ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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殺意のストライク(後編)

 ボウリング場の裏手、湿った空気と静寂が支配する管理 棟付近。

目暮警部、高木刑事、千葉刑事ら捜査一課の面々が到着し、現場には黄色い規制線が手際よく張り巡らされていく。その中心で、小五郎は誇らしげに胸を張り、目暮に向かって朗々と自説をぶちまけていた。

「警部殿、間違いありませんな! 状況は火を見るより明らかです。この遺書、そして争った形跡のない遺体……。平田部長は、三千万という公金の横領が明るみに出ることを恐れ、良心の呵責に耐えかねて自らこの場所を終焉の地に選んだのです。これぞ、迷いなき自殺!」

「ふむ……。遺書もあり、動機も十分だ。……高木君、千葉君、鑑識の結果を待って、本件は被疑者死亡のまま送致の手続きに入るぞ」

「了解しました!」

「分かりました、目暮警部!」

高木と千葉が力強く応じ、周囲の刑事たちも一様に納得の表情を見せる。その背後で、事件の「不自然さ」に気づいている者たちは、静かに、しかし鋭くその隙を狙っていた。

「……アホか。そんなわけないやろ、おっちゃん」

ポケットに手を突っ込み、帽子のつばをクイと直しながら、平次が歩み出る。その隣には、怪訝そうな顔で周囲を観察する圭人の姿があった。

「あぁ!? 何を抜かしやがるこのボウズ! せっかく名探偵毛利小五郎が綺麗に幕を引いてやろうって時に、大人の捜査に口出しすんじゃねぇ!」

小五郎が顔を真っ赤にして平次を追い払おうとした、その瞬間だった。

「あ、おじさん。襟元に何かついてますよ?」

圭人が柔らかい口調で、自然に小五郎の背後に回る。小五郎が「ん? 何だ?」と首を傾げた隙を見逃さず、死角からコナンの腕時計型麻酔銃が火を吹いた。

「……ふにゃ?」

力が抜け、膝から折れそうになる小五郎の体を、圭人がそっと抱きかかえるようにして、管理棟の壁際に備え付けられたベンチへと座らせた。

「おじさん、お疲れみたいだね……。……さて、始めようか」

圭人が誰にともなく呟くと同時に、コナンが蝶ネクタイ型変声機のダイヤルを素早く調整した。

〈 警部殿。失礼、少しばかり考えを整理していました。……先ほどの言葉は撤回させていただきます。この事件の真相は、自殺などではありません。三千万の使い込みを平田部長に着せ、彼を殺害した真犯人が……今、この場にいるのです! 〉

「な、何だって……!? 毛利君、それは本当か!」

目暮が目を見開き、警察関係者一同に緊張が走る。その中で、一際激しく動揺を見せたのが、ボウリング場の副部長・河合達也だった。

「な、何を馬鹿なことを! 遺書があったじゃないか! それに、彼は最近金に困っていると漏らしていたんだ!」

〈 確かに遺書はありました。しかし河合さん、平田部長の指先を見てください。白く、微かな粉が付着していますね? ……これはボウリングの滑り止めパウダーです。彼は殺害される直前まで、誰かとボウリングをしていた。あるいは、その練習の最中に不意を突かれた…… 〉

平次が言葉を引き継ぎ、遺体の指先を鋭く指し示す。

「そうや。せやけど、この遺体発見現場のどこに、パウダーを触る場所があったか? 周りにあるんは泥と植え込みだけや。……おまけに、この地面に残った轍を見てみぃ」

平次は地面のぬかるみに残された、不自然な二本の線を指した。

「平田部長を運ぶのに使った、大型の台車か何かの跡や。……なぁ、星野。お前、さっき管理棟の裏のカート置き場で、変なもん見てへんかったか?」

「ああ……。さっきあそこの隅にあった台車、車輪のところに赤い染みがついてたんだ。まるで、誰かを引きずった時に付いたような跡がね。……河合副部長、あなたがさっきまで熱心に掃除していたのは、その台車じゃなかったかな?」

圭人が静かに、しかし逃げ場を塞ぐように告げる。

「なっ……! 貴様、何をデタラメを……! 証拠もなしにそんな……!」

〈 証拠なら、これから揃いますよ。三千万の札束を束ねていた帯紙……。あれには銀行の印が押されている。あなたが自分のデスクのゴミ箱に捨てたそれが、平田部長の指紋ではなく、あなたの指紋が付着した状態で発見されるのも、時間の問題ですからな 〉

「……っ! この、ガキ共が……!!」

河合の顔が、醜悪な怒りに歪んだ。彼は懐から取り出したホイッスルを口に咥え、狂ったように吹き鳴らした。

「……やれ! 全員まとめて消してしまえ!」

その合図と共に、静まり返っていた駐車場の車影や管理棟の裏から、バットやナイフを手にしたガラの悪い男たちが次々と現れた。その数、十数人。河合が万が一に備えて雇っていた、口封じのための「掃除屋」たちだ。

「……! 和葉、姉ちゃん、さがっとき!」

平次が近くに立てかけられていた清掃用の頑丈なモップを手に取り、鋭い眼光で男たちを睨み据えた。

「服部君、危ないわ!」

蘭が鋭い叫びと共に、襲いかかる男の正面へと躍り出た。

「和葉ちゃん、いくわよ!」

「分かっとる! ウチらも負けてられへんわ!」

和葉も即座に反応し、合気道の構えを取る。

乱闘の火蓋は、突如として切って落された。

 

「せいッ!!」

蘭の鋭い気合と共に、空手の正拳突きが男の一人の胸板を撃ち抜いた。さらに、返す刀で放たれた上段回し蹴りが、別の男の側頭部を捉える。重い衝撃音と共に男は宙を舞い、植え込みへと突っ込んだ。

「アタシを甘く見んといて!」

和葉は、ナイフを振りかざして突進してきた男の腕を鮮やかに掴むと、その勢いを殺さずに円を描くように投げ飛ばした。男は自分の重みで床に叩きつけられ、悶絶する。

「目暮警部、ここは私たちが食い止めます! 行くぞ、千葉!」

高木が千葉と共に、民間人を守るように壁を作った。

「はい!! 」

千葉が持ち前の体格を活かしてタックルをかまし、三人まとめて押し戻す。その隙に、高木が一人を関節技で抑え込み、手際よく手錠をかけた。

 

一方、コナンは混乱の隙間を縫うようにして、最適な狙撃地点へと移動していた。

(……ちっ、まだ隠れてやがるな。……そこだ!)

コナンは「どこでもボール射出ベルト」から一気にサッカーボールを膨らませると、「キック力増強シューズ」のダイヤルを最大まで回した。

「いっけえぇぇ!!」

放たれたボールは凄まじい風切り音を立てながら、平次の背後からバットを振り下ろそうとしていた男の顔面を粉砕した。

「ぐわぁっ!?」

「サンキューな、ボウズ!」

平次はモップの柄を十文字に振り回し、迫りくる三人を同時に弾き飛ばす。

 

その激しい戦いの中、圭人は蘭や和葉の視界に入らない「死角」に立っていた。

男たちが彼女たちの背後を取ろうとするたび、どこからともなく飛んできたボウリングのピンや、重たい灰皿が、正確に男たちの急所を打つ。

「……おっと、足元が滑りやすいから気をつけて」

圭人はまるで散歩でもしているかのような軽やかな足取りで、近づこうとする敵の足を「偶然」引っ掛け、自爆させていく。しかし、その時、乱闘の喧騒を一瞬で黙らせるような、重く威圧的な足音が響いた。

男たちの間から、一際巨大な、岩のような体躯を持つ男が姿を現した。河合が雇った集団のリーダー、通称「鉄」だ。

「……ちょこまかと、目障りなんだよ、兄ちゃん」

鉄の手には、厚みのある鉄パイプが握られていた。彼は周囲の雑魚をどかすと、真っ直ぐに圭人を見据えた。

 

「……お前、さっきから随分といい動きをしてるな。だが、それもここまでだ」

鉄が鉄パイプを豪快に振り回すと、空気が唸りを上げた。その一撃は、普通の人間なら骨を砕かれ、絶命するほどの威力だ。

「……蘭や他の皆には手を出させないよ。お前の相手は、俺だ」

圭人の口調は依然として柔らかいが、その瞳には峻厳な光が宿っていた。

鉄が咆哮と共に肉薄する。上段から振り下ろされた鉄パイプ。しかし、圭人は最小限の動きでそれを回避した。パイプがコンクリートの床を叩き、激しい火花と轟音が鳴り響く。

「……遅いな」

「何だと……!?」

鉄が横薙ぎに払い飛ばそうとするが、圭人はその懐に滑り込むように入り込んだ。驚愕に目を見開く鉄の顎先へ、圭人の手のひらが下から突き上げられる。

「ぐはっ……!」

脳を揺さぶられた鉄がよろめく。圭人は追撃の手を緩めない。鉄が苦し紛れに放った重い拳を、圭人はまるで羽根をあしらうかのように素手で受け流した。

「……光の速さに比べれば、お前の動きは止まっているのも同然なんだ」

圭人は鉄の腕を掴むと、そのまま流れるような動作で彼の重心を奪った。巨体が宙を舞い、地面に激しく叩きつけられる。震動が伝わるほどの衝撃。しかし、鉄はまだ意識を失っていなかった。

「……ふざけるな、この……!」

鉄がナイフを抜き、死に物狂いで突き出す。圭人はその刃を紙一重でかわすと、鉄の腕を軽く叩いた。それだけで、鉄の腕は麻痺したように力を失い、ナイフが地面に落ちる。

「……もう、終わりにしよう」

圭人が鉄の胸元に掌を当て、軽く押し出す。

それだけの動作で、鉄の巨体は数メートル後方まで吹き飛び、管理棟の壁を背負う形で崩れ落ちた。

「……バケモノか、お前は……」

それが、鉄の意識が途切れる前の最後の言葉だった。

静まり返る現場。蘭や和葉、平次、そしてコナンまでもが、その一連の動きに目を奪われていた。

「……圭人……?」

蘭が呆然と呟く。圭人はすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、照れくさそうに頭をかいた。

「いやぁ、必死に護身術を思い出したよ。運が良かったんだね」

だが、その嘘を信じるほど、服部平次の目は節穴ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 警察が河合達也と男たちをすべて連行し、ボウリング場にようやく平和な静寂が戻ってきた。夕暮れ時の茜色の光が、長い影を地面に落としている。

蘭と和葉が目暮警部たちに事情聴取を受けている隙に、平次は圭人を建物の裏へと呼び止めた。その横には、同じく真相を測りかねているコナンも並んでいる。

「……星野。お前、さっきの動き……ただの護身術やなんて、口が裂けても言わんよな?」

平次がじり、と一歩踏み出し、確信に満ちた鋭い視線を圭人にぶつけた。

「……最近話題になっとる光の戦士……やったか? ……アレの正体、やっぱりどう考えてもアンタとしか考えられへんな。もっと付け足すと、あの時(スカイランド)も、今も、俺らを守ってくれたんはアンタやろ?」

平次の言葉には、疑念を超えた絶対的な信頼と、隠し事への追及が混ざり合っていた。

圭人は少しだけ困ったように眉を下げたが、やがてふっと、憑き物が落ちたような柔らかい笑みを浮かべた。

「……ああ。やっぱり気づいてたんだね、平次。……流石は浪速の探偵さんだ」

「……っ!!」

コナンが、思わず息を呑んだ。圭人があまりにもあっさりと、誠実にそれを認めたからだ。

「……マジかよ、圭人……」

コナンが驚愕の声を漏らす中、平次は満足げに口角を上げた。

「……やっぱりな。あんたが俺らに見せてくれたあの温かい光……、あれが偽物なわけないと思っとったわ。正体バラすつもりはないけど、感謝くらいは言わせとけや」

「……ありがとう、平次。君たちが名探偵で、本当によかった」

茜色の空の下、三人の影が長く伸びる。

名探偵と、光の守護者。彼らの間に流れる絆は、この夕焼けよりも深く、確かなものへと変わっていた。

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