ヒーローと探偵 作:タルマヨ
世良が眩暈を覚えるほどの光が収まったとき、帝丹高校の校舎裏からは二つの影が掻き消えていた。
残されたのは、網膜に焼き付いた白銀の残光と、今までそこにあったはずの圧倒的な熱量だけだ。
「……消えた……?」
世良は呆然と、誰もいない空間を見つめる。
一ノ瀬も、彼女を救った「何か」も。そして、すぐ隣にいたはずの星野圭人の姿さえも。
「星野君! どこだい、返事をしてくれ!」
世良の叫びは、夜の帳が下り始めた静かな校舎に虚しく響くだけだった。
一方、その「瞬間」。
一ノ瀬の姿を借りたゾルブは、自分が不可視の「速さ」に捉えられたことを理解した。
地上から垂直に。
景色が線となって流れ、風を切る音さえ置き去りにする加速。
自分を掴んでいる掌からは、ゾルブを構成するナノマシンを分解しかねない強烈な光のエネルギーが脈動している。
《……ここなら、誰にも邪魔されない》
頭を振るわせるエコーの効いた声。
ゾルブが一ノ瀬の瞳で上方を見上げれば、そこには紅と青のラインが混じる銀色の戦士がいた。
だが、その姿は空中で一瞬にして変化する。
紅いラインが消え、全身が研ぎ澄まされた紫と銀へと塗り替えられた。
――ティガ・スカイタイプ
重力を無視したような跳躍の末、二つの影は帝丹高校で最も高い場所――旧校舎の屋上へと降り立った。
ドォン、とコンクリートが微かに揺れる。
一ノ瀬の身体を解放したティガは、着地と同時に低く構えた。
スカイタイプ特有の鋭利なシルエットが、月光を反射して冷たく輝く。
「……個体識別……不可能。……未知ノ……光エネルギー」
一ノ瀬(ゾルブ)が、歪んだ動作で立ち上がる。その顔の半分はすでに銀色の砂に溶け、教師としての面影を失いつつあった。
ナノマシンが急速に再構成され、その腕は鞭のようにしなやかで鋭い触手へと変質していく。
「……解析、継続。……排除、不可能ナラバ……捕獲シ、データヲ抽出……」
ゾルブが地を蹴った。
人間の反射神経を遥かに超える一撃がティガを襲うが、スカイタイプのティガにとって、その動きは止まっているも同然だった。
ティガは最小限の動きで触手をかわすと、ゾルブが空振りした一瞬の隙に、その懐へ踏み込む。
音速に近い速度で繰り出される拳。
《ハッ!》
鋭い気合と共に放たれた打撃が、ゾルブの胸部を撃ち抜く。
バチッ、と青白い火花が散り、ナノマシンの結合が強制的に弾かれた。
「ガ、アア……ッ!?」
ノイズ混じりの悲鳴を上げるゾルブ。
だが、ティガは追撃の手を休めない。
このまま戦闘が長引けば、器となっている一ノ瀬の肉体に過度な負荷がかかる。ナノマシンだけを、この「ガワ」から完全に引き剥がさなければならない。
ティガは両腕を胸の前で交差させた。
集中される光。
スカイタイプの超速度を維持したまま、そのエネルギーを一箇所に凝縮していく。
「……ナノマシン、崩壊……臨界点……」
危機を察知したゾルブが、全身を銀色の霧へと変えて逃亡を図ろうとした。
だが、それよりもティガの動作の方が早かった。
一瞬の隙を突いて距離を取ると、その両腕を胸の前で鋭く交差させた。
直後、交差させた腕を瞬時に左右へと引き絞るように伸ばし、そのまま天を仰ぐように上空へと掲げる。大気中のエネルギーが目に見える光の奔流となってティガの両手に集約され、紫色の輝きが臨界点まで高まった。
ティガはその集約したエネルギーの塊を、逃がさぬよう両手で抱え込むようにして左腰へと引き寄せる。溜めに溜めた力を解放する瞬間――。
《ランバルト光弾!》
右腕が胸の前で水平に、鋭く真っ直ぐに突き出された。
放たれたのは、紫白の輝きを放つ超高熱の光弾。放電を伴いながら空気を切り裂いて飛翔したその一撃は、着弾と同時に敵の装甲を内部から激しく打ち砕き、凄まじい爆発と共にその巨体を光の塵へと変えていった
「ギャ……ガ、アァァァァァァァッ!!!」
空中で渦巻く銀の粒子。
ランバルトウェーブの衝撃に弾かれたナノマシンは、異次元の裂け目へと吸い込まれるように、夜空の彼方へと霧散していった。
静寂が戻る。
銀の砂が完全に消え失せた屋上で、一ノ瀬の身体がゆっくりと崩れ落ちた。
ティガは即座にその身体を抱きとめ、彼女が静かに呼吸をしていることを確認する。
《……終わった。先生は、無事だ》
ティガの双眸が、優しく一ノ瀬を見つめる。
だが、まだ終わっていない。
下階からは、必死に階段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。
世良真純だ。彼女は持ち前の勘で、光が消えた屋上へとたどり着こうとしていた。
ティガは一ノ瀬を横たえると、自らの光を収束させた。
戦士の姿が解け、光の粒子が寄り集まって、一人の少年の形を作る。
(真純さんが来る……急がないと!)
圭人は荒い息を整えながら、倒れている一ノ瀬の傍らに跪いた。
そして、わざとらしく彼女の肩を揺らし始める。
「一ノ瀬先生! 先生、しっかりしてください!」
「――星野君!?」
屋上の扉が激しく開き、世良が飛び込んできた。
肩を上下させ、額に汗を浮かべた彼女は、月光の下で先生を介抱する圭人の姿を見て、目を見開いた。
「星野君……君、無事だったのかい!? それに先生は……」
「真純さん……! 先生、急に倒れちゃって……。俺、驚いて抱きとめたんだけど、そのまま意識が……」
圭人は必死に、状況を「普通」の出来事として塗り替えようと言葉を紡ぐ。
世良は圭人のそばに駆け寄り、一ノ瀬の顔色を窺った。
「……呼吸は正常だね。さっきのあの銀色の化け物は……いや、あの光の影はどこへ行ったんだい?」
「光……? 俺は急に辺りが真っ白になって、気づいたら先生と一緒にここにいたんだ。何が起きたのか、さっぱりわからなくて……」
圭人は困惑した表情を作り、世良の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
世良は鋭い視線で圭人を数秒間見つめた後、屋上の周囲を見渡す。
「……おかしいな。ボクは確かに、何かが先生を連れて空へ飛ぶのを見たんだ。君も一緒に連れて行かれたのかと思ったよ……」
「俺、腰を抜かして目を閉じてたからさ……。でも、先生が無事でよかった」
圭人の言葉に、世良はまだ納得しきれていない様子だったが、まずは教師の無事を確認することに集中した。
(危なかった……。でも、これで一ノ瀬先生は助かった。……だけど、先生の襟元に付着していたあの『銀の砂』……)
圭人は、先生を運ぶ際にこっそりと回収し、ポケットの中に隠した小さな小瓶を意識した。
あのゾルブの欠片。これがあれば、奴らの正体に迫れるはずだ。
(博士達に連絡しなきゃな…)
夜の帝丹高校。
救急車のサイレンが遠くから聞こえ始める中、圭人は隣で沈思黙考する世良の横顔を見ながら、次なる戦いへの決意を固めていた。