ヒーローと名探偵 作:タルマヨ
米花町の目抜き通り。つい先刻まで人々の日常が流れていた場所は、今や絶叫と破壊の渦に飲み込まれていた。
「下がれ! 下がってください!」
消防隊員たちが必死の形相で群衆を押し戻す。避難誘導が続く中、人々は逃げ惑いながらも、ビルの合間から姿を現した「青黒い悪魔」の姿をスマホのカメラに収めようと立ち止まり、悲鳴を上げる。
そこへ、霧門岳から追走してきたMDRの装甲車が滑り込んできた。指揮車から降り立った一条恵美は、目前に広がる地獄絵図を冷徹な、だが微かに揺れる瞳で見つめる。
「避難誘導を優先。機動隊は周辺を封鎖しなさい。MDR各員、火器使用準備。奴がこれ以上進むなら、ここで刺し違えるつもりで叩き伏せるわよ!」
一条の命令が下ったその瞬間だった。
空を裂くような高い音と共に、天から眩い白い光が降り注いだ。
「な、なんだ……!?」
「光……!?」
「ティ…ティガだ!」
人々が目を細めた中心に、それは降り立った。
赤、紫、銀。三色の流線形を宿した、人知を超えた美しい戦士。
「……ティガ」
一条恵美がその名を無意識に口にした。メディアのヘリが旋回し、その姿を全世界に中継し始める。機動隊も消防も、そして逃げ遅れた群衆も、一瞬だけ恐怖を忘れてその姿に釘付けになった。
マルチタイプのティガは、着地の衝撃で土煙を上げながら即座にファイティングポーズをとる。その双眸が、不気味な熱気を放つゴルザを捉えた。
《ハァッ!》
ティガは迷うことなく駆け出した。最初の一撃、指先に光のエネルギーを集中させ、鋭い手刀で放つ「ハンドスラッシュ」がゴルザの胸部を狙う。
パァンッ! と火花が散る。だが、マグマの熱で強化されたゴルザの皮膚にはダメージは無かった。微動だにせず、逆にゴルザはマグマのエネルギーを帯びた巨大な腕を横薙ぎに振り回す。
《くっ……!》
ティガはボディアタックで突っ込もうとした矢先、その怪力に弾き飛ばされ、地面を滑った。すぐさま体勢を立て直し、至近距離での打撃戦に持ち込む。
ティガの鋭い右ストレート、そして左ストレートが、ゴルザの腹部と顔面にめり込む。空気を引き裂く衝撃音が響くが、ゴルザは顔を歪めることさえせず、その重圧を真正面から受け止めた。
ドォォォォォンッ!
耐え抜いたゴルザが、反撃の拳をティガの胴体に叩き込む。
《ぐっ……!》
凄まじい衝撃。ティガの体が大きくのけぞり、周囲のビルを揺らす。ゴルザの怪力は、霧門岳でマグマを吸収し続けてかなり底上げされていた。
周囲では、消防が興奮する群衆を力ずくで避難させていた。
「見ている場合じゃない! 早くあっちのビルへ避難しろ!」
「ティガ頑張れ……!」
一条恵美は、MDRの重火器を構えさせたまま、ティガの背中を見つめていた。彼女には分かっていた。ティガが、自分たちの攻撃が効かなかったあのゴルザを食い止めるために、文字通り身を呈して盾になっていることを。
戦いはさらに激しさを増していく。ティガとゴルザの連続する肉弾戦が、米花町の中心部を戦場に変えた。
ゴルザの拳が、もはや雨のように降り注ぐ。ティガの腹、胸、肩。防御を固める隙も与えず、重い打撃が容赦なく打ち据えられた。
《……ぁっ、……ぁっ!》
苦悶の声を漏らしながら、ティガは後退を余儀なくされる。ついに背中が巨大な商業ビルに叩きつけられた。ガラスが砕け散り、鉄骨がひしゃげる音が響く。
「ティガ……!」
逃げ惑う人々の中から、誰かが叫んだ。
ティガが起き上がろうとした瞬間、ゴルザはその巨体を生かして強引に組み付いた。その体格から放つ威圧感でティガを翻弄し、そのまま豪快に上手投げの要領で投げ飛ばす。
ドスゥゥゥゥゥンッ!
地面に叩きつけられた衝撃で、アスファルトと土砂が爆散した。ティガは朦朧とする意識の中で、距離を取るためにハンドスラッシュを4連発で放つ。
《ハッ!》
白く輝く光弾がゴルザの胸を捉える。しかし、そこで最悪の事態が起きた。
ゴルザの胸部に走る、あの血管のように脈打つ赤いラインが不気味に発光したのだ。ティガの放った光線が着弾した瞬間、爆発することなく、吸い込まれるようにそのラインへと消えていった。
《!?チッ…!》
ティガが驚きに動きを止める。
エネルギーを自らの糧へと変換したゴルザは、さらに額の角を鈍く光らせ、猛烈な突進を仕掛けた。
「逃げて、ティガ!」
一条が叫ぶが、間に合わない。ゴルザはそのままの勢いでティガを地面に押し倒した。
「グオォォォォォ!」
怪獣の、山のような体重がティガにのしかかる。灼熱の熱気を帯びたゴルザの爪がティガの肩に食い込み、さらなるマグマエネルギーの波動がティガを蝕んでいく。
ピコン……ピコン……。
その時、静まり返った戦場に、不吉な音が響き始めた。ティガの胸のカラータイマーが、青から赤へと変わり、激しく点滅し始める。
《……はぁ、……はぁ……》
エネルギーが底を突きかけている。押し潰されそうな重圧の中で、ティガの光の力が刻一刻と失われていく。一条は焦燥に駆られ、叫んだ。
「MDR、全門開け! ティガを助けるわよ! ゴルザの注意をこちらに向けなさい!」
だが、その命令が実行されるよりも早く、ゴルザの角にエネルギーが溜まり始めた。地面に伏したティガへ、至近距離から破壊光線を放つ構えだ。
絶体絶命。米花町の路上で、光の戦士の灯が消えようとしていた。
阿笠邸のリビング。テレビ画面に映し出されるその痛々しい姿に、阿笠博士は持っていた湯呑みを落としそうになりながら立ち上がった。
「圭人君が……あんなにボロボロになって……。哀君、ワシは現場に行ってくる! 何かできることがあるかもしれん!」
「待って、博士」
玄関へ駆け出そうとする博士を、灰原が静かな、だが毅然とした声で引き止めた。彼女の視線はテレビの向こう側、必死に土を掴むティガの拳に向けられている。
「……彼の強さを信じてやれないの? 誰よりも責任感が強くて、誰よりもあの力を正しく使おうとしている星野君を。それに今、私達が来たところで彼の邪魔になるだけよ」
「それは……しかし……」
「大丈夫よ。彼は、あんなところで終わるような人じゃないわ」
灰原の瞳には、揺るぎない確信が宿っていた。その気圧されるような言葉に、博士はゆっくりと足を踏みとどまらせた。
一方、毛利探偵事務所。
こちらもまた、張り詰めた空気に包まれていた。テレビを凝視する小五郎と蘭、そして冷や汗を拭うことも忘れて画面に釘付けになっているコナン。そこへ、ポアロの制服を着た安室透が、注文されていたサンドイッチの皿を手に現れた。だが、彼は皿をテーブルに置くことすら忘れ、窓から見える巨大な影と、テレビの映像を交互に見て立ち尽くしている。
「……信じられませんね。現実に、あんな存在がこの街を蹂躙しているなんて」
安室が独り言のように呟き、視線をコナンへと落とした。
「コナン君、君はどう思う? あの戦士は……今、何を考えて戦っていると思うかい?」
コナンは一瞬、安室の真意を探るようにその鋭い瞳を見上げたが、すぐにまた画面へと視線を戻して答えた。
「……きっと、誰かを守りたいって思ってるだけだよ。安室さんや、おじさんや、蘭姉ちゃん……。この街にいるみんなが、明日も笑っていられるようにね」
(……だろ? 圭人。オメーの「今の俺にできること」ってのは、そういうことなんだよな)
コナンの言葉に、安室は微かに目を見開いた。そして、不敵な笑みを口端に浮かべる。
「なるほど。自己犠牲の精神、というわけですか。……だとしたら、彼はまだ諦めていないはずですよ。僕の知る『強い男』たちは、ここからが本番ですからね」
その言葉に応えるかのように、現場で地響きが轟いた。
《……しょうがない……ッ!》
ゴルザの重圧に押し潰されていたティガの全身が、突如として眩い深紅の光に包まれた。
紫のラインが消え、全身を覆うのは燃え盛る火炎のような鮮やかな赤。パワータイプへのチェンジだ。
《ハァァァァッ!》
ティガは唸るような叫びと共に、のしかかっていたゴルザの巨体を内側から押し返した。パワータイプ特有の圧倒的な剛力が、怪獣の圧力を跳ね除けたのだ。
激昂したゴルザが腕を振り上げるが、ティガはそれを正面から受け止め、逆に重戦車のような拳を叩き込んだ。
ドォォォォォンッ!
電撃を帯びたかのような強烈なパンチが、一撃、二撃とゴルザの胸部を揺さぶる。打撃のたびに大気が震え、ゴルザの硬い皮膚に、目に見えるほどの亀裂が走り始めた。
《ハァッ!》
ティガは怯んだゴルザの腕を掴み、腰を落として一気に投げ飛ばした。巨体が宙を舞い、そのまま広場へと叩きつけられる。土煙が数百メートルの高さまで巻き上がった。
だが、ゴルザもしぶとい。全身の亀裂からマグマの光を漏らしながら、再び立ち上がろうとする。それを見たティガは、地を踏み砕く勢いで両脚を広げ、大地からエネルギーを汲み上げるように両腕を広げた。
赤熱した光がティガの腕に沿って激しく渦を巻き、周囲の気温を急上昇させる。胸の前で圧縮されていくのは、火山のマグマそのものを粒子化したかのような高エネルギー体だ。
ティガは唸るように両腕を前方に叩きつけ、その凝縮された灼熱の塊――デラシウム光流を解き放った。
ゴルザは避けることもできず、その一撃を正面から受け止める。だが、怪獣の胸にある光線吸収器官が不気味に赤黒く光り、あろうことかその超高熱のエネルギーさえも強引に吸い込み始めた。
《な、何っ!?》
ティガの驚愕の声が響く。ゴルザは吸収したエネルギーで火傷を負いながらも、それを自身の活力に変えて吠えた。
両者の死闘は、もはや理屈を超えた泥沼の肉弾戦へと突入した。拳と拳がぶつかり合うたびに衝撃波が周囲を揺らし、地面はゴルザの足跡によって陥没していく。
ティガはカラータイマーの点滅を無視し、死に物狂いの連続攻撃を仕掛けた。顔面への膝蹴り、腹部への連打。ゴルザの防御が間に合わないほどの速度で、パワーを乗せた打撃が叩き込まれる。
ついに、ゴルザの胸にある吸収ラインがオーバーヒートを起こし、火花を散らした。ゴルザはたまらず膝を突き、苦しげに首を垂れる。
今だ。
ティガは静かに、だが素早く再びマルチタイプへと姿を戻した。
ゆっくりと、祈るように両腕を腰の位置まで引く。
その瞬間、ティガの全身が白紫色の光に奔った。胸の前で交差された腕の軌跡に沿って、空気そのものを歪めるほどの膨大なエネルギーが収束していく。米花町の空が、昼間だというのにティガの発する光で白く染まった。
眩い光の粒子が、脈動するようにカラータイマーへと集まり――ティガは鋭く、右腕を縦、左腕を横に合わせた。
L字に組まれた腕の先から、純白の閃光が一直線に解き放たれる。
ゼペリオン光線。
光線は空気を焼きながら、ゴルザが最後の抵抗を見せようと開いた胸の致命傷――先ほどの亀裂へと直撃した。
「グ、オォォォォォォォ……ッ!!」
断末魔の咆哮が街中に響き渡る。光線はゴルザの巨体を貫通し、背後へと突き抜けた。怪獣の体内を駆け巡る光のエネルギーが、一気に臨界点を超える。
ゴルザはゆっくりと後ろに倒れ込み、次の瞬間、内側から弾けるように爆発し、散り散りになった。
衝撃波が吹き荒れ、黒煙が上がる。だが、その中から現れたのは、勝利を告げるように静かに立つ戦士の姿だった。
「……やった」
テレビを見ていた蘭が震える声で呟き、小五郎は呆然と口を開けていた。コナンは静かに微笑み、安室は小さく拍手を送る。
そして、米花町の至る所で、避難していた群衆から割れんばかりの歓喜の嵐が巻き起こった。
「勝ったぞ! ティガが勝った!」
「助かったんだ……!」
メディアのリポーターも興奮を隠しきれず、マイクを握る手が震えている。
ティガは街の惨状を一度だけ悲しげに見つめると、自身の体が光の粒子へとほどけていくのを静かに受け入れた。
黄金の粒子が空へと昇り、風に流されて消えていく。
戦いは終わった。
現場には、すぐさま機動隊、消防、そしてMDRの部隊が展開し始めた。
瓦礫の撤去、負傷者の救護、そして住民たちのサポート。
一条恵美は、ティガが消えた空を見上げながら、無線に向かって短く指示を出した。
「……MDR各員、事後処理を開始。住民の安全を最優先に。……戦いは、これからよ」
誰もいないビルの陰。光の粒子が地上に降り立ち、一人の少年――星野圭人へと戻った。彼は肩で息をしながら、スパークレンスをそっと懐にしまった。
「結構……疲れたな。でも、守れてよかった」
圭人は誰に聞かせるでもなくそう呟くと、仲間たちの待つ場所へとゆっくり歩き出した。
◆
激しい戦闘の余波が残る米花町を離れ、星野圭人は夕闇に包まれ始めた阿笠邸へと帰り着いた。
玄関のドアを開けると、そこには心配そうに、けれど安堵の表情を浮かべた博士と灰原の姿があった。
「ただいま、博士、志保さん」
圭人が少し疲れの混じった笑顔で言うと、博士は「おお、圭人君!」と声を弾ませて駆け寄った。
「無事でよかった、本当によかったわい! テレビで見とった時は生きた心地がせんかったぞ」
「……お疲れ様。まずは座ったら? コーヒーでも淹れてあげるわ」
灰原もいつもの冷静さを装ってはいるが、その瞳には明らかな安堵の色が浮かんでいる。リビングのソファに深く腰を下ろした圭人は、しばらくの間、静かに自分の掌を見つめていた。
「ねえ、博士、志保さん。今回の戦い……ちょっと不思議だったんだ」
圭人がポツリと漏らした言葉に、博士と灰原が顔を見合わせた。
「不思議、というと?」
「いつもなら……俺が力を使い果たす寸前になると、あの、自分の中にある『闇の力』が暴れ出そうとする感覚があるだろ? でも、今回はそれが全くなかったんだ。最後まで、俺は俺のままで戦えた気がする。……どうしてなんだろう」
純粋な疑問を投げかける圭人に対し、博士は優しく目を細め、彼の肩にそっと手を置いた。
「それはきっと、圭人君の心が今まで以上に強かったからじゃよ。今回の戦い、君は自分のためではなく、街の人々や仲間を……文字通り『皆を守りたい』という純粋な正義の心で戦い抜いた。その強い光が、内なる闇を封じ込めたんじゃろうな」
「正義の、心か……」
「ええ、そうね。今の貴方は、誰が見ても立派な正義のヒーローよ、星野君」
灰原がキッチンから湯気の立つカップを運びながら、少し揶揄うような、けれど誇らしげな微笑みを向けた。
「でも、ヒーローっていうのは戦いの後も大変なのよ。今回の件、あんな大々的に中継されちゃって……明日からまた、メディアが五月蝿いわよ。正体を探ろうとする記者に、野次馬、それに――」
灰原は一度言葉を切り、窓の外を警戒するように見やった。
「多分、世良真純も黙ってはいないでしょうね。あの子、嗅ぎつけるのは得意そうだし」
世良真純の名前が出た瞬間、圭人は「うわぁ……」と顔を顰め、苦笑いを浮かべた。
「それは勘弁してほしいなぁ……。彼女に捕まったら、質問攻めだけじゃ済まない気がするよ」
「ガッハッハ! それもまた、ヒーローの宿命かもしれんのう」
博士の豪快な笑い声が、リビングに響く。
外の喧騒とは対照的な、穏やかで温かい時間がそこには流れていた。
圭人は、窓の向こう側に広がる米花町の夜景を見つめる。
まだ爪痕は深く残っているが、そこには確かに人々の営みの光が灯り始めていた。
自分の内側にある光と闇。その危うい均衡を抱えながらも、圭人は今日、確かに一人でも多くの命を救ったのだという実感を、温かいコーヒーの熱と共に噛み締めていた。