ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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仲の悪いガールズバンド(前編)


 八丈島から帰還して数日後。阿笠邸のリビングでは、ティーカップの触れ合う音だけが静かに響いていた。窓から差し込む午後の陽光は穏やかだが、テーブルを囲む面々の表情はどこか険しい。

圭人は、灰原の手によって腕に数本の電極を貼られ、ソファに深く腰掛けていた。

「……星野君、動かないで。脳波の波形が乱れるわ」

灰原がノートパソコンの画面を凝視しながら、冷ややかに、しかしどこか焦燥を含んだ声で制す。圭人は苦笑いを浮かべながら、手元のカップを置いた。

「うん、わかってるよ。でも、これじゃまるでお取り替え前の機械の点検だね」

「冗談を言っている場合じゃないわ。見て、博士」

灰原が指し示した画面。そこには、圭人の脳波とバイタルデータに重なるように、ノイズのような黒いスパイク状の波形が刻まれていた。

さらに、圭人の指先からは、変身時のような眩い光ではなく、煤のような、それでいて吸い込まれそうな「黒い光の粒子」が微量に、だが絶え間なく溢れ出している。

阿笠博士が、以前に地学博士の羽生慎之介から共有されたデータをタブレットに表示させた。三千万年前の地層から発見された、あの「黒い結晶」の解析データだ。

「……信じられん。羽生君の研究所で見つかったあの結晶のエネルギー特性と、今の圭人君から出ている粒子の波長が……ほぼ完全に一致しておる。哀君、これは……」

「ええ。ティガダークに変容した際、彼の精神が『黒い結晶』と深い階層で繋がってしまった。八丈島での決着はついたけれど、ティガダークの余韻が今も、星野君の肉体に居座り続けているわ」

傍らで腕を組み、深刻な顔で画面を覗き込んでいたコナンが口を開いた。

「おい、圭人。自分じゃどうなんだ? 体調とかよ」

「……正直に言うと、今も時々、頭の芯がすうっと冷たくなるような感覚があるんだよ。なんというか、周囲の音が全部消えて、ただ圧倒的な静寂だけを求めるような、そんな衝動が襲ってくるんだ」

圭人が静かに語るその告白に、リビングの空気が一層重くなる。

「支配されてるって感じなのか?」

「いや……そうじゃない。例えるなら、古い友人の声がずっと遠くで響いてるみたいな……『共鳴』に近い感覚かな」

コナンは眼鏡の縁を指で押し上げ、鋭い視線を圭人に向けた。

「放置して闇に食われるのを待つなんてのは、柄じゃねーだろ。なあ、その闇の力ってのをうまくコントロールして、オメーのものにできねぇのか?」

コナンの突飛とも思える提案に、博士が驚いた声を出す。

「新一君! それはあまりに危険じゃ……!」

「でも博士、このままじゃ……」

灰原が新たな解析結果を表示した。それは圭人のDNA配列のシミュレーションだった。

「……工藤君の言う通りかもしれないわ。これを見て。星野君の遺伝子の一部が、ティガ由来のコードによって段階的に書き換えられ始めている。このまま放置すれば、数ヶ月……長くても数年で、彼は『人間としての領域』を完全に超えてしまうわ」

「人間じゃなくなる……ってことかよ」

コナンの言葉に、圭人は自分の手を見つめた。黒い粒子が、陽光を遮るように揺らめいている。

「なら、方法は一つね。闇に飲み込まれる前に、星野君自身がその力を完全に支配下に置く。そのための制御プロトコルを、ここで構築するわ」

灰原の決然とした言葉に、博士も力強く頷いた。

「わかった。ワシも全力でサポートしよう。圭人君、君を人外の怪物になどさせんぞ」

「うん。ありがとう、博士、志保さん。……イチも、悪いね」

「バーロ。礼を言うのは、その闇を使いこなせるようになってからにしろよ」

コナンが不敵に笑う。阿笠邸の一角、数々の発明品に囲まれたその場所で、失われた超古代の闇を「人の意志」で制御するための、未知の試みが静かに幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿笠邸での深刻な解析から数日。米花町の日常は、いつもの穏やかさを取り戻していた。

放課後の「喫茶ポアロ」のテーブル席では、園子が身を乗り出し、興奮気味に声を上げている。

「決まりよ! 私たちで女子高生ガールズバンドを結成するの!」

唐突な提案に、向かいの席の蘭と美桜は目を丸くし、圭人はアイスコーヒーを飲みながら苦笑いを浮かべている。そして、隣に座るコナンは、サンドイッチを頬張りながら半眼で園子を見上げた。

「……でもさぁ、園子姉ちゃん、バンドなんてできるの?」

「できるわよ! 構成もバッチリ考えてあるんだから。ドラムはこの私園子様!ベースはみーちゃん、キーボードは蘭! 完璧な布陣じゃない?」

「ええっ、私がキーボード!? ピアノなら少しは弾けるけど……」

蘭が戸惑う隣で、美桜は少し意外そうに瞬きをした。

「……私が、ベース、ですか? 弦楽器の経験はありませんが、リズムを刻む低音の役割には興味があります。園子さんの指名とあらば、精一杯努めさせていただきますね」

美桜はそう言って、納得したように深く頷いた。そんな彼女に満足げに頷き返すと、園子の視線はカウンター付近で作業をしていた梓へと向けられた。

「そしてギターは梓さん! 梓さんに決まりよ!」

「えっ!? 私!?」

梓は驚きのあまり、手にしていたダスターを落としそうになる。

「そうよ! あの映画に出てくる『木船染花』って子に梓さんはそっくりなんだから! 見た目も幼いし、制服着ちゃえばバレないわよ! ぴったりだわ!」

「ちょっと園子、梓さんに失礼よ」

蘭が嗜めるが、園子の勢いは止まらない。

「でも私、ギターなんて触ったこともないし……そもそも、もう女子高生じゃ……」

「大丈夫、大丈夫! 梓さんって割とロリ顔だしさぁ」

「……相変わらずの強引さだな」

コナンが小声で圭人に耳打ちすると、圭人も「うん。だね」と肩をすくめた。

そんな一行を、安室が作業をしながら楽しそうに眺めていた。そこへ、隣のテーブルのミュージシャン風の客が、鼻で笑うように口を挟む。

「おいおい、お嬢ちゃんたち。バンドを舐めちゃいけないよ。ギターも弾けないやつらが集まって、まともな音が出るわけないだろう?」

男の嫌味な物言いに、蘭と園子の表情が曇る。空気が険悪になりかけたその時、安室が店内に置いてあったギターを手に取り、男の前に立った。

「おっしゃる通り、音楽は一筋縄ではいきません。ですが……挑戦する心までは否定されるべきではありませんよね」

安室が軽く弦を弾く。鮮やかで力強い旋律が店内に響き渡り、男は絶句した。

「すごい……! 安室さん、本当に何でもできるんですね……」

美桜が大きく目を和らげて安室を見つめる。安室はギターを置くと、初めて見る美桜に視線を向けた。

「おや、そちらの方は? 蘭さんのご友人ですか?」

「はい! こちらは千ヶ崎美桜さん。最近仲良くなったんです」

蘭が紹介すると、安室は丁寧な仕草で会釈した。

「安室透です。蘭さんのお父さん、毛利先生の弟子をさせてもらっています」

「千ヶ崎美桜です。よろしくお願いします、安室さん」

(……喫茶店の店員兼、探偵の弟子に黒の組織のメンバーバーボン、そして公安の降谷零…まぁ4つの顔は有るんだよな)

コナンは安室の指先を鋭く見つめながら、心の中で毒づく。その視線に気づいたのか、安室は不敵に微笑んで見せた。

二人が挨拶を交わす中、圭人が安室に尋ねた。

「安室さん、ギターやってたんですか? 今の、かじった程度には見えませんでしたけど」

「ああ、昔ね。本当にかじった程度だよ。……それより園子さん。やる気があるなら、知り合いが経営している貸しスタジオを紹介しましょうか? 『SOUND STUDIO HAKOBUNE』。練習にはうってつけですよ」

「スタジオ!? 行く行く! 流石安室さん、話がわかるわ!」

「じゃあ、僕も案内がてら同行させてもらいましょうか。……いいかな、コナン君?」

安室がコナンを覗き込むように問いかける。コナンは一瞬、安室の真意を測るような目を見せたが、すぐに子供らしい顔を作って頷いた。

「う、うん! 安室さんのギター、もっと近くで見てみたいしね!」

こうして一行は、練習のために貸しスタジオへと移動することになった。

 

 

 

ポアロを後にした一行が到着した「SOUND STUDIO HAKOBUNE」は、コンクリート打ちっぱなしの壁が印象的な、モダンな造りの貸しスタジオだった。しかし、受付で安室が確認すると、あいにくスタジオはすべて使用中だという。

「悪いね、みんな。少し待つことになりそうだ」

安室の言葉に従い、一行はロビーの休憩室で待機することになった。自動販売機が並ぶその空間には、先客である四人の女性たちがいた。彼女たちが纏う空気は、およそバンド仲間とは思えないほどに刺々しい。

「……だから言ってるでしょ。朱音の追悼ライブまであと一週間なのよ。あんたのそのベース、全然リズムが走ってないわ」

リーダー格と思われるドラム担当の山路萩江が、苛立ちを隠さずに笛川唯子を睨みつける。

「わかってるわよ……。でも、どうしてもあの曲を弾くと、朱音のことを思い出して……」

「いつまでメソメソしてんのよ。朱音が死んだのは事故だったって、警察も言ってたじゃない」

萩江の突き放すような物言いに、キーボードの小暮留海とギターの木船染花は、気まずそうに目を逸らしている。

「ふん。少し頭を冷やしてくるわ。私はスタジオで仮眠してるから、時間が来たら呼びに来なさい。いいわね?」

萩江はそう言い捨てると、楽器を抱えて一人スタジオ内へと消えていった。残された三人の間には、より一層重苦しい沈黙が流れる。

(……なんだ、あのギスギスした雰囲気はよ……)

コナンが圭人の耳元で、他人に聞こえないほど低い声を潜ませる。その口調は、いつもの子供を演じている時とは対照的な、冷徹で鋭い工藤新一のものだった。

「……なんだか、ピリピリしてるな。とても一週間後にライブを控えてるバンドには見えねーぜ」

「あぁ…追悼ライブと言ってたから、無理もないのかもしれないけど……」

圭人もまた、周囲を気にしながら小声で返す。二人は視線だけで、あの四人の異様な空気感に疑念を共有していた。

そんなやり取りを横目に、安室は鋭い観察眼でバンドの三人の挙動を追っている。

しばらくして、唯子が重い腰を上げた。

「あ、いけない。忘れた裁縫道具、スタジオに置いたままだったわ。染花の服のボタン、直してあげるって約束してたし……ちょっと行ってくるわね」

 

唯子がスタジオへ向かい、十分ほどして戻ってきた。彼女の手には裁縫道具があり、慣れた手つきで染花の袖のボタンを縫い直し始めた。

「……萩江、起きた?」

染花が尋ねると、唯子は力なく首を振った。

「いいえ、ドラムセットのところでぐっすり寝てたわよ。声をかけたけど起きなかったわ」

次に立ち上がったのは染花だった。

「私も少し行ってくるわ。一弦が切れちゃいそうだから、今のうちに張り替えておきたいし」

彼女もまた十分ほどで戻り、同様の言葉を口にした。

「萩江のやつ、全然起きないわね。あんなところで寝て、体痛くしなきゃいいけど」

最後に、留海が楽譜を手に取った。

「私も曲の細かい調整をしてくるわ。楽譜を書き直さないと……」

留海が戻ってきたのは、それからさらに十分後のことだった。

「やっぱり萩江は起きてくれなかったわ。……そろそろ、私たちの交代時間かしら?」

三人が代わる代わるスタジオへ出入りする間、休憩室では園子が美桜にバンドの心得を熱弁し、蘭がそれを苦笑いで見守っていた。

だが、この静かな待ち時間は、直後に響き渡る悲鳴によって、無残に切り裂かれることになる。

 

静寂を保っていたスタジオの扉の向こうから、突き刺さるような悲鳴が休憩室まで響き渡った。

「キャアアアアア!!」

その瞬間、コナンと安室の顔つきが鋭く変わった。二人は弾かれたように立ち上がり、迷うことなくスタジオへと駆け出す。圭人も一瞬の遅れもなくそれに続いた。

「今の悲鳴……!」

スタジオの扉を蹴るようにして開けた三人が目にしたのは、無機質な防音壁に囲まれた凄惨な光景だった。

ドラムセットの中央。シンバルやタムの間に崩れ落ちるように突っ伏しているのは、リーダーの山路萩江だった。彼女の周囲には、泣き崩れる唯子と、顔を真っ青にして震える染花、留海の姿がある。

「……死んでる。まだ温かいが、完全に息が止まってる」

安室が萩江の首筋に指を当て、冷徹な声で告げた。その視線は、彼女の首に刻まれた一本の鋭い索条痕を捉えている。絞殺だ。

(……凶器は? 索条痕の細さからして、ピアノ線か、あるいは丈夫な紐の類……だが、周囲にそれらしき物は落ちてねーぞ……)

コナンが鋭い視線でドラムセットの足元を這わせる。

そこへ、騒ぎを聞きつけた蘭、園子、美桜が遅れてスタジオの入り口までやってきた。

「ちょっと、今の悲鳴何!? 」

園子が中を覗き込もうとした瞬間、安室が強い調子でそれを制した。

「来ちゃいけません! 蘭さん、園子さん、美桜さんも、そこで止まってください。ここは今、事件現場になりました。不用意に中に入って足跡を乱さないで」

安室の峻烈な拒絶に、三人は息を呑んで足を止めた。

圭人は安室と視線を交わし、現場の保存を優先させるべく、入り口側に立って彼女たちを落ち着かせる役割に回る。

コナンは現場の状況を鋭く観察しながら、入り口で立ち尽くす蘭へと声を飛ばした。

「蘭姉ちゃん! すぐに警察に連絡して!」

「え、ええ……わかったわ!」

ハッとした蘭が急いで折りたたみ式の携帯電話を取り出し、通報を始める。その様子を確認したコナンは、再び遺体の首元へと視線を戻し、スタジオの隅に設置された防犯カメラを見上げた。

「安室さん……あのカメラ、変だよ」

安室もコナンの視線を追い、目を細めた。モニターのデータを確認するまでもなく、一目見て異様だとわかる。

カメラの画角はドラムセットを捉えているはずなのに、映像の半分以上……特に萩江が座っていた付近が、不自然に「真っ黒な影」で覆い隠されているのだ。

「ああ。重要な部分が完全に死角になっている。それも、レンズに細工をした形跡はない……」

密室同然のスタジオ。消えた凶器。そして、意図的に隠された殺害の瞬間。

三人の容疑者が代わる代わる出入りしたこの空間で、一体何が起きたのか。

(……この不自然な隠し方。それに、この状況で消せる凶器……。何かを見落としてる……)

コナンは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、現場に漂う微かな違和感を手繰り寄せ始めた。

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