ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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赤鬼村火祭殺人事件(前編)


夕暮れ時の米花町。茜色の空がゆっくりと群青色に溶け込む頃、毛利探偵事務所内には、それとは対照的なほど明るい笑い声が響き渡っていた。

「がーっはっはっは! 見たか蘭、これが名探偵、毛利小五郎の実力よ!」

小五郎は事務所のデスクを派手に叩きながら、手にした茶封筒の中身を自慢げに見せびらかしていた。中には、銀行の帯がついたままの一万円札が束になって収まっている。その額、実に五十万円。

ソファでペラペラと少年漫画雑談をめくっていたコナンは、冷めた視線を小五郎へ向けた。その隣には、圭人が座っている。

「ちょっとお父さん、いい加減にしてよ! そんなはしたない格好しないで!」

蘭がキッチンから顔を出し、呆れたように叱りつけた。しかし、当の小五郎はどこ吹く風で、ビールを煽りながらさらに上機嫌に語る。

「いいじゃねえか! たった三日間、指定された男を尾行して写真を撮るだけで五十万だぞ? こいつは運が向いてきた証拠だ。なあ、圭人! 今日の俺は太っ腹だぞ、何か奢ってやろうか!」

「お気遣いありがとうございます、おじさん。でも、そのご依頼、少し条件が良すぎませんか? 三日間の尾行調査で五十万円というのは、少し不可解な気がしますが」

圭人の丁寧な指摘に、小五郎は大仰に肩をすくめて見せた。

「がはは! 名探偵毛利小五郎の拘束料も入ってんだよ! 依頼人の阿部って男も言ってたぜ。『毛利さんにしか頼めない、極めて重要な任務だ』ってな。ま、結果は見ての通り。俺の完璧な尾行によって、ターゲットは、一秒の隙もなく俺のカメラに収められたってわけよ」

小五郎はデスクに並べられた数十枚の写真を叩く。そこには、都内の雑踏を歩く男、根岸正樹の姿が克明に記録されていた。その様子を横で見ていたコナンが、呆れたように呟く。

「ハハ…。多分、おっちゃんの有名税も入ってんだよ。……まあ、確かに景気のいい話だけどな」

コナンは読んでいた漫画雑誌を閉じ、その写真の束に手を伸ばした。圭人もまた、ソファから身を乗り出し、小五郎の仕事の成果に目を向ける。写真はどれも鮮明で、食事や新聞を読む姿など、根岸の日常が詳細に写し出されていた。

しかし、その時だった。

『――続いてのニュースです』

事務所の隅に置かれたテレビ。アナウンサーの無機質な声が、室内の空気を一瞬で凍りつかせた。

『本日午後、群馬県赤鬼村で開催されていた「火祭り」の会場において、焼死体が発見されました。警察の調べにより、遺体は都内に住む根岸正樹さんと判明――』

「……え?」

小五郎の手からビールの缶が転がり、中身が絨毯を濡らす。その異様な反応に、キッチンから戻ってきた蘭が息を呑んだ。

「お、お父さん? どうしたのよ、そんな顔して……」

「な、何だとぉ!?」

小五郎は椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、テレビ画面に食らいついた。犠牲者の名前を確認し、デスクの自画自賛していた写真へと視線を激しく往復させる。

「根岸……。今、ニュースで言ったのは、俺が昨日まで尾行してた、あの根岸か……?」

「お父さん、それって……まさか……」

蘭もまた、事の重大さに気づき、顔を青ざめさせた。圭人は即座に立ち上がり、テレビのニュース詳細を追う。コナンもまた、画面を食い入るように見つめた。

「おじさん、その根岸さんを最後に確認したのはいつですか?」

「昨日……昨日の夕方、尾行期間が終わるギリギリまで見ていたはずだ……! だが、火祭りで死体が見つかったのが今日の午後なら、昨日の夜には殺されてたってことか!?」

「とにかく、警察に行こうよ! 目暮警部たちが呼んでるかもしれないし!」

コナンの鋭い声に弾かれ、小五郎は上着を掴んで階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

警視庁の廊下には、一人の男が立っていた。今回の依頼人、阿部豊だ。彼はハンカチを握りしめ、友人の死を悼むかのように肩を震わせていた。

小五郎が目暮や高木から事情を聴きに行っている間、蘭は不安を押し殺すように、隣に立つ圭人とコナンに視線を向けた。

「ねえ、圭人……お父さんの尾行してた人が亡くなるなんて、そんな偶然あるのかな……」

「偶然にしては出来すぎてる。何か裏があると思うよ」

圭人が短く答える。その時、目暮を伴って小五郎が戻ってきた。その表情は怒りに満ち溢れている。

「目暮警部殿! あいつだ、犯人はあの阿部以外に考えられねえ!」

「毛利君、落ち着きたまえ。確かに動機はある。だが、彼には鉄壁のアリバイがあるんだ。彼は火曜から木曜まで、会社の連中と山形へ社員旅行に行っていたんだからな」

目暮の説明を聞き、蘭は困惑したように声を上げた。

「社員旅行? じゃあ、その間はずっと山形にいたってことですよね? でも、その間はお父さんが根岸さんを都内で尾行してたんだし……」

「そこなんだよ、蘭君。毛利君の尾行記録が、皮肉にも阿部君のアリバイを補強してしまっているんだ」

小五郎は、自分の撮った写真を改めて見つめ、拳を握りしめた。その横で、圭人とコナンは資料を広げ、対照調査を始めた。山形での楽しげな阿部。都内の雑踏を歩く根岸。

しかし、資料をめくるコナンの手が、ピタリと止まった。

「……あれれー? おじさん、これ変だよ?」

コナンが突然、子供らしい声を上げた。

「ねえ、見て見て! 小五郎おじさんが撮った三日目の写真だと、根岸さん、左手でタバコを持って、左手でコーヒーを飲んでるよ? でも、こっちの阿部さんと一緒に写ってる写真だと、時計は右だし、右手で笑ってるよね?」

「……あ?」

小五郎が写真を奪い取る。圭人はその横から静かに言葉を添えた。

「本当ですね。おじさん、写真を見る限り、根岸さんは右利きだったはず。それなのに、尾行写真の男は左利きのような動作をしている。時計の位置も逆だ。去年の写真に写っている本物の根岸さんと比べても、耳の形や歩き方の癖が微妙に違います。……替え玉ですよ、おじさん」

圭人の指摘に、小五郎は目を見開いた。

「阿部は、おじさんが尾行を始めた時点で、すでに本物を殺害していた。そして自分にそっくりの替え玉を雇って、おじさんに尾行させた。名探偵であるおじさんに『根岸は生きている』と証言させ、完璧なアリバイを作るために」

「あの野郎……。この俺を、アリバイ作りの証人に利用しやがったのか……!」

小五郎の顔が屈辱で紅潮したその時、目暮が腕時計を確認して顔色を変えた。

「いかん! 奴は先ほど、海外視察と称して成田空港へ向かったぞ!」

「なんだって!? あの野郎、海外に逃亡する気か!?」

「高木君!すぐに車を回せ! 全速力で追うぞ!」

「は、はい!」

目暮の怒号が響き、小五郎たちが雪崩を打って署の玄関へと飛び出していく。蘭は不安げに小五郎の背中を追おうとしたが、ふと隣でスケボーのスイッチを弄るコナンの動きに気づき、足を止めた。

「ちょっと、コナン君!? こんな時にどこへ行くつもり?」

「あ……えっと、僕……!」

コナンが言い淀んだ瞬間、圭人がその肩に手を置き、蘭の視線を遮るように一歩前に出た。

「蘭、コナンは俺が預かる。おじさんたちのパトカーはもう定員オーバーだ。俺が博士を呼んで、別のルートからコナンと一緒に成田へ向かうよ。……このまま放っておくわけにもいかないし」

「でも、圭人……」

「大丈夫。蘭はおじさんに付き添ってあげて。今のあのおじさんには、蘭がそばにいてあげた方がいい」

圭人の言葉に、蘭はパトカーへ乗り込もうとする父の背中を見やり、小さく頷いた。

「……分かったわ。圭人、コナン君をお願いね! ……お父さん、待って!」

蘭は小五郎の乗るパトカーへと駆け出していった。その背中が遠ざかるのを確認し、コナンは低い声で圭人を見上げた。

「……助かったぜ。で、オメーはどうするんだ? まさかここで見てるだけじゃねーだろ?」

「俺は博士を呼ぶよ。ビートルで別ルートから追い抜くつもりだ。……あんな身勝手な理由で人を殺して、おじさんを利用した奴を逃がすわけにはいかないからね」

「……分かった。成田で合流だ」

コナンは最大出力でスケボーを蹴り出し、夜の街へと消えた。その小さな背中を見送り、圭人はすぐにスマホを取り出した。

「博士、俺だ。悪いけど今すぐビートルを出して成田に向かってくれる?一刻を争うんだ。……ああ、途中で俺を拾ってくれ。急ごう」

圭人は通話を切ると、夜の闇を睨みつけ、足早に署を後にした。

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