ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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園子の赤いハンカチ(参)

「名簿の中に日付、ですかぁ?」

山村警部はファックスの用紙を両手で持ち、不思議そうに首を傾げている。

「ほら、ここに『四月一日』とか『八月一日』って……あれ? でもこれ、よく見たら文字の並びが社員の名前っぽく配置されてくれちゃったりして……」

山村警部が呟く背後で、コナンは眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。脳細胞が猛烈なスピードで回転を始め、バラバラだったパズルのピースが一気に組み上がっていく。

(――そういうことか!)

コナンは隣に立つ圭人にだけ聞こえるような低い声で、そっと囁きかけた。

「……この名簿のからくり、分かったぞ」

「どういうこと?」

圭人もアストロウォッチの明かりを手元に落いながら、声を潜めて耳を傾ける。

「ホヅミさんは、自分の名前をカタカナで『ホヅミ』と名乗っていた。だけど、漢字で書けば『八月一日』。つまり、日本の難読姓の一つだ。八月一日は、実った稲の穂を摘む時期だから『ほづみ』と読む。この名簿に紛れ込んでいる日付のように見える文字列は、全部そういう難読姓を持つ人間たちの名前なんだよ」

「なるほどね。つまり、ホヅミさん以外にも、日付のような珍しい苗字を持つ人たちがその制作会社にいるってことか」

「あぁ。そして、ホヅミさんが命を懸けて遺したあのメッセージの意味も、これで完全に繋がる」

コナンは上着のポケットから、ビニール袋に包まれたホヅミの手帳を取り出し、腕時計型ライトの光で4月1日の欄を照らし出した。そこには、被害者が最後の力を振り絞ってなぞった赤黒い血痕が、はっきりと残されている。

「昼間、ホヅミさんはわざとらしく園子に『今日は四月一日じゃないのにね』なんて言っていた。あれは、俺達に『四月一日』という日付を強く印象づけるための伏線だったんだ。自分が襲われた時、犯人の名前を指し示すためにな」

「四月一日……」

圭人はその日付を口の中で繰り返すと、ハッと目を見開いた。

「四月一日。冬を越して、着物の綿を抜く季節……」

「そう。四月一日と書いて、読み方は『わたぬき』だ」

コナンの視線が、警察の囲みの中心で不機嫌そうに佇む一人の老人に向けられる。分厚い眼鏡をかけ、終始周囲を拒絶するように、手元の懐中電灯を弄んでいた男――綿貫辰三。

「ホヅミさんが手帳の4月1日の欄に血を遺したのは、単なる偶然なんかじゃない。自分を刺した真犯人の名前が『わたぬき』であることを示す、絶対的なダイイングメッセージだったんだよ」

コナンが確信に満ちた目で綿貫を見据える。

ホヅミが実在しない偽名のADだった理由、および、なぜ彼が殺されなければならなかったのか。その背景には、この難読姓を持つ容疑者・綿貫辰三の存在が深く関わっているに違いなかった。

「よし……」

圭人が小さく息を吐き、身体の緊張をほぐす。

「真犯人の正体は分かった。あとは、どうやってあのヘッポコ警部を誘導して、綿貫を追い詰めるかだね」

「あぁ。あのヘッポコ警部にうまく気づかせなきゃな……。この『四月一日』という名前が持つ、本当の読み方をさ」

コナンは不敵な笑みを浮かべ、腕時計型ライトのスイッチをカチリと切り替えた。闇の中に潜む真犯人を白日の下に晒すため、二人は静かに動き出す。

 

 

 

 

コナンと圭人から難読姓「四月一日(わたぬき)」の推理を聞かされた山村警部は、ひっくり返った声を上げた。

「ええっ!? 『四月一日』って書いて『わたぬき』って読むんですかぁ!? ということは、ホヅミさんのダイイングメッセージが指し示していた真犯人は……」

山村警部の視線が泳ぎ、容疑者の中にいる唯一の「わたぬき」――綿貫辰三へと向けられる。分厚い眼鏡の奥の目が、一瞬だけ不穏に泳いだのをコナンは見逃さなかった。

だが、綿貫はすぐに鼻で笑い、白々しい態度を崩さない。

「ふん……くだらんこじつけだ。私がその男を殺したという決定的な証拠でもあるのかね?」

「証拠なら、これからあんたが必死に探していた『元の木』で見つけてみせるよ」

コナンが低い声で告げると、綿貫の顔色があからさまに変色した。

コナンは圭人を伴い、山村警部や鑑識の捜査員たちを引き連れて、再びホヅミの遺体が発見された深い森の奥へと足を踏み入れた。

腕時計型ライトとアストロウォッチの強い光条が、夜の闇を鋭く切り裂きながら周囲の巨木を一本ずつ照らし出していく。

昼間、ホヅミが不自然なほど執拗に探していたロケ地の木。園子が結んだ赤いハンカチによってカモフラージュされてしまった、綿貫にとっての「目印の木」だ。

コナンは周囲の木々の配置や、ホヅミが遺した手帳の記述から正確な位置を割り出し、一本の古木の前に立ち止まった。

「ここだ」

コナンは木の根元に歩み寄ると、落ち葉を払い、湿った土を素早く手で掘り起こし始めた。圭人もアストロウォッチの光をその手元に集中させ、じっと見守る。

ガチリ、とコナンの指先が土の中に埋もれていた硬い何かに触れた。

「……出たぞ」

引きずり出されたその物体にライトの光が当たった瞬間、背後にいた山村警部が「ひぃっ!?」と短い悲鳴を上げて飛び退いた。

土にまみれて現れたのは、肉が完全に削げ落ち、不気味に空洞の眼窩を開けた、人間の白骨化した頭蓋骨だった。

「こ、これって……人間の骨じゃないですかぁ!」

山村警部が腰を抜かす傍らで、綿貫は完全に言葉を失い、ガタガタと膝を震わせ始めた。

この白骨死体こそが、綿貫辰三という男が過去にこの山へ葬った、すべての罪の引き金だった。

綿貫の真の顔は、指定暴力団「金竜会」の大幹部。かつてこの群馬の山中で、組内の激しい覇権争いが発生していた。当時、次期組長の座を激しく狙っていた綿貫は、最大のライバルであった幹部の男と対立。狡猾な手段でその男を殺害すると、発覚を恐れてこの深い山林へと死体を密かに埋葬したのだ。

正式な組員としての地位を盤石にするまでの間、自分が後から死体を回収するか、あるいは生存を確認するための目印として、その木の枝に一枚の「赤いハンカチ」を結びつけておいた。

ところが、綿貫にとって計算外の事態が起きる。

テレビドラマ『冬の紅葉』が世間で大ヒットし、ロケ地となったこの山に、ドラマの真似をして赤いハンカチを結びつけるファンが爆発的に急増してしまったのだ。

あちこちの木に大量の赤いハンカチが溢れ返った結果、綿貫が埋屍地の目印にしていた「元の木」がどれなのか、本人にも全く分からなくなってしまった。

焦った綿貫は、大金をちらつかせてテレビ局の人間を装ったホヅミを雇い、ロケハンに見せかけて「元の木」を血眼になって探させていた。しかし、事態は最悪の方向へ転がる。

ホヅミが予想以上に早く、この根元に眠る白骨死体を発見してしまったのだ。

大金を手に入れたはずのホヅミは、この死体をネタに、綿貫に対してさらなる巨額の口封じ料を要求し、脅迫を始めた。

「だからあんたは、ホヅミさんを殺害して口を封じることにしたんだ」

コナンが冷徹な視線を綿貫に突き刺す。

午後5時頃、綿貫はホヅミをこの場所に呼び出し、持参したサバイバルナイフでまずその腹部を深く刺した。激痛に悶え、地面に倒れ込んだホヅミは、必死に抵抗する中でポケットの手帳に手を伸ばし、真犯人の苗字である「四月一日」の欄に指で血痕を擦り付けた。

だが、綿貫は冷酷にも、仰向けになって苦しむホヅミの胸元へ容赦なくナイフを突き立て、確実に息の根を止めたのだ。

「あんたはホヅミさんの身元を隠すために、財布などの所持品をすべて剥ぎ取った。その時、血のついた手帳も一緒に奪って処分しようとしたはずだ。だけど、暗闇の焦りの中で手帳を落ち葉の隙間に落とし、見失っちまった……。それが、オレたちに発見されたんだよ」

「う、うあああ……!」

コナンの淀みのない開陳と、目の前に突きつけられた過去の骸骨を前に、綿貫はついに力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。分厚い眼鏡が地面に落ちて、その下に隠されていた冷酷なヤクザの眼光が、今は恐怖と絶望に歪んでいる。

 

「……そうだ。すべてオレがやったことだよ」

突きつけられた白骨死体を前に、綿貫は床にへたり込んだまま、観念したように不敵な笑みを浮かべた。

過去の殺人を隠蔽し、白骨死体を回収するためにこの山へ来たことを認めたのだ。だが、その笑みはすぐに傲慢なものへと変わる。綿貫が懐から取り出した無線機に低く這いずるような声で命じた。

「おい、始めろ」

その直後、周囲の鬱蒼とした茂みが激しく揺れ、冷たい金属音が夜の森に鳴り響いた。暗闇から次々と現れたのは、ドスの利いた声を上げる男たち――指定暴力団「金竜会」の武装したヤクザ手下、およそ30人もの大集団だった。それぞれが金属バットやナイフを手にし、禍々しい殺気を放ちながら圭人やコナン、山村警部たちをまたたく間に包囲していく。

「ひ、ひぃぃぃ! ヤ、ヤクザがこんなにたくさん湧いて出ちゃったりしてぇ!?」

山村警部が腰を抜かして悲鳴を上げる。

そこへ、騒ぎを聞きつけた蘭と園子が息を切らせて現場に駆けつけてきた。最悪の状況を目にした蘭は、瞬時に園子の前に立ちはだかり、鋭い声を飛ばす。

「園子、離れてて!」

蘭は即座に戦闘態勢を取り、鋭い踏み込みからヤクザの一人に痛烈なかかと落としを叩き込んだ。脳天を打ち抜かれた男が木の根元に沈む。しかし、相手は30人もの武装集団だ。次々と繰り出される凶器に対し、多勢に無勢であることは否めない。

圭人も身を挺して群がる男たちを殴り飛ばし、的確に急所を蹴り抜いていくが、一般人を守りながらの乱戦に、流石の戦闘能力をもってしても手こずらざるを得なかった。

(クソ、数が多すぎる……!)

コナンが麻酔銃の照準を定めようとした、その時だった。

上空の枝葉を凄まじい勢いで蹴破り、一人の男が彗星のごとくヤクザ集団の真ん中へと踏み下りてきた。地響きのような着地音とともに砂塵が舞う。

眼鏡の奥の鋭い眼光、拳に巻かれた白いテーピング。

「ま、真さん!? な、何でここに!?」

園子が驚愕の声を上げ、目を丸くする。圭人、蘭、コナンもあまりの衝撃的な登場に言葉を失った。

京極真は襲いかかってきたヤクザの腕を掴んで一閃、そのまま一本背負いで地面に叩きつけると、静かに園子を振り返った。

「そのお話は後です、園子さん。怪我はありませんか?」

「は、はい……!」

動機はともかく、絶体絶命のピンチに現れた白馬の騎士の姿に、園子は頬を紅潮させて感激に打ち震える。

「いくよ、京極さん! 蘭!」

圭人の鋭い掛け声とともに、圧倒的な反撃が始まった。

圭人、京極、蘭の3人が背中を合わせ、武装した金竜会のヤクザ集団に真っ向から立ち向かう。

京極のアクションはまさに圧巻の一言だった。振り下ろされる金属バットを素手で受け止め、そのまま怪力でへし折ると、一撃で数人のヤクザを吹き飛ばしていく。肉体の極限を超えたような派手で圧倒的な体術の嵐に、コナンも思わず「マジかよ……」と呆然と呟く。

蘭も京極の勢いに呼応するように鋭い連続蹴りを放ち、ヤクザたちをなぎ倒していく。その乱戦の最中、逃げ出そうとしていた首謀者の綿貫を見逃さなかった。

「ハァァァァ!」

蘭の身体がしなやかに宙を舞い、容赦のないかかと落としが綿貫の脳天に炸裂した。

「ぶふっ!?」

分厚い眼鏡を叩き割られた綿貫は、一言も発せぬまま地面に強打され、完全に気絶した。

気づけば、周囲にいた30人のヤクザ集団は、ことごとく地面に転がって呻き声を上げていた。武器を持った凶悪な集団を、3人は文字通り完璧に蹴散らしてしまったのだ。

やがて、山村警部の無線による応援要請を受けて、群馬県警の本隊が大挙して押し寄せてきた。

気絶した綿貫辰三をはじめ、這いつくばる金竜会のヤクザ連中は次々と手錠をかけられ、警察車両へと連行されていく。綿貫が過去に犯した殺人罪、そして今回のホヅミ殺害と死体遺棄、凶器準備集合罪。すべての罪が、今度こそ完全に確定した瞬間だった。

「いやあ、皆さんのおかげで大手柄ですよぉ!」

山村警部がはしゃぎながらパトカーへと戻っていく。蘭と園子、京極が言葉を交わし、コナンと圭人もようやく一息ついた。

だが。

赤色灯の光が届かぬ、深い森の闇の境界線。

そこには、警察の誰も気づかぬまま、微動だにせず一人佇んでいる男がいた。

 

大隈勇。

 

鼻ピアスを開けたあの若い男が、冷徹な一瞥をパトカーの列にくれた後、静かに闇の奥へと足を進めていた。

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