ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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仲の悪いガールズバンド(後編)

 蘭の通報から間もなく、スタジオの外に数台のパトカーが到着した。

現場に現れた目暮警部、高木刑事、千葉刑事は、遺体の状況と現場の特殊性に表情を引き締める。

「なるほど。被害者はこのバンドのリーダー、山路萩江さん。死因は紐状の物による絞殺……。しかし、凶器が見当たらない上に、防犯カメラの映像が不自然に欠落している、と」

目暮警部は高木刑事から報告を受け、スタジオ内にいたバンドメンバー三人に鋭い視線を向けた。

「高木君、凶器の捜索状況は?」

「はい、警部。スタジオ内はもちろん、ゴミ箱や休憩室、彼女たちの持ち物も調べましたが、それらしき物は発見できませんでした。外部犯の可能性も含め、逃走経路を千葉に確認させていますが……」

呼ばれた千葉刑事が、入り口付近の防音扉を調べながら答える。

「警部、このスタジオの扉はオートロックで、犯行時間帯に不審な人物が出入りした形跡はありません。やはり、内部の事情を知る者の犯行と考えた方が自然かと……」

そのやり取りを、蘭と園子は美桜の隣で見守っていた。

「……練習の合間にこんなことが起きるなんて。本当に、あの三人の中に犯人がいるの?」

蘭が沈痛な面持ちで呟くと、園子も腕を組んで眉をひそめた。

「さあね……でも、凶器も出てこないなんて、まるで手品じゃない」

(……いや、外部犯の線は薄い。あの不自然なカメラ映像が何よりの証拠だ)

コナンは警察のやり取りを聞きながら、ある一点を凝視していた。

「あの……少しよろしいでしょうか、警部さん」

現場の緊迫した空気を割るように、美桜が静かに手を挙げた。その驚異的な観察眼が、一つの違和感に焦点を結んでいる。

「美桜君、何か気づいたかね?」

目暮警部が促すと、美桜は高木刑事が証拠品として持っていた、バンドメンバーのスマホに残る練習風景の動画を指差した。

「皆さんが撮影されているこの動画ですが……なぜ、すべて縦撮りなのでしょうか」

「縦撮り? それが何かおかしいかね?」

目暮警部の問いに、美桜は淡々と、しかし確信を持って答えた。

「通常、バンド全体の練習を記録する場合、ステージ全体を把握するために横長で撮影するのが合理的です。ですが、この動画はあえて縦に固定されています。理由を伺えますか?」

指名された留海が、少し戸惑ったように答える。

「え……あ、それは、ドラマーの足元のペダルワークを確認したいって、萩江が言ったから……」

「足元、ですか……」

美桜は一度目を和らげたが、すぐに安室とコナンへ視線を送った。二人はその言葉の意味を瞬時に理解する。

「なるほど。縦に置くことで、わざと画角を狭めたんですね」

安室が、遮蔽された防犯カメラの映像とスマホの設置位置を照らし合わせるように言った。

「カメラのレンズの前にスマホを縦に固定すれば、防犯カメラの視界を半分以上、ドラム付近だけをピンポイントで隠す死角が作れる……」

「うん。だね。それに、この動画の構図……」

圭人が安室の言葉を補助するように、画面を指差した。

「キーボードの位置から撮っているにしては、タイミングも角度も不自然だよ。まるで、誰かがそこに立って作業をしているのを隠すための構図に見える」

コナンの瞳が鋭く光る。

「そういえば留海さん。さっき『爪を切りたい』って言って高木さんから爪切りを借りてたよね? でも……」

コナンは留海の指先を指差した。

「留海さんの爪、さっきから全然切った形跡がないよ。あんなに長いままなのに、どうして嘘をついてまで爪切りが必要だったの?」

「それは……」

留海の顔から血の気が引いていく。

「高木君、彼女の手荷物をもう一度詳しく調べるんだ!」

目暮警部の鋭い指示が飛ぶ。違和感は一つにつながり始めていた。縦撮りの動画によって作られた「闇」。そして、使われなかった爪切りの本当の用途。

安室とコナン、二人の視線が同時に、被害者の身に着けていた「ある物」へと向けられた。

 

目暮警部の厳しい視線が注がれる中、安室は遺体から数歩離れ、スタジオの機材が並ぶ一角へと歩みを進めた。その背中には、一切の迷いがない。

「……目暮警部。この事件を解く鍵は、この密室のようなスタジオ内に残された『不自然な静寂』にあります。高木刑事、あなたが先ほどから探している凶器は、物理的に消え去ったのではありません。犯人の手によって、最も不自然で、かつ最も目立たない場所へと『復元』されたんです」

「復元……? 安室君、それはどういう意味かね」

目暮警部が怪訝そうに問い返す。

「順を追って説明しましょう。まず、防犯カメラの問題です」

安室は美桜が指摘した縦撮りのスマホを指し示した。

「小暮留海さん。あなたは、スマホを縦に固定することでカメラのレンズの大部分を物理的に遮蔽し、ドラムセット周辺を完璧な『死角』にしました。そしてあなたは、キーボードの調整をするフリをしてその死角に潜り込み、あらかじめ用意した凶器で萩江さんを手にかけた……。ですが、凶器そのものは持ち込んでいなかったはずです」

「な、なんですって!? 凶器を持ち込まずに、どうやって絞殺したというのよ!」

留海が鋭い声を上げるが、その瞳には焦りが混じっていた。

「現場にあったものを使ったのですよ」

安室は静かに、遺体が被っているニット帽を見つめた。

「その帽子は、亡くなった首藤朱音さんが編んだものだそうですね。あなたは編み物が非常に得意だった。……あなたは、萩江さんが被っていた帽子の縁から、毛糸の一部を爪切りで切り取り、それを手際よく解いて丈夫な紐状に仕立てた。それを凶器として使い、犯行を終えた後は……その毛糸を、再び帽子の装飾部分に編み込み直したんです」

スタジオの空気が凍りついた。蘭が息を呑み、園子が自分の首元を抑えるようにして絶句する。

「編み棒の代わりに使ったのは、そこにあるドラムスティックだ。チップと呼ばれる先端の丸みを活かせば、太めの毛糸を編み込むことはそれほど難しく難しくありません。小暮さん、あなたは譜面を直すフリをしてカメラに背を向けて死角を作り、その十分間というわずかな時間で、凶器を被害者の持ち物の中へ完全に『消去』した。……違いますか?」

「証拠は……そんなの、ただの空想よ! 編み直したなんて、どうやって証明するの!」

留海の叫びに、それまで静かに状況を観察していたコナンが、冷徹な一撃を放った。

「証拠なら、その爪切りにあるよ。高木刑事! さっき留海さんに貸したその爪切り、刃の間をよーく見てよ。……そこにはきっと、毛糸を切った時に付着した、青い繊維が挟まってるはずだよ。留海さん、爪を切るって言ってたのに、指先の爪はさっきから一枚も短くなってないんだもん。……おかしいよね?」

高木刑事が慌てて爪切りをルーペで確認し、その表情を強張らせた。

「……あります! 帽子の毛糸と同じ色の、ごく微細な繊維が挟まっています! ……それに千葉、萩江さんの帽子の装飾、一部だけ結び目が新しくなっているぞ!」

千葉刑事が遺体の帽子を精査し、大きく頷いた。「間違いありません、警部!」

「……っ!」

留海は力なく膝をついた。崩れ落ちた彼女の口から漏れたのは、長年抱え続けてきたどろりとした憎悪だった。

「……あいつが殺したのよ。朱音を……! 萩江が、朱音に酷い言葉を投げつけて、歌う場所を奪ったから……! 朱音は絶望して、あの日スタジオを飛び出して……事故に遭ったのよ! それなのに、あいつだけがリーダー面して、朱音の形見を被り続けるなんて……耐えられなかった……!」

留海の叫びが虚しく響く中、それまで俯いて肩を震わせていた染花が、顔を上げて絞り出すように声を上げた。

「……違うわ、留海。それは、あなたの誤解よ……」

「え……?」

留海が呆然と染花を見つめる。

「朱音の喉にポリープが見つかった時、萩江は誰よりも早くそれに気づいてた。歌い続ければ一生声が出なくなるかもしれないって、医者に相談に行っていたのも萩江よ。あいつ……朱音に歌を諦めさせるために、あえて悪役を引き受けたの。朱音が自分のことを嫌いになれば、未練なくステージを降りられるはずだって……。あの日、朱音が飛び出したのは自暴自棄になったからじゃないわ。道路に飛び出した子供を助けようとして……」

染花の言葉を継ぐように、目暮警部が沈痛な面持ちで手帳を閉じた。

「……確かに、当時の事故記録にもそう記されている。朱音君は勇敢な行動の結果、命を落としたのだと。萩江君がその帽子を大切に被り続けていたのは、君に同じ悲しみを感じさせたくなかったからではないのかね」

「そんな……。じゃあ、私は……私は、朱音を想っていた萩江を……」

留海の顔から血の気が引き、その場に崩れ落ちた。萩江が守ろうとした絆を、自らの手で引き裂いてしまったという取り返しのつかない真実に、彼女の嗚咽がスタジオに虚しく響き渡った

 

 

 

 

 

事件の処理が続くスタジオを後にし、夕闇が迫る駐車場へと歩を進める。

「……本当に、悲しい事件だったわね。想い合っていたはずなのに、どうしてあんなことに」

蘭が沈痛な面持ちで空を見上げる。

「本当よ。みーちゃんも、初めての練習がこんなことになっちゃってごめんね」

園子が気遣うように言うと、美桜は静かに首を振った。

「いいえ、園子さん。……人の心の深淵には、時に誰にも触れられない孤独が眠っているのかもしれません。勉強になりました。蘭さん、園子さん、ありがとうございました」

美桜は優雅に一礼し、蘭たちは安室に促されて車へと乗り込んだ。

駐車場には、安室透、星野圭人、そして江戸川コナンの三人が残った。

安室は去っていく車のテールランプを見送り、ふっと表情を消すと、影の中に立つ二人を振り返った。その瞳には、先ほどまでの探偵とは違う、観察者の冷徹な光が宿っている。

「……ところで、二人とも。最近、頻繁にニュースやネットで見かけるティガと呼ばれる存在について、どう見ているかな?」

直球の問い。空気の密度が、物理的に重くなったように感じられた。

圭人は表情を一切崩さず、ポケットに手を突っ込んだまま淡々と返した。

「ティガ…ですか。SNSでは連日トレンド入りですね。……何て言うか、ヒーローみたいなやつ。でも、あれって特撮の宣伝か何かじゃないんですか? 」

「うん! 僕も学校で皆が話してるの聞いたよ! 誰かの悪戯とか、精巧なホログラムじゃないかって言われてるよね。……安室さんは、何か別の情報を持ってるの?」

コナンもまた、一切の動揺を見せず、好奇心旺盛な子供の仮面を完璧に被って問い返す。

安室は二人の顔を交互に、見透かすようにじっと見つめた。

「……そうだね。もしあれがただの作り物なら、僕の仕事も少しは楽になる。だが、警察庁のデータベースを何度洗い直しても、あの存在が現れる予兆も、消えた後の物理的痕跡も、既存の科学では説明がつかないんだ」

安室が数歩、二人に近づく。

「まるで……誰かの意志で、この世界の理が一時的に書き換えられているような……そんな気がしてね。圭人君。君は、あれに何か『実体』のようなものを感じないか?」

「……俺はただの一般人ですから。そんな難しいことは分かりませんよ」

圭人は真っ直ぐに安室の視線を受け流した。

「ただ、もしそのティガが実在して、誰かを助けているのだとしたら……。それは、この物騒な街にとって、少しは救いになるんじゃないですかね?」

安室はしばらく沈黙した後、ふっと肩の力を抜いて、いつもの爽やかな笑顔に戻った。

「……そうかもしれないね。……おっと、お連れさんを待たせている。またポアロで会おう。コナン君、圭人君」

安室が車に乗り込み、駐車場を去っていく。その姿が完全に見えなくなるまで、二人は動かなかった。

「……イチ。完全に目をつけられてるよ、俺達」

圭人が低い声で呟くと、コナンは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「ああ。あの人のことだ、多分何かに気づいてる。……だが、証拠は掴ませねーよ。この世界の理の外にある力だ……そう簡単に暴けるもんじゃねーからな」

「あぁ…そうだね。さぁ、……帰るか。志保さんが夕飯作って待ってるはずだ。博士が隠れてつまみ食いしてなきゃいいけど」

二人は並んで、夕焼けが完全に消え去った街へと歩き出した。長く伸びた影が、いつまでも二人の足元に寄り添っていた。

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