ヒーローと名探偵 作:タルマヨ
警察庁の上層階に位置する、特別会議室。
防音と情報漏洩対策が完璧に施されたその部屋には、前回以上の重苦しい空気が立ち込めていた。大型モニターが並ぶ壁面を背に、円卓を囲んでいるのは、警察庁および警視庁の幹部たち、あるいは特殊任務部隊『MDR』の精鋭たちである。
円卓の上座には、警察庁の最高幹部である黒田兵衛が険しい表情で腕を組んで座り、その並びには警視庁捜査一課の目暮警部、白鳥警部、佐藤刑事、高木刑事、千葉刑事の姿もあった。
「――以上が、これまでに入手したデータの再検証結果です。帝丹小学校1年の小嶋元太君を狙った石上――カマキリのゾルブの件を含め、奴らの生態と、現場に残される『銀色の砂』についての情報は、すでに皆様とも共有されている通りです」
壇上に立ち、リモコンを操作しながらプロジェクターの画面を切り替えていたMDRの指揮官、一条恵美は、一同を見回しながら凛とした声で会議を切り出した。彼女の操作によって、巨大モニターにはゾルブの細胞分析データや、ここ数ヶ月の怪物たちの出現データが緻密に並べ替えられていく。
「我々が今、早急に対策を講じるべきは、奴らの存在そのものではありません。最近になって明らかに頻度が増している、これら超古代の怪物やゾルブの『変異の原因』、あるいはその生態についてです。改めて徹底的に研究・分析を進めた結果、奴らはただ無差別に現れているのではなく、地球規模のエネルギー変異、あるいは環境の変化に適合し、より凶暴な個体へと進化を始めている可能性が浮き彫りになりました」
画面のグラフをさらに進めながら、一条恵美は毅然と言葉を重ねた。
「ううむ……。すでに分かっているとはいえ、奴らの脅威がさらに増しているということか。あの人間の細胞を内側から作り変えるゾルブの恐怖、そして地中から現れる超古代の怪物たちの活性化……。確かに、これまでの通常装備での研究や分析だけでは、事態の悪化に追いつかん。我々警察としても、ただ手をこまねいているわけにはいかんのだ」
と、目暮は深く帽子をかぶり直し、渋い表情で腕を組んだ。
「はい……。前回の会議でゾルブの恐ろしさは十分に思い知らされたましたが、出現頻度まで上がっているとなると、もう一刻の猶予もないです。もし次に奴らが街を襲った時、あのティガが間に合わなかったら、我々人間はどうなってしまうの?」
と、佐藤もモニターに映し出された予測グラフを見つめながら、焦燥感をにじませた。
「そうですよ、一条さん。これまでの捜査や防衛戦でも分かっている通り、僕たちの拳銃や機動隊の重装備では、あの強大な怪物たちに対しては時間稼ぎにすらならないのが現実です……」
と、高木が不安そうに身を乗り出し、佐藤の言葉に同意するように続けた。
「高木刑事、佐藤刑事。だからこそ、我々MDRは次の段階へ進んでいたのです。ただ神頼みのようにティガを待つだけの組織ではないと、前にも言ったはずです。これこそが、我が部隊が極秘裏に開発を進めていた、対ゾルブおよび怪物用パワードスーツ――『MU3』。MDR.UNIT 3です」
その弱気とも言える言葉に対して、一条恵美の唇が不敵な笑みに吊り上がった。彼女が手元のスイッチを強く押すと、会議室の奥にある防音ガラスの向こう側、厳重にロックされた格納庫の照明が点灯する。
シャッターがゆっくりと上がり、眩いライトに照らされて姿を現したのは、鈍い金属光沢を放つ、重厚極まりない人型の鋼鉄の塊だった。一条恵美はそれを示しながら、誇らしげに声を響かせる。
「ほう……! これが、あの噂の……」
その圧倒的な質量感を持つ金属の塊を目にして、白鳥が眼鏡の奥の目を細め、感嘆の声を漏らした。黒田もまた、隻眼の鋭い視線をその鋼鉄のスーツへと注いでいる。
「ご存知の通り、前2つの試作型は、出力不足や装着者への過剰な負荷によって開発が頓挫、事実上の失敗に終わりました。しかし、この3代目は違います。コンセプトはただ一つ。――『人類の科学技術だけで怪物に挑む』。神の力にも等しい光に頼るのではない。我々警察が、人間の手で平和を守るための防衛線です」
一条恵美の説明はさらに熱を帯びていく。その言葉と同時に、格納庫のドアが開き、一人の青年が歩み出てきた。引き締まった体にMDRの制服をまとい、短く刈り込んだ髪と、人懐っこい笑顔が印象的な男――元警部補であり、現在はMDRのNo.2にしてMU3のシステム装着員となった男、火川潤である。
「皆さん、お疲れ様です! MDR副隊長の火川潤です! よろしくお願いします!」
火川潤は、深刻な会議の空気を一変させるような、明るく正義感に溢れた声でハキハキと挨拶をした。
「火川君、さっそく皆さんの前で『MU3』の性能を見せてあげなさい」
一条恵美がすぐに火川潤に視線を向けて指示を出した。
「了解です、一条さん! 装着、行きます!」
火川潤はニカッと笑い、自身の左手首に装着されている特殊なリストバンド型のスイッチへと右手を伸ばした。彼が腕時計と肩の連動スイッチを鋭く押し込んだ瞬間、格納庫の『MU3』が激しい機械音を立てて駆動する。
ガシャォン!!
驚くべきことに、次の瞬間には、火川潤の全身が火花のような電磁光波に包まれたかと思うと、一発でその重厚な鋼鉄のスーツが彼の身体へと完全密着、固定されていた。装着に要した時間はわずか一秒に満たない。高木と千葉が思わず椅子から立ち上がり、目を見開いて驚愕する中、目暮も言葉を失っていた。
「どうですか皆さん! これがMU3の実物です!」
部屋の中央に堂々と立ち塞がった火川潤の姿は、まさに動く要塞だった。スーツのマスク越しに変調された、少し低い機械音声が室内に響き渡る。
「このMU3は、生身の人間が装着して前線で戦うための強化スーツ型兵器です。身長は190センチメートル。銃火器をメインとした中・遠距離からの圧倒的な火力を誇ります。ですが、その驚異的な性能の裏には、当然ながら大きなリスクも存在します。――火川君、その重さは?」
一条恵美は、驚く一同に向けて、その性能と特徴を解説し始めた。
「はい! 正直、めちゃくちゃ重いです! 総重量はなんと110キログラム! 内部のサーボモーターによるアシストがあるとはいえ、これを着こなしてまともに動くには、強靭な肉体と精神力が必要になります」
ふられた火川潤は、スーツの腕を曲げ伸ばしし、駆動音を響かせながらハキハキと答えた。
「さらに、このスーツは防御力こそ警察最高峰の特殊合金で固められていますが、完全な無敵ではありません。敵からの攻撃によるダメージや衝撃は、減衰されるとはいえ、普通に装着者の肉体へと伝わります。非常に危険で、一歩間違えれば内部で骨折、あるいは圧死するリスクすら伴う、命懸けの兵器なのです」
一条恵美がさらに冷徹とも言える補足を重ねると、会議室には再び重苦しい緊張が走った。
「あの……一条さん。確かに凄まじいテクノロジーですが、本当にそれだけの重装備で、あの強大なゾルブや超古代の怪物たちに対抗できるのでしょうか? 相手はビルを破壊するような怪物ですよ? 人間の科学だけで、本当に……」
千葉が恐る恐る手を挙げ、疑問を口にした。その疑問は、その場にいる全員が共通して抱いていた本音だった。すでに何度も脅威を分析してきたからこそ、その絶望的な戦力差を誰よりも理解している。
「対抗できます。いえ、対抗してみせます! これまでの失敗を糧に、MU3の主武装には、ゾルブの細胞組織を分子レベルで崩壊させる特殊熱線銃や、怪物の強固な皮膚をぶち抜く徹甲リニアキャノンが搭載されているのです。いつまでも正体不明の存在に街の命運を委ねるわけにはいかない。我々警察には、プライドがある。人間の命は、人間が開発した知恵と科学の力で守るべきです!」
だが、一条恵美は全く動じなかった。彼女は机を両手で叩き、身を乗り出して力説する。一条恵美の瞳には、一切の迷いがなかった。その絶対的な自信と覚悟に満ちた熱弁に、会議室の誰もが圧倒され、静まり返る。
「……いいだろう、一条、MU3のその実戦配備を正式に承認する。火川、人類の命運の一端はお前の双肩にかかっている。死ぬことは許されんぞ」
その沈黙を破ったのは、上座にいた黒田だった。黒田はゆっくりと立ち上がると、隻眼で火川潤の佇まいと一条恵美の顔を見据え、低く重みのある声を出した。
「はっ! 了解いたしました、管理官!」
その言葉を受け、火川潤は110キロの巨体を震わせ、ビシッと完璧な敬礼を決めてみせた。スーツのマスクの奥にある火川潤の瞳は、いかなる怪物にも屈しない、熱い正義の炎で満ちあふれている。
人間の科学技術だけで、未知の脅威へと挑む。MDRの新たな戦いが、今ここに幕を開けたのだった。