ヒーローと名探偵 作:タルマヨ
車内から勢いよく飛び出してきたのは、圭人、コナン、そして博士の3人だった。
「ん?あれは一体……」
圭人が目を見張る。その視線の先では、見たこともない異質な金属の塊が、怪物に立ち向かっていた。
「な、何じゃあの金属の塊は……! 人間が着込んでおるのか!?」
博士が驚愕の声を上げ、コナンも眼鏡の奥の目を鋭く細めてその光景を凝視する。
全高190センチメートル、重量110キログラムの圧倒的な威容を誇る、MU3を纏った火川の姿。それは現代の最新科学を遥かに超越した、未知の戦闘システムの具現だった。しかし、それほどの重装甲と火力を備えていながらも、火川はメタモルガの底知れない進化能力の前に、完全に苦戦を強いられていた。
圭人は、目の前で怪物の猛攻に耐えるあの重装甲のスーツが一体何なのか、激しく脳裏をよぎる疑問に駆られた。だが、今はそれを突き詰めている時間はない。上着の内ポケットに手を入れ、静かにスパークレンスを取り出した。その指先に、確かな光の重みが伝わる。
「圭人! 俺と博士は施設の中に入る! 中に沙也加さんが残ってるはずだ!」
コナンが施設の入り口を指差しながら鋭く叫ぶ。
「うむ、新一君、急ごう!」
博士がコナンの言葉に力強く頷き、二人はメタモルガの背後をすり抜けるようにして、宇宙開発施設の内部へと猛然と走り出した。
「……ああ、頼んだよ。イチ、博士」
二人の背中を静かに見送った圭人は、一人その場に残り、激化する戦場へと視線を戻した。
目の前では、傷を負いながらも必死に踏みとどまろうとする火川のMU3と、熱線を吸収してさらに狂暴化したメタモルガが激しく衝突している。
これ以上、人間への憎しみで狂った奴を暴走させるわけにはいかない。そして、命懸けで戦っているあの男を死なせるわけにはいかない。
圭人は深く息を吸い込み、強い決意を瞳に宿して、スパークレンスを自身の胸の前に力強く掲げた。
中央のクリスタルが眩い輝きを放ち、左右のウイングが美しく展開する。あふれ出した神聖な光が渦を巻き、圭人の全身を包み込んでいった――。
猛烈な光の奔流が戦場の中央に爆発し、渦巻く輝きの中からティガがその姿を現した。
「ティガ……!」
指揮車から画面を凝視していた一条の瞳に驚きが走り、MU3の密閉された装甲の中で、火川もまた息を呑んでその光を見上げた。MDRの隊員たちが一瞬動きを止める中、その正面には、全身を覆う異形の甲殻と猿のような敏捷な四肢を持つ怪獣メタモルガが、凶暴な眼光を怪しく輝かせて立ちはだかっていた。
かつて地球の片隅で生きていた頃の柔和な心を完全に失い、人間に植え付けられた憎しみだけを燃料にして最悪の進化を遂げたその姿は、ただ破壊と殺戮を求める化身そのものだった。
ティガは両手を前方に突き出し、慎重に構えを取った。しかし、メタモルガの動きは通常の生物の常識を遥かに超越していた。猿特有のしなやかな素早さと、予測不能な獣の軌道を兼ね備えた跳躍で、一瞬にして距離を詰めてくる。
奴は長い腕を激しく振り回し、防戦に回ったティガの胴体を容赦なく捉えた。重低音のような衝撃音が周囲の空気を激しく震わせ、凄まじい負荷を受けたティガの足元がズルズルと後退する。
メタモルガの攻勢はそれだけにとどまらず、さらに加速していった。
地を蹴ったかと思うと、次の瞬間にはティガの死角となる背後へと跳び回る。鋭く尖った爪が夜闇を切り裂き、ティガの肩口を深く抉り取った。衝撃と共に激しい光の火花が周囲に飛び散る。
ティガは苦悶に耐えながら鋭く反撃に転じ、渾身のパンチを繰り出した。しかし、メタモルガはまるで質量を持たない影のように軽やかに身を翻して拳をかわすと、逆にティガの軸足を鋭く払う。耐えきれずティガは地面に叩きつけられ、凄まじい地鳴りと共に大量の土煙が辺り一面に舞い上がった。
《この暴れん坊め…》
土煙を割りながら、ティガはすぐさま激しく地面を蹴って立ち上がった。まともに戦っては相手の進化と俊敏さに翻弄される。そう判断したティガは、力でねじ伏せるのではなく、奴の狂暴性を鎮めるための必殺光線技の準備に入った。
額のティガクリスタルに右手をかざし、エネルギーを集中させる。そこから放たれたのは、淡く柔らかな輝きを放つセルチェンジビームだった。対象を大人しくさせ、本来の平穏な心を取り戻させるための光線が、まっすぐにメタモルガの胸へと注ぎ込まれる。
だが――憎しみ以外のすべての感情を細胞レベルで完全に喪失し、変異したメタモルガには、その慈愛の光は届かなかった。それどころか、奴にとってその光は、自らの領域を侵す不快な刺激でしかなかった。
効果を発揮して大人しくなるどころか、光を浴びたメタモルガの凶暴性はさらに何倍にも跳ね上がり、狂ったような咆哮を夜空に轟かせながら、一層激しい猛攻を仕掛けてきたのだ。
完全に予測を裏切られたティガは、次々に繰り出される容赦のない爪撃と体当たりに、防戦一方へと追い込まれていく。
防護を固めた腕が弾かれ、体勢が大きく崩れる。あと一歩、ほんのあと一歩という極限の状況の中で、メタモルガの剥き出しになった凶悪な牙が、ティガの喉元へと確実に迫っていた。
その時――。
引き裂かれた夜闇の虚空に、ゆらりと幻影が浮かび上がった。
それは、かつて人間が犯した過ちの象徴であり、悲劇の引き金となったもう一つの光の姿――エボリュウの幻影だった。その透き通った姿は、戦場を優しく包み込むようでもあり、メタモルガを静かに見守るようでもあった。
「細胞進化促進剤の効果が……ようやく出たのね!」
指揮車の中でモニターを凝視していた一条が、その光景に目を見張り、祈るように叫んだ。それが火川の放った薬品による臨界自爆の兆候なのか、それとも哀しい怪物の心がもたらした奇跡なのか、真実は誰にも定かではない。
しかし、その一瞬の隙は、戦況を劇的に変える決定的なものとなった。
目の前に現れたかつての己の影、あるいは同胞の姿に、メタモルガの狂暴な動きがぴたりと止まる。
《……今だ!》
ティガはこの機を逃さなかった。
額のティガクリスタルに両手を交差させるようにかざすと、全身が眩いばかりの澄み切った紫と白の光に染まっていく。瞬時に姿を変えたのは、圧倒的なスピードを誇るスカイタイプだ。
《これ以上、悲しみを重ねさせはしない……!》
ティガは全身のエネルギーを右腕へと爆発的に集中させた。解き放たれたのは、絶対零度の冷気を宿した必殺の冷凍光線――ティガ・フリーザー。
超高密度の冷気の奔流が、動けないメタモルガの全身を瞬く間に包み込んでいく。容赦なく吹き付ける白銀の光線により、激しく脈動していた怪物の肉体は、その表皮から細胞の奥深くまでが瞬時に白く凍りついていった。完全に氷結し、微動だにできなくなったメタモルガの巨体が、月光の下で冷たく静まり返る。
《……還ろう、本来の姿へ》
間髪入れず、ティガは再びクリスタルに手を当て、赤と紫の交わるマルチタイプへと姿を戻した。
両腕を左右に大きく広げ、胸の前で交差させてエネルギーを極限まで練り上げる。しかし、彼が放とうとしているのは、ただの破壊の光ではない。人間への憎しみだけで歪んでしまった怪物の魂を救い出すため、その胸の奥で、優しく包み込むようなセルチェンジビームの波動を、最強のゼペリオン光線の奔流へと静かに混ぜ合わせていく。
《はあぁぁッ!》
気迫と共に、十字に組んだ両腕から、虹色に煌めく極大のゼペリオン光線が放たれた。
それは凍結したメタモルガの巨体を真っ直ぐに貫く。
凄まじい爆発による肉体の粉砕ではない。光線を浴びた怪物の身体は、まるで温かな光のシャワーに溶かされるかのように、その禍々しい甲殻も、ねじ曲がった四肢も、すべてが粒子となって綺麗に消え去っていく。憎しみから解放された怪物の魂が、宇宙の塵へと還っていくかのような、静かで美しい消滅だった。
ティガは両腕をそっと下ろし、その光景を静かに見つめていた。
そして、その場に残されたMDRの面々や、MU3の装甲内で息を荒らげる火川に一度だけ視線を向けると、ゆっくりと自らも光の粒子となって、夜の闇へと溶け込むように姿を消した。
戦いは終わった。押し寄せる静寂の中、世界は再び平穏を取り戻したかのように見えた。
だが、圭人の、そしてティガの耳の奥には、人間を深く呪い、憎しみだけに支配されて咆哮を上げ続けていたあの怪獣の悲しい声が、未だに消えることなく、重く響き渡っていた。
不気味なアラートがようやく止み、静寂を取り戻した宇宙開発局の地下研究施設。緊迫していた封鎖が解除されたその現場で、コナンは博士と共に、ようやく見つけ出した沙也加の前に立っていた。
沙也加はひどく疲れ切った様子ではあったが、その瞳にはすべてをやり遂げたという、どこか晴れやかな光が宿っていた。彼女は固く握りしめていた小型のメモリを、静かに差し出しながらぽつりと言った。
「D機関は解散になります。あの忌まわしい実験も……これで完全に凍結されます。亮介の代わりに、私がやれることは……やりました」
亮介の遺志を継ぎ、その暴走を止めるために命を懸けた彼女の言葉には、深い悲しみと、それ以上の決意が滲んでいた。
そのメモリを見つめ、博士は重々しく、しかしどこか包み込むような優しい声で語りかけた。
「……前も亮介君にも言ったが、誰の心にも闇はある。それは悲しいが、人間である以上、避けては通れんものなのかもしれん……」
博士の言葉に、沙也加はそっと視線を落とした。亮介の心が闇に囚われ、悲劇を引き起こしてしまったことは紛れもない事実だったからだ。
だが、その沈黙を破るように、コナンが沙也加を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし確かな強さを持った声で言葉を紡いだ。
「でも、光だってある。……亮介さんが最後に見せてくれたのは、そっちの方だったと僕は思うよ」
コナンが語ったのは、かつて亮介が最後の瞬間に見せた、人間としての尊厳と愛の光だった。
その言葉が胸の奥に届いた瞬間、沙也加はハッとしたように顔を上げた。
その時、密閉されているはずの地下通路の奥から、まるで亮介の魂が応えたかのような、穏やかで温かい風が優しく吹き抜けた。
沙也加の髪がふわりと揺れる。
突然の不思議な風に、コナンと博士は思わず目を細めた。その風は、哀しい戦いの終わりを告げると共に、残された人々の心をそっと癒やすように、いつまでも二人の頬を撫でていた。