ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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Light4
闇へのレクイエム(前編)


米花町の阿笠邸。そのリビングでは、静かだがどこか落ち着かない時間が流れていた。

 ソファに深く腰掛けた圭人は、手元の文庫本から目を上げ、隣で退屈そうに雑誌を捲っているコナンに視線を向けた。コナンは時折、地下室へと続く扉を恨めしそうに睨みつけている。

「……結局、シューズの調整はまだ終わりそうにないのかい? 」

 圭人の問いに、コナンは雑誌を放り出し、椅子の脚に引っ掛けていた自分の足元を苦々しく見つめた。

「ああ、まだだ。前回の事件で無理な負荷をかけちまったからな。基板が焼き付いてて、博士が昨夜から徹夜で直してる。それを受け取らねーことには、俺も仕事にならねーんだよ。……だから、それまでここで厄介になるしかねーんだ」

 本来の工藤新一としての、どこか投げやりで、しかし圭人には心を許したぶっきらぼうな口調。圭人はそれを受け、苦笑いを浮かべた。

「災難だったね。でも、博士のメンテナンスなら安心だろ。……お、コーヒーのおかわり、いいかな? 志保さん」

 圭人がキッチンに向かって声をかけると、灰原がポットを手に現れた。この場には正体を知る者しかいない。圭人は彼女を「志保さん」と呼んだ。

「ええ。でも、飲み過ぎには注意することね。カフェイン中毒で夜に目が冴えても、私は知らないわよ。……工藤君も、そんなにカリカリしないことね。焦っても基板は冷めないわ」

 灰原は事務的に圭人のカップを満たし、コナンにも冷ややかな、しかし気遣いの混じった言葉を投げた。地の文では灰原と記される彼女だが、その佇まいは常に冷静で、どこか達観している。

 その時だった。リビングの隅にある地下室への扉が、物理的な重みを感じさせる音を立てて開いた。

「できた……! 圭人君、ついに完成したぞ!」

 這い出してきた博士は、鼻の頭に黒い煤をつけ、白衣を汚しながらも、その瞳には発明家特有の熱い光を宿していた。その手には、圭人がメンテナンスを依頼していた「スパークレンス」が握られている。

 

【挿絵表示】

 

 一見すれば、以前と変わらぬフォルム。だが、中央のクリスタルを囲むフレーム部分には、ナノ単位の精密なスリットが刻まれ、グリップの裏側には指先一つで操作可能な小型のトリガーが埋め込まれていた。

「博士、お疲れ様。……それが例の改造?」

 圭人が立ち上がって受け取ると、博士は誇らしげに鼻の下を擦った。

「単なる修理じゃないぞ。君の記憶にあった、あの『銃』としての機能を、ワシの技術でこの形状に組み込んだんじゃ。名付けて、『スパークレンス・ハイパー』じゃ!」

 圭人は慎重にそれを手に馴染ませる。サイドのウィングをスライドさせると、カシャリという金属音と共に、エネルギー放射口が露出する。

 

【挿絵表示】

 

「……すごいね、博士。このサイズにこれだけの機能を。……でもこれ、一発撃つごとに回路を冷却しなきゃいけないんだろ?」

「そこは抜かりないわい。銃撃に使うのは、スパークレンスから溢れ出る余剰エネルギーをカートリッジ化したものじゃ。変身用の核には直接干渉せん。冷却中でも変身自体は可能じゃよ。……ただ、あまりに負荷が強すぎてな。麻酔電磁弾も徹甲熱線弾も、一発ずつしか装填できん。文字通りのワンチャンスじゃ」

「一発か。……外せねーって意味じゃ、俺の麻酔銃と同じだな」

 コナンが横から覗き込み、ニヤリと笑った。圭人はその重みを噛みしめるように、スパークレンスを懐に収めた。

「わかっているよ、博士。……ありがとう、大切に使う」

 朝食の席についても、博士の箸は進まなかった。

「博士、どうしたんだよ。せっかく灰原が作ったオムレツが冷めちまうぞ」

 コナンの言葉に、博士は力なく首を振るだけで、フォークを動かそうとはしなかった。ただならぬ気配を感じ取ったコナンは、雑誌を脇に置き、鋭い視線を博士に向ける。

「……何かあったのか? 昨夜からずっと様子がおかしいぜ」

 博士は重い口を開いた。

「……実はな、昨日、米花大学時代の旧友から連絡があったんじゃ。……堂本。堂本良介という男を覚えておるか?」

「堂本良介……。数年前、生化学の分野で天才と呼ばれながら、忽然と姿を消したあの研究者? 確か、博士とは同じチームで研究していたはずよね」

 灰原の補足に、コナンは思考を巡らせる。

「忽然と姿を消した天才研究者か。そんな奴から、今さら何の連絡があったんだ?」

「彼から届いたメールにはな……『私は光を超える。今度こそ、誰も追いつけない場所へ行く』という、狂気じみた言葉が綴られておったんじゃ。……そして、彼が最近関わっていたという『エボリュウ細胞』の研究資料も添付されておった」

「エボリュウ細胞?」

 コナンがその単語を繰り返す。未知の、そして危険な香りがする響きだ。

「宇宙から飛来した未知の細胞を用いて、人体の限界を突破しようという研究じゃ。……だが、先ほどからワシの探知機が、米花町西側の再開発地区からその細胞特有の特殊な波形を感知しておる。……放置すれば、何が起きるかわからん。ワシは、彼を止めに行かねばならんのじゃ」

「宇宙細胞による人体強化……。そんな非人道的な研究、まともな神経じゃねーな」

 コナンの瞳に探偵としての光が宿る。旧友の暴走、そして未知の細胞。放っておけるはずがなかった。

「博士、その場所、俺も行くぜ。その堂本って男が何をやらかそうとしてるのか、この目で確かめねーとな」

「……私も行くわ。その細胞がどれほど危険なものか、専門家としての意見が必要でしょうしね」

 灰原の言葉に、圭人も椅子を引いて立ち上がった。

「……博士。あんなに必死な顔、初めて見たよ。……イチ、志保さん。行こう。博士を一人にはさせられない」

 

 

 

 

 

 

米花町西側。再開発計画が頓挫し、放棄されたビルが墓標のように立ち並ぶ一角。重機が錆び付いたまま放置された広場には、湿った冷たい風が吹き抜け、不気味な静寂が支配していた。

 その中央に、一人の男が膝をついている。博士の旧友、堂本良介だ。

 かつて博士と肩を並べ、科学の未来を語った面影はどこにもない。青白く痩せこけた皮膚の下では、どす黒い紫色の光が、まるで意思を持つ寄生虫のように血管を伝って蠢いている。

「……あ……あ……熱い……っ!! 体が……燃えるようだ……っ!!」

 堂本は胸を掻きむしり、アスファルトに爪を立てた。

「良介君……!!」

 必死の形相で駆け寄る博士の姿を認めると、堂本は血走った瞳を向け、歪んだ笑みを浮かべた。

「……阿笠……さん……。……見てくれ……。僕は……ついに手に入れたんだ。……この、無限の……力を……!」

「馬鹿なことを言うな! そんなものは力じゃない、ただの呪いじゃ! すぐに病院へ行こう、ワシが……」

「……病院? ……違う。……これは……進化だ……っ!!」

 堂本が絶叫した瞬間、彼の背後からバキバキと肉を裂き、骨が組み換わる凄まじい音が響き渡った。

「良介さん!!」

 そこへ、後を追ってきた沙也加が遮蔽物の影から飛び出してきた。

「ダメよ、良介さん! もうやめて……お願いだから、元のあなたに戻って!!」

「……沙也加……。……来るな……っ。……僕の中の……『何か』が……目覚めてしまう……!!」

 堂本の全身から、目に見えるほどの濃密な電磁波が放射された。周囲の放置された重機から火花が飛び、地面の砂利が磁場に引かれて宙に浮き上がる。

「博士、下がって!!」

 背後から圭人とコナン、そして灰原が到着した。

 圭人は既に右手にスパークレンス・ハイパーを握り、銃形態で構えている。

「……止めて。……もう、手遅れよ。細胞の増殖が臨界点を超えたわ。人としての器じゃ、もう……抑えきれない」

 灰原の絶望的な呟きと重なるように、堂本の肉体は、人間の形を完全に放棄した。

 咆哮と共に、彼の身体は禍々しい外骨格に覆われ、鋭い爪と紫色の放電を繰り返す角を持つ異形へと変貌した。

 それは巨大化こそしないものの、凝縮されたエネルギーの塊だった。周囲の空間を歪ませるほどの熱量と、電子機器を一瞬で破壊する強力な電磁波を撒き散らす怪異「エボリュウ」は、もはや恋人の声すら届かない獣と化していた。

 エボリュウが喉を鳴らし、鋭い爪を沙也加に向けて振り上げる。

「危ないっ!」

 圭人は迷わずトリガーを引き絞った。

 青い閃光と共に、**『麻酔電磁弾』**が銃口から放たれる。

 バチィッ!! という激しい放電音と共に、弾丸はエボリュウの胸板に命中した。

「ギャアアアッ!!」

 エボリュウがのけぞり、その場に崩れる。

「……効いたのか!?」

 コナンの問いに、圭人は銃口から立ち上がる白煙を冷徹に見つめながら、厳しく首を振った。

「いや……動きを一瞬止めただけだ。冷却が間に合わない。次の一発は……二十四時間後だ。……博士、彼女を連れて早く避難を!」

 一発撃ちきったスパークレンス・ハイパーからは、加熱による異常な熱気が噴き出している。博士の言う通り、連射など到底不可能な「捨て身の一撃」だ。

 エボリュウは麻酔弾の電流を力ずくで体外へ放出すると、怒りの矛先を圭人に定めた。その足が地面を蹴った瞬間、コンクリートが粉砕され、異形は人間の動体視力を遥かに超える速度で突進してくる。

「……こいつ、速い……っ!」

 コナンが即座にメガネのスイッチを押し、望遠機能で動きを捉えようとするが、エボリュウが撒き散らす磁場の干渉を受け、レンズ内の映像は激しい砂嵐に飲み込まれた。

「……ニャロ……! 電磁波が強すぎて、まともに見えねーな……!」

 精密機器に頼れない状況に、コナンは毒づきながら身を低くした。

「……イチ、志保さん。博士を頼む。ここは……俺が食い止める」

 圭人の声は、死地を前にしているとは思えないほど穏やかだった。しかし、その瞳の奥には鋼のような決意が宿っている。

 彼は銃形態だったスパークレンス・ハイパーのバレルを折り畳み、基本の形態へと戻す。ウィングは閉じたまま、その手にしっかりと握りしめられている。

 冷却が完了していない銃身からは、まだジリジリと熱が伝わってくるが、圭人は構わずに一歩前へ踏み出した。

 エボリュウの鋭い爪が、目前まで迫る。

「……俺が行く」

 圭人がスパークレンスの中央にあるクリスタルを押し込む。

 次の瞬間、閉じていたウィングが左右に勢いよく展開し、そこから溢れ出した白光が、再開発地区の闇を一気に塗りつぶした。

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