ヒーローと名探偵 作:タルマヨ
超古代怪物 ゴルザの猛攻(前編)
平和な平日の昼下がりを、大地の震えが一変させた。
東北地方、太平洋側に位置する山間部。かつて数千年の眠りについていたはずの休火山・
ドォォォォォンッ!
腹の底を揺さぶるような爆鳴と共に、山頂から巨大な黒煙の柱が空高く突き上げられた。瞬く間に、青かった空は灰色の火山灰に覆われ、太陽の光を遮っていく。
「速報です! 現在、東北地方の霧門岳で大規模な噴火が発生しました。気象庁は噴火警戒レベルを即座に引き上げ……」
テレビや街頭のビジョンには、噴煙を上げる山の映像が映し出され、アナウンサーが緊迫した声で情報を伝え始める。だが、現地の混乱はその数倍も凄惨なものだった。
「急げ! 走るな、前の人に続け! 荷物は最小限にしろ!」
麓の村では、サイレンが鳴り響く中で避難指示が出されていた。到着した機動隊員たちが、灰にまみれながら必死に住民を誘導する。
「お巡りさん、うちの犬がまだ……!」
「危ないから戻るんじゃない! 命が一番だ、早くバスに乗れ!」
泣き叫ぶ子供、震える老人を機動隊員が抱え、避難車両へと押し込んでいく。空からは雪のように灰が降り注ぎ、視界を白く塗り潰していた。機動隊の指揮官が無線機に叫ぶ。
「こちら現地指揮本部! 避難誘導は概ね完了したが、火口付近の地殻変動が異常だ! 震動が収まらん、まるで見えない何かが地下で暴れているような……」
その時だった。
ゴォォォォォォォ……ッ!
噴火の轟音とは明らかに異質な、獣の咆哮にも似た地鳴りが響き渡った。地表が波打ち、舗装された道路が飴細工のように裂けていく。
「な、なんだ今の音は……!?」
機動隊の数人が足を止め、足元から伝わる不気味な振動に顔をこわばらせた。それはただの自然現象ではない。生命の、それも強大な何かが発する「怒り」のような咆哮。
「隊長! 地震計の数値が振り切れています! 震源は火口の直下……ですが、この動き、生物の反応に酷似しています!」
「まさか……そんな馬鹿なことが……」
機動隊員たちは、煙に包まれた山肌を見上げた。彼らの脳裏には、近年その存在が噂される「未知の脅威」の影がよぎる。
「……すぐに連絡しろ。警察庁の怪物対策室、MDRへだ! これは我々の手に負える事態じゃない!」
通信兵が震える指で暗号回線を開く。
「こちら霧門岳現地部隊! MDR、応答せよ! 霧門岳に異常事態発生! 噴火に付随して、巨大な生物反応を確認! 繰り返す、MDRへ緊急入電――!」
日本の平和を影で守る組織、警察庁
霧門岳の麓、避難が完了し、静まり返ったゴーストタウンと化した村。そこに、一般の警察車両とは一線を画す、漆黒の特殊装甲車両の車列が到着した。警察庁直轄の怪物対策室、通称「MDR」。
その中心に立つのは、冷徹なまでの冷静さを湛えた女性、一条恵美である。彼女は車両から降り立つなり、降り注ぐ灰を厭う様子もなく、待機していた機動隊の責任者に歩み寄った。
「状況は?」
短く、だが一切の無駄を削ぎ落とした鋭い声。機動隊員は気圧されながらも、必死に現状を報告する。
「はっ……! 山頂の火口付近で異常な熱源反応が継続中。マグマ活動は一時的に沈静化しましたが、地下からの謎の咆哮と、広範囲にわたる地殻変動が止まりません!」
一条は手元のタブレットに視線を落とすと、そこから送られてくる異常な波形を一瞥し、即座に命じた。
「これよりMDRが作戦を引き継ぐ。地底探査機『ケルベロス』を投入。マグマの冷却と同時に、地下の異変を特定するわ」
一条の合図と共に、特殊地底探査機が地中へと穿孔を開始した。探査機は特殊なドリルで岩盤を削り、同時に機首から強力な「冷凍ビーム」を放射。異常な熱を帯びたマグマ層を瞬時に凍結させ、山の活動を物理的に封じ込めていく。
「冷却作業、順調です。地下500メートルに広大な大空洞を確認。マグマ活動、レベル3まで低下しました」
コントロール車両内でオペレーターが声を上げる。冷却作業は成功したかに思われた。一条の表情にも、一瞬の安堵がよぎる。しかし、それは束の間の静寂だった。
ゴォォォォォォ……ッ!
探査機のマイクが、地底から響く巨大な唸り声を拾った。先程までの地鳴りとは比較にならない、意志を持った「生命」の咆哮だ。
「……さらに深部を探査。視覚センサー、作動させなさい」
一条の命により、探査機がさらに地下深くへと潜る。そこには、赤く煮えたぎるマグマの溜まり場があった。そして、そのマグマに直接触れ、あろうことかその熱エネルギーを体内に取り込んでいる「何か」が映し出された。
「な、なんだこれは……!? 巨大な生物です!」
モニターに映ったのは、甲冑のような皮膚に包まれた異様な生物の姿。それは、太古の記録にのみ残る超古代生物だった。
「……ゴルザ。超古代の怪物……。マグマを餌にしていたというの?」
一条がその名を静かに呟いた。探査機の接近を察知したのか、怪物はその太い首をもたげた。隊員が震える声で一条に連絡を入れる。
「一条指揮官! 奴はマグマエネルギーを吸収し、体組織を再構築しています! 冷却作戦は無効です、奴自身が熱源になっています!」
「作戦変更よ。これ以上地底でエネルギーを蓄えさせるわけにはいかない。追従式ドリルビームで奴を地表へ引きずり出しなさい。地上で全火力を叩き込むわ!」
一条の決断は早かった。ケルベロスから発射されたドリルビームが、ゴルザの皮膚を穿つ。激痛に怒り狂った怪物が、岩盤を粉砕しながら地上へと突き進み始めた。
ズガガガガッ! ドォォォォォンッ!
麓の地面が爆発したかのように弾け、砂塵と炎の中からその怪物が姿を現した。
体長2.5メートル。
人間を殺すにはあまりに巨大で凶悪なサイズだった。体色は青みがかった黒に深く染まり、まるで冷え固まった溶岩のようだが、その胸部、背中、そして両足には、脈打つマグマのような赤い筋が走り、異様な熱気を放射している。
額の角が赤黒く鈍く輝き、奴がただそこに立つだけで、周囲の酸素が焼き尽くされ、空気が圧し潰されるような重圧がMDRの隊員たちを襲った。
「撃て! 総攻撃よ!」
一条の号令と共に、配置されていた特殊装甲車が、一斉に30ミリ機関砲と高出力レーザーを放った。火線がゴルザの身体を包み、爆炎が上がる。
だが、ゴルザは怯まない。
それどころか、浴びせられる銃弾や熱線を、まるで心地よい雨でも浴びるかのように受け流し、一歩、また一歩と前進を開始した。その歩みは遅いが、確実だ。
「攻撃が効いていません! 全弾命中しているのに、奴の皮膚に傷一つ付きません!」
「……方向は?」
一条が冷たく問う。
「……南東。関東、そして東京を目指しています! この速度なら、数時間後には都市部に到達します!」
一条恵美の指が、かすかに震えた。最新鋭の兵器、徹底したシミュレーション、そして自分の指揮。そのすべてを、目の前の怪物が無機質に踏みにじっていく。
「そんな……バカなことが……」
一条の瞳に、初めて焦燥の色が浮かんだ。銃火の中を悠然と歩くゴルザ。その赤い筋が脈打つたびに、周囲の草木が発火し、アスファルトが溶け出していく。
東京が、焦土と化す。その予感が、現実味を帯びて一条の肩に重くのしかかった。
◆
「避難してください! 直ちに建物の中に入り、窓から離れてください!」
米花町の平和な街並みに、消防車のサイレンと切羽詰まった避難誘導の声が鳴り響く。東北の霧門岳から現れた怪物は、MDRの総攻撃を嘲笑うかのような猛スピードで関東を縦断し、ついにこの町へと到達した。
テレビのニュース画面には、アスファルトを凄まじい脚力で踏みしめ、家屋を紙細工のように粉砕しながら進む「青黒い怪物」の姿が映し出されている。
毛利探偵事務所。
小五郎、蘭、コナンの三人は、食い入るようにその画面を見つめていた。
「な、なんだありゃあ……! 警察や自衛隊は何をやってやがる!」
小五郎が額に脂汗を浮かべ、震える手でネクタイを緩める。常に自信満々な名探偵も、画面越しに伝わる圧倒的な暴力の前には焦りを隠せない。
「お父さん、あれ……こっちに来てるよね? どうしよう、このままだと……」
蘭は震える声で窓の外を伺い、怯えたようにコナンの肩を抱き寄せた。だが、その腕の中にいるコナンは、恐怖とは別の感情で冷や汗を流していた。
(……バーロ。あんなもん、普通の兵器が通用する相手じゃねーよ)
コナンは拳を強く握りしめる。マグマを吸収したゴルザの熱気は、画面を通しても伝わってくるほどの威圧感だ。そして、彼は確信していた。
(……来るだろ? 圭人。オメーなら、黙って見てるはずがねーからな)
その頃、阿笠邸のリビングでも、重苦しい沈黙が流れていた。スマホのニュース速報を凝視していた圭人が、静かに立ち上がる。
「……じゃあ、志保さん、博士…」
その一言に、灰原と博士が同時に視線を上げた。灰原は茶碗を持った手を止めることなく、どこか諦観と信頼が混ざり合ったような瞳で彼を見つめる。
「……分かってるわ。あの怪物を止められるのは星野君、貴方だけ。行くんでしょ?」
「うん。それが今の俺にできることだからね」
圭人は優しく、だが揺るぎない口調で返した。博士が心配そうに眉を下げる。
「圭人君……無理はせんようにな。相手はワシらの常識が通じる相手ではないぞい」
「分かってる。ありがとう、博士」
圭人は短く頷くと、階段を駆け上がり阿笠邸の屋上へと向かった。
屋上に吹き付ける強い風が、圭人の上着を激しく揺らす。圭人は右手に「スパークレンス」を握りしめ、それを胸の前に突き出した。
カッと眩い閃光が爆発し、彼を光の渦へと包み込む。
次の瞬間、屋上から一条の光が空へと飛び出した。
変身を遂げた圭人――ティガは、立ち並ぶビルとビルの合間を猛スピードで駆け抜けていく。空を切る音、足元で爆ぜる衝撃波。
その視線の先には、街を焼き、人々の日常を蹂躙する超古代生物・ゴルザが牙を剥いていた。