ヒーローと探偵 作:タルマヨ
放課後。帝丹高校の空気は、湿り気を帯びた不気味な静寂に包まれていた。
一ノ瀬の意識は戻ったものの、彼女を含めた数人の教師たちの言動には、どこか機械的な違和感が残っている。ナノマシンによる侵食は、表面上の解決を見せただけで、その根源は依然としてこの校舎のどこかに息を潜めているのだ。
「……圭人。やっぱり変だぜ、この状況はよ」
中庭の隅、人目を避けるようにして圭人に声をかけてきたのは、ランドセルを背負ったコナンだった。
「なぁ……。学校まで来るなんて、蘭に怪しまれなかったの?」
「『新一兄ちゃんに頼まれた資料を探しに図書室へ行く』って言って、園子に鍵を開けてもらったよ。蘭には内緒だぜ。……それより、博士から連絡があった。昨日のスパークレンス・ハイパーの一撃……あれで親玉を仕留めたと思ったんだが、どうやら外れだったらしい。真の基点は、この校舎の真下……免震ピットのさらに奥だ」
コナンが眼鏡のテンプルを弄ると、周囲にバレないよう手元でホログラムのマップを展開する。
「博士の逆探知によれば、そこがナノマシンを再構築してる心臓部だ。そこを叩かねー限り、この学校の連中は元に戻らねえ」
二人が密談を交わしている、その時だった。
「ボクを差し置いて、随分と楽しそうな密談じゃないか」
背後からの声に、二人の背筋が凍りつく。ゆっくりと振り返ると、校舎の影から世良が不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「世良っ!……の姉ちゃん……」
コナンが咄嗟に子供の顔を作り、愛想笑いを浮かべる。だが、世良の目は、獲物を追い詰めた豹のように鋭い。
「隠しても無駄だよ、コナン君。君がここに来るのも、星野君とこそこそ動いているのもね。……地下に行くんだろ? ボクも連れて行ってもらうよ」
もはや誤魔化しは通用しない。圭人とコナンは顔を見合わせ、無言のまま頷いた。
「……いいよ。ただし、何が起きても自分の身は自分で守ってくれ、真純さん」
旧校舎の地下深く。
防音扉の先、本来なら無機質なコンクリートが続くはずの免震ピットは、銀色の蔦のようなナノマシンに覆い尽くされ、異様に脈動していた。その中心部、不気味な光を放つ巨大な水晶体――それがゾルブの心臓部だ。
「なっ……何だい、これは……!」
世良が息を呑む。科学の常識を逸脱した光景に、流石の彼女も驚愕を隠せない。同時に、周囲の影から銀色の擬態体――ゾルブの肉人形が十数体現れ、無機質な殺意を放って三人を包囲した。
「コナン、真純さんを頼む!」
「分かってる! 離れるなよ、世良の姉ちゃん!」
コナンが腕時計型麻酔銃の照準を定め、世良の前に立つ。だが、世良は不敵に笑うと、制服の袖を捲り上げ、截拳道(ジークンドー)の鋭い構えを取った。
「ボクをレディ扱いするのは早いよ、コナン君!」
擬態体の一体が世良に襲いかかる。世良は独特のフットワークから、最短距離のサイドキックを敵の膝へと正確に叩き込んだ。バキッ、と無機質な破壊音が響く。体勢を崩した敵の喉元へ電光石火の指突(ビルジー)を見舞い、間髪入れずにワン・インチ・パンチでその胸部を貫通させた。
「はぁっ!」
世良の猛攻は止まらない。流れるような動きで敵の懐に潜り込み、肘打ちと膝蹴りの連打で擬態体を次々と粉砕していく。
一方で、圭人の格闘も激しさを増していた。
「ふんっ!」
鋭い正拳突きが、擬態体の胴体を消し飛ばす。敵の突きを前腕で受け流し、そのまま首筋を掴んで床へと叩きつける。重力と遠心力を利用した苛烈な投げ技の連続。圭人は襲い来る三体を同時に相手取り、地を飛ぶような跳び後ろ回し蹴りでその頭部を一気に刈り取った。
しかし、敵の数は一向に減らない。倒した端から銀色の砂が再結合し、より強固な装甲を纏って立ち上がってくる。
「ダメだ、きりがねえ! 根本を叩かないと……!」
コナンの叫びと同時に、天井の配管が弾け、大量のナノマシンが滝のように降り注いだ。視界が銀色の粒子で遮られる。その背後――暗がりに位置する巨大な変電設備の影へと、圭人は弾かれたように飛び込んだ。
「コナン、フラッシュだ!」
「了解!」
コナンが腕時計のボタンを操作し、博士特製の高輝度発光弾を放つ。強烈な白光が地下室を埋め尽くし、世良の視界を完全に奪った。
「くっ、何だい!?」
その刹那。世良からも、コナンからも見えない死角で、圭人はスパークレンスを掲げた。
眩い「本物」の光が、コナンの放ったフラッシュと重なり、地下室を白銀の世界に変える。光の中から、一人の戦士が立ち上がった。
《はぁっ!》
マルチタイプのティガは、等身大の姿で戦場に降り立つ。
その動きは、先ほどまでの圭人よりもさらに鋭く、重い。
ティガは襲い来る擬態体の群れを、流れるような格闘術で圧倒していく。
敵の腕を掴んで回転し、そのまま投げ飛ばして別の三体をなぎ倒す。さらに、地を這うような低い構えから、掌底を叩き込み、敵のボディを内部から爆砕させる。
一挙手一投足がナノマシンの結合を断ち切り、再構築を許さない。
ティガは擬態体を一掃すると、中央の巨大な水晶体――ゾルブの核へと向き直った。
ナノマシンの基点が、最後の抵抗として巨大な触手となってティガに襲いかかる。
「今だ! その核に全エネルギーをぶち込め!」
コナンの指示。ティガは力強く頷いた。
ティガは両腕を左右に大きく広げ、胸のカラータイマーから溢れ出す光を両腕へと集約させた。空気が震え、地下室の温度が急上昇する。
ティガは左拳を右肘の内側に当て、右腕を垂直に立てる。一切の無駄を削ぎ落とした、完璧な「L字型」の構え。
《ゼペリオン……光線!!》
右腕から放たれたのは、純白の破壊光線。
それはナノマシンの防壁を紙細工のように貫き、ゾルブの心臓部へと直撃した。
空間を震わせる絶叫のような高周波が響き渡り、校舎を侵食していた銀色の砂が、光に触れた端から輝く塵となって消滅していった。
大爆発。
衝撃波が収まった時、そこには立ち込める煙と、崩落した瓦礫の山しかなかった。
「……星野君! コナン君! 大丈夫かい!?」
世良が視力を取り戻し、慌てて二人を探す。煙の向こうから、咳き込みながら姿を現したのは、煤まみれになった圭人だった。
「……ああ、なんとか。……真純さんこそ、怪我はないか?」
「ボクは大丈夫だけど……。今のは、一体何だったんだ? あの光と、あの戦士は……」
世良の鋭い視線が圭人を射抜く。圭人はとぼけた顔で後頭部を掻いた。
「さあ……。何かの爆発の弾みで、一時的にナノマシンの回路がショートしたんじゃないか? 詳しいことは博士に聞かないと分からないけど……」
「……そんなわけないだろ」
世良は納得いかない表情で圭人を睨み、次にコナンを見た。コナンは何食わぬ顔で眼鏡を拭いている。
「あはは……。ボクもびっくりしちゃったよ! 凄い爆発だったね、世良の姉ちゃん!」
翌朝。
昨日までの重苦しく、湿り気を帯びた空気は嘘のように消え去り、校庭には眩しい太陽の光が差し込んでいた。
帝丹高校の教室では、蘭と園子が晴れやかな顔で会話を弾ませていた。
「おはよう、園子! 見て、今朝一ノ瀬先生に会ったら、すっごく元気になってて。いつもの優しい先生に戻ってたわ!」
蘭が嬉しそうに報告すると、園子も大きく頷く。
「本当によかったわよね! あの銀色の変な砂も、今朝見たら跡形もなく掃除されてたわ。……そういえば蘭、昨日のコナン君はどうだったの? ちゃんと新一君に頼まれた資料、見つかったのかしら」
「ええ、昨日の夜帰ってきた時に聞いたら、『バッチリだよ蘭姉ちゃん!』って笑ってたわ。……でも、服は泥だらけで大変だったんだから」
二人の会話を横で聞いていた圭人は、静かに窓の外の青空を眺めていた。日常が戻った。その重みを噛みしめていると、隣の席に座った世良が、教科書を開いたまま低い声で囁いた。
「……昨日のこと、忘れたわけじゃないからね。ボクの目は誤魔化せないよ。……覚悟しておいてよ、星野君」
世良の瞳には、昨日見た光の戦士への、執拗なまでの好奇心と疑念が刻まれている。
「……お手柔らかに頼むよ、真純さん」
圭人は苦笑いを浮かべた。校庭に響くチャイムの音。それは平和の合図であり、同時に、次に訪れる嵐へのカウントダウンでもあった。