそよ!」

 

 杏子は恋の、愛のなんたるかを全然わかっていませんね。

 クローゼットの中から制服を抜き取りながら杏子に説明します。

 

「疲れているときこそ、人肌が恋しくなるものじゃない。愛する人がそばにいる。それ以上に、癒やしになることはこの世にないでしょう?」

「相思相愛であれば、そうなのでしょうが……」

「あら、わかっているじゃない。だからなにも問題ないわ」

「…………」

 

 私たちは繋がった。ひとつになった。あんなにも深く、抱き合った。

 だから青鳥くんも私の訪問を求めているはず。

 仮に求めていなかったら、それはそれでちゃんと教育する必要があります。

 妻を求めない夫など、欠陥品もいいところですから。

 

「……承知いたしました」

 

 杏子の声には諦観の色が混じっていました。

 従者の身分で失礼な、とは思いません。他の使用人なら注意していたかもしれないけれど、杏子とは物心ついた頃からの仲。

 姉妹同然の関係なのですから、これぐらいの無礼は許容範囲内。

 

「最短で準備しましょう」

「当然よ。すぐに身支度を整えて頂戴」

 

 私はドレッサーの前に座りました。

 鏡に映る自分の顔は、熱病患者のように火照り切っています。

 ああ、これが恋煩いというものなのですね……。

 私の背後に立った杏子が、ヘアブラシとメイク道具を手に取りました。

 

「メイクはナチュラルに。キスをするかもしれないから、グロスも控えめに」

「かしこまりした」

 

 私の要望に応えるよう、杏子は作業を進めていきます。

 

「うふふふっ……♡」

 

 身なりが整っていくにつれ、また笑い声が漏れてしまいます。

 ああ……!

 もう限界です!

 早く青鳥くんに会いたい。

 また、抱き締めてもらいたい。

 あの温もりに包まれながら、今度はあわよくばキスを……。

 

「準備完了です、お嬢様」

 

 メイクも完璧。髪は綺麗に整えられ、ほんのり色づいた唇が妖艶さを醸し出していました。

 

「素晴らしいわ、杏子!」

 

 鏡に映る姿を最後に確認して、私はドレッサーから立ち上がりました。

 

「では参りましょう。愛しい愛しい青鳥くんの元へ!」

「お嬢様。最後に申し上げておきますが」

「なにかしら?」

「今回も事前連絡なしの訪問です。あまりしつこく押しかけると、本当に青鳥様に嫌われてしまう恐れも……」

「心配無用よ! 何度も言ってるけど、私たちは相思相愛なのだから!」

 

 あんなに深く抱き合ったのですから、嫌われるなんてあり得ません。

 むしろ離れている時間の方が苦痛のはずです。

 

「さあ、行くわよ杏子。青鳥家に!」

「…………」

 

 固まる杏子を置いて、私は颯爽と寝室を出ました。廊下を闊歩しながら、心の中で青鳥くんへの想いを反芻します。

 ――待っていて、青鳥くん。

 今、人生の伴侶であるこの私が、夫であるあなたの元へと馳せ参じますから!

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