ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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地の鮫(後編)

黄金の閃光が夜の港を白く染め上げ、その光が収まったとき、そこには銀色に輝く等身大の戦士が立っていた。

ティガは宙を舞い、海へと投げ出されかけていた世良の体を、そのしなやかな腕で力強く、かつ壊れ物を扱うように優しく受け止める。

そのまま一気に地割れを飛び越え、戦闘の余波が及ばない管理棟の物陰に世良を安置した。意識を失っている世良の寝顔を一瞬だけ確認し、ティガは即座に戦域へと視線を戻す。

 

 

一方、倉庫の入り口付近では、配置された警官たちが圭人のホログラムに釘付けになっていた。

「あ、すみません。電話が入ったので、少し外します」

ホログラムの圭人が携帯を耳に当て、申し訳なさそうに現場から離れていく。警官たちは「ああ、お疲れ様です。星野さんも災難でしたね」と、疑いもせずその背中を見送っていた。このホログラムが消えるまで、長くは持たない。

 

 

「逃がさんぞ、星野圭人……! お前のその無駄な足掻きを、絶望に変えてやる!」

黒崎の狂気を含んだ叫びが、ゲオザークの電子音と混ざり合って響く。

地中鮫ゲオザークがアスファルトを紙のように切り裂き、猛スピードでティガへ肉薄した。地表を走る鋭利な背びれは、人間大のティガにとっては胴体を一撃で断ち切る大剣と同じだ。

ティガはマルチタイプの均衡の取れた身体能力を最大限に発揮する。迫り来る背びれに対し、コンテナの側面を垂直に駆け上がり、バク転でその頭上を飛び越えた。着地と同時にアスファルトが爆ぜ、ゲオザークが地中からその牙を剥いて飛び出してくる。

ガギィィィィン!

ティガの両腕とゲオザークの鋼鉄の顎が激突し、凄まじい火花が散る。等身大での激突は、骨身に響くような衝撃を圭人の意識に直接叩きつけてきた。

「くっ……!」

《……っ!》

ティガは格闘戦に持ち込むべく、ゲオザークの側頭部に強烈な手刀を叩き込むが、相手の装甲は予想以上に硬い。機械特有の執拗な追撃がティガを襲う。ゲオザークは再び地中へ潜行し、予測不能な位置からその鋭い尾を叩きつけてきた。

「どうした、継承者! 守るものがあると、自慢の力も半減か!」

黒崎の挑発と共に、ゲオザークの狙いが世良の横たわる管理棟へと向けられる。

《そこは通さない……!》

ティガは世良との間に割って入り、腰を深く落として鋭い構えを取る。一人称は『俺』として、心の中で決意を固める。足元の振動が最高潮に達した瞬間、ティガは正面から突っ込んできたゲオザークの突進を、その両手で力任せに受け止めた。

ギギギ……と、ティガの足がアスファルトを削り、後退させられる。世良まであと数メートル。その時だった。

「バーロォ、一人で無茶しやがって!」

暗闇を切り裂き、ターボエンジン付スケボーを駆るコナンが乱入してきた。コンテナの迷路を迷いなく突破し、ゲオザークの死角へと回り込む。

「これでも食らえ!」

コナンはスケボーの遠心力を利用して跳躍すると、空中でキック力増強シューズのダイヤルを最大まで回した。火花が飛び散るシューズの先から放たれた花火ボールが、ゲオザークのメインカメラとセンサーが集中する頭部で炸裂する。

ドォォォォォン!

強烈な閃光と爆音。ゲオザークのシステムに過負荷がかかり、その動きが完全に硬直した。

《助かった、イチ……!》

この千載一遇の好機を、ティガ(光の戦士)が逃すはずがない。

ティガは両腕を左右に大きく広げ、胸の前でクロスさせてエネルギーを集束させる。額のクリスタルから流れるエネルギーが腕に集まり、眩い白光を放つ。

《はぁぁぁぁっ!》

至近距離から放たれたゼペリオン光線が、ゲオザークの胴体を真っ向から貫いた。

轟音と共に、機械の鮫は内部の動力を暴走させ、大爆発を起こす。

倉庫内のモニターを見つめていた黒崎は、自身の敗北を認めるのではなく、冷徹にその様子を観察し、端末のデータを保存した。

「……データは取れた。ティガ……星野圭人。次はお前の『光』が尽きる時だ」

警察の増援が到着するサイレンの音が近づく中、黒崎は自身の痕跡を瞬時に消去し、闇の奥へと消えていった。

爆炎が夜空を焦がし、瓦礫が降り注ぐ中、ティガは静かに拳を下ろした。

一度だけ管理棟の物陰を振り返り、世良が無事であることを確認する。そして、スケボーを止めてこちらを見上げるコナンと短く視線を交わすと、ティガの体は光の粒子となって霧散し、その場から音もなく消え去った。

 

 

 

 

 光の粒子が霧散すると同時に、港湾の静寂を切り裂くように激しい火柱が上がった。ゲオザークの残骸が内部から崩壊し、周囲のコンテナを真っ赤に照らし出す。

「おまわりさん! こっちで大きな火が出てるよ!」

コナンの鋭い声が響いた。倉庫の入り口付近でホログラムに気を取られていた警官たちは、その声と爆発音に弾かれたように顔を向ける。

「なんだ、あっちか!」「おい、応援を呼べ!」

注意が完全に逸れた。その瞬間、携帯を耳に当てて離れていく姿を見せていた残像に、激しいノイズが走る。

(……危ねぇ、ギリギリだ。イチ、助かったよ)

変身を解いた本人は、警官たちの視線が炎に向いている隙に、暗闇に紛れて全力で駆け抜けた。ホログラムが完全に消滅するのと入れ替わるように、管理棟の物陰、世良が横たわっている場所へと滑り込む。

膝をついて世良の肩を揺さぶり、意識を確認する。

「真純さん! 真純さん、しっかりしろ!」

必死の呼びかけに、世良の長い睫毛が微かに震える。彼女は呻き声を上げ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。だが、焦点が定まらない。

「……あ、れ……? 星野、君……?」

(ボクを助けてくれたのは……誰だ? あの光は……それに、すごく温かかったような……)

朦朧とした意識の底で、自分を包み込んだあの力強い腕の感触が、目の前の男の体温と重なる。だが、それを言葉にする力は今の彼女にはなかった。

「警官さん、こっちだ! 彼女が爆発に巻き込まれた! すぐ救急車を!」

声を張り上げると、爆発現場を確認しようとしていた警官の一人がこちらへ駆け寄ってきた。

「なんだって! 救急車だ、至急手配しろ!」

無線が飛び交い、現場は一層の混乱を極める。救護を警官に引き継ぎながら、心の中では冷汗を拭っていた。

一方、コナンは燃え盛る機械の残骸を凝視していた。炎に包まれながらも露出したその内部構造は、明らかに現代の技術体系からは逸脱している。

(ありえねぇ……。あの鮫の形をした機械……黒崎ヤロー、一体どこでこんなもんを手に入れやがったんだ?)

コナンは残骸の破片を密かに拾い上げると、ポケットにねじ込んだ。

 

 

 

 

 

 その頃、港の喧騒から遠く離れた場所で、黒崎は冷徹にタブレットの画面をフリックしていた。

「あれほどの出力を出すか……。いいサンプルだ。次はお前の光を完全に解析し、私の力として塗り替えてやろう」

不気味な笑みを浮かべ、闇の中に停めていた車を発進させた。

遠くから救急車のサイレンが聞こえ始め、複数のパトカーのライトが現場を白く照らし出す。

世良が担架で運ばれていくのを見送り、背後に立ったコナンと一瞬だけ視線を合わせた。

(……何とか凌げたな)

(ああ。だが、これからが本番だぜ)

二人の間に言葉はないが、これから始まる長い戦いへの予感が、重く胸に沈殿していった。

 

 

 

 

 

 深夜の米花町。住宅街の静寂に包まれた阿笠邸の地下実験室では、複数の大型モニターが放つ青白い光が、壁に並んだ精密機器のシルエットを鋭く浮かび上がらせていた。

コナンが港の激戦地から密かに持ち帰った、ゲオザークの黒い装甲の破片。それは今、強力な電子顕微鏡のレンズの下で、そのおぞましい正体を暴かれようとしていた。

キーボードを叩く乾いた音が止まり、灰原が椅子の背もたれに深く体を預けた。コーヒーカップを握る指先が、微かに震えている。

「……信じられないわね。これ、本当に人間が作ったものなの?」

灰原の独り言のような呟きに、隣で波形モニターを凝視していた博士が、拭っても止まらない汗を拭いながら白髪の頭を抱えた。

「ワシも驚いとるよ、哀君。金属の分子構造が結晶のように組織化されとるんじゃが、その並びがまるで生体組織のDNA配列のようじゃ。ワシのこれまでの発明品が、おもちゃに見えてくるほどじゃわい。……これは、既存の工学の概念を根底から覆しておる」

圭人は実験室の冷たい壁に寄りかかり、腕を組んでその様子を眺めていた。室内には博士が淹れたコーヒーの苦い香りが漂っているが、彼の表情には拭いきれない疲労の色が混じっている。

(昨日の戦い、イチがいなけりゃ危なかったな。あれだけの質量とスピードを相手にするのは、想像以上に神経を削る。真純さんを庇いながらだと、どうしても動きが後手に回るな……)

圭人は心の中で、昨夜の死闘を反芻していた。自分の体に伝わってきた、あの鋼鉄の鮫の無機質な衝撃。一歩間違えれば、自分だけでなく世良の命もなかった。イチ――コナンの機転に救われた事実に、彼は静かに息を吐いた。

「星野君」

灰原が静かに名前を呼んだ。彼女は椅子を回転させ、圭人をまっすぐに見つめる。その瞳には、科学者としての好奇心よりも、年相応の少女としての不安が色濃く映っていた。

「解析の結果、分かったことがあるわ。この装甲は単なる合金じゃない。周囲のエネルギー……特に、あなたの発する『光』に反応して硬度を変える性質を持っている。黒崎は、あなたの力を利用して自分の兵器を完成させようとしているのよ。……この力が、あなた自身を壊さないか心配だわ」

「心配性だな、志保さんは」

圭人は少しだけ口角を上げて見せたが、その目は笑っていなかった。

「黒崎のやつ、ただの狂信者だと思ってたけど、どうやら本気で俺と同じ『記憶』を自分の手足に変えるつもりらしい。あんな化け物を形にするなんて、まともな神経じゃないよ。……でも、奴がどこからその知識を引っ張り出してきたのか、それが一番の問題かな」

コナンがソファから身を乗り出し、鋭い視線をモニターに向けた。

「博士が言った通り、これがオーバーテクノロジーの塊だってんなら、黒崎はそれを手に入れるための『場所』を特定してるってことだ。遺跡調査に何度も名前を連ねてたってのも、全部そのためだったのかもな。……あいつ、俺たちが思ってる以上に深く『あっち側』に足を踏み入れてるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。太陽の光が容赦なく降り注ぐ米花総合病院。

圭人はコナンを連れて、世良が入院している病室を訪れた。軽くドアをノックし、中に入る。

「真純さん、気分はどうだ?」

「世良の姉ちゃん、大丈夫?」

ベッドの上で頭に包帯を巻いた世良は、手元の推理小説を閉じると、二人を交互に見て不敵な笑みを浮かべた。

「やあ、星野君にコナン君。ボクなら見ての通りピンピンしてるよ。ただ、少しだけ……頭の中に消えない霧がかかっていてね」

「無理もないよ。あんな大きな爆発、間近で食らったんだから。しばらくは安静にしてるんだね」

圭人が椅子を引き寄せ、コナンもベッドの脇に立って世良の顔を覗き込む。世良は身を乗り出し、探るような目で二人を観察し始めた。

「ねぇ、二人とも。ボクが意識を失う直前に見た、あの銀色の影……何か知ってるんじゃないかな? 警察の人たちは『火災の煙の見間違い』だって片付けてたけど、探偵のボクにその理屈は通らないよ」

コナンは(やべぇな……)と内心で毒づきながらも、子供らしい無邪気な笑顔を作った。

「えー? そんなのいたっけ? ボクも怖くてよく見てなかったけど、きっと爆発の光が何かに反射したんだよ!」

「……ふーん。君までそう言うなら、今はそういうことにしておこうか。でもね、不思議なんだ。ボクを抱き上げて運んでくれたあの時の感覚……星野君、君の体温とどこか似ていた気がするんだよ。これ、ボクの勘違いかな?」

世良の鋭い観察眼が圭人を射抜く。コナンはその横顔を見ながら、冷汗が止まらなかった。

(世良のやつ、やっぱり気づき始めてるぜ。このままだと圭人の正体がバレんのも時間の問題だな……)

「ははっ、真純さんは想像力が豊かだな。名探偵なら、もう少し現実的な証拠を探した方がいいよ」

圭人は困ったような笑顔を作って受け流し、世良を落ち着かせるように促した。

病室を後にし、病院の長い廊下を歩きながら、コナンは声を潜めて言った。

「世良は気づき始めてるぞ。それに、博士の解析で判明したんだが、あの鮫の残骸……ただの自律兵器じゃねぇ。もっと大規模なシステムの一部に過ぎない可能性がある。黒崎のやつ、あれ一機で終わるようなタマじゃねぇだろ。俺たちの動き、筒抜けになってるかもしれねぇぞ」

「……あぁ。奴の狙いは、俺の『光』そのものだ」

圭人は正面を見据えたまま、歩調を速める。

黒崎の執念が、次なる牙をどこから剥くのか。不穏な予兆が、静かな朝の光の中に、拭い去れない影を落としていた。

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