ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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骨董品は隠せない(中編)

 米花町の一角にある西津邸の周囲に、けたたましいサイレンの音が鳴り響き、赤色灯の光が薄暗い日本家屋の壁を不気味に照らし出した。

通報を受けて駆けつけた目暮や高木を中心とする警視庁捜査一課の面々が現場に到着し、物々しい雰囲気の中で本格的な実況見分が始まる。

部屋の中央に横たわる西津の遺体を前に、目暮が厳しい表情で顎をさすった。

「頭部からの大量の出血…撲殺か?」

その疑問に、傍らで記録用の手帳を開いていた高木が、首を横に振って詳細を報告する。

「いえ、検視官の話によると死因は刺殺…有尖有刃器…この手前の槍で大動脈破損だと。犯人の指紋はありませんでしたが、先端の刃の部分に血が付いてますしその下の口金に何か殴ったような跡もあるので…」

高木の説明を聞きながら、目暮は何かを考え込む。

高木はさらに手帳をめくり、現場の状況から推測される犯行の流れを付け加える。

「阿笠さんがこの部屋に来た午後2時にはまだ被害者の西津さんの息があったことを踏まえると、犯人は被害者を槍で殴り倒した後、阿笠さんがやって来たのでタンスか何かに身を潜め、阿笠さんが警察と救急車を呼ぶためにこの部屋を出た後、今度はその槍で背中を刺してとどめを刺したんだろうと言うことです」

一通りの流れを把握した目暮が、怪訝そうな目を向けた。

「しかし、阿笠さんは何故ここに?」

「あ、ワシが呼ばれたのはな、伯父の遺品の中から見つかった小皿を、西津さんに鑑定してもらうためじゃったんじゃよ」

博士は自らの伯父の別荘から見つかった小皿の鑑定を依頼しにきた経緯を、事細かに目暮へと説明した。

それを聞いた目暮と高木は、被害者の西津が古美術鑑定家であることを改めて認識する。だが、それゆえに目暮の首を傾げる角度は深くなった。

「しかし、何故鑑定家が命を……」

「おそらく、その堆黒盆が関係しているのでしょう。ここにあるはずの、高価な漆芸品がどこにも見当たりませんから」

静かに口を開いたのは、沖矢だった。彼は物腰柔らかに、西津が今日この場所で時価数千万円から5億円クラスとも噂される「堆黒盆」の鑑定を行う予定だったこと、そしてコナンたちが踏み込んだ時には、そのお盆が部屋のどこにも残されていなかった事実を説明した。

「何? 盆なら別に取られていないが…」

目暮はそう呟くと、すぐ近くの棚に置かれていた平たい木箱に目を留めた。手袋をはめた手でそのフタをスライドさせ、中から1枚のお盆を取り出してみせる。

その様子を見ていた圭人が、目暮に向かって冷静に声をかけた。

「目暮警部、その側にある2つの似たような箱を開けてみてください」

「ん? 2つの箱だと……どれどれ」

目暮は圭人に言われるがまま、隣に並んでいた別の木箱のフタを次々と開けていく。大富豪の遺品を収めるような立派な箱の中身を確認した瞬間、目暮の目が限界まで見開かれた。

「オイオイ…3つ共、同じ盆が入ってるじゃないか!」

信じられない光景に目暮と高木が驚く中、圭人の斜め後ろから灰原が冷ややかな声で補足を加える。

「偶然同じ柄の盆が3枚同時に入ってたらしいわよ」

さらにコナンが、子供らしい無邪気な声を装いながら、目暮たちを見上げて言葉を繋いだ。

「テレビの鑑定番組で似たような堆黒盆に五億円の値がついた影響でね!」

「ご、5億……!?」

「そんな破格の値段が……!?」

目暮と高木は顔を見合わせ、そのあまりの巨額さに思わず息を呑んだ。5億円という大金が絡んでいるとなれば、殺人事件の動機としてはお釣りが来るほどの十分すぎる理由になる。

その驚きの余韻を破るように、世良が楽しそうに口元を釣り上げた。

「被害者の西津さんはその3枚の盆の依頼者を交えて、今日本物と贋物の違いを解説するって言ってたらしいから、いるだろうね普通に考えたら…。鑑定士を殺害し、本物を自分が持ってきた箱に入れ大金をせしめようとしてる犯人が…この3人の中にね!」

世良はそう言いながら、部屋を仕切っていた障子を勢いよくスライドさせて開け放った。

開かれた障子の向こう側の廊下には、警察の指示で待機させられていた3人の依頼者――遠島基行、蝶野欽治、坂巻鈴江が、一様に青ざめた表情で立ち尽くしていた。

 

 

障子の向こうに揃った3人の依頼者に対し、目暮と高木は鋭い視線を向けながら事情聴取を開始した。

まずは、最初に不快感を露わにしていた遠島基行が、自身の素性と経緯を語り始める。

「私の名前は遠島基行……証券会社に勤めるサラリーマンです。実は、去年亡くなった祖父から相続した倉の中に、テレビの鑑定番組に出ていた盆とそっくりな盆がある事に気づいて、西津さんに鑑定を依頼したんです。その番組と同じくらいの値がついたらいいなぁと思って……」

その言葉に、目暮が厳しい目を向けた。

「では、その盆をお金に換えたかったと……?」

遠島はムッとしたように顔をしかめ、大慌てで両手を振った。

「別にお金には困ってませんよ!? 老後の蓄えとか、あるに越した事ないし……」

すかさず高木が手帳にペンを走らせながら、本題へと踏み込む。

「それで? 被害者が襲われたと思われる午後2時頃は、どこで何をされていましたか?」

遠島は視線を泳がせながら、隣に並ぶ別の依頼者たちへと目を向けた。

「西津さんに、友人の博士がもうすぐ来るからって、それまでこの二人と応接間で待っててくれと言われたんです。ですが、一度トイレに行ったら家が広くて迷ってしまい、応接間に戻れなくてウロウロと……。そうこうしてたら、ドタドタと走る音が聞こえて、ここへやって来たんです」

次に高木が向き直ったのは、白髪をいかめしく蓄えた老人だった。

「今は隠居の身じゃがな……私はあの盆を20年前に一千万円で買ったんじゃ!! 儂のが本物に決まっとろうが!!」

「いや、その前にお名前と職業を……」

高木が苦笑しながら宥めると、老人は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「蝶野欽治じゃ! 元は不動産会社の社長をやっておったわ!」

「その蝶野さん、2時頃は何を……?」

高木が問いかけると、蝶野は腕を組んで傲然と言い放った。

「しばらくこのおなごと応接間におったんじゃが、部屋でじっとしておるのは性に合わなくてのぉ……。書斎に行って古美術の書物を読みふけっておったら、こやつと同じ誰かが廊下を走るけたたましい足音を聞いて、ここに来たんじゃ!! とにかく儂のが本物の堆黒盆じゃ! あれがもし贋物だったとしたら、恥ずかしくて一族郎党に顔向け出来ぬわい!!」

蝶野は凄まじい剣幕で、まくし立てるようにまわりの者を怒鳴りつけた。

最後に残った女性が、落ち着いた、しかしどこか冷ややかなトーンで名乗りを上げる。

「私は古糸美術館の館長を務める坂巻鈴江と申します。今度、その美術館をリニューアルオープンする事になり、堆黒盆をその目玉にしたいので、オーナーにどれくらいの価値がある品なのか聞いて来てくれと頼まれたんです。本当に鑑定番組でやっていたような値打ちはあるのかと……。なので、似たような盆を持っている他の二人もいらしたなんて、夢にも思いませんでしたわ……」

坂巻は、遠島と蝶野を侮蔑の混じった目で見やりながら溜息をついた。

目暮が彼女の顔をじっと見つめる。

「では、貴女はその二人の言う通り、ずっと応接間にいらしたんですか?」

「ええ、1人で……。最初は家政婦さん達もいらしたんですけどね」

その言葉に、それまで静かに捜査を見守っていた沖矢が反応した。

「この家には、家政婦さんがいらしたんですか……」

沖矢の呟きを聞いた博士が、自身の記憶を掘り起こすように右手で顎をなでた。

「そういえば、前に来た時に居たのぉ……確か二人……」

そこへ、廊下の奥から足音が近づき、千葉刑事が二人の女性を引き連れて部屋へと入ってきた。

「目暮警部! その家政婦が彼女達です!」

「おお、千葉君。どこにいたんだね?」

目暮の問いに、千葉が答える。

「近くのコンビニに、煎餅を買いに出ていたそうで……」

高木が怪訝そうに復唱した。

「煎餅を?」

連れてこられた家政婦の一人が、申し訳なさそうに手を合わせて事情を説明し始める。

「坂巻さんに、甘い煎餅は苦手だから、しょっぱい煎餅はないの? と言われて……」

すかさず坂巻が、声を尖らせてそれを遮った。

「あるかどうか聞いただけで、催促したわけじゃないわ!」

もう一人の家政婦が、坂巻の機嫌を窺いながら言葉を続ける。

「それで、遠島さんをお手洗いに、蝶野さんを書斎にお連れした後で、二人で夕飯の買い出しに出かけました」

話を聞いていたコナンが、家政婦のスカートの裾を軽く引っ張るようにして、上目遣いで尋ねた。

「ねぇ、この家って他には誰かいないの?」

「いつもは息子さん夫婦がいるんだけど、今は家族旅行中で……。留守を任されてたのに、まさかこんなことになるなんて……」

留守番中に起きた凄惨な事件に、家政婦は悲しげに肩を落とした。

その状況を整理した世良が、3人の依頼者を見据え、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

「つまり……午後2時頃に自由に動けたあんたら3人になら、西津さんを殺すことは出来たってわけだな! 槍なら、殴っても刺しても、構造上返り血は付きにくいだろうからね……」

世良の挑発的な言葉に重苦しい空気が流れる中、圭人が腕を組んで首を傾げた。

「うーむ。でも、犯人は本物の堆黒盆を自分の箱に入れただろうから、すぐに誰かはわかりそうだね」

圭人の言葉に同意するように、灰原が冷徹なトーンで言い放つ。

「そうね……あの3つの箱の中の盆を、別の鑑定士に調べてもらえば、誰が犯人なのかは明明白白……」

世良の目がギラリと怪しく光り、怯える灰原を追い詰めるようにその距離を詰めた。

「やっぱり、アダルトだねぇ……」

「『明明白白』なんて言葉の意味、普通の子供は知らないぞ? 物事がはっきりしていて、疑う余地がないこと……。小学一年生が使う言葉にしては異常すぎる。君、一体何者なんだ? ……やっぱり、飲んだんだろ? コナン君と同じ、例の……」

核心に迫る凶刃のような言葉を前に、正体が暴かれる恐怖から、灰原の額には冷や汗がにじみ、身体が完全に硬直した。

その絶体絶命の窮地に、すぐ横から救いの手を差し伸べるように、圭人が静かに割って入った。

「そんなに異常かな?」

計画を邪魔された世良は、面白くなさそうに眉を跳ね上げ、鋭い一瞥を圭人へと向ける。

「あん?」

世良の鋭い視線を受け流しながら、圭人はいつもの柔らかいトーンで、しかし確固たる意志を込めて言葉を返した。

「さっきも言ったけど、今や何かに長けてるキッズなんてそこまで珍しくない。自分が生まれる遥か昔の事を知ってる子だっている」

さらに、その場の空気を完全にこちら側のペースへと巻き込むように、背後から沖矢が静かに歩み寄り、眼鏡の奥の瞳を細めて大人の余裕を感じさせる言葉を付け加えた。

「そうですねぇ。何より今は小学生でもスマホを持っている時代…テレビや本で見聞きした情報や単語をすぐ検索もできる…。それに一緒に住んでいる博士は難しい言葉を知っておられる…それが同居人に移っても不思議じゃないのでは?」

張り詰めていた空気が一気に和らぎ、絶妙な助け舟をもらった博士は、大慌てで何度も首を縦に振って同意した。

「そ、そうじゃの……」

自分の推理をことごとく煙に巻かれ、決定的な証拠を掴み損ねた世良は、苦虫を噛み潰したような表情で沖矢の顔をじっと見つめ、露骨に不満げな顔になるのだった。

 

 

世良の鋭い追及が一段落したところで、目暮はこれ以上の押し問答を止めるように腕を組み、隣に控える高木へと向き直った。

「高木君、至急、別の鑑定士を呼ぶんだ」

「はい!」

高木が小気味よく返事をして動き出そうとしたその時、廊下に並ぶ依頼人の3人が一斉に声を上げ、捜査の動きに待ったをかけた。

「ホントに犯人は盆を自分の箱に入れたのか?」

遠島が疑わしげに眉をひそめて異議を唱えると、すかさず蝶野が不機嫌そうに口を挟む。

「ただ空いてた箱に盆を入れただけでは」

さらに坂巻が、冷ややかな視線を警察に向けながら自身の推測を述べた。

「堆黒盆目当ての犯行に見せかけるためだ」

三者三様の反論が飛び交う中、遠島はさらに自身の無実を強調するように、目暮に向かって言葉を強めた。

「本物の盆が自分の箱に入ってたくらいで犯人にされちゃたまらないよ」

容疑者たちの猛反発を受け、目暮は困り果てたように顎に手を当てた。

「いずれにせよ鑑定士がこないことには…」

上司の言葉に、スマホを確認していた高木も困惑気味に同調する。

「名のある人を呼ぶとなると時間がかかりますね…」

警察の捜査が停滞しかけたその瞬間、コナンが博士のすぐそばへ歩み寄り、周囲に怪しまれないようあどけない子供口調で問いかけた。

「西津さんは眼の前にあるのが本物だと博士に言ったんだよね?」

その言葉にハッとした博士は、記憶の糸を急速に手繰り寄せ、手をポンと叩いて目暮と高木を振り返った。

「そ、そうじゃ、本物の堆黒盆には西津さんの血の指の跡がついておるぞ」

「何、血の跡だと!?」

目暮が目を見開く。博士の決定的な証言を受け、目暮は鋭い眼光を3人の容疑者へと向けた。

「自分の箱の後ろに座ってくれ」

目暮の指示に従い、遠島、蝶野、坂巻の3人はそれぞれ自身の木箱の前に座らされた。そして、警察の立ち会いのもと、それぞれの箱から堆黒盆を出して裏側を検分する。

だが、そこに現れた光景に、目暮は息を呑んで驚愕した。

なんと、3枚並べられたお盆のすべてに、全く同じような位置に血の跡が付着していたのだ。

予期せぬ事態に静まり返る部屋の中で、沖矢が眼鏡の奥の瞳を細め、穏やかな声でそのからくりを補足した。

「機転を利かせた犯人がどれか本物かを分からなくするために他の2枚にもつけたんでしょう」

犯人の用意周到さに一同が唸る中、今度は圭人が博士の顔を覗き込み、さらなる手がかりを求めて質問を投げかける。

「博士、他に本物だと分かる特徴はなかったの?」

「うーん……」

博士は頭を抱え、うなり声を上げながら必死に記憶を呼び起こそうとする。やがて、何かを思い出したように目を見開いた。

「裏に血のついた盆をひっくり返せば同じ位置に鶴のクチバシがあったから、そのまま真横にひっくり返せば鶴のクチバシの位置でどれか本物かわかるかもしれん!」

「成る程…」

目暮は頷くと、博士に言われた通り、並べられた3枚のお盆を慎重に真横へとひっくり返した。

これで本物が特定できるかと思われたが、表に返された鶴のクチバシは、3枚とも真上を向いてはいなかった。それぞれ全く異なる、ばらばらの方向を向いていたのだ。

アテが外れた博士は、自身の目を疑うように叫んだ。

「バカな!?」

期待を持たせながらも結局見抜けなかった結果に、坂巻が不快感を露わにして言葉を強める。

「犯人が見抜けるんじゃなかったの?出鱈目じゃない!」

その時、壁際に寄りかかっていた世良が、「見抜く」という言葉に過敏に反応し、その視線をゆっくりと沖矢の方へと動かした。世良の目は完全に据わっており、品定めをするように沖矢をジロっとみる。

「何故あんたは見抜けたんだ?」

突然自分に向けられた鋭い矛先に、沖矢は表情を一切変えず、ただ静かに問い返した。

「ん?」

世良は腕を組んだまま一歩を踏み出し、沖矢の過去の言動を引き合いに出して冷徹に問い詰める。

「阿笠博士ん家にいたときだよ。アンタはコナン君に門の所に誰かいなかったかと聞かれて、『バイクのヘルメットを被った女の子がいた』って言ったんだ」

沖矢は何も語らず、ただ沈黙を保ったまま世良の言葉を待つ。

「…」

世良はさらに一歩じりっと間合いを詰め、獲物を追い詰めるような鋭い口調で核心を突いた。

「どうして分かったんだ?ボクが女だってさ」

ヘルメットを被った姿だけでは判別が難しいはずの性別を、初対面で正確に言い当てていた矛盾。世良の激しい追及に対し、沖矢はただ佇み、その眼鏡の奥にある細められた目を動かさず、世良をジッと見つめ返すのだった。

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