ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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悪魔の予言


日曜日の昼下がり。阿笠邸のリビングは、少年探偵団たちの賑やかな声に包まれていた。

「あーっ! 元太君、また僕のカード見たでしょう!」

「見てねーよ! 光彦、お前がニヤニヤしてるからバレバレなんだよ」

元太と光彦がテーブルの上でカードゲームに熱中し、その横で歩美が楽しそうに二人を眺めている。

「もう、元太君。ルールは守らなきゃダメだよ? ね、圭人お兄さん」

「はは、まあまあ。元太、光彦、二人とも仲良くやろうぜ」

圭人は穏やかな笑みを浮かべ、子供たちの輪の中に混じっていた。昨日の地獄のような特訓による筋肉の軋みは、今も全身を苛んでいる。深呼吸をするたびに、光で再構成された細胞が熱を帯びる感覚があったが、それを微塵も表に出すことなく、彼は器用にカードを配ってみせた。

その様子を、ソファに座って読書をしていた灰原が、本から目を離さずに口を開く。

「……随分と余裕があるのね、星野君。あんな無茶をした翌日に、子供たちの相手なんて。小嶋くんのパワーに押し負けないといいけれど」

「手厳しいな、志保さん。でも、おかげさまで体は軽いよ。……博士のウェイト、あれ本当に効いたからさ」

キッチンで新作発明の調整をしていた博士が、誇らしげに顔を出す。

「おっ、そうかそうか! 圭人君にそう言ってもらえると嬉しいわい。元太君たちも、たまには圭人君に運動を教わるといいぞ」

「運動なら負けねーぞ! 今度サッカーしようぜ、圭人兄ちゃん、コナン!」

元太が身を乗り出すと、その横で静かにジュースを飲んでいたコナンが、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。コナンは、圭人がカードを弾く指のわずかな震えや、立ち上がる際の無駄のない重心移動を見逃していなかった。

(……相当やり込んでやがるな。昨日の今日で、あの尋常じゃないプレッシャーを完全に内に封じ込めてやがる)

コナンが内心で感嘆していた、その時だった。

「――静かに。テレビが変よ」

灰原の冷徹な声が、リビングの空気を凍らせた。

賑やかだったバラエティ番組が、突如として砂嵐に変わり、次の瞬間、ワイドショーのスタジオが映し出された。だが、そこには先ほどまでの明るい雰囲気は微塵もなかった。

司会者の女性が、虚ろな目でカメラを直視している。彼女の口角が、人知を超えた角度で歪に吊り上がった。

『……まもなく、聖なる地が火を噴きます。準備はいいですか?』

「な、なんだよこれ……」

元太が呆然と呟き、歩美が不安げに身を寄せた。

「ドッキリ……じゃないよね、歩美、怖い……」

「な、何言ってるんですか、公共の電波でそんな悪趣味な演出、あるはずありませんよ!」

光彦が必死に理屈を並べようとするが、その顔は青ざめている。

子供たちが混乱する中、圭人の全身が総毛立った。

テレビの向こうからではない。もっと根源的で、どす黒い悪意に満ちた熱源が、遠く離れた場所から「光」を宿した彼の魂を直接揺さぶっていた。

(……あそこだ。米花駅前の、KBCビル……!)

「博士、子供たちを頼む! コナン、行くぞ!」

圭人が阿笠邸を飛び出すのと同時に、コナンもスケボーを手に玄関へ駆け出していた。

「オメーら! 危ねーから外に出んじゃねーぞ!」

コナンの鋭い制止を背に、二人は日曜の街へと走り出す。

現場に到着したときには、KBCビルのエントランスが原因不明の出火で半壊し、パニックになった人々で溢れかえっていた。しかし、そこには犯人の影も、異形の姿もない。

「……消えたな。だが、これはただの警告だぜ、圭人」

コナンの言葉に、圭人は重く頷いた。

街の影に潜んだ「悪魔」の気配は消えていない。本当の審判が下るのは、太陽が沈み、闇が米花町を包み込んでからだ。

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下りた米花埠頭。海風が湿り気を帯び、廃倉庫の錆びた鉄骨を鳴らしている。

昼間の爆破事件以来、街を覆う不気味な静寂を破るように、廃屋の屋上に一人の男が立っていた。

「……ようやく来たか。光をその身に閉じ込めた、哀れな人間よ」

預言者の男は、月光を背に受け、その貌をどす黒い影に沈めて嘲笑う。

「その姿はまやかしだ。君はその不完全な器で、この地球の守護者にでもなったつもりか?」

数十メートル離れたコンテナの陰。コナンは、眼鏡の左フレームにあるダイヤルを指先で弾き、望遠倍率を最大まで引き上げた。レンズの向こうで、男の瞳が爬虫類のように縦に割れるのが見えた。

(何が守護者だ。カルトじみた理屈を並べやがって……)

「我らキリエル人は、君たち人類が光を失うずっと前から、この地球を導いてきたのだ。我らキリエルの救世主よりも、先に現れた君の存在は……非常に不愉快なんだよ!」

男の身体が異様に膨張し、皮膚が灰色の硬質な組織へと変貌していく。不気味な笑みを固定されたような顔、そして鋭利な爪。等身大のキリエロイドが、夜の闇にその姿を現した。

「……不愉快なのはこっちだ。お前らの押し付けがましい導きなんて、誰も望んじゃいねえんだよ!」

圭人は懐からスパークレンスを掴み出し、無言でその翼を開いた。眩い光が弾け、次の瞬間、そこには赤と紫のラインが走るマルチタイプへと姿を変えた圭人が立っていた。

《貴様らの審判など、受けるつもりはない……!》

重なり合うエコーが夜の空気に響く。

激突は一瞬だった。キリエロイドが放った超高速の手刀を、圭人は前腕で弾き、そのまま懐へ潜り込んで鋭い肘打ちを叩き込む。

しかし、キリエロイドもさるもの。巨体ではない分、その動きは精密かつ冷酷だ。圭人の打撃を最小限の動きで受け流し、至近距離から青い獄炎弾を放つ。

圭人は咄嗟に腕をクロスさせて防御するが、爆圧で数メートル後方へ滑らされた。

マルチタイプでの攻防は、互角のまま長く続いた。圭人はフェイントを織り交ぜた正拳突きで敵の体勢を崩し、追撃の膝蹴りを叩き込むが、キリエロイドも即座に爪で圭人の肩を深く切り裂く。

互いの拳が交差し、火花と衝撃波が交互に走る。等身大ゆえの、肉と肉がぶつかり、骨が軋む生々しい死闘。圭人が強烈な回し蹴りを叩き込めば、キリエロイドもその脚を掴んで床へと叩きつけ、追撃の炎を浴びせる。

やがて、キリエロイドの連撃が圭人の防御を強引にこじ開けた。

腹部への重い一蹴りが入り、圭人は廃倉庫の壁を突き破って内部へと吹き飛ばされる。

《はぁ……はぁ……、くそっ……》

立ち上がろうとする圭人の胸の奥から、心臓の鼓動を上書きするように、あの不吉な音が漏れ始めた。

――ピコン、ピコン、ピコン……

夜の静寂に冷たく響く、カラータイマーの警告音。

「光」を維持するエネルギーが限界を迎え、肉体の崩壊が始まりつつある証拠だった。

《まだだ……まだ終わらせない……!》

「終わりだ。偽りの光と共に、塵に還るがいい!」

キリエロイドが両腕に巨大な青い炎を凝縮させ、逃げ場のない廃倉庫内でトドメの一撃を放とうとする。その瞬間、屋外から一条の光が飛び込んだ。

電光を纏ったサッカーボールが、キリエロイドの側頭部を正確に捉え、その体勢を大きく狂わせる。

「今だ、圭人ッ!!」

《……ああ、助かるぜ、イチ!》

わずかな隙。圭人は無言で両腕を胸の前で交差させた。

脳内のすべてのリミッターを解除し、精神を「加速」の極致へと叩き込む。交差した腕を鋭く左右へ振り下ろすと、赤のラインが瞬時に紫へと染まり、全身が冷徹な輝きを放つ。

スカイタイプ

もはや、叫ぶ必要すらなかった。

キリエロイドが炎を放とうとした瞬間、既に圭人の姿はそこにはなかった。

「な……!? どこへ消えたッ!」

驚愕する敵の背後、真上、そして死角。

残像すら置き去りにする超高速の移動から、目にも留らぬ連撃がキリエロイドを襲う。一瞬の間に数十発の打撃が肉体を粉砕し、キリエロイドは防御の姿勢をとることすら許されず、宙に浮いたままサンドバッグのように打ち据えられる。

圭人は着地と同時に大きく距離を取り、地面を強く踏みしめた。

両腕を胸の前から大きく左右に広げ、夜の空気を切り裂くようにエネルギーを凝縮させる。ランバルト光弾の構え――。

しかし、引き絞った右拳に集束されたのは、破壊の光ではない。

周囲の空間を歪ませ、光すら飲み込むほどの高密度な次元の歪み。

《……無に還れ。ランバルト光弾

一瞬の隙を突いて距離を取ると、その両腕を胸の前で鋭く交差させた。

直後、交差させた腕を瞬時に左右へと引き絞るように伸ばし、そのまま天を仰ぐように上空へと掲げる。大気中のエネルギーが目に見える光の奔流となってティガの両手に集約され、紫色の輝きが臨界点まで高まった。

ティガはその集約したエネルギーの塊を、逃がさぬよう両手で抱え込むようにして左腰へと引き寄せる。溜めに溜めた力を解放する瞬間――。

右腕が胸の前で水平に、鋭く真っ直ぐに突き出された。

放たれたのは、紫白の輝きを放つ超高熱の光弾。放電を伴いながら空気を切り裂いて飛翔したその一撃は、着弾と同時に敵の装甲を内部から激しく打ち砕き、凄まじい爆発と共にその巨体を光の塵へと変えていった。

「ぐああぁぁぁ…!」

 

静寂が戻った埠頭。

タイマーの点滅が消え、光が霧散するように消えていく。

元の姿に戻った圭人は、激しい疲労と筋肉の痙攣に耐えながら、その場に力なく膝をついた。

「……へっ、派手にやったな」

コンテナの上から飛び降り、コナンが駆け寄ってくる。圭人は荒い呼吸を整えながら、なんとか苦笑いを作ってみせた。

「……ああ。でも、これからはもっと増えるだろうな……こういう、ワケのわからない連中がさ」

圭人は夜空を見上げた。

救世主を自称する悪魔との戦いは、これから始まる長い闇の、ほんの一節に過ぎなかった。

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