ヒーローと名探偵 作:タルマヨ
「……クソッ、何なんだこれは!」
スカイランド正門前。目暮は、禍々しい紫色の紋様を浮かべて天を突く巨大なバリヤーを見上げ、苦渋の表情を浮かべていた。内側からは人々の悲鳴が聞こえ、見えない壁に接触した者が電撃に焼かれ、次々と弾き飛ばされている。
「警部、機動隊の重機でも歯が立ちません! 物理的な干渉を一切受け付けない、未知のエネルギーフィールドです!」
高木が焦燥を露わに報告し、佐藤と千葉もなす術なく拳を握りしめていた。その時、猛烈な排気音を響かせて一台の黄色いビートルが、規制線を強引に潜り抜けて滑り込んできた。
「どきなさい! 道をあけるんじゃ!」
運転席の博士がハンドルを切りながら叫ぶ。
「阿笠さん!? 危ない、下がってください!」
高木の制止を無視し、助手席の圭人が身を乗り出した。その瞳はバリヤーの結合点を鋭く捉えている。
「博士、左斜め30度、紋様の中心だ。……中和装置、出力最大!」
「了解じゃ! 圭人君、掴まっておれ!」
ビートルの屋根に設置されたパラボラ型の試作メカが唸りを上げる。ドラマ版ティガに登場した『マキシマ・オーバードライブ』と同じ原理、反エネルギー粒子を凝縮した一撃が、バリヤーの核を貫いた。
バリィィィィン!!
巨大なガラスが砕け散るような音と共に、世界を隔てていた壁が霧散する。
「壊れたぞ……! 行くぞ、博士!!」
「……あ、おい! 阿笠さん!」
目暮の制止も聞かず、ビートルは未だ混乱の極みにある園内へと突っ込んだ。
その頃、スカイランド中央に位置する『センターハウス』。
緊急時には避難シェルターとしても機能する頑強な鉄筋コンクリート造りのエントランス内で、蘭、和葉、園子、そして少年探偵団の3人は、窓の外の惨状に息を呑んでいた。
「……何なのよ、あのアホみたいにデカい腕は……!」
園子がガタガガと震えながら毒突く。
「園子、窓から離れて! ……和葉ちゃん、子供たちは!?」
蘭が叫ぶと、和葉は歩美を抱き寄せ、元太と光彦を背後に隠した。
「大丈夫や、みんなアタシの後ろにおり! ……せやけど、平次とコナン君らがまだ外に……!」
「蘭お姉さん、コナン君が……! コナン君たちが食べられちゃうよ!」
歩美が涙を浮かべて窓を叩く。彼らの視線の先、噴水広場では、赤黒い触手がのたうち回り、幼い獲物であるコナンたちを正確に狙い定めていた。
広場では、コナンと灰原が瓦礫の陰に身を潜めていた。
「……ッ、こいつ、やっぱり特定の波長を持つ個体を狙ってやがる……」
コナンは犯人追跡メガネの望遠機能を最大に引き上げ、地中から這い出したガギの本体を睨む。
「……つまり、私たちが一番の好物だってことね。……最悪のグルメだわ」
灰原が冷汗を流しながら皮肉る。すぐ近くでは平次が木刀を構え、小五郎が逃げ遅れた客を必死に誘導していた。
「工藤! あいつの動き、さっきより速なっとるぞ! どないすんねん!」
「……キリがねえ! ……っ! ビートル……。博士か!?」
猛スピードで突っ込んできた黄色い車体が、土煙を上げてコナンたちの前で急停車した。
「コナン君! 哀君! 早く乗るんじゃ!」
「博士! 他の奴らは!?」
「みんなセンターハウスじゃ! 早く!」
コナンはボール射出ベルトのダイヤルを回し、サッカーボールを出現させた。
「服部、おっちゃん! 車に乗れ!」
「おう!」
「お、おい! コラ待て!」
コナンは放たれたサッカーボールをキック力増強シューズの最大出力で蹴り飛ばした。
ズガァァァン!!
超高速の回転を伴ったボールがガギの触手を粉砕し、一瞬の隙を作る。その間に全員がビートルになだれ込み、車は一気にセンターハウスへと向かった。
バリヤーが消滅したことで、正門からは目暮率いる警察隊と、防弾盾を構えた機動隊が突入を開始していた。
「射撃開始! 触手の動きを止めるわよ!」
「はい、佐藤さん!」
佐藤と高木が拳銃を放つが、ガギの強固な外皮には火花が散る程度だ。
「ギガァァァァッ!!」
怒り狂ったガギが、機動隊をなぎ倒そうと巨大な爪を振り上げる。
その時、夜空を切り裂き、一条の眩い白い光の球が舞い降りた。
それはまるで彗星のように、ガギと警察隊の間に激突する。激しい発光と共に光が解き放たれ、そこには赤、紫、銀のラインを纏った神々しい戦士が立っていた。
「……光の……戦士……」
センターハウスの窓から、歩美が呆然と呟く。
ティガ(マルチタイプ)は鋭い踏み込みで、ガギの頭部に強烈な手刀を叩き込んだ。
火花が散り、ガギが後退る。しかし、ガギは12メートル級の触手網を駆使し、ティガの四肢を執拗に絡め取った。
《……チッ、数が多いな……!》
ティガは空中回転を織り交ぜ、チョップとキックの連打で触手を切り裂いていくが、地中から無限に湧き出す粘液質の腕が、ついに戦士の右腕と両足を封じた。
さらに太い触手が背後から忍び寄り、ティガの首を深々と締め上げる。
「ああっ、首が……!」
窓越しに蘭が悲鳴を上げ、園子も顔を覆った。
ピコン、ピコン、ピコン……。
戦士の胸にある命の輝きが、非情な赤の点滅へと変わる。
「……嘘、もう力尽きちゃうの!?」
「負けないで! 頑張って、光の戦士!!」
園子と歩美の悲鳴に近い声が、静まり返った園内に響き渡った。
その声に応えるように、戦士の瞳が鋭く輝いた。
《……力には、力だ……!》
ティガの全身が、一瞬にして燃えるような紅蓮に染まった。
パワータイプへのチェンジ。
凄まじい剛力が全身に漲り、首を締め上げていた触手を、ティガは素手で掴み取った。
「ダァッ!!」
メキメキと音を立て、硬質な触手を力任せに引きちぎる。
「ギガァァァッ!?」
苦悶するガギの胸ぐらを掴み、ティガはそのまま巨体を担ぎ上げると、広場の中央へと叩きつけた。
ズガァァァァン!!
大地が震え、ガギが悶絶する。
ティガは両腕を大きく広げ、周囲の熱エネルギーの球を胸の前で凝縮させた。
《デラシウム光流!!》
放たれた超高熱の光弾がガギを直撃。爆発と共に、地底の捕食者は分子レベルで蒸発し、夜空には静寂が戻った。
◆
白煙が晴れた広場で、戦士は一度だけセンターハウスを見つめ、静かに空へと消えていった。
「……終わったのか、本当に」
センターハウスの外へ出た小五郎が、瓦礫の上に座り込み、指の震えを隠すように煙草を咥えた。
「……警部殿、あれは一体、何だったんでしょうな。ありゃあもう、私達探偵や警察の手に負える代物じゃありませんぜ」
「……ワシにも分からん。だが、あの者は確かにワシらの味方だった。非科学的だと言われようが、現にワシらは助かったのだからな、毛利君」
目暮が帽子を深く被り直し、戦士の去った夜空を仰いだ。
「あんなバケモノ、警察の装備じゃ歯が立ちませんでしたよ……」
高木が、ひしゃげた盾を地面に置いて煤けた顔で笑う。
「ええ……。でも、あの戦士が戦っている間、不思議と勇気が湧いてきたわ。……まるで、私たちをずっと見守ってくれていたような、そんな温かい光だった」
佐藤も拳銃をホルスターに収め、空を見上げて微笑んだ。
その頃、警察の規制線の死角となる倒壊した街灯の影に、圭人、コナン、そして平次の3人だけが集まっていた。周囲に他の人間はいない。圭人は私服のパーカーを少し汚した様子で、乱れた息を整えながら現れる。
「……お待たせ、イチ。……平次も、無事でよかった」
「……おう、星野。お前、博士の車で正門から突っ込んできた時は助手席におったはずやろ。車が止まった瞬間に降りたと思ったら、その後どこ行っとったんや。一瞬で姿消したやないか」
平次がポケットに手を突っ込んだまま、ジロリと圭人を横目で睨む。その瞳には、隠しきれない不信感が宿っていた。
「いや、車を降りた直後に別の触手が襲ってきてさ。それを避けてるうちに人混みに流されて……」
「……へぇ。ほんなら、その服の肩に付いとる『金色の砂』みたいなキラキラしたもんは何や?」
平次は一歩歩み寄り、圭人の肩を指差した。
「さっきの戦士が消えた時に降ってきた粒と同じもんや。……なぁ、星野。お前、ほんまはあの光の中に、おったんとちゃうか?」
「……おい待てよ服部。そんなの、光の反射か何かの見間違いだろ。コイツはずっと、混乱の中で俺らを探してたんだ」
コナンが鋭い目付きで平次を制止する。3人きりの場、その口調は「江戸川コナン」ではなく、紛れもない「工藤新一」のものだった。
「工藤、お前は黙っとれ。……お前も薄々気づいとるんちゃうんか? この星野いう男、現れるタイミングも、消えるタイミングも出来過ぎや」
「…………」
コナンは一瞬、言葉に詰まった。服部の鋭い観察眼は、同じ探偵として誤魔化しきれるものではない。
「……俺は、みんなを守りたかっただけだ」
圭人が、真っ直ぐに平次を見つめ返した。その瞳に宿る静かな決意に、平次は僅かに息を呑む。
「……守りたかった、やと?」
「ああ。それ以上のことは……今はまだ、話せない。信じてくれとは言わないけど、俺は君たちの敵じゃない」
「……チッ。しゃあないな」
平次は乱暴に頭を掻いた。
「お前が何者でもええ。今は、俺らの仲間のピンチを救うてくれた……それだけで勘弁しといたるわ。……けどな、星野。俺の目は誤魔化せへんで。必ず、正体暴いたるからな」
「……ああ。楽しみにしてるよ、名探偵」
圭人が微かに口角を上げると、平次は背を向けて、和葉たちが待つセンターハウスの方へと歩き出した。
「……危なかったな、圭人」
平次の姿が見えなくなったのを確認し、コナンが安堵の溜息をつく。
「ああ。……
「……でも、助かった。お前があそこで来てくれなきゃ、今頃俺たちは……」
コナンは崩れた広場を見渡し、小さく笑った。
「圭人兄ちゃーん! コナンー! どこにいるんだよ!」
遠くから元太たちの呼ぶ声が聞こえる。
二人は顔を見合わせ、再び「日常」という仮面を被り直して、駆け寄ってくる仲間たちの元へと歩き出した。