ヒーローと探偵 作:タルマヨ
路地裏を埋め尽くしたまばゆい光が収まったとき、そこには月光を弾く赤と紫、そして白銀のラインを纏った戦士が屹立していた。
「な……んだ、ありゃ……」
背後でコナンが絶句していた。爆発でも手品でもない。目の前で親友が「光」そのものに変貌したのだ。探偵としてのロジックを総動員しても、目の前の皮膚が放つ神々しい威圧感(プレッシャー)を説明する言葉が見つからない。
星野圭人の意識は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。
(……体が軽い。いや、体内のエネルギーが溢れすぎて、皮膚の内側が焼けるようだ)
マルチタイプの均整の取れた肉体。
世良真純のジークンドーですら「止まって見える」ほどの動体視力と、京極真の正拳突きを鼻で笑えるほどの出力。だが、それと同時に、圭人の全身には鋭い「負荷」が襲っていた。
(……くっ、この力。人間離れしてる分、反動もデカい。常時これじゃあ、身が持たないぞ……!)
『……キ……サ……マ……。光……ノ……塵……ガ……』
闇の怪異が、歪んだ声を発した。それは喉を鳴らす獣の唸りではなく、呪詛を塗り重ねたような、悍ましい「言葉」だった。怪異の姿は、泥を固めたような不定形の四肢を持ち、顔と思わしき場所には無数の「眼」が蠢いている。
その怪異が、空間を割らんばかりの速度で、鎌のような腕を振り下ろした。
「……遅い」
圭人の口から漏れたのは、自身の声でありながら、幾重にも重なり響く荘厳なエコーを纏った光の戦士の声だった。
圭人は最小限の動きで一撃をかわすと、アスファルトを蹴った。脚力だけで爆風が起きるほどの瞬発力。怪異が反応する前に懐へ滑り込む。
「ハァッ!」
短く鋭い掛け声と共に、光を宿した拳が怪異の胸部を貫いた。
ただの打撃ではない。内側から闇を焼き切るエネルギー。怪異の巨体は路地の奥へと吹き飛び、コンクリートの壁を三枚抜き去ってようやく止まった。
「ハハ…。信じられねえ。あの破壊力、ただの物理現象じゃねえぞ…。衝撃波が壁の向こうまで突き抜けてやがる……」
コナンは戦慄しながらも、その目を背けない。だが、怪異は瓦礫を押し退け、再び立ち上がった。傷口から溢れる闇が周囲の建物の影を飲み込み、触手のように蠢きながら欠損した肉体を再生させていく。
『……ムダ……ダ。影ハ……潰エヌ……。全テヲ……呑ミ込ム……マデ……』
「圭人! こいつ、周囲の影を吸ってやがる! ターゲットを固定するぞ、一気に決めろ!」
コナンが腰のどこでもボール射出ベルトのダイヤルを叩く。瞬時に膨らんだサッカーボールが、夜の闇を裂いて放たれた。
「いっけぇぇぇ!」
キック力増強シューズの火花が散り、超高速のシュートが怪異の「眼」が密集する頭部を正確に射抜いた。衝撃で怪異の頭部が跳ね上がり、影を吸収する動作がコンマ数秒、停止する。
(……今だ。……やり方は、身体が覚えている)
圭人は無意識に両腕を左右に広げ、胸のクリスタルへエネルギーを集めた。教わったわけではない。スパークレンスを掲げた瞬間、遺伝子に刻まれた「戦いの記憶」が、濁流のように脳内を駆け巡ったのだ。
指先から腕へ、熱い光の奔流が駆け抜ける。
「……ゼペリオン光線!!」
胸の前で腕をL字型に組む。
放たれた純白の破壊光線が、怪異を核から焼き尽くした。
『……アガ……ガッ……光……、忌々シキ……光ヨ……!』
闇の塊は断末魔と共に、浄化されるように白い粒子となって霧散した。
静寂が、裏路地を支配する。怪異の消滅とともに、圭人の体を包んでいた光の鎧もまた、激しい火花を散らして解けていった。
◆
「……おい、大丈夫か。圭人」
駆け寄ってきたコナンの声に、圭人は激しい眩暈と戦いながら、膝をついた状態で顔を上げた。全身の細胞が悲鳴を上げている。手元には、再び翼を閉じたスパークレンスが握られていた。
「……ああ。なんとか、な。だが……想像以上に削られるな、これ。全身が熱くて、感覚が麻痺してやがる……」
「……その姿。そしてそのデバイス……。阿笠博士の言っていた『超古代の石箱』の中身だったのか。信じられねえが……この目で見ちまった以上、否定のしようがねえな」
コナンは、いつもの探偵の鋭い目ではなく、一人の戦友としての眼差しで圭人を見つめた。
「オメー、さっきのあの姿……。阿笠博士が見つけてきたあの
「……分からない。けど、あの怪物の言葉……あいつらは俺たちの世界を『呑み込む』って言ってた。イチ、俺は怖い。あの怪物の目……あれはただの獣じゃない。もっと古くて、もっと暗い……この世界そのものを憎んでいるような目をしてたんだ」
二人は、消滅した怪異が残した、アスファルトを深く抉る焦げ後を見つめた。科学的な爆薬でもこれほど綺麗な浄化は行われない。
「……とにかく、一旦、
遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。現場付近には、光と音に気づいた住人たちが集まり始めていた。今の圭人の消耗した状態で事情聴取など受ければ、隠し通せるものも通せなくなる。
「……そうだな。……志保さん、夕飯の支度しながら呆れてるだろうな。門限、大幅に過ぎちまった」
「オメー、こんな時にそんな心配かよ。……だが、助かったぜ圭人。お前がいなきゃ、今頃俺はあの影の一部になってた。……礼を言うぜ」
「……よせよ。俺の方こそ、お前のサポートがなきゃトドメを刺せてたか怪しい。……急ごう。博士たちが待ってる」
二人は警察のライトが路地の入り口を照らす前に、反対側の暗がりに身を隠し、慣れ親しんだ博士の家を目指して駆け出した。
星野圭人の胸の奥。
一度火がついた光の鼓動は、もう二度と止まることはなかった。
それは守るべき日常への決意であり、同時に、これから始まる底知れぬ闇との戦いへの号砲でもあった。