ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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骨董品は隠せない(後編)

世良の鋭い視線は、依然として沖矢の顔に縫い付けられたままであった。

そのただならぬ張り詰めた空気を、コナンと圭人は口を挟むこともせず、黙ってじっと見守っている。

世良は腕を組んだまま、じりっと一歩、間合いを詰めた。

「ボクのどの辺が女だったんだ?」

挑むような想定外の問いに対しても、沖矢は全く表情を変えない。ただ事もなげに、平然と言ってのけた。

「お尻ですよ…」

あまりにも直球すぎる指摘に、世良の思考は完全にフリーズした。一瞬にして顔を真っ赤に染め上げ、大きな目をさらに丸くする。

「お、おし…!?」

動揺を隠せずうろたえる世良を前にしても、沖矢は淡々とした調子を崩さない。

「その女性特有のヒップラインを見れば一目瞭然です。とはいえ、わざわざ口に出すべきでは無いと思っていたんですがね」

自身の体型の特徴をあまりにも的確に突かれ、世良は真っ赤になった顔のまま、言葉を詰まらせた。

「そ、そっか…」

反論の余地もなく、そう納得するしかなかった。

世良の注意が完全に逸れたその隙を、コナンは見逃さなかった。音を立てずに沖矢の足元へ近づくと、その袖をきゅっと引っ張る。そして周囲に聞こえないよう、沖矢の耳元でコソコソと小声をつぶやいた。

「何で内緒にしてるの? 世良は赤井さんの妹なんでしょ?」

向けられた眼鏡の奥の鋭い眼光に、沖矢は指先で軽くブリッジを押し上げた。コナンの高い洞察力に、隠しきれない苦笑を漏らす。

「ボウヤは何でも知ってるな…まあ、妹はなるべく巻き込みたく無いんでね…」

声音は低く、どこか遠い目をしていた。

一方、未だに気恥ずかしさを引きずっていた世良は、何を血迷ったか、少し離れた場所にいた圭人と灰原に向けて、自身のオシリについての意見を求めだした。

突然、思春期の女子の体型に関する際どい質問を振られた圭人は、完全に引き気味だ。気まずそうに両手を挙げて首を振る。

「いや、そんなの男の俺が答えられるわけ無いでしょ」

その様子を見た灰原は、呆れたように深くため息をつき、冷ややかな視線を世良へと向けた。

「ジーンズの上からでも、骨盤の形や脂肪のつき方で男の子との違いは十分に出るわ。それだけ貴女の身体が成熟してきている証拠よ。本人が無自覚なだけでね」

同性ならではの冷淡でありながらも容赦のない的確なコメント。それに完全に振り回されている世良の姿を見ながら、沖矢はかつての幼い彼女の面影を、脳裏の奥底から深く思い起こしていた。

(随分と大きくなったもんだ…)

誰にも気づかれぬよう、心の中で静かに呟いた。

 

耳を当てていたスマートフォンをゆっくりと下ろしながら、高木はひどく困惑した顔をしていた。

「そうですか…わかりました」

そう言って電話を切り、険しい表情で腕を組んでいる目暮へと向き直る。

「鑑定士は明日にならないと来られないそうです」

信じられないといった様子で、目暮が鋭い声を上げた。

「東京中の鑑定士全てがか?」

高木は手帳を確認しながら、申し訳なさそうにその理由を説明していく。

「ええ、名のある人は他県や海外に出張だったり、体調を崩されていたりしていまして……」

この足止めに真っ先に不満を爆発させたのは坂巻だった。警察の手際の悪さに苛立ちを隠そうともせず、周囲を睨みつける。

「明日までここにいろって言うの!?」

遠島も焦りを滲ませ、自身の差し迫った事情を強く主張し始めた。

「今晩、この盆を買いたいっていう人と会う約束をしてるんだ!海外から来られてる人で、今晩を逃すと次はいつになるか……!」

その焦燥感に便乗するように、蝶野も大きく腕を組んで、自身が立ち上げた不動産会社の事情をまくしたてた。

「儂だって、うちの創立記念パーティがあるんだ!その記念すべき日に、この盆を儂が持って参加せんでどうする!?」

三者三様の言い分が飛び交う中、坂巻も負けじと自身のスケジュールを提示して警察を急かした。

「私も、あと3時間でここを出ないと!リニューアルオープンする美術館のパンフレットの表紙撮影のために、カメラマンとスタジオを都内に抑えてるのよ!」

各々の勝手な主張に目暮が頭を悩ませていたその時、現場を歩いていた高木が床の上の何かに足を止めた。

次の瞬間、静かな部屋にパキっと乾いた音が響き渡る。

「あ……」

高木が慌ててしゃがみ込み、踏みつけてしまった小さな機械を拾い上げて手にもつと、その形状を近くで見ていた圭人がすかさず声をかけた。

「それは博士が開発した聞こエンジェルですよ」

思いもよらない珍妙なネーミングを耳にして、高木は完全にフリーズしてしまう。

「き……きこえん?」

間の抜けた声を出し、首を傾げて戸惑う高木を見かねて、開発者である博士が自慢げに胸を張った。

「亡くなった西津さんが買ってくれたワイヤレス補聴器でな、相手の声や周りの音が天使の囁きのように耳に優しく聞こえるんじゃ!」

博士の詳しい説明を聞き、高木は床に転がっていた状況から被害者が襲撃された瞬間の光景を思い描いた。

「じゃあ、犯人に殴られたときにどこかに飛んだのか……」

目暮は高木の手元にある小さな機械を凝視し、廊下に並ぶ容疑者3人に鋭い視線を向けた。

「あなた方、これに見覚えは?」

問われた3人は、記憶をたぐるようにそれぞれ顔を見合わせる。

まず坂巻が、特に気にも留めていなかったという風に口を開いた。

「耳になにかつけてるとは思ってたわ」

続いて遠島が、納得がいったように細い目をさらに細める。

「補聴器だとは気づかなかったな……」

最後に蝶野が、被害者の普段の様子を思い返しながら目暮に言った。

「儂らと普通に会話してたので、まさかそんなものをつけていたとは……」

周囲の反応から自身の最高の発明品が事件直前まで完璧に機能していたことを確信し、博士は満足げに笑みを浮かべた。

「流石ワシの発明品じゃ!」

その和やかな空気を破るように、部屋の入り口から入ってきた千葉が資料を手にしながら声をかけた。

「あのー阿笠さん、被害者が所持していたスマホに、犯行時刻の20分前に阿笠さんからメールが届いてるんですが、覚えはありますか?」

「あぁ!」

博士はポンと手を打ち、当時の状況をそのまま千葉に説明する。

「これから行くというメールを出したわい」

だが、千葉の表情は晴れない。手元の端末を示しながら、奇妙な矛盾点を指摘した。

「でも、何故かメールを開いた形跡がないんです。着信したら音がなる設定なのに……」

着信音が鳴れば気づいて開封するはずだという警察の疑問に対し、すぐ横で聞いていた灰原が、冷ややかな笑みを浮かべて博士を見上げた。

「その時から不具合を起こしてたのね……流石聞こエンジェル……言い得て妙なピッタリなネーミングだわ」

いたずらっぽくしたり顔で言い放つ灰原に対し、博士は冷や汗をかきながら苦笑いし、周囲の警察に聞かれないよう、口元に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーで必死に訴えかけた。

しかし、その灰原の何気ない一言を、執念深く獲物を狙う世良が見逃すはずはなかった。

「言い得て妙……ボクにとっちゃ君の方が妙だけど?」

世良は再び灰原の前に立ち塞がり、その鋭い眼光で小さな身体を射すくめる。この「言い得て妙」という大人のような言葉遣いをした灰原に対し、世良はまたしても容赦なく突っかかる。

すぐ横でその光景を見ていた圭人は、あまりのしつこさに明確な不快感を覚え、奥歯を噛み締めた。

(チッ……この子も流石にしつこいな)

圭人はグッと世良を強い眼差しで睨みつけるが、世良の追及の手は全く止まらない。

世良は灰原との距離をさらに縮め、周囲の耳も気にせず、核心にある疑惑をストレートにぶつけた。

「なぁ?例の薬を持っているならボクにも分けてくれないかい?時の流れを元に戻す例の薬をさ」

秘密の根幹に触れる脅迫めいた言葉を受け、灰原は顔色を変えず、ただ唇を噛み締めてじっと黙る。

静まり返るその場に、それまで壁際で静観していた沖矢が、靴音を響かせてゆっくりと歩み寄ってきた。眼鏡の奥の細い目を世良へと向け、静かな、しかし確固たる拒絶の意志を孕んだ声で問いかける。

「元に戻すとは……?どういう意味ですか?」

その突然の介入に、コナン、灰原、世良の3人は一斉に沖矢を見て驚く。それに対し、圭人だけは緊迫した表情のまま、じっと沖矢の次の動きを見つめていた。

沖矢は世良の目の前で立ち止まり、諭すような、それでいて深い心理戦を仕掛けるように言葉を紡ぐ。

「元に戻すということは今に逆らっている……もしかしたら逆らってるのは君とは別の誰か……」

自分の領域に踏み込まれ、秘密を探られることを察知した世良の顔に激しい焦燥と怒りが走った。

「ア、アンタには関係ねぇ!」

世良は叫ぶと同時に、一切の躊躇なく右からの蹴りを繰り出す。そのあまりにも鋭く、容赦のない一撃が空気を切り裂き、至近距離にいたコナンと灰原は、頬を打つ突風とその速さに息を呑んで驚く。

だが、沖矢の身体はその場から文字通り掻き消えていた。超的な反応速度でさっと避けたのだ。

何も捉えられなかった自身の右足を見つめ、世良は愕然とした。

「き、消えた!?」

自分の渾身の蹴りが完全に空を切ったことに、激しく困惑する。

次の瞬間、世良が視線を見失った刹那、沖矢は既にその背後に音もなく回り込んでいた。抵抗を許さない確実な動作で、世良の両肩を掴んでその動きを完全に封じる。

周囲の人間が何が起きたか理解できずに呆然とする中、圭人だけは、その一連の常人離れした電光石火の動きを目で全て確認できていた。圧倒的な実力差を目の当たりにし、圭人は背筋に冷たいものを感じながら、心の中で感嘆の声を漏らす。

(やっぱりすっげえな…赤井さん)

世良の身動きを止めたまま、沖矢は至近距離から静かに、しかし重みのある声をかけた。

「今のは50:50(フィフティーフィフティー)だ。君の勘に触ることを言ってしまった私も悪いが、いきなり蹴りかかってきた君にも非はある」

背後から突きつけられたその独特なフレーズと理詰めの正論を聞いた世良は、衝撃を受けたように、え?という顔をする。

沖矢は掴んでいた両肩からゆっくりと手を離し、大人の余裕と冷徹さを織り交ぜた忠告を付け加えた。

「余計なことかもしれませんが、もっと女の子らしくなりたいのなら粗暴なことは控えたほうがいい」

我に返った世良は、悔しさに顔を真っ赤にしながら、負け惜しみのように胸を張って言い返した。

「ほっといてもどうせそのうち女らしくなるから大丈夫。なんせボクのママの胸はボーンだったからな!」

自信満々に実母のプロポーションを誇る世良に対し、沖矢は眼鏡の奥の目をかすかに見開き、その言葉の歪みを容赦なく突いた。

「『だった』ということは……君の母親はご存命では無いということですか?」

「あ、いや……」

不用意な過去形から母親の現状を探られ、世良は言葉を詰まらせて激しく戸惑う。これ以上この男のペースに巻き込まれては全てを剥ぎ取られると直感し、世良は必死に顔を背けた。

「んな事アンタに関係ないだろ!」

そう吐き捨てるように叫ぶと、世良はこれ以上の追及を逃れるように、足早にその場を離れるのだった。

 

 

世良の姿が廊下の奥へと消えていくのを、コナンは複雑な表情で見つめていた。先ほどの言葉の端々から、赤井が確認したかったのは自分の母親の安否なのだと悟る。

傍らでは、圭人がコナンと視線を合わせるために静かにしゃがみ込み、ひそやかな声で問いかけた。

「イチ、今のやり取り……昴さんは何を確かめたかったの?」

コナンは周囲に悟られないようコソコソと声を潜め、圭人に全てを説明し始めた。

「……赤井さんは、自分の母親の安否を確認したかったんだ。赤井さんと世良の母親には、子供の頃に昔海で会っている。名前はメアリー。以前、世良からは『領域外の妹』と説明された。世良がしつこく薬のことを聞いてくるのは、世良の母親は誰かにAPTX4869を飲まされ、身体を縮まされているからなんだよ」

コナンの言葉に、圭人は驚きを隠せないまま食い入るように聞いた。

「縮まされている……? うん、まさか、お前と同じように?」

「ああ。今分かっているのは抜群の推理力と超越した格闘術の持ち主で、イギリス人だってことくらいだな」

その言葉に、圭人はある重要な事実に思い当たったのか、ハッとして言葉をこぼした。

「イギリス人ねぇ……。そういえば、志保さんのお母さんの宮野エレーナさんもイギリス人じゃなかった? ま、まさか……偶々かな?」

「それはまだわからねぇな……」

コナンは暗い表情で首を振る。だが、頭の中では別々のピースが激しく噛み合い始めていた。

「それにイギリス人……領域外の妹ってことは……! まさか、そういうことなのか……!」

そこでさらに重大なことに気づき、コナンの背筋に冷たいものが走る。

 

二人がそんな密談を交わしている間も、現場の緊張は解けぬままだった。痺れを切らした容疑者の3人が、目暮警部へと詰め寄る。

「いい加減にしてくれ! 警察の都合でいつまで拘束するんだ! もう帰っていいだろう!」

「ダメだ!」

目暮警部は毅然とした態度でその申し出を却下する。

そこへ、家政婦が足早に部屋へ入ってきた。

「あ、あの……旦那が今日いらしたお客様に見せて解説するはずだったという小箱を持ってまいりました」

家政婦の手には、鈍い光を放つ木製の小箱がある。中には博士が依頼していた小皿が収められていた。目暮が慎重に小皿の蓋をスライドさせ、黒い小皿を取り出すと、それまで現場を俯瞰していた沖矢が静かに歩み寄り、許可を求める。

「拝見させていただいてもよろしいでしょうか」

沖矢に続いて、コナンと世良も小皿を囲むように身を乗り出し、三人で小皿を覗き込んだ。

照明を反射する黒い小皿の表面。そこに何かが映り込んだ瞬間、三人は同時に何かに気づき、ハッとして目を見開いた。

 

 

 

「このまま殺人現場に居続けたくありませんし……それに畳を見てください……置かれていた私たちの箱のそばまで血が飛んでますよ?」

遠島基行が、血痕の付いた畳を指差しながら顔をしかめた。

「このまま箱に盆を入れて帰ってもよいか」

蝶野欽治が、自身の箱を抱え直すようにして目暮警部に詰め寄る。

「事情聴取はまた後日ということで……」

坂巻鈴江も二人に同調し、容疑者三人それぞれが不満を漏らし始めた。

「も、もう少し待ってください……! 骨董品に割と詳しい鑑定さんが来てくれる事になったので……」

高木刑事が両手を広げて三人を制止しようとするが、彼らのいら立ちは収まらない。

「割と詳しいって……」

「自分の箱に入ってた堆黒盆が本物なら……鑑定家の西津さんを殺した犯人だと疑われてしまうんですよね?」

「そんな重要な役目を……いい加減な知識の持ち主に任せられるか!」

「私も同じ意見です……」

「まあ私なら本物の堆黒盆が欲しいからって人殺しなんてやりませんけど?」

三人が口々に不満を言い続ける中、その喧騒を切り裂くように凛とした声が響いた。

「鑑定士がいなくても本物と偽物を見分ける事が出来るって言ったら……どうだ?」

世良が不敵な笑みを浮かべ、容疑者たちを見据える。

「「「え?」」」

遠島、蝶野、坂巻の三人が、一斉に驚きの声を上げた。

「阿笠博士がさっき言ってただろ? 頭を槍で殴られた西津さんが血塗れの手で……本物の堆黒盆を指差したって……」

世良は、少し離れた場所に立っていた博士に視線を送りながら言う。

「あ、ああ……」

話を振られた博士が、困惑気味に反応した。

世良はさらに言葉を続ける。

「その盆には西津さんの血の指の跡が付き……その後で博士がその盆を真横に裏返したら……鶴の絵柄が出て来てそのクチバシが丁度血の指の跡と同じ方向を向いていたと……」

「あ、ああそう思ったんじゃが……」

博士は頭をかきながら、やはり歯切れの悪い様子で応じる。

「阿笠さんにそう聞いてそれはさっき確かめたじゃないか!! それぞれの盆に付いた血の跡を真上にして……そのまま真横にひっくり返したが……鶴のクチバシが真上を向いた盆は……一つもなかっただろ?」

目暮警部が、これまでの捜査手順を思い返すように言葉を強めて世良に言った。

「血の跡を真上にしていたからさ!」

世良は自信に満ちた表情で言い放つ。

「え?」

目暮警部が怪訝そうに眉をひそめた。

「皿のような物に印が付いていて……真横にひっくり返したら裏にも同じ印が付いていた場合……その皿の表と裏の同じ位置に印が付いていると思いがちだが……それは印が真上だった時だけ……博士が盆をひっくり返した時は血の跡は北東……時計でいうと1時半の位置に付いてたんだよな?」

世良はそう言って、再び博士に問いかける。

「そ、そうじゃ!」

博士が思い出したように声を上げた。

「つまり盆が透けてると考えると裏の鶴のクチバシは北西の方向を向いてないと、裏返した時に同じ位置には来ないんだ!! それを踏まえて高木刑事もう一度盆を裏返してくれないか? 今度は血の跡を1時半の方向に揃えて……」

世良は傍らに控える高木刑事に指示を出す。

「ああ……」

高木刑事はうなずき、慎重にお盆を手に取った。

「まずは1時半と……そして真横に……ひっくり返すと……」

「あっ!」

高木刑事の目の前で、お盆の裏側が露わになる。

「そう……真横に裏返した時……鶴のクチバシが1時半の方向を向いてるのは……遠島基行さん……アンタの箱に入ってた堆黒盆だけなんだよ!!」

世良は容疑者の一人を指差し、高らかに宣言した。

「じゃあ西津さんを槍で刺殺し……本物の盆を自分の箱に入れ替えた犯人は……」

目暮警部の鋭い視線が遠島に向く。

「な、何でそうなるんですか!?」

遠島は顔色を変えて猛烈に反論し始めた。

「その阿笠って人は西津さんに『本物はコレだ』と聞いていたようですが……犯人がそれを聞いていたかわからないでしょ? 捜査を攪乱する為にただ単に全部の盆に似たような血の跡を付け……盆はそれぞれ本来の箱に戻しただけかもしれないじゃないですか! だ、だからこの盆が本物なのは元々私の盆が本物だったからで……」

必死に言い訳をまくしたてる遠島に、他の二人が容赦なく言葉を浴びせる。

「おいおい勝手な事をぬかすな!!」

「往生際が悪いですよ!!」

蝶野と坂巻が、厳しい口調で遠島を責め立てた。

そこへ、一歩前に出たコナンが子供らしい無邪気な声を響かせる。

「その通りだよ! 往生際が悪すぎるよオジサン!」

「なに!?」

遠島がぎょっとしてコナンを見下ろした。

「だってそのおじいさんやオバさんには無理だもん!」

コナンは無邪気な笑顔のまま、蝶野と坂巻を指差す。

「ど、どういう事だい?」

不穏な空気を感じ取った遠島が、思わず問い返した。

「だってさ……犯人はあーんなに長くて重い槍で鑑定士さんの頭を殴ったんでしょ? おじいさんやオバさんは力がないから……槍を振り上げたらヨロけて畳がきしんで音がして……気づかれちゃうよ!」

「音!?」

遠島の顔がにわかにこわばる。

「そう思わない?」

コナンは振り返り、高木刑事に同意を求めた。

「そ、そうかもしれないけど……」

高木刑事はコナンの指摘に、少し圧倒されながらも答える。

「ハハハ……ボウズ、知らないようだから教えてあげよう! 西津さんの補聴器は不具合を起こしてたんだよ!! だからたとえ犯人がヨロけて畳がきしもうが……西津さんは微塵も気づかなかった……」

遠島は勝ち誇ったように笑みを浮かべたが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、圭人が静かに一歩を踏み出し、冷徹に核心を突いた。

「どうして知ってるんです? 補聴器が不具合を起こしてるって……もしかして殴る前に……西津さん本人に聞いたんですか?」

「い、いや……それは……」

圭人の鋭い一言に、遠島は言葉を詰まらせ、激しく動揺し始めた。

「俺達が補聴器の不具合に気づいたのは博士のメールですよ?」

圭人に続いて、背後にいた灰原が冷静な口調で追撃する。

「ええ、私達がここへ来る30分前に博士が西津さんに送ったメールが開かれていなかったから、それがメールの着信音に気づかなかった為だとしたら…その頃から補聴器は不具合を起こしていたのは間違いないわね」

「確かあなた言っていましたよね? 西津さんが耳に付けているのが補聴器だとは気づかなかったと……皆さん普通に会話されていた事を踏まえると……やはり補聴器の不具合を知ったのは……星野君達の言う通り……」

目暮警部が、逃げ道を塞ぐように遠島を厳しい目で見つめた。

部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。遠島はがっくりと肩を落とし、ついにその場に崩れ落ちるようにして観念した。

「……こ、殺すつもりはなかったんです……娘の難病を治すには大金が必要で……最後の頼みの綱が倉から見つかった堆黒盆だったのに……似たような盆を持って来る人が私の他に2人もいて……居ても立っても居られずに2人より先にここに鑑定結果を聞きに来たら……私の盆は本物ではないと烙印を押され……カッとなって……」

遠島は絞り出すような声で、犯行に至った悲痛な動機を告白した。

その様子を静かに見守っていた沖矢が、眼鏡の奥の目を細め、穏やかながらも重みのある声で語りかける。

「貴方の盆で十分だったと思いますよ」

「え?」

遠島が涙に濡れた目を上げて、沖矢を見つめた。

「恐らく他の2つの盆は、贋作というより習作……名の有る彫師が若い頃に本物を手本にして彫った見事な品。本物には敵いませんが……数百万の価値はついたかと……」

沖矢の説明を聞き、遠島は絶望に顔を歪めた。

「じゃ、じゃあ私の殺人は……何の意味もなかったという事か……」

遠島は両手で頭を抱え、床に突っ伏して咽び泣いた。

事件の真相が明らかになり、現場に安堵の空気が広がる中、蝶野がふと疑問を口にした。

「結局どちらの箱に本物が入ってたのかね?」

「ええっ!? どっちの箱に入っていたか覚えていない?」

坂巻が驚いて、連行されようとする遠島を見る。

遠島は力なく首を振った。

「は、はい……自分の箱に本物を入れたのは確かなんですが……」

「ならばここは年寄りを敬って私に譲るべきなのでは?」

すかさず蝶野が調子の良いことを言い出す。

「ご冗談を……」

坂巻が呆れたようにため息をついた。

「どちらが本物を持ってたかもわかるよ!」

再びコナンが声を上げ、大人の注目を集める。

「わ、わかるのかい?」

高木刑事が驚いてコナンに顔を近づけた。

「簡単だよ! だって犯人が西津さんの頭を槍で殴った時3人の箱の所まで血が飛んでてさ、そのせいで箱やお盆にも少し血が付いてるよね? 殴られた西津さんの目の前に本物のお盆があったんなら本物の盆が入ってた箱はその時、空だったはずだよね? だから多分、箱の中の座布団の真ん中にも血が飛んでる、蝶野さんが本物の堆黒盆の持ち主だと思うよ!」

コナンの明快な謎解きに、周囲の大人たちは感心したように深くうなずいた。

「やったー!!」

自分の盆が本物だと証明され、蝶野は両手を高く上げて歓喜の声を上げた。

「ああ……オーナーに何と報告すれば……」

一方で、偽物だと確定してしまった坂巻はがっくりと頭を抱え込む。

それを見た蝶野は、機嫌を良くしたのか、豪快に笑いながら坂巻の肩を叩いた。

「大丈夫! 必要とあらばあんたの堆黒盆を美術館に貸してやるから……」

「格安でお願いしますよ?」

坂巻は恨めしそうな目を向けながらも、そう言って小さく息を吐き出した。

 

 

「しかしワシの小皿の鑑定結果は謎のまま……」

事件が解決し、警察が遠島の連行準備を進める中、博士が手元の小箱を見つめながら寂しそうに呟いた。

「いえ、それには及びません。その箱に答えが書いてありますから」

それまで静観していた沖矢が歩み寄り、博士の持つ小箱を指差した。

「この字が読めるんですか?」

傍らにいた圭人が、不思議そうに沖矢へ問いかける。

「えぇ。『隠すより現る』……『隠し事は隠そうとすればするほどかえって人に知られてしまうものである』ということわざです」

沖矢は穏やかな口調で、箱に記された文字をなぞるように説明を続けた。

「最後に『栗介』と書き記してあるのを踏まえると、恐らく博士の伯父の栗介さんが昔、誤って小皿を割ってしまって小皿を接着剤で何とか修復したが……さすがにこのままではバレてしまうと思い、油絵の具で似たような色を皿全体に塗ってごまかした。しかしバレて大目玉を食らう。そこで栗介伯父さんはこのことわざを書き込んだ箱に入れて、小皿を教訓にしたのではないかと。小皿の塗料が一部はがれていたのは西津さんが画溶液で油絵の具を落としたからでしょう」

「なんじゃ、そうじゃったのか……」

長々とかつ丁寧に語られた真相を聞き、博士は合点がいったように安堵の笑みを浮かべた。

「……にしても……『隠すより現る』か……」

世良がその言葉を噛み締めるように呟き、不敵な笑みを浮かべて視線を動かす。

「言い得て妙なナイスなことわざだな……お2人さん?」

世良の鋭い視線が、コナンと灰原の二人へと向けられた。

「ハハハ……」

コナンは顔を引きつらせ、子供のフリをして苦笑いを返す。圭人はそんな世良の動向を、何も言わずにじっと黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿笠邸前

 

「んじゃ今日は色々面白かったよ! またなー!」

世良は快活に笑いながらヘルメットを被り、バイクのエンジンを吹かして賑やかに帰っていった。

その後ろ姿を見送りながら、灰原がやれやれといった様子で両手を上げる。

「また来る気かしら? ……勘弁して欲しいわまったく……」

呆れた声を漏らしながら、灰原は一人でさっさと阿笠邸の中へと入っていった。

「にしても真純さん、しつこかったねぇ……」

残された圭人が、困ったように息を吐き出しながら嘆く。

「困ったのオ……」

博士も世良の執拗な探りように、頭を抱えて困惑の表情を浮かべた。

「まあ、そんな頻繁には来ないでしょう……ちゃんと牽制をしておいたので……。どうやら妹にも探られたくない腹の内があるようだしな」

沖矢は静かにそう告げると、これ以上の追追及を遮るように、静かに工藤邸の方へと帰っていった。

コナンはその頼もしい背中を黙って見つめていた。その様子を見た圭人が隣のコナンを見下ろし、声をかける。

「イチ、さっき何か気づいてなかった? ほら、領域外の……ってやつ?」

圭人の問いかけに、コナンは周囲を警戒しながら、工藤新一としての低い声で語り始めた。

「あぁ……『妹』の英訳『sister』から『領域』の英訳『ter』を外すと『sis』……つまり『シークレットインテリジェンスサービス』……『MI6』の名でも知られる『イギリス情報局秘密情報部』の事だ。それを暗示する『領域外の妹』という名をわざわざ俺に教えたって事は……俺を試しているのかもな。協力者として信用のおける有能な人間かどうかをよ」

コナンの瞳には、次なる展開を見据える鋭い光が宿っていた。

 

 

 

 

 

世良が寝泊まりしているホテルの一室。

 

 

50:50(フィフティーフィフティー)? …私の口癖?」

ホテルのベッドに腰掛けた、まだ幼い容姿を持つ世良の母親、メアリーが不思議そうに聞き返した。

「うん! たまに言ってるじゃない!」

世良が母親に向かって無邪気に応じる。

メアリーは少し視線を落とし、遠い記憶を呼び起こすように目を細めた。

「あぁ、お前の父の務武さんの口癖だよ…。死んだ長男にもその口癖が移っていたな…」

「秀兄に?」

世良が驚いたように聞き返す。

「あぁ、それより例の薬はどうだ? 手に入れられそうか?」

メアリーはすぐに表情を引き締め、本題であるAPTX4869の解毒薬について尋ねた。

「今の所まだ何とも……妙な邪魔が入ったし……」

世良は少し悔しそうに顔をしかめる。

「妙な邪魔?」

「例の博士の隣に住んでる大学院生で……」

世良の脳裏に、要所で立ちはだかる沖矢の姿が浮かぶ。

「そんなに気になる人物なのか?」

母親の静かな追及に、世良は視線を少し濁らせた。

「う、うん……まぁ。(50:50(フィフティーフィフティー)だ……君にも否はある……か……。まさかね……)」

世良は心の中で、沖矢が放ったあの決定的な言葉を反芻していた。まさか、あの人物が死んだはずの兄であるわけがない、と自分に言い聞かせるように。

メアリーは世良の様子をじっと見つめた後、もう一つの懸念材料について口を開いた。

「前に言ってた例の同級生の方はどうだ? 確証は掴めたか?」

「同級生? あぁ、星野君のことか…。そっちもまだかな」

世良は頭をかきながら苦笑する。

「お前の話が本当なら是非この目で見てみたいものだな……そのティガとやらを」

メアリーは窓の外の夜景を見つめながら、未だ謎に包まれた星野圭人という存在、そしてその裏に潜む未知の力に、深く鋭い眼差しを向けていた。

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