ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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暗躍

深夜、降りしきる雨が東京の街を深く塗り潰していた。

 日本警察の要、警察庁。その一角にある極秘サーバールームの静寂は、無機質な警告音と共に破られた。

 闇に溶け込む漆黒のライダースーツに身を包んだ女――キュラソーは、特殊な五色の発光を放つカードを端末にかざしていた。組織のナンバー2、ラムの右腕である彼女に与えられた任務は、世界各国の諜報機関を根底から揺るがす『NOCリスト』の奪取だ。

 モニターを流れる膨大なデータ。

 MI6、BDN、SIS……。そしてFBI、CIA。

 キュラソーはその異質な瞳――左右で色の異なるオッドアイを大きく開き、流れる文字列を脳内の深淵へと直接刻み込んでいく。

「……正確に刻め、キュラソー。その記憶こそが、私の右腕そのものなのだからな」

 受信機から響くラムの歪んだ合成音に、女は感情を排して応えた。

「了解。残り、三十秒」

 だが、そこへ公安の捜査官たちが突入する。

「そこまでだ! 動くな!」

 風見たちが銃を構える中、キュラソーは驚異的な身体能力で窓を突き破り、夜の闇へと身を投げ出した。

 漆黒のハイウェイ。そこは、三つの正義と一つの悪意が交錯する地獄のサーキットと化した。

 奪取したスポーツカーで爆走するキュラソーを、安室のRX-7が猛追する。

「逃がすか……! 日本警察の機密を、貴様らのような奴らに渡してたまるか!」

 安室はアクセルを限界まで踏み込み、一般車を縫うように突き進む。だが、その前方からもう一台、低く唸るようなエンジン音と共にマスタングが現れた。

 赤井秀一。彼はバックミラー越しに安室を牽制しつつ、キュラソーの車体へと強引に幅寄せする。

「安室君、退いてくれないか。……彼女を止められるのは、俺しかいない」

「赤井……! 貴様、なぜここに!」

 安室の通信に割り込む赤井の声。互いの意地が激突し、車体同士が火花を散らす。キュラソーは逆走車線を狂気的なハンドル捌きで突き進むが、赤井は冷静にライフルの狙いを定めた。レインボーブリッジに差し掛かったその時、放たれた一撃が、狙い違わずキュラソーの車の前輪を粉砕した。

 制御を失った車体はガードレールを紙細工のように引き千切り、夜の海へと、吸い込まれるように堕ちていった。

 海面に激突する直前、キュラソーの脳裏を強烈な光が支配した。ハッキング中に植え付けられた色彩の奔流が、衝撃と共に彼女の精神を掻き乱す。

「あああぁぁぁッ!!」

 彼女の叫びは、冷たい海水に飲み込まれ、泡となって消えた。

 

 

 

 翌朝、米花町。

 昨夜の暴風雨が嘘のように、穏やかな陽光が差し込んでいた。

 毛利探偵事務所では、小五郎が寝癖のついた頭を掻きながらテレビのニュースを眺めていた。

「なんだぁ? 昨夜のレインボーブリッジの事故……。えらい派手に暴れたもんだな」

「お父さん、もう。朝から物騒なニュースばっかり見ないでよ」

 蘭が朝食の準備をしながら呆れたように声をかける。その傍らで、コナンはテレビ画面に映し出された大破したガードレールの映像を、食い入るように見つめていた。

(……ただの事故じゃねぇ…。あの壊れ方、それに現場付近での停電騒ぎ……。何かが動いてやがるな)

 コナンは阿笠邸の地下で静かに眠っている圭人を思い浮かべたが、今はまだ、その眠りを妨げるほどの確証はない。

 

一方、阿笠邸。

 キッチンでは博士が鼻歌まじりに朝食の準備をしており、香ばしいトーストの匂いが部屋を満たしていた。灰原はカウンターに座り、静かにコーヒーを啜りながらタブレット端末でニュースの続報を追っている。

「昨夜のレインボーブリッジの事故、かなりの騒ぎになっておるようじゃな。現場はまだ通行止めが続いとるらしいぞ」

「ええ……。警察もマスコミも、単なる車両事故として片付けたいみたいだけど」

 灰原は画面をスクロールする指を止め、無表情のまま視線を地下室へと続く扉に向けた。

「……で、今日の予定はどうするの?」

「ああ、子供たちと東都水族館に行く約束じゃよ。たまには皆で羽を伸ばさんとな」

「そう……。星野君は、置いていくのね」

「ああ。今は静かに寝かせてやるのが一番じゃからな」

 博士の言葉に、灰原は視線を再び手元のタブレットへ落とした。圭人はまだ、深い眠りの中にいる。その静寂を乱すつもりはないが、得体の知れない胸騒ぎが、さざ波のように彼女の心を揺らしていた。

「哀君、圭人君のことは任せておきなさい。留守番の間、何かあればすぐにワシの探偵団バッジに通知が来るようになっとるからな」

 博士が誇らしげに自作の監視システムを指差すと、灰原は「そう」とだけ短く応えた。博士の技術は信頼しているが、相手が「組織」だった場合、機械的な警備がどこまで通用するか、彼女は身を以て知っている。

「博士、忘れ物はないわね?」

「おお、お弁当もカメラもバッチリじゃ!」

 灰原は残りのコーヒーを飲み干し、窓の外を眺めた。雲一つない青空が広がっているが、彼女の脳裏には、昨夜見たニュースの濁った海水のイメージがこびりついて離れない。

 その頃、東都水族館の入り口付近では、すでに元太、光彦、歩美が集まり、今か今かと開門を待ちわびていた。

「おーい! 博士達おせーな!」

「元太君、まだ開園時間前ですよ。そんなに焦らなくても観覧車は逃げません」

「でも、早くしないと混んじゃうもんね、光彦君!」

 三人が無邪気に騒ぐそのすぐ近く。

 リニューアルしたばかりの水族館、その白いベンチに座り込み、虚空を見つめている「女」の存在に、まだ誰も気づいていない。

 運命の歯車は、眩しい陽光の下で、静かに、そして残酷に回り始めていた。

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