ヒーローと名探偵   作:タルマヨ

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人気芸人のハニートラップ(後編)

 バイクを停めた圭人とコナンは、近くのファストフード店へと滑り込んだ。

トレイを持った客たちとすれ違いながら2階の客席へと上がると、そこにはまばらに数人の客が座っていた。圭人は周囲に怪しまれないよう、手元のスマホで先ほど確認した蜂谷飛鳥の顔写真を改めて画面に出す。

週刊誌に載っていたのは、金髪でタレ目の若い女。そして、最大の特徴は左目の下にある泣きぼくろだった。

二人はさりげなく店内を見回す。すると、少し離れた席に左目の下に泣きぼくろがある女の姿が捉えられた。しかし、その女の髪は金髪ではない。

コナンは周囲に声が漏れないよう、圭人に顔を寄せて小声で囁いた。

「もしかして、あの女が蜂谷飛鳥……」

「けど、金髪じゃないよ……。まさか金髪はウイッグ?」

圭人が首を傾げて小声で聞き返すと、コナンは鋭い目を女に向けたまま応じる。

「多分な……」

その時、タイミングを計ったかのように泣きぼくろの女のスマホがけたたましく鳴り響いた。女は慣れた手つきで画面をスワイプし、耳元に当てる。

「もしもしコーくん? え? ホントに? 会いたい会いたい!」

静かな店内に、女の弾んだ甘い声が小さく響く。それを聞き取った圭人が眉をひそめた。

「コーくん? 男?」

「え? 今日はいつも通りだよ。え? 金髪がいいって?」

電話の向こうの相手とそんなやり取りを交わしている女の姿を見て、コナンは不敵な笑みを浮かべた。

「金髪……やっぱりな」

「ビンゴだね」

圭人も小さく頷く。これで、あの女が週刊誌に撮られた蜂谷飛鳥本人であることは間違いなかった。

「うん! すぐに向かうね」

蜂谷飛鳥は嬉しそうにそう言うと電話を切り、荷物をまとめるとすぐに席を立って階段を降りていった。

その後ろ姿を見送りながら、圭人が呆れたように呟く。

「……あの人、彼氏持ちなのに日向さんと寝たのか……すごい女だね」

「でもまだ確証はない。あの女、もう少し探ってみよう」

コナンの提案に圭人も同意し、二人は警戒されないように距離を保ちながら、急ぎ足で階段を降りて店内を出た。

 

 

表へ出た二人は、夜の街へと歩き出す蜂谷飛鳥のあとを慎重に尾行した。

しばらく歩くと、蜂谷はあるホテルの前で足を止め、誰かを待つように周囲を見回し始めた。圭人とコナンは瞬時に手近なホテルの陰へと身を隠し、じっとその様子を見張る。

やがて、蜂谷の前に一人の男が現れた。

圭人はすぐさまスマホを取り出し、例の日向のスキャンダル記事の画像を画面に出して確認する。男の顔と記事の写真を交互に見比べた圭人は、驚きに目を見開いた。

「どういうこと?……あの人、日暮コタツだよ」

驚く圭人の横で、コナンはすべてが繋がったというように、眼鏡の奥の目をギラリと光らせた。

「大体読めてきたぜ……この問題……。圭人、一応録音しとこうぜ」

「了解」

圭人はすぐにスマホの録音アプリを起動させ、二人の会話が拾える位置へとマイクを向けた。

ホテルのエントランス近くで、日暮コタツと蜂谷飛鳥が周囲を気に留める風でもなく話し始める。

「どう? あのハメ太郎君。結構騒ぎになってたよね」

蜂谷飛鳥がくすくすと笑いながら問いかけると、日暮コタツは満足げに口元を歪めた。

「フフ。だいぶ凹んでたよ。事務所も大変らしい。どうせ解雇されるみたいだな」

「これで、コーくんの邪魔者も消えるね」

「そうだな。アイツ、最近売れてきて調子に乗ってたし、ざまぁねぇぜ! ハハ! しかし馬鹿なやつだな! まんまと引っ掛かって! 人の女だって事も知らずに。思い出しただけでも笑えるぜ、アイツの顔!」

声を大にして高笑いしながら、日暮と蜂谷は親しげに腕を絡ませ、そのままホテルの中へと入っていった。

二人の姿が見えなくなったところで、圭人は録音アプリの停止ボタンをタップした。息を吐き出しながら、スマホをポケットに収める。

「そういうことか、なるほどねぇ……。じゃあ一応、出てきたところも写真撮っておくか」

仕掛けられた罠の全貌が見え、次の行動へ移ろうとする圭人の横で、コナンはガックリと肩を落として深い溜息をついた。

「…俺達……なにやってんだ?……」

あまりにも生々しい男女の企みに付き合わされ、心底呆れ果てた様子の相棒を見て、圭人はどこか楽しそうに人差し指を立てて力説し始めた。

「イチ、探偵ってのは何も生臭い殺人事件を解決するばかりじゃないんだよ。こういうドロドロの案件だってあるさ」

「オメー……いつから探偵になったんだ?」

コナンのジト目混じりの苦笑いが、夜の街灯に照らされていた。

 

それから1時間半後。

ホテルのエントランスから、並んで歩いてくる日暮コタツと蜂谷飛鳥の姿があった。ホテルの陰で待ち構えていた圭人は、すかさずスマホのカメラを起動し、その決定的な瞬間を正確にレンズに収めた。

カシャリと微かなシャッター音が響き、フラッシュの光に驚いた日暮たちが即座にこちらへ鋭い視線を向ける。

「誰だ!?」

身構える日暮の前に、圭人はスマホを片手にゆっくりと姿を現した。その表情にはいつもの穏やかさはなく、冷徹な光が宿っている。

「どうも。てめえの女使ってハニートラップとは、なかなか腐ってるねえアンタも」

吐き捨てるような低いトーンの煽りに、日暮は一瞬で顔を真っ赤に染めて声を荒らげた。

「な、なんだこのクソガキ! 誰だテメェ!?」

「悪いけど、お兄さんたちのさっきの会話……しっかり録音させてもらったからね」

日暮の怒声に全く怯むことなく、コナンもまた両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、堂々とした態度で暗がりから歩み出た。

すかさず圭人が手元のスマホを巧みに操作する。スピーカーからは、先ほど二人がホテル前で繰り広げていた、日向を嵌めた謀略についての生々しい会話がはっきりと再生された。

「これを雑誌に売ったら高く売れるんだろうな。まあ俺としては、アンタがやったことを素直に吐くことをオススメするよ」

完全に退路を断たれた日暮の顔が、今度は恐怖と怒りで歪んでいく。

「クソ……このガキ共! ぶっ殺す!」

我を忘れた日暮は拳を固めて構えると、遮二無二圭人に向かって突進してきた。

しかし、圭人はその不格好な突進を鼻で笑い飛ばす。日暮が放った大振りの右パンチを、上体を素早くしゃがませて紙一重でかわすと、がら空きになった日暮の懐へと鋭く踏み込んだ。

ドン、と鈍い衝撃音が響く。圭人の右の掌底が、寸分の狂いもなく日暮の鳩尾へと完璧に叩き込まれた。

「が、はっ……!?」

日暮は一瞬で呼吸を奪われ、白目を剥きかける。右手で強く鳩尾を押さえながら、その場に崩れ落ちるようにうずくまった。

「オイ、もう終わり? 情けないなぁ」

冷ややかに見見下ろす圭人の前で、日暮が執念深くもう一度立ち上がろうと顔を上げる。だが、その瞬間をコナンは見逃さなかった。追い打ちをかけるように、コナンは無言のまま左腕を突き出し、腕時計型麻酔銃の照準を合わせる。

チッ、と小さな音を立てて放たれた麻酔針が日暮の首元に正確に命中した。日暮の身体から完全に力が抜け、そのまま地面へと音を立てて倒れ伏した。

「コ、コーくん!? な、何なの? あんた達!」

目の前で起きた一瞬の出来事に、蜂谷飛鳥は恐怖で声を裏返らせながら後ずさりする。

「俺達のことより、アンタのことをさっさと話してもらいましょうか。本当のことをさ。さもないと……共犯者として扱うよ?」

圭人が冷徹な視線で詰め寄ると、完全に観念した蜂谷飛鳥は、震える声でぽつりぽつりと真実を話し始めた。

すべては、倒れている日暮コタツに頼まれたことだった。最近になって人気が急上昇してきた日向に対して、日暮は激しい嫉妬心を抱いており、「二人であいつをハメて一儲けしないか」と持ちかけられたのだという。

「お金に目が眩んだというわけですね。で、いくら貰ったんです?」

「週刊誌の編集部とコタツの分を合わせて、600万……」

蜂谷飛鳥が白状した金額を聞き、コナンは眉をひそめて尋ねた。

「お姉さん……未成年なんでしょ? そんな大金……」

「え? 私、未成年じゃないけど……」

「「え?」」

予想外の言葉に、圭人とコナンは同時に目を見開いて驚きの声を上げた。コナンがたまらず身を乗り出す。

「じゃ、じゃあいくつなの?」

「23歳だけど……」

あまりにも実年齢とかけ離れた見た目に絶句しながら、圭人が核心を突いた。

「週刊誌はどうやって騙したんです?」

「記者には、妹のフリをして妹の学生証を見せたのよ。雑誌なら、未成年の本名は載せないからって言われて……」

「なるほど……。でも、妹さんはいい迷惑ですね。寝てもいない男と寝たことになってる」

呆れ果てて息をつく圭人の前で、蜂谷飛鳥は悪びれる様子もなく強めに反論した。

「名前が出てないんだからいいでしょ!」

この期に及んで保身に走る女の態度に、圭人はふっと不敵な笑みを浮かべ、言葉巧みに提案を持ちかけた。

「……ねぇ蜂谷さん、その話を週刊誌にしてくれませんか? 日暮に脅されて仕方なくやったと。良心の呵責に苛まれてやった……ってね」

「でも、そんなことしたらコタツを裏切る事になるし……」

躊躇する蜂谷飛鳥に対し、圭人は容赦なく最後のだめ押しを言い渡す。

「また週刊誌から取材料、たんまり取れますよ?」

「言う!」

金というワードを聞いた瞬間、蜂谷飛鳥は目の色を変えて即答した。その様子を横で見ていたコナンは、複雑そうな表情で圭人の服の裾を引っぱった。

「でも圭人、それでいいのかよ?この女、結局はお金で動いてるだけじゃねぇか…」

コナンが呆れ半分に声を潜めて問いかけると、圭人は小さく笑って相棒に視線を合わせた。

「いいのさ。この女の動機が何であれ、日暮の企みを世間にブチまけてくれれば日向さんの無実が証明される。それに、こういう手合いにはお金をチラつかせるのが一番手っ取り早いしね」

圭人が合理的な理由を説明すると、コナンも「それもそうか……」と納得したように肩をすくめた。

納得させたのを見届けると、圭人はポケットからスマホを取り出し、あの平岡へと連絡を入れた。

「平岡さん、星野です。日向さんの件で、とっておきの特ダネがあるんですが……」

 

今いるホテルの場所を伝えると、数十分後、息を切らせた平岡が息を弾ませてホテル街へとやってきた。

平岡は圭人から渡された録音データを確認し、蜂谷飛鳥の証言を聞き終えると、鋭い目付きで手帳にペンを走らせた。

「纏めると、日暮に脅されて日向をハメてしまった、ということでいいんですね?」

平岡の確認に、蜂谷飛鳥は神妙な顔をしてコクコクと頷く。

一通りの取材を終えた平岡は、不思議そうに圭人へと向き直った。

「オイあんた、星野君。いいのか? こんな特ダネ、俺にくれちまって……」

「いいんですよ。俺、記者じゃなくて、毛利探偵事務所でお世話になってる者ですから」

圭人が悪びれずに白状すると、平岡はひっくり返りそうな声を上げた。

「ええっ!? あの名探偵の、毛利小五郎んとこの!?」

「はい。騙したみたいになってすみません」

申し訳なさそうに頭を下げる圭人に対し、平岡はすぐに破顔して、嬉しそうに圭人の肩を叩いた。

「そういう事は早く言ってくれよ……! でもまぁ、あの名探偵の毛利小五郎の所なら、これから先も色々面白い情報が入りそうだな。星野君、またなんかネタがあったら回してくれよ!」

ニコニコと上機嫌になる平岡を見て、圭人もいつもの柔らかな笑みを浮かべる。

「ええ。持ちつ持たれつ……でしたね」

「おうよ! 弟君も元気でな! じゃ、俺はオフィスに戻るわ!」

平岡はコナンにも威勢よく手を振ると、特ダネのスクープをいち早く書き上げるために、夜の街を全速力で走っていった。

「う、うん……」

その後ろ姿を見送りながら、コナンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

その後、テレビの画面には、フラッシュの嵐の中で涙を流しながら頭を低く下げる日暮コタツの姿があった。

ハニートラップの真相と身分証偽装の事実が白日の下に晒され、日暮コタツは涙の謝罪会見を行うこととなった。これにより、日向の身の潔白は見事に証明されたのだ。

数日後、毛利探偵事務所の応接ソファでは、すっかり憑き物が落ちたような笑顔を浮かべた日向が、圭人に向かって深く頭を下げていた。

「星野さん、本当にありがとうございました! おかげで誤解も解けて、仕事にも復帰できそうです!」

「いえ、無事に解決して良かったです」

「これは約束の依頼料です。受け取ってください」

日向はそう言って、現金30万の入った封筒を圭人に手渡した。

一件落着の光景を、コナンは探偵事務所のソファで静かに見守っていたが、その視線の先では、別の事件がまさに勃発しようとしていた。

バタン、と事務所の扉が勢いよく開く。

「お、おい蘭……! これには深いワケがだな……!」

「ワケって何よ、お父さん!!」

背後に激しい怒りのオーラを背負った蘭が、青ざめる小五郎を完全にロックオンしていた。

日向からの切実な依頼をすべて圭人に丸投げし、自分は友人たちと朝まで雀荘で麻雀に興じていたことが、その日の夜に蘭の耳に完全に筒抜けになってしまったのだ。

「圭人とコナン君が一生懸命犯人を捕まえてる時に、お父さんは麻雀でお気楽にハメ外してたわけ!? この仕事、お父さんが引き受けたんでしょ!!」

「ひえええっ! 悪かった、悪かったから拳を下ろせ蘭ーっ!」

夕方の探偵事務所に、小五郎の悲鳴と蘭の強烈な説教の声がこっ酷く響き渡る。

ソファーで依頼料を確認する圭人と、それを見ながら呆れ顔でいるコナンの日常が、そこにはいつも通り戻っていた。

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