ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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闇へのレクイエム(後編)

眩い白光が再開発地区の闇を切り裂いた。

 あまりの光量に、コナンや灰原、そして博士は思わず腕で顔を覆う。光が収まった時、そこには赤、紫、そして銀のラインが走る光の戦士――ティガが静かに立っていた。

「……な、何なの……あの光は……」

 瓦礫の影にいた沙也加が、信じられないものを見る目でティガを仰ぎ見る。無理もない。恋人が醜い異形に変貌した直後、今度は神々しいまでの光を纏った存在が現れたのだから。

 しかし、エボリュウと化した堂本に、驚愕の暇はなかった。その濁った瞳に映るのは、自分とは正反対の純粋な輝き。それが本能的な苛立ちを加速させる。

「ギィァアアアアッ!!」

 エボリュウが猛然と地を蹴った。人間の限界を遥かに超えた速度で、鋭い爪がティガの胸元へ迫る。

 ガキィィィィン!!

 火花が散る。ティガは避けることをせず、その重い一撃を自身の前腕で受け止めた。

 衝撃波が広場の砂埃を巻き上げ、足元のコンクリートに亀裂が走る。だが、ティガは一歩も引かない。

 エボリュウは狂ったように拳を叩きつけた。左右からの連撃。一発一発が鉄球のような重さを持ち、ティガのガードを弾こうとする。

 ドゴッ、バキィッ!

 肉体同士がぶつかり合う鈍い音ではない。高エネルギー体と変異細胞が激突する、劈くような衝撃音が連続する。ティガは防戦一方だった。反撃の隙はいくらでもある。しかし、彼は拳を握りしめたまま、その猛攻をあえて全身で受け止めていた。

 業を煮やしたエボリュウが、至近距離から角にエネルギーを溜める。

「……逃げて!!」

 沙也加の悲鳴が上がる。

 直後、紫色の破壊電磁波が零距離でティガの腹部に炸裂した。

 ドォォォォォン!!

 激しい爆鳴と共に、ティガの巨躯ならぬその体が後方のビルへ叩きつけられた。鉄筋が剥き出しになり、白煙が舞う。

「圭人!!」

 コナンが叫ぶ。その時、爆煙の中からティガがよろめきながらも、ゆっくりと歩み出てきた。

 胸のタイマーが、刻み込まれるダメージとエネルギーの消耗を示し、点滅を開始する。ピコン、ピコンと、静かな夜の広場に非情な警告音が響く。

 エボリュウは止まらない。突き飛ばされた勢いを利用し、再びティガへと飛びかかった。今度はその鋭い爪をティガの肩口に深く突き立てる。

 バチバチッ!! とティガの体から火花が飛び散り、光の粒子が傷口から溢れ出した。

「ガァァァッ!!」

 異形の咆哮。ティガは苦痛に膝を折りそうになりながらも、その腕でエボリュウの背中を、まるで宥めるかのように優しく抱きしめた。

《……》

 ティガは声を出さない。ただ、その手から溢れる温かな光を、狂気に駆られた友の肉体へと流し込み続ける。

 エボリュウは激しく抵抗した。ティガの背中に爪を立て、何度も何度も背後から電磁波を浴びせ、至近距離から角を突き立てる。

 そのたびにティガの体は激しく明滅し、光が薄れていく。それでもティガは離さなかった。

 泥に塗れ、コンクリートの破片を浴び、タイマーの音が速まる。

 エボリュウの攻撃が、次第に力を失っていく。強引に進化させられた肉体が、ティガの純粋な光の流入により、これ以上「異形」を維持できなくなったのだ。

 全身から紫色の火花が噴き出し、外骨格が内側から崩壊を始める。

「ア、アァ……ガ……ガァッ……!!」

 絶叫。しかしそれは、怪物ではなく一人の男の悲鳴だった。

 ティガが最後の力を振り絞って光を注ぎ込むと、禍々しい外殻が砂のようにサラサラと崩れ落ち、夜風にさらわれて消えていった。

 光の中に、一人の男が横たわっていた。

 元の姿に戻った堂本良介だ。

 同時に、ティガの姿もまた光の粒子となって霧散した。

 そこには、肩で息をし、全身を激しい疲労とダメージに震わせる圭人の姿があった。衣服は破れ、顔中を煤と冷汗が覆っている。立っているのも奇跡に近い状態だった。

「良介君!!」

 博士が駆け寄り、男の体を抱きかかえる。コナン、灰原、そして沙也加もまた、その周りを囲んだ。

「……あ……阿笠……さん……」

 堂本の声は、今にも消え入りそうなほど細かった。その皮膚は白濁し、細胞レベルで生命力が枯渇しているのは誰の目にも明らかだった。人間に戻ったのではない。人間に戻る瞬間に、すべての命を使い果たしてしまったのだ。

「良介さん! 喋っちゃダメ、今すぐに助けを……」

 沙也加が涙ながらに訴えるが、堂本は力なく首を振った。

「……無駄だよ、沙也加……。……僕は……怖かったんだ……。天才なんて呼ばれて……みんなが僕に期待して……。……立ち止まることが、何よりも……怖かった……」

 堂本の瞳から、一筋の涙が溢れる。

「……僕は……光になりたかったんじゃない……。……ただ……闇から逃げたかっただけ……なんだ。……阿笠さん……ごめん……なさい……」

 堂本の震える手が、博士の服の袖を弱々しく掴んだ。

「……君の……作る……優しい科学が……羨ましかった……。……沙也加……。……君を……置いていく……不甲斐ない僕を……許して……」

 最期の言葉を残し、堂本の手から力が抜けた。掴んでいた袖が、静かに離れる。

 米花町の冷たい夜風が、広場を吹き抜けた。

「良介さん……! 良介さぁぁぁぁんっ!!」

 沙也加の号泣が、瓦礫の山に虚しく響く。

 博士は親友の亡骸を見つめながら、静かに、噛みしめるように語り始めた。傍らには、悲劇を直視し続けるコナン、やりきれない表情の灰原、そして泣き崩れる沙也加がいた。

「……人は、誰しも心の中に闇を抱えておる。……それは、向上心という名の渇望であったり、孤独への恐怖であったり……。彼もまた、その闇に飲み込まれてしまった……。……だが、彼を責めることはワシにはできん。……ワシと彼は、紙一重じゃったんじゃからな……」

 その言葉を、コナンは沈痛な面持ちで聞いていた。

 名探偵として多くの事件を見てきたが、科学の闇が生んだこの悲劇は、あまりに重い。

 灰原は、亡骸から目を逸らすことなく、ただ静かに佇んでいた。彼女自身、組織という闇の中で科学を武器に変えてしまった過去がある。博士の言葉は、彼女自身の罪の記憶をも呼び覚ましていた。

「……終わったんだね、博士」

 背後から、掠れた、今にも途切れそうな声が聞こえた。

 振り返ると、圭人が壁に背を預け、ようやくの思いで体を支えている姿があった。

 その顔は蒼白で、唇は血の気を失い、全身が小刻みに震えている。全ての暴力をその身に受けた代償は、彼の肉体をボロボロに引き裂いていた。

「……圭人」

 コナンが即座に駆け寄り、倒れ込みそうになる彼の肩を支える。

「悪い、イチ。……少し……使いすぎたよ……」

 圭人は力なく微笑もうとしたが、その表情は苦痛に歪んだ。彼はそのまま、重力に抗えなくなったかのように、崩れ落ちるように座り込んだ。

 その右手には、もう発光を止めたスパークレンスが、圭人の震える指に握りしめられていた。

 夜空には皮肉なほど綺麗な月が昇っていた。

 一人の天才を救えなかった悲しみと、それでも誰かを守り抜いた光の残滓が、静かなレクイエムのようにその場を包み込んでいた。

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