ヒーローと探偵   作:タルマヨ

40 / 88
Light7
深海からのSOS(前編)


 阿笠邸のリビングは、モニターから発せられる青白い光と、子供たちの賑やかな声に包まれていた。

「なあ博士! この画面のグニョグニョしたやつ、何なんだよ? ウナギみてーだな!」

元太がポテトチップスを口いっぱいに詰め込みながら、博士のモニターを指差す。光彦が呆れたようにため息をついた。

「元太君、これはグラフですよ! 西太平洋で起きてる地震の波形です。……でも博士、この波形、なんだか普通の地震とは違う気がします」

光彦がタブレットを操作しながら身を乗り出す。歩美も不安げに画面を見つめた。

「お魚さんたち、びっくりして逃げちゃったかな……?」

「ふむ……。元太君にはウナギに見えるかもしれんが、ワシにとっても不気味な形じゃ。単なる地殻変動にしては、この電磁波の乱れは不自然じゃな。震源地も、かつて地下核実験が繰り返された海域のすぐ近くじゃし」

博士が顎髭をさすりながら眉をひそめると、ソファで読書をしていた灰原が、顔を上げずにページをめくった。

「海水温も異常に上昇しているわ。かつて人間が海に捨てた負の遺産が、形を変えて目覚めようとしている……。これはその警告かもしれないわよ」

「哀ちゃん、怖いこと言わないでよ……」

歩美が肩をすくめると、圭人は腕を組んでモニターのノイズを見つめた。

「……核実験の跡地か。なあ、イチ。お前はどう思う?」

「……ああ。普通の地震なら、これほど規則的なノイズは混じらねーよ。まるで、何かが深い海の底で鼓動してるみてーだ。……それに博士、この熱源反応の移動速度、速すぎねーか?」

コナンが素のトーンで、圭人にだけ聞こえるように低く応えた。そこへリビングのドアが勢いよく開いた。

「お待たせー! みんな、準備はいい!?」

現れたのは園子だった。後ろには蘭も続いている。

「今日は鈴木財閥が特別協賛してる『海洋科学研究所』の内覧会なんだから! 博士にチケット回してもらったんでしょ? さっさと行くわよ!」

「おっ! 研究所ってことは、うめーもん食えるのか!?」

「元太君、内覧会ですよ! お魚のお勉強です!」

元太が露骨に肩を落とす。総勢9人の大所帯。阿笠邸の前に停められたのは、博士の愛車である黄色いビートルと、園子が手配した黒のミニバンだった。

「じゃあ、子供たちはワシの車に乗るんじゃぞ!」

「はーい!」

博士が運転するビートルに、元太、光彦、歩美、そしてコナンが乗り込む。残りの圭人、灰原、蘭、園子は、運転手付きのミニバンへと分かれた。

海岸沿いの道を走る車内、蘭は窓の外、遠くの海をじっと見つめていた。

「蘭? どうしたの?」

圭人の問いに、蘭は少し不安げな表情で答えた。

「ううん、何でもないんだけど……。さっきから、ミューのことが気になって。あの子、すごく繊細だから、海の異変を感じ取ってるんじゃないかって」

ミューは蘭が幼い頃から交流しているイルカだ。圭人は蘭の肩を軽く叩き、優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ、蘭。研究所に行けば会えるんだし、ミューも蘭の顔を見れば安心するさ」

「……うん。そうだよね、圭人」

その時、後部座席で窓の外を眺めていた灰原が、前方を見て目を細めた。

「……何かしら、あの物々しい雰囲気は」

研究所の正門が見えてきたが、そこには異様な光景が広がっていた。パトカーとは明らかに違う、漆黒の特殊車両が数台。入り口を完全に封鎖していたのだ。

「な、何よこれ……。パトカーじゃないわよね?」

園子が絶句する。車を降りると、そこには目暮や高木がいたが、彼らは困惑した表情で、見慣れぬ黒いユニフォームの集団に道を阻まれていた。

「目暮警部! 一体何が起きてるんですか?」

駆け寄った圭人の問いに、目暮は苦渋に満ちた表情で首を振った。

「おお、星野君か……。いや、警察庁警備局から派遣されたという連中に、いきなり現場の指揮権を奪われてしまってな……。『MDR(怪物対策室)』とか名乗っておるが、ワシらにも詳細は一切明かさん。完全に門前払いだ」

「MDR……。警察庁の怪物対策室……」

コナンがその名称を反芻する。その時、特殊車両のドアが開き、一人の男が降りてきた。感情の欠片も感じさせない冷徹な瞳。銀縁の眼鏡の奥にある、氷のように冷たい瞳。MDR(怪物対策室)の現場責任者、黒崎。

「目暮警部、この民間人たちを速やかに遠ざけてください。ここは現在、警察庁警備局直轄、MDRの管理下にあります」

「しかし黒崎君! 彼らは研究所の招待客だぞ! 理由もなしに追い出すわけには……」

「理由ならあります。西太平洋R海域より、想定以上の速度で『サンプル』が接近中。市街地への上陸を許せば、甚大な被害が出る」

黒崎は無機質な声で切り捨てた。その腰には、通常の警察装備ではない特殊なホルスターが装着されている。

「サンプル……。あんた、あの海にいる命を、ただの標本か何かだと思ってんのか?」

圭人が一歩前に出ると、黒崎の冷徹な視線が彼を貫いた。

「星野圭人君。君のような民間人が正義感を振り回す場所ではない。我々の任務は『排除』と『回収』。それ以上でも以下でもない。……総員、配置につけ! 誘導電波射出、サンプルを第一プールへ誘い込め!」

「おい、待て! 第一プールにはミューがいるんだぞ! あそこにおびき寄せるつもりか!?」

圭人の叫びも虚しく、黒崎は冷酷に背を向けた。MDRの隊員たちは強引にゲートを閉ざし、特殊な機材を運び込み始める。

「……ねえ、江戸川君。あいつらの装備、見た?」

灰原がコナンの隣で低く囁いた。

「ああ。麻酔銃にしちゃあデカすぎるし、熱源反応を測定するセンサーの精度も警察の比じゃねー。……あいつら、最初から『あれ』が来ることを分かってやがったんだ」

「圭人、どうしよう……ミューが……!」

蘭が悲痛な声を上げる。圭人は黒崎たちの背中を睨みつけ、拳を握りしめた。MDRのやり方は、ミューのような周辺の生物を「ついで」のように切り捨てる冷酷なものだ。

「……おい、コナン。あいつらの目を盗んで裏に回るぞ。ミューを逃がしてやらねーと」

「ああ、同感だ。……博士! 悪いけど、俺たちが搬入口に回るまで、目暮警部たちと一緒にあいつらの注意を引いててくれ!」

コナンの言葉に、博士は力強く頷いた。

「分かった、任せなさい。……これこれ、目暮警部! 鈴木財閥の招待客を追い出すとはどういうことか、ワシからも説明を求めたいんじゃが!」

博士がわざとらしく大きな声を上げ、困惑する目暮と共に黒崎やMDRの隊員たちに詰め寄る。その隙を突き、圭人とコナン、そして灰原は身を低くして植え込みの影へと滑り込んだ。

「蘭姉ちゃんたちは園子姉ちゃんと一緒に、ここで待ってて! 僕たち、ちょっとトイレに行ってくるから!」

「えっ、コナン君!? 圭人までどこ行くのよ!」

蘭の制止が届く前に、三人は研究所の裏手にある業務用搬入口へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 研究所の裏手、搬入口の重い扉を潜り抜けた圭人、コナン、灰原の三人は、無機質な廊下を音もなく進んでいた。メインの照明が落とされた通路には、非常用の赤いランプが不気味な影を落としている。

圭人が角を曲がるたびに手信号で二人を制止し、前方の安全を確保する。コナンは眼鏡のダイヤルを回し、建物内の熱源反応をスキャンした。

「……MDRの連中、プールエリアを完全に見下ろせる観覧席と、制御室に陣取ってやがる。おい、これを見ろよ」

コナンの視線の先、強化ガラス越しに見えるプールエリアには、通常の警察装備では考えられない重厚な電子火器が据え付けられていた。

「……あれ、ただの熱線砲じゃないわね。高エネルギーの電磁波を収束させる照射装置よ。あんなもの、生物に直接当てたら細胞組織が内側から焼き切れるわ……」

灰原が冷たく、しかし懸念を隠さずに呟く。その時、足元から再び強い震動が突き上げた。

ズウゥゥゥ……ン!!

防波堤を越えて、巨大な水しぶきと共に異形の影が第一プールへと滑り込んできた。深海から現れたレイロンスだ。核実験の影響か、爛れたような皮膚が赤黒く光り、鋭い背びれが水面を切り裂く。プールの隅では、逃げ場を失ったミューがパニックを起こし、水面を激しく叩いていた。

 

 

 一方、正門前では博士がMDRの車両の前に立ち塞がり、目暮に訴えかけていた。

「これこれ、目暮警部! ワシらは正当な招待客なんじゃ! このような物々しい封鎖は断じて認めんぞ!」

「阿笠さん、落ち着いてください! ワシだって警視庁の人間として、これ以上の専横は……」

困惑する目暮の横で、園子もまた顔を真っ赤にして叫んだ。

「ちょっと! ウチが特別協賛してる研究所なのよ! 責任者を出しなさいよ! ガキンチョたちがまだ中にいるのよ!?」

博士の背後に隠れるようにしていた探偵団の三人も、恐怖に顔を強張らせている。

「おい博士! あの黒ずくめの大図鑑みたいな奴ら、何するつもりなんだよ! 俺、あんな物騒なの見たことねーぞ!」

元太が震える拳を握りしめ、強がりの声を上げた。

「博士、あの大きな地響き……まさか中に何かが入ったんじゃありませんか!? 圭人さんやコナン君、灰原さんもまだ中にいるんですよ!」

光彦が博士の服の裾を掴んで必死に訴える。

「圭人お兄さん……コナン君、哀ちゃん……。お願い、無事でいて……!」

歩美が祈るように手を組んだ。

しかし、MDRの現場責任者・黒崎は、そのすべての声を冷酷に切り捨てた。

「標的、目標地点に到達。第一射、用意」

「待ちなさい! まだ中にコナン君たちが残ってるのよ!」

柵越しに必死に叫ぶ蘭の声を無視し、黒崎は右手を振り下ろした。

「作戦に例外はない。……放て!」

号令と共に、プールエリアの照射装置が目も眩むような閃光を放った。レイロンスの悲鳴が夜の海にこだまし、水面が激しく沸騰する。

その猛火と電磁波の嵐の中、圭人は立ち塞がるMDR隊員を鮮やかな体術で無力化し、コナンを監視塔のハッチへと押し上げた。

二人は視線だけで意思を交わす。コナンは迷わずハッキングのためにサーバーへと飛び込み、圭人はミューを救うべく、地獄絵図と化したプールサイドへと走り出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告