ヒーローと探偵 作:タルマヨ
悲しき侵入者(前編)
雲一つない青空が広がる休日。東都動物園は、家族連れやカップルの笑い声に包まれていた。
入り口付近の大きな噴水前では、圭人、博士、灰原、そして元太、光彦、歩美の6人が顔を揃えている。
「あーあ、コナン君……。せっかく博士が招待券をくれたのに、残念だったね」
パンフレットを広げながら、歩美が少し寂しそうに言った。今朝早く、コナンは小五郎の旧友から届いた「奇妙な影に怯える村の調査」という依頼に同行するため、蘭と共に静岡へ向かったのだ。
「仕方ねーだろ。コナンも色々あんじゃねーか? それよりほら、今日のお目当てはあっちの『エコロジー・エリア』だぞ!」
元太が前方の新しいゲートを指さす。
今回、博士が手に入れたのは、最新の展示エリアのプレオープン招待券だった。
「その通りです! 檻を取り払って、動物たちの本来の姿を見せる……教育的にも非常に意義深い試みですよ」
光彦が知識を披露しながら、意気揚々と歩き始める。その様子を少し後ろから見ていた圭人が、博士に話しかけた。
「博士、このチケット取るの大変だったんじゃない? かなりの倍率だってニュースで言ってたけど」
「ハッハッハッ、ワシの発明品を動物園の管理システムに提供しておる縁でな。たまにはこれくらいのご褒美がないとバチが当たるわい」
博士は自慢げに鼻の下をこすり、隣の灰原を振り返った。
「哀君も、今日は好きなだけ動物を見て癒やされるといい」
「ええ、そうさせてもらうわ。……でも博士、後でお腹が空いたからって、内緒でホットドッグを二つも三つも注文するのは無しよ? 私が見てるんだから」
灰原は日傘の陰から釘を刺す。博士は「うっ……バレておったか」と苦笑いし、圭人もそれを見て思わず吹き出した。
「平和だな……」
圭人は独り言のように呟いた。
都会の喧騒を離れ、木々のざわめきと動物たちの鳴き声が混ざり合う空間。
エコロジー・エリアに入ると、そこには人工の川が流れ、岩場には本物と見紛うような植生が再現されていた。
「圭人お兄さん、見て! あそこの岩の上にライオンがいるよ!」
歩美の声に視線を向けると、悠然と横たわる一頭の雄ライオンがいた。
その誇り高い姿を、子供たちは食い入るように見つめている。
圭人はその様子を見守りながら、穏やかな時間を噛み締めていた。
平和そのものの光景。
――だが、その平穏は「音」もなく、足元から崩れ始めた。
最初、それはただの違和感だった。
今まで囀っていた鳥たちが、一斉に鳴き止み、空へと逃げ去っていく。
展示されている動物たちが、何かに怯えるように檻の隅へと縮こまり、喉の奥で唸り始めた。
「……何か、おかしいわ」
灰原が足を止め、眉をひそめる。
圭人も同時に、肌を刺すような、説明のつかない不快な空気の揺らぎを感じ取った。
「圭人さん、あそこの水面を見てください!」
光彦が指差した人工の池。
風もないのに、水面が同心円状に激しく波打っている。
それはまるで、地底深くで何かが脈打っているかのような――規則的で、重苦しい震動だった。
東都動物園を包む不気味な震動は、もはや無視できるレベルを超えていた。
池の水面は激しく波打ち、周囲の木々は風もないのにざわついている。
「ねえ、何これ……地面が怒ってるみたい」
歩美が不安そうに圭人の上着の裾を掴んだ。
その時、園内のスピーカーから緊急放送が流れる。
『ご来園の皆様に申し上げます。現在、園内にて微弱な地殻変動が観測されました。安全確認のため、誘導に従って速やかに避難を開始してください。繰り返します――』
「地殻変動……? 」
灰原が周囲を警戒するように見渡す。
その直後、けたたましい咆哮が空気を震わせた。それはライオンや虎といった動物のそれとは明らかに違う、金属を擦り合わせたような、耳を劈く異音だった。
「ひいいっ! なんだよ今の音!」
元太が耳を塞いで飛び上がる。
視線の先、立ち入り禁止区域となっている古い飼育棟の地面が大きく盛り上がり、コンクリートの壁を内側から突き破って「それ」が姿を現した。
土煙の中から這い出してきたのは、獅子の面影を残しながらも、全身が岩のような突起に覆われた異形の怪物だった。四肢は不自然に肥大し、皮膚の隙間からは青白い発光体が不気味に明滅している。
「か……か、怪物……?」
光彦が絶句する。
周囲は一瞬にしてパニックに陥り、避難を急ぐ人々の悲鳴が響き渡った。
「博士、子供たちを連れて早くゲートの方へ!」
圭人が鋭く指示を飛ばす。
「しかし、圭人君、君はどうするんじゃ!」
「俺は残って、逃げ遅れた人がいないか見てくる。後で必ず追いつくから、お願いだ!」
「……わかった、無理はするんじゃないぞ! 」
博士が子供たちの背中を押し、避難の列へと加わっていく。
灰原だけが、立ち去り際に一瞬だけ圭人を振り返った。その瞳には、何かを察したような、あるいは危惧するような色が浮かんでいたが、彼女は何も言わずに歩美たちの後を追った。
一人残された圭人は、咆哮を上げる異形を見据える。
怪物は苦しげに頭を振り、周囲の建物をなぎ倒していた。その瞳には狂暴性だけでなく、自分の身に起きた異変に戸惑うような、悲痛な色が混じっているように見えた。
「……あんな姿にさせられて……」
圭人は周囲に人がいないことを確認し、懐へと手を入れた。
静かに取り出したそれは、今の彼の心境を映すかのように、確かな光を宿している。
目の前で怯える人々を救い、そしてあの苦しんでいる命を救い出す。
そのために自分がすべきことは、最初から決まっていた。
「……待ってろ。今、助けてやる」
圭人は迷いを断ち切り、スパークレンスを力強く空へと掲げた。
圭人は覚悟を決め、スパークレンスを高く掲げた。
「………!!」
圭人は、掲げたスパークレンスをそっと下ろし、懐へと収めた。
目の前の怪物は、破壊の限りを尽くそうとしているわけではない。降り注ぐ真昼の光に身を焼かれるように、ただ悲痛な声を上げ、頭を抱えて蹲っているだけだった。
「……こいつ、戦うつもりなんてないんだ」
その瞳に宿る深い哀しみを見て、圭人の迷いは確信に変わった。
物陰から怪物の様子を伺っていると、避難したはずの足音がこちらへ戻ってくる。
「圭人お兄さん!」
「歩美ちゃん!? 博士も皆、どうして戻ってきちゃったんだ」
慌てて駆け寄った圭人の前に、歩美が必死な形相で訴えかける。
「だって……あの怪獣さん、とっても泣きそうな声で鳴いてるんだもん! きっと、悪い子じゃないよ。歩美、守ってあげたい!」
「僕も歩美ちゃんの言う通りだと思います。あれは、人を襲おうとしているようには見えません」
光彦も歩美の言葉に同調し、真剣な眼差しを怪物に向ける。元太も「ああ、なんか腹減って力が出ねーみてーに、ぐったりしてやがるな」と眉をひそめた。
「哀君、君はどう思う?」
博士が問いかけると、灰原は怪物の皮膚の変異を冷静に観察しながら答えた。
「……光を極端に嫌っているようね。生物学的な異常変異のせいかしら。でも、確かに今のところは無害に見えるわ。星野君、どうするつもり?」
「俺は……」
圭人が答えようとしたその時、園の制服を着た男が、震える足取りでこちらへ駆けてきた。
「……あいつは、うちの園で飼っていたモルモットの『モグ』かもしれません……!」
「えっ、飼育員の山本さん!?」
博士が驚きの声を上げる。山本と呼ばれた男は、涙を浮かべて何度も頷いた。
「数日前から、飼育舎から忽然と姿を消したんです。あんな姿に変わってしまうなんて……。お願いです、あの子を殺さないでやってください!」
山本の悲痛な願いに、歩美は「うん、絶対に助けよう!」と強く頷く。
しかし、その静かな決意を切り裂くように、聞き慣れない重厚なエンジン音が響き渡った。
園の入り口から現れたのは、パトカーでも自衛隊の車両でもない。
窓を黒く塗りつぶした、武骨な装甲車と漆黒の特殊車両の列だった。
「な、なんじゃあの車は……警察のパトカーとは違うようじゃが」
博士が困惑の声を上げる。
車から降りてきたのは、統一された漆黒の装備に身を包んだ集団だった。ヘルメットで顔を隠し、背中には見たこともないエンブレムと文字が刻まれている。
『MDR(Monster Defense & Research)』
「MDR……怪物対策室?」
圭人がその名を読み上げると同時に、部隊の指揮官らしき男が冷徹な声を放った。
「現時刻をもって、本現場の指揮権はMDRに移行された。非戦闘員は直ちに退去せよ」
「待ってください! あいつは、元はただのモルモットなんです! 攻撃する気はないんです!」
山本が必死に叫ぶが、MDRの隊員たちは微塵も動じない。彼らは無機質な手つきで、銃身の長い特殊な熱線銃の照準を怪物の四方から合わせた。
「対象は未知の変異体だ。公共の安全を脅かす懸念がある以上、速やかに排除、およびサンプルとして回収する。……攻撃準備」
「そんなのひどいよ!」
歩美の悲鳴も、冷淡な作戦行動の中にかき消されていく。
圭人は拳を握りしめた。博士も灰原も、この聞いたこともない組織の出現に息を呑んでいる。
世間も、警察すらも知らないこの組織は、目の前の「命」をただの排除対象、あるいは研究材料としてしか見ていなかった。
オリジナル組織、MDR(未確認生物防衛部隊)
**MDR(Microbe/Monster Defense & Research)**は、本作における対怪現象・未確認生物を専門とする特殊任務部隊である。
1. 組織の概要
表向きは国家直属の防衛組織だが、その実態は「未確認生物の徹底的な排除」と「その細胞やエネルギーの軍事転用・研究」を目的とした冷酷な集団。警察機構(目暮警部ら)とは一線を画す独自の指揮権を持ち、事件現場を強引に封鎖・占拠する権限を有している。
2. 行動指針
「人類を脅かす異分子は、一刻も早く抹殺すべき」という過激な選民思想に近い方針を持つ。今回の「モグ」のように、元は無害な生物であっても、一度「ターゲット」と見なせば周囲の被害を顧みず大型熱線砲などの過剰な武力を行使する。
3. ティガとの関係性
ティガ(光の戦士)に対しても「守護神」とは認めず、あくまで「解析不能な強力な未確認生物」として捕獲・抹殺の対象に定めている。彼らにとって、ティガが放つ光のエネルギーは喉から手が出るほど欲しい究極の研究対象である。
4. 装備・戦力
重装甲車: 街灯や障害物をなぎ倒して進む、都市戦闘に特化した特殊車両。
大型熱線砲: 生物の細胞を焼き切ることを目的とした高出力兵器。
特殊特殊部隊: 高度な訓練を受けた隊員たちが、科学の力で「超常」をねじ伏せようと展開する。