激重感情を向けてくるヒロインたちが全員メンタル崩壊して病んでしまったので、ひたすら甘やかすことで修羅場を回避するしかなくなった~ヘラったヒロインには飴が効く~ 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
放課後。ホームルームが終わった瞬間、俺は一目散に教室を飛び出した。
俺の逃走スキルはこの1年間で飛躍的に向上している。たぶん、某逃走バラエティー番組で最後まで逃げ切れるぐらいには。
だが、世の中そんなに甘くはなかったらしい。
「青鳥! 一緒にかーえろっ!」
昇降口には最強のハンターが待ち構えていた。
もちろん天宮である。
「悪いけど今日は用事が……」
帰宅部ノーバイトの俺に用事などないが、とりあえず誤魔化してみた。
「ならあたしも一緒に行く!」
「ひとりで行かなきゃいけない用事なんだ」
「ひとりじゃ危ないよ! もし青鳥になにかあったらどうするの? あたしが守ってあげなくちゃ! ほら、これで安心!」
意味不明な理論で腕にしがみつかれる。
お前が一番危険だってのに……。
しかし不意に、俺の腕から重量が消えた。
「醜い虫が青鳥くんに集っていますね」
いつの間にか現れた夜美先輩が、俺の体から天宮を引き剥がした。
この人もこの人で神出鬼没だ。
「夜美先輩……」
天宮があからさまに嫌そうな顔をする。
「青鳥くん、目的地まで送ってあげましょう。車を用意してあります」
「車?」
「リムジンを用意しました。快適ですよ」
さすが綾倉家の次期当主。
高校生の送迎にずいぶんと大層な話だ。
乗らないけど。
「青鳥はあたしと帰るんです! 邪魔しないでください!」
「あなたこそ邪魔です。青鳥くんは私と帰る約束をしているのですから」
「してません」
一応訂正しとく。だが、ふたりは聞いちゃいなかった。
「青鳥はあたしのです!」
「私の」
「あたしの!」
「私の!」
じーという睨み合いの末、昇降口で取っ組み合いが始まった。
天宮が先輩の髪を引っ張り、先輩が天宮の頬を押さえつけている。
周りの生徒たちが、触らぬ神に祟りなしとばかりに逃げていく。
今のうちだ。ふたりが揉み合っている隙に、俺は昇降口から脱出した。
そのまま全力疾走。一切振り返らず、駅まで息を切らしながら走り続ける。
定期で改札を通り、駅のホームに上がる。
ちょうど電車が来るところだった。
「――あっ。要だ」
ホームに並ぶ列から名前を呼ばれ、最後尾に見知った姿を発見する。
柔和な笑みと、丸みを帯びた優しい目元。
肩まで伸びた髪が春の風に揺れている。
身長は俺より頭ひとつ分ほど低く、体格も遠目だと中学生に見えるぐらい小柄だ。
「
俺の学内における交友関係の中で、唯一、依織だけは常識人と言っていい。
あの変人たちとは違う、俺にとって
「なに、また逃げてきたの?」
「察しがいいな」
「顔に書いてあるよ」
電車が到着する。
扉が開いて、俺たちは一緒に中へと乗り込んだ。
「「青鳥!」くん!」
声に振り返ると、天宮と夜美先輩がホームの階段を駆け下りていた。
間一髪のところで電車の扉が閉まる。
セーフ……。
取り残されたふたりは、窓越しから恨めしそうに俺を睨んでいた。
「うわっ……」
発車して数秒後、ポケットの中のスマホが暴れ出す。
ブーブーブーブーと連続的なバイブ通知。
見なくても送信者などわかる。
俺は内容も確認せずにスマホの電源を落とした。
扉の脇に、依織と並んで立つ。
平日の帰宅時だから混んではいるけど、電車の中は静かだった。
「大変だね、いつも」
「お前だけだよ。まともな意見を言ってくれるのは」
同級生のやつらはこの異常事態を、すでにあって当たり前の日常として捉えている。
だからこそ、大変な状況を「大変」と労ってもらえるのは、それだけで救われた気分になった。
「わたしは要の味方だから」
そういえば、中学の頃もぼっちだった俺をなにかと気遣ってくれていた。
改めて礼を言っとこう。
「いつもありがとな」
「どういたしまして。でもさ」
依織の声が真面目なトーンに変わった。
「来夢ちゃんと生徒会長さんのこと、あんまり甘やかしちゃ駄目だよ? 嫌なら嫌って、嫌なことはちゃんと言わなくちゃ」
「わかってる。けど……」
窓の外に目をやる。
流れていく景色を、ぼんやりと眺める。
「ふたりとも突き放すと余計に悪化するんだよな。それに……」
嫌かと言われると、嫌じゃないと思ってしまう。
これはたぶん、俺の悪いところなんだと思う。
「それに?」
「なんでもない」
隠したはずの内心を見透かされたのか、依織は呆れたように嘆息した。
「要の優しさって、時々毒になるよね」
「毒?」
「相手にとっても、要にとっても。まるで鞭と飴みたい」
なんだそれ。
鞭を打っているつもりも、飴を与えているつもりもないのだが。
ガタンと電車が揺れる。
よろける依織の頭が、俺の胸にぶつかった。
「大丈夫か?」
「……ありがと。けど、そうやって誰にでも優しくする癖、本当にやめた方がいいと思うよ」
「ああ……」
バツが悪い。
俺は顔を逸らした。
「わたしは優しくされるの好きだけどさ」
情けない俺を、依織は寛容の精神でフォローしてくれた。
こういう気遣いがあのふたりにもできたらな……。
「善処するよ」
「善処じゃなくて、実行しなくちゃ」
耳が痛いことこの上なかった。
電車が俺の最寄り駅に着く。
扉が開いて、人が降りていく流れに乗る。
「じゃあまたね」
「またな」
手を振る依織に、俺も軽く手を上げた。
*
最寄り駅から10分ほど歩いて自宅に到着。
ただいまと言いながら靴を脱いで、2階の自室に向かう。
階段を上がり切ると、妹の部屋のドアが開いた。
「おかえり、お兄ちゃん」
妹の
背中まで伸びた髪は手入れが行き届いておらず、今はボサボサになっている。
中学3年生にしては幼い顔立ちで、パジャマ姿なのも相まって小学生に見えなくもない。
「ただいま」
「なんで連絡くれなかったの?」
ため息が漏れそうになるのを、俺はどうにか噛み殺した。
日常生活に報連相を求めないでくれよ……。
「メッセージ送っても既読つかないし。既読無視より未読無視の方がキツいんだよ」
「悪い。ちょっと電源切ってて」
「見せて」
「えっ」
「今すぐスマホ見して。少しでも変な間があったら許さない」
「…………」
つまり、本当に電源が切れているのか確認したいと。
ポケットからスマホを出す。
妹は、俺の一挙手一投足に目を凝らしながらそれを受け取った。
画面をポンポンとタッチ。
「ほんとだ」
「だから言ったろ」
「でも、なんで電源切ってるの。私にはお兄ちゃんしかいないのに」
心愛は不登校中だった。
本人曰く中学2年生の夏休みに友人関係でトラブルがあったという。
以来、中3の現在に至るまで一度も登校していない。
今は家族だけが唯一の話し相手だから、「お兄ちゃんしかいない」という言はあながち間違いではないのかもしれない。
「わかってる」
「わかってないよ」
指先で袖を握られる。
心愛は上目遣いになった。
「お兄ちゃんがいないと、本当にひとりになっちゃう」
「大丈夫だって。人生ひとりでも案外やっていけるし」
「そういう話じゃないのに」
「次から気をつけるよ」
家でも学校でも執着心に揉まれる毎日。
俺には安息地など存在しなかった。