忍原来夏の特別レッスン   作:ぺいぺい

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第二章
中庭で


 

 

 

「……おはよう、冬真」

 

 僕の家の前。朝の光の中で待っていた来夏は、どこか憑き物が落ちたような、穏やかで……けれど、とろけるような甘い笑みを浮かべていた。

 

「今日も可愛いね、冬真。昨日あんなに……ふふ、まだ少し眠そう。私が支えてあげるからね」

 

 彼女は僕を見つけるなり、小走りで駆け寄ってきて僕の腕をぎゅっと抱きしめた。制服越しでも伝わる、彼女の柔らかい感触と、心臓の鼓動。幸せそうに僕の肩に頭を預け、頬を擦り寄せてくる彼女からは、隠しきれない「好き好きオーラ」が全身から溢れ出している。

 

 並んで歩く道すがらも、来夏の愛は止まらなかった。

 

「ねえ、冬真。こっち向いて?」

 

 不意に呼ばれて顔を向けると、彼女の柔らかい唇が、僕の頬に「ちゅっ」と音を立てて触れた。

 

 「な、……来夏、外だよ……っ」

 

「いいじゃない、誰も見てないよ。それに、今の冬真、すごく美味しそうな顔してたから」

 

 彼女は僕の指の隙間に、自分の細い指を滑り込ませ、恋人繋ぎで強く握りしめた。手のひらから伝わる熱が、昨夜の淫らな記憶を呼び起こす。自分を組み敷き、泣きながら愛を乞うた彼女の姿が嘘のようだ。

 

 けれど、ふとした瞬間に僕を見つめる彼女の瞳には、僕を完全に掌握した者だけが持つ、ねっとりとした情欲の余韻が混ざっている。

 

 ふと、来夏が足を止めた。

 

「……あ。冬真、ちょっとじっとしてて」

 

 彼女は僕のシャツの襟を、指先でゆっくりと捲り上げた。昨夜、彼女が狂おしいほどに噛みつき、吸い上げた「独占の証」──赤紫色の花びらのような痕が、僕の白い肌に残っている。

 

「……あ。冬真に私の証がある……けど、隠れちゃってたな。少し、寂しいかも。せっかく、私のものだって印をつけたのに」

 

 彼女は残念そうに唇を尖らせると、周囲に人がいないことを確認してから、その証をなぞるように自分の唇を押し当てた。

 

「ん……っ、朝からいい匂い。私の冬真……」

 

 喉元で小さく鳴らされる彼女の吐息。シャツの襟をさらに押し広げ、新たな痕を刻むように唇を這わせる彼女の執着に、僕の身体は朝の涼風の中でも熱く昂ぶってしまう。

 

「……っ、来夏、もう行かないと……」

 

「ふふ、そうだね。続きは、学校で……ね?」

 

 学校に着いてからも、来夏の態度は「弁えた」ものだった。休み時間、他の女子生徒が僕のノートを借りに来たり、談笑したりしていても、彼女は遠くからそれを見て、優しく微笑んでいるだけだ。

 

 (……怒って、ないのかな。来夏)

 

 どこか拍子抜けしたような、それでいて少しだけ物足りないような奇妙な感覚。そんな僕の内心を見透かしたように、昼休み、彼女から「中庭の隅に来て」とメッセージが届いた。

 

 

 

 校舎裏の、人目に付かない木陰。

 

「冬真、おいで」

 

 来夏が、甘い声で手招きする。僕は促されるまま、彼女の前に座り込んだ。

 

 来夏は僕の頬を両手で包み込み、まるで幼子や愛玩動物を慈しむような、全き寵愛の眼差しを向けてくる。

 

 「……今日、あの子と楽しそうだったね。冬真がちゃんと学校に馴染めてるのを見ると私、本当に嬉しいな」

 

 「……あの、来夏。さっきの、怒ってないの? 他の女の子と話してても、平気そうな顔してたから……」

 

 僕が恐る恐る尋ねると、来夏は一瞬きょとんとした顔をした後、くすくすと鈴の鳴るような声で笑い、僕の鼻先を自分の鼻で軽くつついた。

 

 「ふふ、怒るわけないじゃない。だって冬真は、私が誰よりも一番だって……もうちゃんと、心も体も理解してくれてるんだもん。誰と何を話してても、最後に帰ってくるのは私の腕の中だって、信じてるから」

 

 彼女の言葉は穏やかだったけれど、その瞳の奥には、裏切りなど微塵も許さないという絶対的な王者の余裕が宿っていた。

 

「でも、私の印が隠れてたから、少し不安になっちゃったのは本当だよ? だから……ね?」

 

 来夏は僕のシャツの襟より上、肌が露出している首筋に深く、強く唇を押し当てた。

 

 「っ……あ……っ、来夏、ここ、は……っ」

 

 「いいでしょ? 浮気防止の『おまじない』。……誰にどれだけ笑顔を振りまいてもいいけど、冬真の全部は私のものなんだから。……ね、わかってるでしょ?」

 

 執拗なまでのマーキング。

 

 彼女が平然としていられるのは、寛容になったからじゃない。「僕の肉体の核」を完全に支配しているという、揺るぎない確信があるからだ。

 

 僕はもう、抗うことはしない。彼女の重みを受け入れ、されるがままに背中に腕を回す。彼女の独占欲に溺れることが、僕が出した「答え」だから。

 

 来夏は僕の身体を引き寄せ、そのまま床に座る僕に跨るような格好を取った。

 

「待って、来夏……ここでそんな……誰かに見られたらマズいよ」

 

 焦る僕の唇を、彼女の柔らかな指が封じる。来夏の口元には、残酷なまでに美しい微笑が浮かんでいた。

 

「別にいいよ。寧ろ、私たちが愛し合ってるのを他の人に見せつけて、冬真が誰のものなのか分からせてあげたいくらい。……どうせ周りには私たち、付き合ってると思われてるんだから……ね?」

 

 「……っ、そんな……」

 

 反論する間もなかった。来夏は僕の首にしがみつき、そのまま深く、濃密なキスを繰り出してきた。

 

 銀の糸が引くほどに、何度も、何度も。逃げ場を塞ぐような彼女の熱情と、身体の奥を突き抜けるような甘い刺激に、僕の理性は一瞬で溶け落ちていく。

 

「ん……ふふ、冬真。……ほら、私以外じゃもう、こんなに熱くなれないでしょ?」

 

 学校という背徳感も、バレてしまう恐怖も、彼女の寵愛の前ではただのスパイスに過ぎない。僕は大人しく彼女の支配に身を委ね、ただただ溺れていった。

 

「……んっ」

 

 どちらからともなく重なり合った唇は、磁石のように吸い寄せられ、互いの存在を確かめ合うように深く、熱く絡み合った。言葉で伝えるよりもずっと強く、舌先から伝わる熱情が、僕たちの「好き」という感情を混ぜ合わせていく。

 

「ん……っ、ふ……」

 

 漏れる吐息さえも共有し、僕たちはただひたすらに、お互いの体温を貪り合った。来夏の細い指が僕の髪を掻き乱し、僕もまた、彼女の華奢な背中を強く抱き寄せた。

 

 銀の糸が引くのを何度も繰り返す、濃密で、どこか退廃的な口づけ。

 

 鼻腔をくすぐる彼女の甘い香りと、肌を焼くような互いの熱。校舎の裏という禁じられた場所で、僕たちは世界のすべてを忘れたかのように、ただ目の前の愛しい存在だけに溺れていった。

 

「……んっ、ちゅ……じゅるっ……」

 

 聞こえるのは、重なり合い、共鳴する二人の激しい鼓動だけ。

 

 言葉を交わさずとも、その指先の震えや、吸い付くような肌の感触が、僕たちが今、完璧に一つであることを証明していた。

 

 歪で、けれどこの上なく純粋な愛の交錯。

 

 僕たちは静寂の中で、何度も、何度も、互いの唇を刻みつけ合った。

 

 

 

 

 

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