ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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光の残響

スカイランドを襲った未曾有の惨劇から一夜明けた月曜日の朝。日本中のテレビモニターは、あの日あの場所に現れた「現実離れした光景」の再放送で埋め尽くされていた。

ワイドショーの司会者が、興奮を隠しきれない面持ちで巨大なフリップを指し示す。

「ご覧ください。これは視聴者から提供された、閉鎖される直前のスカイランド内部の映像です! 突如として現れたこの恐ろしい怪物……専門家の間では古文書の記述から『ガギ』ではないかと推測されていますが、それ以上に世界を驚愕させているのが、この存在です!」

画面が切り替わる。不鮮明な手ブレの激しい映像の中で、赤、紫、銀の三色に彩られた、眩いばかりの光を放つ戦士が、怪物の猛攻を真っ向から受け止めていた。

「怪物が放つ強力な磁場バリヤーを打ち破り、絶体絶命の危機に陥った人々を救い出したのは、正体不明の光り輝く戦士でした。ネット上では既に、その神秘的な姿から**『光の戦士』**という呼称が爆発的に広まっています。この戦士は一体何者なのか? 地球外生命体なのか、それとも……」

SNSのタイムラインは、その戦士を「神」や「守護神」と崇める書き込みで秒単位で更新され、各局のニュース番組はこぞって「現代に現れた神話」としてこの事件を特集し続けている。現場を封鎖していた警察当局も「一切のコメントは差し控える」としているが、現場にいた機動隊員たちの間では、あの温かな光に触れた瞬間の感覚が、今もなお伝説のように語り継がれていた。

一方、米花町の毛利探偵事務所。いつもなら朝のニュースをぼんやり眺めているはずの茶の間は、異様な空気に包まれていた。

「がっはっは! 見ろ蘭! 新聞の一面だぞ! 『眠りの小五郎、光の戦士と共演』だとよ!」

小五郎は上機嫌でビールに手を伸ばそうとし、蘭に厳しく窘められていた。

「もう、お父さん! まだ朝の八時よ! それに共演だなんて、お父さんあの時、腰を抜かして座り込んでたじゃない!」

「バ、バカ言え! あれは戦士の戦いを見守るための、高度な心理戦だ! それにしても、あいつは凄かったな……あの背中、どことなく俺に通じる正義のオーラを感じたぜ……」

鼻の下を伸ばして新聞を読み耽る小五郎を横目に、蘭は少し不安げな表情でテレビの画面を見つめた。

「……でも、不思議。あの人が戦ってる間、なんだかすごく温かくて、懐かしい感じがしたの。……あんなに大きくて、人間じゃないみたいな力なのに、どうしてかしら」

その傍らで、黙々とトーストを口に運んでいたコナンは、内心冷や汗をかいていた。

(やべぇな……想像以上の騒ぎだ。あんな目立つ現れ方をしちまったんだ、世間が放っておくはずがねぇ……。……圭人、お前、今日学校に来られるのかよ……)

コナンは、隣で不安そうに画面を見つめる蘭の視線に気づき、慌てて「子供のフリ」を上書きする。

「あはは! きっとあの戦士も、蘭姉ちゃんたちが無事で喜んでるよ! ほら、早く行かないと遅刻しちゃうよ!」

 

 

 

その懸念は、帝丹高校の校門を潜った瞬間に的中した。

「蘭! 園子! 星野!」

教室に入るなり、圭人たちはクラスメイトたちの「話題の渦」に飲み込まれた。

「聞いたぞ、お前らスカイランドのあの一番近くにいたんだってな!?」

「あの光の戦士、どんな感じだった!? やっぱデカかったのか!?」

質問の雨に、園子が待ってましたと言わんばかりに胸を張る。

「ちょっとみんな落ち着きなさいよ! そうよ、私と蘭、それに圭人君も一緒だったわ! あの戦士、本当に素敵だったのよ! どんな映画のヒーローよりも優雅で、それでいて強くて……まさに私の理想の王子様って感じ!」

「もう、園子ったら……」

苦笑いする蘭の横で、圭人は曖昧な笑みを浮かべながら、なんとか目立たないように席に着こうとしていた。しかし、その背後から、低く、楽しげな声がかけられる。

「へぇ……大人気だね、星野君」

振り返ると、世良が机に肘をつき、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「……真純さん」

「ボクもニュースで見たよ。あの状況で、君たちは怪物の目の前にいたんだろう? 逃げ惑う群衆の中で、君だけがずっと姿が見えなかったって園子君が言ってたけど……あんなパニックの中で、一体どこで何をしていたんだい?」

その瞳は笑っているようでいて、獲物を追い詰める探偵のそれだった。

「……ああ、人混みに押されて、迷子になった子供を助けに行ってたんだ。気づいたら戦いが終わってて、合流するのが精一杯だったよ」

圭人は極めて自然な口調で答える。だが、世良の追及はやまない。

「ふーん。迷子の子供、ねぇ。……けど不思議だよね。あの戦士が現れたタイミングと、君がいなくなったタイミング……あまりに出来過ぎていると思わないか?」

「……まさか。俺があんな化け物と戦えるわけないだろ。……真純さん、推理のしすぎだよ」

圭人は軽く肩をすくめて見せたが、背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

放課後。圭人は周囲の目を掻き潜るようにして、阿笠邸へと向かった。そこには既に、コナンと灰原が待機していた。

「……お疲れ様。有名人は大変ね、星野君」

灰原が紅茶を差し出しながら、皮肉げに口角を上げる。

「勘弁してくれ、志保さん。……それより、博士。例のものは?」

博士は神妙な面貌で、モニターに映し出された複雑な波形を指し示した。

「ああ。君が回収してきたガギの微細な組織片と、ワシが記録したバリヤーのエネルギー波形を照合してみたんじゃが……。信じられんことに、あのバリヤーは機械的な装置ではなく、あの生物の細胞そのものが磁気を帯びて発信しておるようじゃ」

「……つまり、生物そのものが巨大な電磁石みたいなものってことか?」

圭人の問いに、灰原が頷く。

「ええ。それもただの磁場じゃないわ。特定の生体エネルギー……特に子供の成長ホルモンに近い波長に反応して、捕食のために誘導する性質を持っている。……地球上の進化系統からは、どう見積もっても逸脱しているわね。まさに『外来種』よ」

「……ああ。戦っててわかったよ。あいつは最初から、俺達を食料としてしか見てなかった」

コナンが難しい顔で腕を組む。

「問題はそれだけじゃねぇ。……圭人、服部がかなり勘ぐってやがる。さっきも電話で、『あの星野の肩に、戦士が消えた時と同じ光の粉が付いてた』ってしつこく聞いてきやがった」

「……あの大阪の探偵さん、鼻が利きすぎるわね」

灰原が冷めた紅茶のカップを置き、圭人を射抜くような視線で見つめた。

「いい、星野君。これ以上騒ぎが大きくなれば、いずれあなたの周辺を徹底的に洗う人間が出てくるわ。それは警察やメディアだけじゃない。……もし『彼ら』に、あなたの力が知れ渡ったら? あなた一人じゃ済まない。ここにいる博士も、工藤君も……そして私も、無関係ではいられなくなるのよ!」

灰原の言葉には、かつて組織の影に怯えていた時のような鋭い緊張感が混じっていた。もし「光の力」が生物兵器や軍事利用の対象として認識されれば、協力者である彼らは「検体」や「証人」として消されるか、監禁される運命にある。

圭人は、その言葉の重みに拳を握りしめ、自分の手を見つめた。

「……わかってる。俺の正体がバレるってことは、俺を匿ってくれている君達まで、引きずり込むってことだもんな」

圭人の脳裏に、笑い合う探偵団の姿や、自分を孫のように受け入れてくれた博士の笑顔が浮かぶ。

「……でも、あの状況で戦わないなんて選択肢はなかったんだ。俺があそこで迷って、君達や子供たちの命が消えていたら……俺は、自分の正体を守れたとしても、自分自身を一生許せなかった。……たとえ、この先どんなリスクが待っていたとしてもね」

圭人の言葉に、博士が静かに頷き、その肩を叩いた。

「……圭人君、ワシらは覚悟の上じゃよ。君が光として戦う道を選んだのなら、ワシらは、全力でその影を隠すまでじゃ」

 

 

夕闇が迫る頃、工藤邸の静かな書斎。

昴は、部屋の明かりを点けぬまま、大型テレビの画面から流れる「光の戦士」の特集を静かに見つめていた。

手元のグラスに注がれたウイスキーが、画面から放たれる青白い光を反射して揺れる。

「……非科学的、か」

ふっと、沖矢昴……いや、赤井の口元に薄い笑みが浮かんだ。

画面の中では、戦士が空へと消え去る瞬間の映像がスローモーションで流されている。物理法則を無視した加速、そして空間に溶けるように消えるその様は、組織の「あの方」すらも恐れるような、未知の脅威に見えるかもしれない。

だが、赤井の目は、その強大な力よりも、戦士が守ろうとしていた「対象」に向いていた。

「……子供たちを庇うような、あの動き。……洗練された格闘技術とは別に、守るべきものがある者の脆さと強さを感じるな」

赤井は、先日阿笠邸で見かけた、コナンと共にいた青年……星野圭人の姿を思い返す。

あの青年が放っていた、どこか浮世離れした、しかし澄み渡るような空気。

「……さて、ボウヤ。君は一体、どこまで知っているんだ……?」

赤井はグラスを煽り、最後の一滴を飲み干すと、暗闇の中で鋭い眼光を光らせた。

「……面白くなってきたな。……光の正体、か」

工藤邸を包む静寂の中で、テレビの音だけが虚しく響いていた。

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