激重感情を向けてくるヒロインたちが全員メンタル崩壊して病んでしまったので、ひたすら甘やかすことで修羅場を回避するしかなくなった~ヘラったヒロインには飴が効く~   作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!

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第4話『弱ったヒロインには看病が効く』

 翌日の土曜日。その日は昼前からスマホが痙攣していた。

 通知を開くと、天宮からのメッセージが50件を超えていた。

 

『青鳥』

『熱出ちゃった』

『39度もあるの』

『苦しい』

『青鳥に会いたい』

『なんで既読つけてくれないの?』

『お願い返事して』

『死んじゃうかも』

『青鳥が来てくれないと死んじゃう』

『本当に死んじゃう』

『青鳥青鳥青鳥青鳥青鳥』

 

 以下、名前の羅列と不在着信が続いている。

 最後のメッセージには『家ここだから』という文面のあとに住所が記されていた。

 正直、お見舞いに行く義理など全くないと思う。

 雨に濡れて帰ることを選んだのは天宮自身なのだから、完全に自業自得というやつだ。

 ただ、その理由が俺である手前ちょっと断りづらい。

 それに断ったら断ったで、月曜日の学校でなにをされるか……。

 

「しゃーねぇな……」

 

 後頭部をポリポリ掻く。

 俺は渋々、天宮のお見舞いに行くことにした。

 中学は一緒だったから自転車で行ける範囲だしな。

 

 身支度を終えたのが15時頃で、ズボンの懐に財布とスマホを入れる。

 そうして家を出ようとすると、

 

「お兄ちゃん。どこ行くの?」

 

 玄関で心愛に捕まった。

 

「友達の家」

「お兄ちゃんに友達なんていない」

 

 せめて「友達なんているの?」と疑問形で頼むよ。妹にぼっちを断定される兄の気持ちも考えてくれ。

 まあ、事実だから否定のしようもないけど……。

 今度は訂正して伝える。

 

「知り合いが風邪引いたからお見舞いに」

「何時に帰ってくる?」

 

 おお。通じた。

 

「暗くなる前には帰るよ」

「絶対だよ」

「絶対」

 

 心愛が道を開けてくれた。

 外は、昨日の雨が嘘のように晴天だった。

 

 チャリで天宮家に向かいつつ、道中のスーパーに寄る。

 店内でお見舞いの品を探す。

 フルーツは高い。缶詰は他人の家だから論外。というわけで、ゼリーコーナーで足が止まった。

 たしかブドウが好きとか言っていたような記憶がある。

 ブドウ味のゼリーと、念のためにモモ味のゼリーをひとつずつ購入した。

 

 15時半頃に天宮家に到着。

 2階建ての一軒家だった。

 自転車が置かれているスペースに自分の自転車を停めて、インターホンを押す。

 

『はーい』

 

 スピーカーからおっとりした女性の声。

 

「あの、青鳥です。来夢さんのお見舞いに」

『青鳥くんね。待ってたわ』

 

 やがて玄関から、天宮によく似た中年女性が顔を出す。

 母親だろう。

 

「来夢から聞いてる。いつもお世話になってるそうで」

「いえいえ」

 

 お世話というか、振り回されてるというか。

 

「どうぞどうぞ。上がって」

 

 家に入る。

 天宮の母親に先導されながら、リビングを通って階段を上がっていく。

 

「ここよ」

 

 部屋の前で立ち止まると、母親はノックもなしに扉を開けた。

 病床の娘を同級生の男に見せるというのに危機感がなさ過ぎる……。

 

 視界が開いて、最初に目に入ったのは死体の山だった。

 ゴミ箱に、てるてる坊主の残骸が詰め込まれている。ティッシュがぐちゃぐちゃになって、顔を描いたマジックが滲んでいた。

 ……怖いって。

 本棚にはマンガと小説。

 勉強机の上には俺の写真がいくつか飾られていて、体育祭のときの写真、文化祭のときの写真、普通に授業を受けているときの写真まであった。

 いちいち驚かない。スマホのロック画面も俺の写真だったし。

 

 天宮はベットの上で寝ていた。

 顔が赤い。額には濡れタオルが乗っている。

 

「青鳥……?」

 

 天宮が薄っすらと目を開ける。

 

「ああ」

「本当に来てくれたぁぁっ……」

 

 涙目になりながら布団で口元を隠している。

 いじらしい仕草だ。普段の天宮からは考えられないほどに。

 天宮は小声で言った。

 

「お母さん。出てって」

「はいはい」

 

 天宮の母親が俺の肩に手を置く。

 

「私、ちょっと2時間ほど買い物に行ってくるわね」

「はい?」

 

 なんで俺に言うの?

 

「帰ってくるときはインターホン鳴らしてから家に入るから。安心していいわよ」

 

 なにを?

 いや、言わんとすることはわかるけれども……。

 悪い冗談だ。

 

「じゃあ、ごゆっくり」

 

 そう言い残して、母親が階段を降りていく。

 下から玄関の扉が閉まる音。

 本当に出かけてしまったらしい。

 

「そこ、座って?」

 

 寝そべる天宮に目線で示されたのは、ベッド横の空間だ。

 他に座るところもなさそうなので、言われた通りの場所に腰を下ろす。

 

「体調大丈夫か?」

「うん。青鳥が来てくれたからもう平気」

 

 天宮は布団から腕を出した。

 細い手が、俺に向かって伸びる。

 

「握って」

「は?」

「手、握って」

「なに馬鹿なこと言って」

「うぅぅっ……」

 

 天宮の目に涙が滲む。

 下唇を噛んでいて、今にも泣き出しそうだ。

 普段は拒絶されると発狂するくせに、今日は子犬のようにいじらしい。

 これを突っぱねるのは、罪悪感に耐えられそうになかった。

 

「……わかったよ」

 

 仕方なく天宮の手を握る。

 熱い。熱があるせいだろう。

 

「青鳥の手、冷たくて気持ちいい」

 

 天宮は首を斜めにやって、もう片方の腕も布団から出した。

 俺の左手が、天宮の両手に包み込まれる。

 そのまま天宮は、俺の左手を自分の頬へと誘った。

 

「ちょっ」

 

 手の甲に広がる熱い感触。

 猫が毛繕いするかのように、天宮は俺の手に頬を擦りつけている。

 

「気持ちいい。ずっとこうしてたい」

 

 うなされたような息遣い。

 首筋を伝う汗が、鎖骨のくぼみに溜まっていく。

 

 ――それに気づいた途端、俺の五感が無意識に研ぎ澄まされた。

 

 パジャマの襟元から覗く白い肌。

 汗が蒸発したような、重量を伴った生々しい匂い。

 天宮来夢の、体の匂い。

 マズい……。

 この空間にいたらヤバい。呑まれてしまう。

 

「青鳥」

 

 熱で視界が霞んでいるのか、とろりとした瞳が俺を見つめている。

 それでも、俺だけは鮮明に見えているような、そんな眼差しだった。

 

「好き」

「――ッ」

「大好き」

 

 弱っているときの天宮は、普段とは本当に別人だ。狂気じみた執着も、周囲を巻き込む騒動も今はない。ただ俺を求めるひとりの女子がそこにいる。

 

 危険だ。このままじゃ、天宮のペースに巻き込まれる。

 なにか、なにか話題を変えるものはないか……。

 逃げるように視線を彷徨わせ、ベッドサイドのテーブルに目が止まる。

 コップに入った水と、濡れタオル用の氷水が入ったボウル。

 そして未開封の薬が置いてある。

 そうだ。薬だ。

 

「くっ……、薬は飲んだのか?」

「まだ」

「飲まないと治らないだろ」

「でも、錠剤苦手で」

 

 天宮は困ったような顔をした。

 

「喉も痛くて、飲み込むのが辛いの」

 

 言われてみれば、声が掠れている。

 風邪で喉をやられたのか。

 ちょうどいい。俺はゼリーの入った袋を左手で取った。

 

「見舞い品。ゼリー買ってきたからこれで流し込め」

「ゼリー?」

「ブドウ味とモモ味のふたつな。たしかブドウ好きだったろ」

「あたしの好物、覚えててくれたの?」

 

 しまった。余計なことを言ってしまった。

 

「嬉しい」

 

 天宮がふわりと微笑む。

 普段の押しの強い笑顔じゃない、陽だまりのような笑みだった。

 

「じゃあ、ブドウ食べる」

 

 ならモモの方は……まあ、置いとけば好きなときに食うだろう。

 

「手は離すからな」

 

 少し不満そうにしていたが、珍しく逆らうことはしなかった。

 本当に今日はしおらしい。

 ゼリーのフタを剥がして、スーパーでもらったスプーンを渡そうとする。

 だがそこで、天宮は寝転がったまま口を開けた。

 

「あーん」

「は?」

「食べさせて」

「自分で食え」

「体起こすの辛いの」

 

 天宮の目にまた涙が滲む。

 

「お願い……」

 

 潤みを帯びた瞳で見上げられる。

 ……反則だ、これは。

 いや待て。まさかこいつ、わざとやって?

 さすがに考え過ぎか。

 

「……わかったよ」

 

 なんにせよ、ここで断ったら泣き出すだろうし、面倒を避けるためにも従っておく。

 こいつとの日常は、つくづく消極的選択の連続だな……。

 スプーンでゼリーを掬い、口元に運ぶ。

 天宮はそれを、はむっと唇で挟み込むように咥える。

 そのままスプーンを引き抜くと、ごっくんとゼリーが飲み込まれていくのがわかった。

 

「美味しい」

「喉、大丈夫か?」

「平気」

 

 またゼリーを掬い、天宮の口に運ぶ。

 この状況がおかしいことはわかっている。

 だが、病人相手だから仕方ない。

 本当は仕方なくないのかもしれないが、自分にそう言い聞かせることでしか気を紛らわす術がなかった。

 ゼリーが残りわずかになったところで、テーブルに置かれた薬を手に取る。

 

「ほら。ちゃんと飲めよ」

「えぇー」

「ゼリーで流し込め」

「なんだかそれ、赤ちゃんみたい」

 

 今さら過ぎる。

 あーんを要求している時点で赤子だ。

 

「我慢しろ」

「じゃあ、ちょっと起こして」

 

 ……ここまで来たら、毒を食らわば皿まで、だ。

 額から濡れタオルを取り、ボウルの氷水に浸しとく。

 その後、背中とシーツの隙間に左腕を差し込み、天宮の上半身を傾ける。

 枕の外にまとめてあった髪がバサッと俺の腕に垂れ落ちて、濃密な匂いが鼻腔を貫いた。

 

 気を強く保て、俺……。

 これは単なる看病だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 医療行為。そう、医療行為だ。

 しかし、上からの構図だと胸元まで見えて……なるべく目を逸らしつつ、空いた右手を使ってゼリーと錠剤を口内に入れる。

 最後にコップの水も飲ませておいた。

 

 長い髪を枕の外にやりながら、天宮の体をベッドに横たえる。

 濡れタオルを絞り、額の上に乗せ直す。

 終わった……。

 

「青鳥と一緒だと病気も治っちゃいそう」

 

 俺の心境など知る由もなく、天宮は微笑を浮かべていた。

 その反応で少し気が楽になる。

 

「プラセボ過ぎるだろ、それは」

「でも、お見舞いに来てくれて、手まで握ってくれて……こんなに優しくしてくれて……本当に夢みたい。あれっ、夢なのかな? なんかフワフワするし」

 

 現実をたしかめるように、天宮がまた俺の手を握った。

 

「青鳥。帰らないでね」

「お前のお母さんが帰ってくるまではいるよ」

「本当?」

「ああ。夜になる前にはさすがに帰るけど」

 

 心愛との約束だしな。そこは譲れない。

 

「だから、天宮も安静にして寝てろ」

「わかった」

 

 天宮は安堵したように目尻を落とした。

 

「じゃあ、それまで手握ってて」

「寝るまでだからな」

 

 手のひらから伝わる熱は、先ほどよりも冷たくなっている気がした。

 どっちの体温が下がったのか上がったのか、それはわからなかったけど。

 

「青鳥。今日はありがとう」

 

 天宮は目を閉じた。俺の手を握ったまま呼吸を整えている。

 何分後にそれが寝息に変わったのかはわからない。

 窓の向こうでは、空が傾き始めていた。

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