「ひ、ひょえ〜!」
朝の仕込みをしていた俺の背後で、間の抜けた悲鳴が上がった。
振り返った先に立っていたのは、その声に負けず劣らず、とんでもない格好をした少女だった。
先程まで重厚なローブに包まれていたはずの魔法使いは、今やほとんど紐のような……服?を、申し訳程度に身にまとっているだけである。
「……あー、何があった?」
できるだけ視線を逸らしつつ、俺は棚から貸出用の寝巻きを取り出して差し出した。
正直慣れたことではあるが、直視するのは色々とまずい。
「いや、絶対おかしいのよ!」
寝巻きを抱え込みながら、彼女=魔法使いのリーナは必死に訴えてくる。
「構築してた魔法陣の調整やってたら、なんかピカってなって……で、気付いたらこれよ!?」
言っておくが、リーナの魔法の腕は確かだ。こんなことになってるのは俺の宿……というか俺のせいと言っていい。
「交通の便もいいし、いいとこだと思ってるから泊まってるんだけどさぁ……店主さん、「これ」だけ、ホントなんとかならない?」
何度も繰り返された質問に、俺はいつもの答えを返す。
「まぁ、前にも言ったが、俺にどうにかできることじゃないんだ。俺の方がなんとかしてほしいくらいだ」
そうは言いながら、内心では少しだけ申し訳なくも思っている。
まあ、服を貸し出す程度で済むなら、まだ安いものだ。
前に風呂場の水道が壊れた時なんて、それこそ色々とえらい目に遭った。
そのとき、二階の客室の方から、ばたばたと慌ただしい物音が聞こえてきた。どうやら、さっきの彼女の叫び声で、他の宿泊客も次々と目を覚ましたらしい。
「……さて。今日も一日、やっていくか」
小さく息を吐き、俺は仕事モードに頭を切り替える。
部屋の掃除に、朝食の仕込み、備品の確認。やることは山ほどある。
この宿は、王都とダンジョンと港町をつなぐ街の中継点にある。その分、客足は多く、忙しさも並じゃない。
……それに加えてこういう”事件”も、うちの宿では妙に起きやすい。
そんなとき俺はなぜか、遠い昔の記憶を思い出す。
――子どもの頃に泉で出会った、不思議な少女。
「……考えても仕方ないか」
俺のやるべきことは一つだ。この宿を、ちゃんと切り盛りすること。客に安心して泊まってもらえる場所にすること。それだけだ。
「よし。今日も、しっかり働こう」
そう呟いた直後、玄関の方から、濡れた足音が聞こえてきた。
「す、すみません……! ちょっと、水たまりで転んでしまって……」
振り向いた先に立っていたのは、濡れた服が肌に張り付き、すっかり透けてしまっている神官だった。
……ああ。やっぱり今日も、平穏無事とはいかないらしい。