ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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虚構と真実の撮影所(推理編)

 撮影所に鳴り響くサイレンの音は、特撮という「夢の跡」を冷酷な現実に引き戻していった。

数台のパトカーがスタジオの前に急停車し、目暮警部を先頭に、高木刑事、佐藤刑事たちが足早に現場へと踏み込んでくる。

「……酷いな。これは……」

高木が、血の海に沈んだ亀井プロデューサーの遺体を確認し、顔を顰めた。

「喉元を一突き。凶器は鋭利な刃物のようですが、傷口の形状が不自然です。まるで、大きな獣の爪で引き裂かれたような……」

佐藤の冷静な分析に、目暮は重々しく頷き、周囲を見渡した。そこには、三上監督をはじめ、安達、松井、友美、そして博士や圭人たちが、一様に蒼白な顔で立ち尽くしている。

「三上さん、大丈夫ですか? ……しっかりしてください」

博士が、親友である三上の肩を支える。三上は震える手で眼鏡を拭いながら、力なく答えた。

「阿笠君……。信じられないかもしれないが、犯人は……ゴメラなんだ。ゴメラが、あそこに座っていた着ぐるみが、急に動き出したんだよ……」

「目暮警部! 監督の言う通りだよ!」

元太が我慢できずに、目暮の前に躍り出た。

「そうだよ! ゴメラがガオーッて吠えて、あのおっさんを追いかけてったんだ!」

「僕達、この目でしっかり見ました! 中には誰も入っていなかったのに、自分の足で歩いていたんです!」

光彦も必死に訴えるが、目暮は困惑したように高木と顔を見合わせた。

「おいおい、着ぐるみが一人で歩いて人を殺したというのか? 高木君、その着ぐるみはどうした」

「は、はい。スタジオの外の地面に落ちていました。……ですが、中には誰も」

高木が指し示した先には、先ほど圭人が確認した、ぐったりとしたゴメラの抜け殻があった。

コナンはその光景を黙って見つめながら、頭の中で事件を再構成していた。

(……博士たちは入り口を見張っていた。圭人と俺は、ゴメラを追ってすぐに搬入口へ向かった。屋上から飛び降りたゴメラが地面に激突する音も聞いた……。だが、中身は消えていた。不可能なはずだ。人間がゴメラの中から脱出し、警察が来る前にこの包囲網を抜けるなんて……)

「……松井さん、その足、大丈夫ですか?」

圭人が、安達に肩を貸されている松井に声をかけた。松井は痛々しく包帯を巻いた右足を引きずっている。

「ええ……。ゴメラ……いや、あの着ぐるみが暴走した時に、切り裂かれて。……お恥ずかしい。十年間連れ添った相棒に、引退間際で牙を剥かれるなんて……」

松井の自嘲気味な言葉を聞きながら、コナンは松井の足元と、周囲の状況を鋭い眼差しで観察し始めた。

「目暮警部、鑑識の結果が出ました」

鑑識官の一人が目暮に報告を上げる。

「被害者の亀井さんの死亡推定時刻は、停電が発生してから数分以内。凶器はまだ見つかっていませんが、あちらのミニチュアセットのビルに、ゴメラの爪と同じ成分の塗料と、被害者の血痕が付着していました」

「何だと……。やはり、あの着ぐるみが凶器だというのか?」

目暮が唸る中、安達が苛立ちを隠さず煙草を指に挟んだ。

「警部さん、だから言ってるだろ。ゴメラが怒ったんだよ。自分を捨てようとしたあの男に、引導を渡してやったのさ」

「安達さん、不謹慎ですよ……!」

友美が涙を拭いながら安達を咎める。撮影所内は、スタッフたちの動揺と、あまりにも非現実的な目撃証言によって、異様な熱を帯び始めていた。

 

 

 目暮は腕を組み、スタジオの重厚な天井を見上げました。

「……なるほど。状況だけを見れば、中身のない着ぐるみが亀井さんを殺害し、屋上から飛び降りて姿を消した……ということになりますが。高木君、屋上の状況はどうなっている?」

「はい。現在、佐藤刑事が鑑識と共に確認中ですが……特に争った形跡はないとのことです。ただ、不審な傷跡がいくつか……」

高木が言い淀んだその時、元太が規制線の前でじりじりと足を踏み鳴らした。

「なぁ!高木刑事! 何か証拠は見つからねーのかよ! あの着ぐるみ、マジで化け物みたいに動いてたんだぜ! 俺、この目でしっかり見たんだからな!」

「そうです! 中に人が入っていないのにあんなに速く動くなんて、普通じゃ考えられません! もしかして、本当にゴメラの魂が……」

光彦も必死にメモ帳を握りしめ、科学的根拠を求めて周囲をキョロキョロと見回す。その横で、歩美は灰原の袖をぎゅっと掴み、今にも泣き出しそうな瞳でスタジオの奥を見つめていた。

「ねぇ、哀ちゃん……ゴメラ、怒ってるのかな? 撮影所がなくなっちゃうから……」

灰原は歩美の肩をそっと抱き寄せ、冷徹ながらもどこか優しい眼差しで遺体付近を指差した。

「……死人に口なし、と言うけれど。もし本当にゴメラの意志だとしたら、随分と用意周到な怪獣さんね。……江戸川君、そう思わない?」

灰原に問いかけられたコナンは、床に這いつくばるようにしてある一点を見つめていたが、ふっと顔を上げて不敵に笑った。

「ああ、そうだな。……でも、どんなに用意周到な怪獣でも、『足跡』を消し忘れることはあるみたいだぜ」

コナンはそのまま子供らしい声を作って、傍らにいた高木に駆け寄る。

「ねぇねぇ、高木刑事! このエレベーター、さっきから動いてないみたいだけど、普段は何に使ってるの?」

「え? ああ、これは機材やセットを屋上に運ぶ荷揚げ用だよ。でも、今は故障中だって三上監督が……」

高木が膝をついて説明する横で、圭人が三上の傍に歩み寄り、静かに問いかけた。

「三上監督。このエレベーター、本当に故障しているんですか?」

「ええ……。一週間ほど前から異音がひどくてね。今は危ないから使わないようにスタッフに指示しているんです。それが何か?」

三上の後ろでは、安達が苛立たしげに髪を掻きむしり、友美は松井の負傷した足に付き添いながら、不安げにそのやり取りを見守っている。

「……そうですか。これだけ広いスタジオで荷揚げ用が使えないのは、不便でしょうね」

圭人は丁寧に一礼して三上から離れると、屈み込んでいるコナンの元へ戻った。コナンは小声で圭人に耳打ちする。

「……見つけたか、圭人」

「ああ。……イチ、お前がさっき見たエレベーターの扉の隙間、よく見てみろ。新しい油が馴染んでる。故障中という割には、ついさっき動かしたような跡だ」

「だろ? それに、屋上の縁にも本来ならあり得ない『傷』がついてるはずだぜ……。……よし、阿笠博士!」

コナンは近くで心配そうに捜査を見守っていた博士の元へ駆け寄り、その大きな背中の陰に隠れた。

(博士、悪いが俺の推理に合わせて演技を頼むぜ……!)

コナンが背後から博士の腰のあたりを突き、蝶ネクタイ型変声機のスイッチを入れる。

「ひょ、ひょえっ!?」

いきなり背後からつつかれた博士は、短い悲鳴を上げて飛び上がった。

「な、なんじゃ新一君、急に……」

慌てて振り返ろうとする博士だったが、その喉元からは、本人の意思とは無関係に威厳に満ちた「博士自身の声」が響き渡った。

〈フォッフォッフォ。目暮警部、どうやらこの不可解な事件の『演出』の正体が分かったようじゃわい〉

「えっ、あ、あぁ……。そ、そうなんじゃ! ワシには分かったんじゃよ!」

博士は一瞬驚きに目を白黒させたが、すぐにコナンの意図を察し、慌てて口の動きを合わせながら、もっともらしく胸を張った。

「な、何だと、阿笠さん! それは本当ですか!」

目暮が驚きの声を上げ、手帳を手に身を乗り出す。

「博士、本当なの!? ゴメラが自分で動いたんじゃないの!?」

「そんな……あんなにすごかったのに、トリックなんですか!?」

歩美が期待と不安の入り混じった声を上げ、光彦も信じられないといった様子で博士を見つめる。

「……ふん。やっぱり、ただの怪奇現象で終わるはずがないわね」

灰原が小さく口角を上げ、隣に立つ圭人に視線を送った。圭人は静かに頷き、推理の舞台となるセットの裏側へ、鋭い視線を向けたままだ。

〈ええ。着ぐるみが一人で歩いて人を殺したなどという怪奇現象ではありません。……これは、精巧なミニチュアを作るのと同様に、一人の男が仕組んだ悲しい『特撮トリック』なんじゃよ〉

「トリック……だと?」

安達が眉を寄せ、現場の空気が一気に張り詰めた。

「阿笠さん、具体的にどういうことでしょうか。我々も鑑識を急がせていますが、この密室状態に近い撮影所から、どうやって犯人が消えたのかが謎のままなのです」

目暮が問いかけると、佐藤が鋭い眼差しを松井の負傷した足に向けながら、一歩前へ出た。

「そうね……。松井さんの怪我は、ゴメラが暴走した直後に負ったもの。もし松井さんが犯人だとしたら、その足で亀井さんを追いかけ、殺害し、さらに屋上まで移動するのは不可能に近い。……何か別の『移動手段』があった、ということかしら?」

佐藤の冷静な指摘に、松井の隣にいた友美が震える声で反論した。

「そ、そんなの無理ですよ……! 松井さんはずっと苦しそうに倒れていたんです。私、見ていました! ゴメラの爪が振り下ろされた瞬間の、あの音……」

友美の言葉に、安達が苦々しく顔を歪めてセットの瓦礫を指差す。

「ああ、俺だって見た。あいつが血を流して倒れるのをな。それとも何かい? この血も、この傷も、全部『作り物』だっていうのかよ。特撮映画の小道具みたいにな!」

安達の挑発的な言葉を、コナン(博士)が静かに受け流す。

〈ハッハッハッ。安達さん、あなたが言う通り、ここにあるものは全て『作り物』……。ですが、それを作った情熱は本物じゃ。そして犯人は、その本物の情熱と技術を、最悪の形で利用してしまったのじゃわい〉

「阿笠さん……それはどういう意味ですか?」

三上監督が、親友である博士を信じたい反面、自分の教え子が疑われていることに耐えかねたような表情で尋ねた。博士(コナン)は、圭人が先ほど指摘したあの場所に、皆の視線を誘導した。

〈目暮警部。あそこの荷揚げ用エレベーターを、もう一度よく調べてみてくださるかな?〉

「故障中のエレベーターですか?」

目暮の指示で、高木が再び扉の前に立ち、ライトを隙間に向ける。

〈故障中というのは、犯人が周囲を遠ざけるためについた嘘……あるいは、特定の操作をしなければ動かないように細工していただけのこと。松井さんは停電の闇に紛れてゴメラに入り、亀井さんを殺害した後、そのエレベーターで悠々と屋上へ向かったのじゃ〉

「そんな……! でも、私達は屋上で咆哮を上げるゴメラを見ました! 中身が空だったなんて……」

友美が叫ぶ。佐藤がそれを遮るように、低い声で付け加えた。

「……もし、屋上に現れたゴメラが『中身のいない空っぽの状態』で自立していたとしたら……。安達さん、あなたが作ったあの形状記憶合金のフレームを使えば、可能なんじゃないかしら?」

安達は図星を突かれたように言葉を詰まらせた。

「そ、それは……確かに、あのフレームなら……自立させることは可能だ。だが、あんな高い場所で、誰がそんな操作を……」

安達の言葉が途切れたスタジオに、灰原が冷ややかな視線を投げた。

「……屋上の縁に傷があったのは、ワイヤーを固定した跡。星野君、あなたも違和感を持ったんでしょ?」

灰原に話を振られた圭人は、松井の足元の包帯をじっと見つめ、静かに一歩前へ出た。

「うん。そうだね。あの、佐藤刑事。松井さんの足の傷、もう一度詳しく確認した方がいいですよ。……本当に襲われたのなら、ズボンの破れ方は『外側から内側』へ向かうはずだ。だが、もし自分で切り裂いたのなら……刃を入れた起点は、不自然に深く、角度も一定になりますから」

圭人の言葉に、佐藤が鋭く反応した。

「ええ、その通りよ。高木君、鑑識を。松井さんのスラックスの繊維の向きと、傷口の深さを再検証して」

「は、はい! すぐに!」

高木が駆け出す。その様子を、三上監督は信じられないという顔で見ていた。

「松井君……嘘だろ? 君は、私と一緒に……ゴメラを最後まで守り抜くと……」

三上の悲痛な叫びに、松井は俯いたまま肩を震わせた。友美が泣き崩れる中、博士(コナン)の声が再び響き渡る。

〈松井さん。あなたが脱ぎ捨てた着ぐるみの『中身』が冷めきる前に、あなたは平然と被害者のフリをして戻ってきた。……そうじゃな?〉

松井はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、暗く、澱んだ執念だけが宿っていた。

「……フフ。……アハハハハ……!」

乾いた笑いが、静まり返ったスタジオに響く。

「……流石だよ。監督が自慢するだけのことはある、阿笠博士」

「松井君、君……!」

三上が絶句する中、松井はふらつきながらも立ち上がった。

「ああ、そうだよ。俺がやったんだ。……あの男は、ゴメラを……俺たちの十年間を『ゴミ』だと笑った。……だから、ゴメラの爪で地獄へ送ってやったのさ」

松井の告白に、現場が静まり返る。佐藤が手錠を取り出し、松井の細い手首に冷たい金属をかけた。

「……松井秀豪。殺人の疑いで同行してもらうわ」

事件は終わった。誰もが、そう確信したその時――。

「……いや。まだ終わってない…」

圭人が、スタジオの隅にある「空っぽの着ぐるみ」に向けて、鋭い警告を発した。

「……ギャ……ギャォォ……」

録音機ではない。地を這うような、本物の「獣」の唸り声。

着ぐるみの継ぎ目から、どす黒い霧が噴き出し、周囲の空気を歪めていく。

「……何だ、あれ……」

元太が震えながら後退りする。松井は手錠をかけられ、目の前にいる。

それなのに、ゴメラはゆっくりと、不気味な動作で立ち上がった。

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