ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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虚構と真実の撮影所(事件編)


「うわぁぁ! すごい! 本物のゴメラだ!」

「でけぇ! オイ、コナン、見ろよあの牙! 食べられちまいそうだぜ!」

元太が身を乗り出して叫び、歩美も瞳を輝かせてその隣でぴょんぴょんと跳ねている。ここは十周年記念の最終作の撮影真っ最中である大宝撮影所。巨大なスタジオのど真ん中に、伝説の異形・ゴメラの着ぐるみがどっしりと鎮座していた。

「さすがは最終作、細部まで作り込みが凄まじいですね! 博士、こんな貴重な場所を見学させていただけるなんて、僕、一生の思い出になります!」

「ガッハッハ!光彦君、そう喜んでもらえるとワシも鼻が高いわい。友人の三上監督も、君たちのような熱心なファンは大歓迎だと言っておったからのぉ」

博士が満足げに鼻をこすりながら答える。その後ろで、圭人は静かに周囲を見渡していた。スタジオ内には精巧なミニチュアの街並みが広がっている。

「……綺麗な街だな」

圭人が独り言のように呟く。その隣に並んだコナンが、眼鏡の奥の瞳を圭人に向けた。

「壊されるために作られた、ほんの一時だけの平和の象徴……。特撮の現場ってのは、どこか切ないよな」

「……ああ。でも、これを作った人たちの情熱は本物だ。守るべきものがあるからこそ、壊される瞬間の衝撃が心に残る。……そうだろ?」

圭人は少し微笑んだが、その瞳の奥には、コナンや灰原にしか読み取れない深い哀愁が宿っていた。

「コナン君! 圭人お兄さん! 早く早く! あっちのセットも見に行こうよ!」

「そうだぜ、コナン! 妖精エメラの羽根もあったぞ!」

歩美と元太に腕を引かれ、コナンは「オイオイ、引っ張るなって」と苦笑しながら連れて行かれる。灰原はそんな彼らを眺めながら、圭人の隣で静かに口を開いた。

「……星野君。ここはあくまで『映画』の世界よ。あんまり感情移入しすぎないことね」

「分かってる。俺はただ、この場所の空気が気に入っただけさ」

そこへ、撮影所のスタッフたちが集まってくる。

「おい! ライティングが甘いぞ! ゴメラの影がこれじゃ安っぽく見えるだろ! もっと怪獣としての威厳を出せ!」

怒鳴り声を上げながら現れたのは、三上大輔監督だ。その後ろには、デザインやセット構築を担当する美術の安達僚太、そして今作で引退を決めているスーツアクターの松井秀豪、さらに妖精エメラ役を演じる女優の坂口友美が続いている。

「あぁ、阿笠君! よく来てくれたな!」

三上は博士を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。

「三上さん。撮影中にお邪魔してすまんのぉ。こちら、話していた子供たちと、知人の星野君です」

「はじめまして。三上大輔です。……おや、君」

三上の視線が圭人で止まった。

「はい…?」

「……何とも言えない佇まいをしているな。もし俳優を志しているなら、ぜひ一度私の現場に来てほしいくらいだ。君なら、あの『異形』と対峙する戦士の役がよく似合う」

「…光栄です、監督。ですが俺は、裏方の方が性に合っていますから」

圭人が柔らかく受け流す中、子供たちは案内役の松井に興味津々で群がっていた。

「松井さん、ゴメラの中って暑くないの?」

「この爪、本物みたいに尖ってるね!」

「あはは、そうだね。このゴメラも今作で引退なんだ。十年間、ずっと一緒に戦ってきた相棒だから、最後は最高にカッコよくしてやりたいんだよ」

松井が愛おしそうにゴメラの肩に触れる。だが、安達が不機嫌そうにセットのビルを直しながら吐き捨てた。

「最高、か……。俺たちがどれだけ心血注いでセットを作っても、上が首を縦に振らなきゃ全部産業廃棄物だ。なぁ、監督?」

「安達、やめなさい。……ゲストの前だぞ」

三上の表情が曇る。友美もまた、不安げにゴメラを見上げた。

「……本当に最後なんですか? 私、この作品でデビューして……ゴメラがいたからここまでやってこれたのに。シリーズがなくなったら、私たちはどうすれば……」

その沈んだ空気を切り裂くような冷ややかな声が響いた。

「どうすればって、別の仕事を探せばいいだけの話だ。感傷に浸って金が湧いてくるなら世話はないよ」

現れたのは、プロデューサーの亀井修だった。

「三上監督、何度言わせる。今回の撮影が終わったら、このゴメラのセットはすべて叩き壊して撤去だ。シリーズは完全打ち切り。次はもっと若者向けの、安上がりな学園モノのアイドル映画を撮ってもらう」

「亀井さん! そんな、約束が違うじゃないか! この作品を完結させるために、松井君だって引退を延ばして……!」

「うるさい! 金を出すのはこっちだ。時代遅れの怪獣ごっこにいつまでも付き合ってられるか! 邪魔だ、どけ!」

亀井は三上の抗議を鼻で笑うと、足元にあった精巧なミニチュアのビルを無造作に蹴り飛ばした。

「おい……!」

圭人の眉がピクリと動く。スタッフが心血を注いで作った「街」を、土足で汚す行為。それは彼にとって、最も許し難いことの一つだった。だが、圭人が怒りを露わにするより先に、撮影所の電力が突如として遮断された。

スタジオ内が完全な闇に包まれる。

「な、なんだ!? 停電か!?」

「きゃあぁぁっ!」

暗闇の中、ガサリ、という巨大な何かが動く重厚な音が響き渡った。

「……ギャォォォォォォン!!」

心臓を掴むような、凄まじい咆哮。非常用ライトがパチパチと点滅しながら点灯した瞬間、そこにいた全員が絶句した。台座に座っていたはずのゴメラが、立ち上がっていたのだ。

「ゴ、ゴメラが動いた!?」

「うわぁぁぁ! こっちに来るぞ!」

元太と光彦が叫び、歩美は灰原にしがみつく。ゴメラは狂ったようにセットを破壊しながら暴走し、止めに入ろうとした松井へその鋭い爪を振り下ろした。

「ぐわぁぁっ!」

松井の足から鮮血が噴き出し、セットの地面を赤く染める。

「た、助けてくれぇ! 誰か、誰か止めろ!」

亀井が腰を抜かして逃げ惑う。ゴメラは獲物を狙う獣のような動きで彼を追い詰め、そのままスタジオの暗い搬入口の奥へと消えていった。

「松井君! 大丈夫か!」

「ひ、三上さん、追いかけないと……亀井さんが危ない!」

混乱するスタッフを置き去りにし、圭人とコナンは迷いなく暗闇へと飛び込んだ。搬入口から続く廊下の奥、嫌な鉄の臭いが鼻を突く。

そこで二人が目にしたのは、喉元を鋭い「爪」で抉られ、血の海に沈んでいる亀井の無残な姿だった。

「ひっ……!」

「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

後を追ってきた元太と光彦が、その凄惨な光景に短い悲鳴を上げて震え上がる。歩美は恐怖のあまり声も出ず、顔を覆って博士の背中に隠れた。

「……江戸川君、上よ! 屋上に何かいるわ!」

灰原が吹き抜けになった天井付近を指差す。撮影所の屋上の縁に、逆光を浴びたゴメラの巨影が立っていた。それは月光を浴びて咆哮すると、重い風を切る音を立ててそのまま地上へと身を投げた。

「おい、飛び降りたぞ! 下だ!」

圭人の叫びに、全員が我に返って一階へと駆け降りる。落下地点には、何かが叩きつけられたような重い衝撃音が響いていた。しかし、砂煙が晴れたアスファルトの上に転がっていたのは……。

「……空っぽだ」

圭人が、ぐったりと横たわるゴメラの着ぐるみを調べながら呟いた。そこには、人間の気配はおろか、温もりすら残っていない。

「そんな馬鹿なことが……。わ、ワシらはずっと出口を見張っておったんじゃぞ。中身だけ消えるなんて……」

博士が呆然と立ち尽くす中、スタジオからは足を負傷した松井を支える三上たちが、蒼白な顔で現れた。

「亀井さんが……本当に殺されたのか……?」

「嘘だろ……。ゴメラが、ひとりで歩いて殺しに行ったっていうのかよ……?」

安達が震える手でタバコを取り出そうとして落とし、友美は泣き崩れた。

コナンは無言のまま、着ぐるみの首元に残された微かな「細工」と、屋上の縁に残された奇妙な跡を鋭い眼差しで見つめていた。

「……圭人、あそこに誰も入っていなかったのは確かだな?」

「ああ。少なくとも俺たちが追いつくまでの間、中身が外に出た形跡はなかった」

圭人の言葉を聞きながら、コナンは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「……中身のない着ぐるみが人を殺し、屋上から消えた……。まるで魔法だな」

撮影所の外からは、近づいてくるパトカーのサイレンが鳴り響き始めている。

特撮という虚構の舞台で起きた、あまりにも現実味のない惨劇。事件は、深い謎を孕んだまま本格的な捜査へと幕を開けようとしていた。

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