ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

105 / 108
SOS!歩美からのメッセージ(後編)

 音楽室。一年B組の児童たちは、小林先生の奏でるピアノの旋律に合わせて、一斉に声を張り上げていた。

「でんでんむしむし、カッタッツムリ〜。お前のあたまは、どこにある〜」

楽しげに歌うクラスメイトたちの中で、灰原の手がふと止まった。その脳裏に、先ほどバッジから聞こえてきた「ミミレドレ」というたどたどしい鍵盤ハーモニカの音が重なる。

「……ミミレドレ……で・ん・で・ん・む……」

灰原は目を見開き、後ろに座るコナンを鋭く振り返った。

「分かったわ……江戸川君、ミミレドレは『でんでんむし』。つまりカタツムリのことよ!」

「!?」

コナンの脳細胞が一気に加速する。

「そうか、そういうことか!……小林先生!警察に連絡して!大至急!」

「えっ?え、江戸川君!?」

突然叫んだコナンは、驚く小林先生を置き去りにして音楽室を飛び出した。元太と光彦も、状況が飲み込めないながらもその背中を追う。

「先生、事情は私が説明するわ」

灰原は冷静に小林先生の前に立ち、歩美の身に起きている危機の可能性を端的に伝えた。全てを聞き終えた小林先生の顔が青ざめる。

「分かったわ、私から警察に連絡するから、皆はここで自習していなさい!」

一方、廊下を猛スピードで駆け抜けるコナンの頭の中では、バラバラだったピースが次々と組み合わさっていた。

(クソッ!何でもっと早く気がつかなかったんだ!あのメロディーからカタツムリ……つまり強盗殺人事件のあった『ル・エスカルゴ』。そして時計のメッセージ……『5日10時30分』は『強盗犯(ごうとうはん)』っていう語呂合わせじゃねぇか!)

さらにコナンは、歩美の置かれた絶望的な状況を察知する。

(灰原がもう一度YESかNOかを聞いた時、バッジを叩いたのは歩美じゃねえ……犯人が『困っていない』と偽るために叩いたんだ。歩美はもう、バッジも取られて自由を奪われてる!)

校舎の外へ飛び出したコナンは、眼前に広がる景色を見て歯噛みした。ここから歩美のマンションまでは、子供の足ではあまりに遠すぎる。

「クソッ、間に合わねえ……!」

コナンは迷わず、新一用のスマホを取り出し、圭人の持つアストロウォッチへと通信を飛ばした。

 

 

帝丹高校。休み時間だった圭人は、手元のウォッチが震えるのと同時に、コナンの切迫した声を受信した。

「圭人!歩美が強盗犯に捕まった!場所は歩美のマンションの30階だ。急いでくれ!」

「えっ、歩美ちゃんが……? うん、分かった。すぐに行くよ、任せて」

圭人は落ち着いた、けれど意志の強い声で返すと、周囲に誰もいないことを確認して全速力で校舎の階段を駆け上がった。

屋上へと飛び出した圭人の視界に、広大な街並みが広がる。

「よし、いくぞ…!」

短く呟くと同時に、スパークレンスが眩い光を放ち、圭人の身体を包み込む。

 

【挿絵表示】

 

 

次の瞬間、そこに立っていたのは光の戦士だった。

ティガは着地した衝撃を殺すと同時に、すぐさま身体のラインを紫へと変えるスカイタイプへとチェンジした。

もはや一刻の猶予もない。

ティガは屋上の床を強く蹴り上げ、音もなく跳躍した。

空中で加速し、ビルの屋上から屋上へと、まるで重力を無視したような大ジャンプを繰り返す。風を切り裂くその速度で、ティガは迷いなく歩美の待つ高層マンションへと飛翔していった。

 

 

 

 

歩美の家の中は、荒らされたクローゼットや引き出しの中身が散乱し、異様な光景と化していた。ヘルメットを被った強盗犯の男は、苛立ちを隠せない様子で金目のものを探し回り、舌打ちを繰り返している。その傍らで、歩美は手足をロープで固く縛られ、口をガムテープで塞がれたまま、暗い部屋の隅で絶望に身を震わせていた。

その時、沈黙を破るように家の電話が鳴り響いた。強盗犯の手が止まる。数回のコールの後、自動応答に切り替わり、リビングのスピーカーから聞き慣れた老人の声が流れてきた。

〈「もしもし! ワシじゃ、ワシじゃよ! 今、君のマンションのすぐ近くまで来ているんじゃが……例の、ワシが発明した新案特許の特許料がようやく入ってのぉ。以前君のところから借りていた800万円、今から返しに行こうと思うんじゃよ。まとまった現金を持って歩くのも物騒じゃし、今からそっちへ寄らせてもらうぞい。じゃあ、また後でな!」〉

朗らかな声で語られる、あまりに具体的な大金の額。強盗犯はサングラスの奥の目を剥き、受話器を睨みつけた。

「800万……! 特許料だと?」

強盗犯は、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべ、歩美の元へ足早に詰め寄った。その手に握られた警棒が、歩美のすぐ目の前を威圧するように叩く。

「オイ……! 今の電話、お前んとこの爺さんか?」

歩美は恐怖で喉が詰まりそうになりながらも、男の問いに小さく何度も頷いた。心の中では、コナンが機転を利かせて博士に連絡してくれたのだと思い込んでいた。

(ダメだよ、博士……来ちゃダメ! 殺されちゃう……!)

男は「見逃す手はねえな……」と低く笑い、玄関のドアの影に潜んで警棒を構え、大金を持ってくるはずの老人を待ち伏せし始めた。コナンの作戦は成功したが、それを知らない歩美は博士までもが犠牲になる最悪の展開を想像し、恐怖で凍りついていた。

 

一方、マンションの屋上。光の奔流が収まると同時に、帝丹高校の制服を纏った圭人が静かに降り立った。彼は一瞬たりとも無駄にせず、非常階段を一気に駆け降り、30階にある歩美の部屋の前で足を止める。

 

ピンポーン

 

鋭いチャイムの音が静まり返った廊下に響く。玄関の影に潜んでいた強盗犯は、獲物が来たとばかりにニヤリと口角を上げ、サングラスを直して身構えた。

ガチャリとドアが開くと同時に、男は警棒を振り上げ、咆哮を上げながら飛び出した。

「爺、金を出せ!」

だが、そこにいたのは足元のおぼつかない老人などではなかった。制服のポケットに手を入れ、静かに立つ圭人だった。男は虚を突かれ、足を止めて叫ぶ。

「な!?だ、誰だお前!? 爺はどうした!」

圭人は表情を変えず、鋭く冷徹な眼差しで男を射抜いた。その全身から放たれる威圧感は、先程まで空を駆けていた光の戦士そのものだった。

「そんなことはどうでもいいんだよ。それより……その汚い棒切れで、俺をどうにかできると思ってるのか?」

強い、突き放すような口調での煽り。男はその言葉に完全に冷静さを失い、顔を真っ赤にして激昂した。

「ガキが、ナメやがって……ぶっ殺してやる!」

男が全体重を乗せて警棒を振り下ろす。しかし、圭人は最小限の動きでそれを受け流すと、下から鋭い掌底を男の手首に叩き込んだ。

「ガッ……!?」

衝撃で警棒が天井近くまで跳ね上がる。男が体勢を崩したその一瞬、圭人の左ストレートが男の鳩尾へと正確に、そして深く突き刺さった。

ドゴォッという鈍い衝撃音が室内に響き渡り、男の巨体はまるで紙屑のようにリビングの奥まで吹き飛ぶ。男はそのまま歩美の足元まで転がり、白目を剥いて完全に気絶した。

(け、圭人お兄さん……!)

歩美は目の前で起きた一瞬の出来事に、驚愕で涙も止まっていた。圭人はすぐにいつもの柔らかな表情に戻ると、足早に歩美のそばに膝をついた。

「うん、もう大丈夫だよ。怖かったね、歩美ちゃん」

圭人は優しい手つきでガムテープを丁寧に剥がし、ロープを素早く切り離して歩美を自由にした。

その直後、廊下から激しい足音が近づき、高木刑事と千葉刑事が銃を構えて踏み込んできた。その後ろからは、コナン、元太、光彦の三人が雪崩れ込んでくる。

「圭人さん!? 何であなたがここにいるんですか!」

制服姿の圭人が既に犯人を制圧している光景を見て、光彦が驚きに声を上げた。

「圭人兄ちゃん、早すぎるぞ!」

元太も呆気に取られて口を開けている。コナンは安堵の表情を浮かべ、真っ先に歩美の無事を確認した。

「歩美ちゃん! 怪我はねーか?」

「コナン君……圭人お兄さんが助けてくれたの……」

解放された歩美が、コナンの胸に飛び込むようにして泣き出した。圭人はその光景を優しく見守り、高木刑事と千葉刑事が手際よく、ぐったりとした男を確保して手錠をかけた。

「君のおかげで助かったよ、星野君。さあ、署まで来てもらおうか」

強盗犯は引きずられるように連行され、歩美の部屋を包んでいた極限の緊張感は、ようやく解けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、阿笠邸にはいつもの賑やかな声が戻っていた。風邪がすっかり治り、元気になった歩美を囲んで、探偵団の面々が集まっている。

「……というわけさ。結局、あの強盗犯は『ル・エスカルゴ事件』の犯人とは全くの別人。本物はさっき、横浜で逮捕されたってニュースが流れてたよ」

コナンの説明に、歩美は「そうだったんだぁ……」と胸をなでおろした。

「犯人の供述によると、歩美ちゃんに危害を加えるつもりはなかったらしい。ヘルメットにサングラスだったし、顔を見られても証拠にはならないと高を括ってたみたいだね」

ソファの背もたれに寄りかかりながら、圭人が補足する。その隣でコナンは、ふと思い出したように圭人に視線を向けた。

「にしても……。オメー、やっぱり歩美ちゃんのところに着くの早すぎだったんじゃねーか? 連絡してからすぐだったろ」

「はは……まあ、必死だったからね」

圭人は苦笑いしながら、コナンの耳元でだけ聞こえるような小声で囁いた。

「(……ありがとね、イチ。お前が博士の声で電話して、奴を玄関に釘付けにしてくれたおかげだよ。おかげで迷わず対処できた)」

「(……バーロ。オメーが間に合わなきゃ意味なかったんだよ)」

二人がそんなやり取りを交わしていると、面白くない顔をした元太と光彦が詰め寄ってきた。

「ちぇーっ! 結局、圭人兄ちゃんが全部いいとこ持ってっちゃったじゃねーか!」

元太が不満げに声を上げると、光彦もそれに同調して悔しそうに肩を落とした。

「そうですよ! 僕たちだって必死に追いかけたのに、手柄を独り占めなんてずるいです!」

二人の言葉を聞いた博士は、いつになく厳しい表情で二人を真っ向から見据えた。

「こら! 君達! 何を言っておるんじゃ!」

普段の温厚な博士からは想像もつかない鋭い叱責に、二人はビクッと肩を震わせる。

「今回は歩美君の命がかかっていたんじゃぞ! 手柄がどうこうなどと、そんな不謹慎なことを言うもんじゃない! 圭人君が間に合わなければどうなっていたか……それを一番に考えなさい!」

博士の迫力に、元太と光彦は「……ごめんなさい」と小さくなって項垂れた。だが、その様子を見ていた歩美が、パッと顔を輝かせて博士の手をぎゅっと握りしめた。

「歩美、知ってるよ! 博士が『すぐ近くまで来てる』って電話してくれたから、犯人が動けなくなったんだよね? 博士、助けようとしてくれて本当にありがとう!」

「お、おお……。まあ、そうじゃな! 歩美君が無事で、ワシの機転が役に立って何よりじゃわい! ガッハッハ!」

歩美の純粋な感謝の言葉に、博士は一瞬で相好を崩した。さっきまでの厳格な空気はどこへやら、鼻の下を伸ばしてすっかり上機嫌である。

そんな博士のあまりに一変した表情を、コナン、圭人、灰原の三人は、ただただ呆れた様子で眺めていた。

「……博士……単純ね…」

灰原が小さく呟き、圭人とコナンは顔を見合わせて、言葉もなく肩をすくめた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告