ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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元太少年の災難(後編)

「眼鏡店だろ?」

コナンは不敵な笑みを崩さないまま、人差し指をピシッと元太に向けて突き出した。

「え?」

予想だにしない単語を突きつけられ、元太は呆気にとられたように声を漏らす。

「オメーがひったくり犯を見た場所だよ! オメー、そいつをずっとジロジロ見てても怒られなかったって言ってたよな?」

「あ、ああ……」

「その犯人が、眼鏡のレンズを洗浄してもらうために眼鏡を外していたんなら、誰かが自分を見てたって、目がぼやけてるから分かりゃしねーだろ?」

得意げに胸を張るコナンだったが、元太は怪訝そうに眉をひそめ、頭をボリボリと掻いた。

「で、でもよーコナン……俺、眼鏡売ってる店なんて行った事ねーぞ?」

「ハハ……んなバカな……。だってあそこには……」

コナンは呆れたように笑いながら元太に歩み寄り、その耳元で内緒話をするように何かを囁いた。その様子を、圭人、灰原、光彦、歩美の4人も少し頭を近づけてじっと聞き耳を立てている。

(え?)

コナンの囁いた言葉に、元太は心の中で小さく戸惑いの声を上げた。

その時、近くのビルの狭い隙間から、例の怪しい人物が鋭い眼光で彼らの一挙手一投足を見つめていた。

耳を離した元太は、すぐに顔をしかめて両手を大きく振った。

「ぜーんぜん違うぞ、それ!」

「え? マジ? 絶対そうだと思ったのに……」

完全な的外れを指摘され、コナンは目を見開いて一気に顔を青くした。そんなコナンの様子を見て、圭人がクスリと笑いながら肩をすくめる。

「推理力、鈍ったんじゃないか?」

「令和のホームズが聞いて呆れるわね……」

灰原も冷ややかな視線を送りながら、ふっと口元を緩めてからかう。

「はぁ……」

二人からの容赦のないツッコミに、コナンはがっくりと肩を落とし、まるで魂が抜けたような顔でため息をついた。

「まあまあ、弘法にも筆の誤りと言いますし……」

光彦が苦笑いしながらフォローを入れ、歩美もコナンの顔を覗き込んで優しく微笑みかける。

「ガッカリしないで!」

 

 

 

「じゃあね、みんな……」

灰原が小さく手を振り、帰路につこうと歩き出す。圭人も腕時計に目をやった後、元太の肩をポンと叩いた。

「元太! 何か他に思い出したら、すぐに連絡するように!」

「オメーら、寄り道すんじゃねぇぞ!」

コナンがバツの悪さを隠すように少し声を荒らげると、元太は力強く拳を握った。

「オウ!」

ここで元太、光彦、歩美の3人は、圭人、コナン、灰原の3人と手を振って別れ、住宅街へと続く道を歩き始めた。

 

 

「でもどこでしょうね……元太君が犯人を見た場所って……」

光彦が歩道を進みながら、なおも顎に手を当てて考え込んでいた。

「ずっと見てても怒られずに眠くなる場所……もしかして学校じゃない? ホラ、元太君よく寝てるし!」

歩美が名案だと言わんばかりに人差し指を立てるが、光彦はすぐに困ったような顔で首を振った。

「歩美ちゃん、学校にそんな不審な人が入って来たら、僕達だって絶対に見てますよ!」

「おい! ちょっと待っててくれよ!」

会話を遮るように大声を上げた元太は、通りの角にある売店へ突撃し、あっという間にソフトクリームを一つ買って戻ってきた。

「全く……相変わらず食いしん坊ですね、君は……」

光彦が呆れ果てて肩を落とすと、歩美も腰に手を当ててジト目を向ける。

「またおデブになっちゃうよ!」

「いーじゃんか、好きなんだからよ――……」

元太は気に留める風でもなく、嬉しそうにソフトクリームを口の周りに付けながら頬張った。その様子を見て、歩美が思わず吹き出す。

「ハハハ! 元太君、ほっぺにアイスクリームついてるよ!」

「……?」

元太は歩美に指摘され、自分の指先についた白いクリームをじっと見つめた。その目が、一瞬だけ何かを捉えたように泳ぐ。

「どうかしたんですか?」

「何か思い出したの?」

光彦と歩美が顔を覗き込むが、元太はハッと思考から引き戻され、慌てて首を横に振った。

「い、いや別に……」

そのまましばらく歩き、やがて光彦の家の方向への分岐点に差し掛かった。

「じゃあ、帰り道気をつけてくださいよ――!」

「オーウ!」

元太が力強く手を振り返し、ここで光彦と別れた。残された元太と歩美は、並んで夕暮れの道をさらに歩いていく。すると、通りの向こうにある惣菜屋の売店から、買い物をする主婦の声が聞こえてきた。

「ネギマ三本、レバー……」

その香ばしい匂いが夕方の空気に乗って漂ってくると、元太のお腹がグゥと鳴った。

「なんか、腹減ったよな……」

「さっきアイスクリーム食べたじゃない!」

歩美が呆れて声を尖らせる。しかし元太は話を聞いておらず、鼻をクンクンと動かして辺りの匂いを嗅ぎ始めた。

「フ……フランス料理♡」

元太の視線の先には、お洒落なフランス料理店の看板と、風に揺れる三色の国旗があった。

「もォ――我慢してよ! お家でもうすぐでしょ?」

「あ……………」

突然、元太の足が止まり、口を半開きにしたまま国旗を見つめて凝固した。

「フランスの旗がどうかしたの?」

歩美が不思議そうに尋ねると、元太はこめかみを指で押さえながら、うなるように呟いた。

「なーんだか知んねーけど……赤、白、青が、頭の中でグルグル回ってんだよなー……」

「ふ――ん……」

歩美は特に深く気に留める様子もなく、元太のいつもの気まぐれだろうと小さく息をつく。やがて、歩美の家の前へと到着した。

「じゃあね、元太君! 寄り道しないで、ちゃんとお家に帰るんだよ!」

「あ、ああ……」

「それ以上おデブになったら、ブタさんに笑われちゃうよー♡」

歩美は茶目っ気たっぷりに笑いながら言い放ち、自宅の門へと走っていく。

「うっせー!」

元太は赤くなった顔を隠すように怒鳴り返し、一人でトボトボと歩き出した。

夕闇が迫り、急速に薄暗くなっていく街路樹の陰から、相変わらずあの不気味な人影が、音もなく元太の後ろ姿をじっと見つめながら、静かにその後を追っていた。

「くっそー、歩美のヤツ……おデブ、おデブって……そんなに太ってねーじゃねーかよ……ん?」

トボトボと歩いていた元太は、ふと、通り沿いにある店舗のショーウィンドウに目を止めた。ガラス窓に映し出された、自分の全身のシルエット。

その瞬間、元太の脳裏を電撃のような閃きが駆け抜けた。

「あーっ!! そうか! あそこだ!!!」

元太は叫ぶなり、持っていたソフトクリームのコーンを放り出して猛然と走り出した。

「駅ビルの1階の……エレベーターの真ん前の……!」

息を切らせながら駅ビルへと飛び込み、目的のエレベーターの前へと迫る。ちょうど扉が閉まりかけていた。

「あー! そのエレベーター、待ってくれ!!」

元太は滑り込むようにして、なんとかエレベーターの中に辿り着いた。中には先客の、サングラスをかけ、派手な金髪をなびかせた大柄な女性が一人立っていた。

「ボウヤ、何階?」

「ハァ、ハァ……な、7階だよ……」

元太が息を整えながら答えると、女性が親切に7階のボタンを押す。だが、完全に扉が閉まるその直前、強引に両手が割り込んできた。

弾かれたように扉が開き、そこへ一人の男が姿を現した。金髪のオールバックに、鋭い眼光。

「よォ、ボウズ……」

「き、金髪の兄ちゃん……!」

元太は目を丸くした。探していた、あの野次馬の中にいた男だった。

「この前は悪かったな……。ちょっとド忘れしちまってよ……」

男が馴れ馴れしく声をかけてくると、元太は嬉しそうに顔を輝かせた。

「それより俺、思い出したんだ! 兄ちゃんと一緒にひったくり犯を見た場所を!」

「しーっ! あんまりデカい声を出すんじゃねぇ……。どこかでそいつが見てるかもしれねーだろ?」

男は人差し指を唇に当て、周囲を警戒するフリをする。

「じゃあ、まさか兄ちゃんも……」

「ああ、ついさっき思い出したよ……。二人で警察に行く前に、俺達の話が合ってるかどうか確認しようじゃねーか。そうだな……人の来ねぇ、トイレにでも行って……」

男はそう言いながら、ジャケットの後ろポケットに隠し持っていたナイフの柄へと、音もなく右手を伸ばしていく。

その時、エレベーターの隅に立っていた、ハンチング帽を目深に被り、丸眼鏡にちょび髭をつけた冴えない男が、突如として金髪の男をピシッと指差した。

「間違いありません! こ、この男です!!」

「え?」

金髪の男は完全に虚を突かれ、動きを止めて驚愕の声を上げた。

「た、確か名前は石上って、お客様名簿に……」

「はぁ? 誰だお前……。変な言いがかりつけると、ただじゃ……」

石上がちょび髭の男にドスの利いた声で迫ったその時、チーンと軽快な電子音が鳴り、エレベーターが7階に到着した。滑らかに扉が開く。

「左利きに、202の数字が入ったドクロTシャツ……。そんな証言されたら、警察がなかなか犯人を割り出せないのは無理もない。元太は、鏡の中のあんたを見てたんだからな!」

開いた扉の向こう、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ状態で、不敵に立ち塞がっていたのはコナンだった。その後ろには圭人、灰原、光彦、歩美が並んでいる。

「お、お前らはさっきのボウズ達……」

石上は目を見開いて狼狽した。

「そう……小嶋君がずっと見ていても怒られなかったのは、鏡ごしにあなたを見ていたから……」

灰原が腕を組んだまま、冷徹な視線を石上へと注ぐ。

「つまり、ドクロTシャツの202は、鏡に映ったSOS!」

光彦が胸を張って叫ぶ。

「左利きも、本当は……右利きだもん!」

歩美も力強く言葉を続けた。コナンは親指で自分の背後にある店舗を指し示す。

「元太が行きそーな場所で、客の前に鏡があって、なおかつ眠くなる場所っつったら……理髪店しかねーよな?」

そこは駅ビル7階のテナント、サインポールが回る理髪店の前だった。

「因みに、元太がアンタと一緒に犯人を見たと思い違いしたのは、元太が寝てる間にあんたが金髪に染めたからだよ」

圭人が制服のポケットから手を出し、石上を真っ直ぐに見据えて言い放つ。石上は完全に言葉を失い、喉を鳴らした。すかさず圭人が畳みかける。

「黒髪で眼鏡の男が金髪になり、ケープを掛けられて服が隠れた状態で横の席にいたから、元太は別人だと思ったってわけだね」

「ハ、ハハ……ガキ共が何言ってんだ? し、証拠もねぇのに……」

石上が引きつった笑いを浮かべて言い逃れようとした瞬間、コナンが不敵に笑った。

「証人なら、あんたの後ろにいるじゃねーか! あんたの髪を金髪に染めた、理髪店のおじさんがな!」

コナンの言葉と同時に、エレベーター内で石上を指差していたハンチング帽のちょび髭男が、迷いなく眼鏡と髭を剥ぎ取った。現れたのは、見覚えのある理髪店の店主の顔だった。石上は「なっ……!?」と息をのむ。

「アンタにとって幸運だったのは、その理髪店のおじさんがテレビ嫌いだった事、そしておじさんがいつも出歩く道にひったくり犯の似顔絵が貼ってなかった事だね」

圭人が皮肉を込めて煽るように言うと、コナンがさらに鋭く追及する。

「簡単に洗い落とせるクリームで金髪を黒く染め直し、眼鏡とマスクで顔を隠してひったくりをすれば、犯行後に元の姿に戻ってもバレないと踏んだみてーだが……。前の事件でひったくり損ねたバッグに、犯人の指紋が残っていたそうだからな。それとあんたの指紋が一致すれば、もう言い逃れはできねーぜ?」

「じゃ、じゃあなにか……? このボウズがさっきから町中でやってたのは……!」

石上が顔を真っ赤にして元太を睨みつけると、元太は待ってましたとばかりにニヤケ顔を浮かべた。

「お前をここにおびき出す作戦だよ!」

「口についたアイスクリームは、顔を剃る時につけるシェービングクリームで!」

歩美が声を弾ませる。

「フランスの旗の赤、白、青は、クルクル回る理髪店のサインポール!」

光彦も得意げに続く。

「そして、ガラスの映り込みは鏡……」

灰原が冷ややかに付け加えると、圭人がフッと口元を緩めて石上を真っ直ぐに見据えた。

「全て理髪店を連想させる物ばかり。流石に気づかなかったかい?」

「小嶋君に理髪店の事を思い出した振りをしてもらって、後ろから私達をチラチラ見てた金髪のあなたを、見事に罠にかけたってわけ……」

灰原の解説に、歩美が嬉しそうにコナンを振り返る。

「だよね、コナン君!」

「フフフ……ハハハハハ……!」

追い詰められた石上は、狂ったように突然笑い声を上げた。

「ふざけるなァ!!!」

次の瞬間、石上は狂暴な声を張り上げ、左腕で元太の首を背後から強引に羽交い締めにすると、右手に握りしめたナイフを元太の腹部へと突き刺そうと振り下ろした。

だが、その凶刃が届く直前、石上の右腕が、横にいた金髪サングラスの女性の強烈な握力によってガシッと空中で完全に止められた。

「なにしやがんだ、この女!? 放せ!!」

石上が驚愕して叫ぶと、羽交い締めにされているはずの元太が、全く動じることなくニヤッと笑った。

「バカだな、お前……。おびき出すだけなのによ、あんなに町中うろつくわけねーじゃんか!」

「え……?」

「そう……あんたの周りはもう……元太が時間を稼いでいる間に、俺が携帯で呼んだ刑事達でいっぱいなんだよ!!」

コナンの鋭い宣告と同時に、金髪サングラスの女性が素早くサングラスを外した。現れたのは、鋭い眼光を放つ佐藤刑事の顔だった。彼女は一瞬で石上の右腕を捻り上げ、ナイフを床に叩き落とす。

それと同時に、デパートの物陰や通路の各所から、高木刑事たち私服警官が一斉に飛び出し、完全に逃げ道を失った石上へと組み付いていった。

 

「でもすごい啖呵の切り様だったわね! コナン君、君、本当に小学生?」

石上に手錠をかけ終えた佐藤刑事が、ふっと緊張を緩めてサングラスをポケットにしまいながら、驚きを隠せない様子で覗き込んできた。

「真似だよ真似! ドラマで観た刑事さんのね!」

コナンはすかさず両手を頭の後ろに組み、いかにも子供らしい無邪気な笑顔を作ってはぐらかした。

こうしてひったくり犯は逮捕され、駅ビルの騒動はあっさり解決した……。

 

かに思えた、その時だった。

 

「う、うわあああっ!?」

突如として激しい衝撃音が響き渡り、石上を両脇から連行していた刑事と、すぐそばにいた高木刑事を含め、周りにいた複数の刑事たちが凄まじい力でまとめて吹き飛ばされた。

床をごろごろと転がり、壁や什器に激突する刑事たち。

「た、高木君! 何なの!?」

佐藤刑事が目を見開き、愕然として叫ぶ。

見れば、石上は強引に腕の力だけで金属製の手錠をねじ切り、火花を散らして破壊していた。すぐさま自由の身となった男は、先ほどまでの小物らしい焦りを完全に消し去り、低く濁った声で高笑いを始めた。

「フッフッフ……これだけのニンゲン……コロスニハチョウドイイ……」

石上の皮膚が不気味に波打ち、その身体の隙間から、サラサラと音を立てて不気味に輝く「銀色の砂」が溢れ出し始める。

それを見た圭人が、瞬時に最悪の事態を察して顔を引きつらせた。

「ま、まさかアイツ……!」

「ゾルブ……っ!」

続けるように、灰原が戦慄をはらんだ声で叫ぶ。

その異常な光景に、佐藤刑事も額から冷や汗を流した。

「これが例のゾルブ……」

しかし、警察官としての執念が勝った高木刑事たちが、痛む身体を引きずりながらすぐに起き上がった。すぐさま石上を囲むようにして、一斉に警察用の拳銃を抜き、銃口を冷たく突き付ける。

「動くな! 抵抗をやめろ!」

刑事たちが一歩を踏み出そうとした瞬間、圭人が狂ったように声を張り上げた。

「み、皆駄目だ! 敵う相手じゃない! 逃げろ!!」

だが、圭人の決死の警告よりも早く、石上の身体が内側から急速に作り変えられていく。衣服を突き破り、硬質な外骨格が肉体を覆い尽くし、体長2メートルを超えるカマキリをモチーフとした醜悪な怪人態のゾルブへと変貌を遂げた。

さらに、右手に持っていたはずのナイフまでもが、その肉体と同化するようにして、鋭利な輝きを放つ巨大な鎌へと姿を変える。

「ギチ、ギチギチ……ッ!!」

不気味な羽音と鳴き声を響かせる怪人を前に、圭人はぐっと奥歯を噛み締め、絶望的な状況に唇を噛んだ。

(クソッ……こんな狭い所で、あんなものを……!!)

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