ヒーローと探偵 作:タルマヨ
夜の帳が降りた相模湾。その海上に、不自然なほど静かに鎮座する人工島があった。海洋研究都市「アイランド・ゼータ」。表向きは次世代の研究施設だが、その実態は黒崎が私財を投じて構築した、法も光も届かぬ聖域だ。
波間に揺れる博士の潜水艇から、三つの影がドックへと滑り出した。
「……静かすぎるな」
潜入用のスーツを脱ぎ捨て、短機関銃を点検した赤井が、短く言った。その隣で、コナンもまた眼鏡のズーム機能を使い、施設内の警備状況を読み取る。
「ああ。まるで俺たちを招待してるみたいだぜ」
圭人は、胸元のスパークレンスハイパーの重みを感じながら、前方の巨大なハッチを見据えた。
「罠だって分かってても、行くしかない。あの中に、黒崎がいるんだろ」
「ああ、間違いないさ。だが、無策で突っ込むほど俺たちもお人好しじゃない」
コナンがニヤリと不敵に笑う。
「赤井さんは監視カメラと外周の無力化。俺はシステムのハッキング。圭人、オメーは……」
「一番奥で待ってるアイツを、叩き潰す」
「話が早くて助かる。……仕事の時間だ」
赤井が闇へと消える。それを合図に、圭人とコナンは正面突破を開始した。襲い来るドローンの群れは赤井の精密な射撃によって次々と沈黙し、強固な電子ロックはコナンの指先一つで解除されていく。
「……先に行け、圭人! ここは俺が食い止める!」
迫り来る武装警備員の増援を前に、コナンが麻酔銃を構えながら叫んだ。
「頼んだよ、コナン!」
圭人は迷路のような通路を疾走し、最深部へと向かった。
たどり着いたのは、直径百メートルを超える広大な地下ドーム。中央には、無数の高圧ケーブルが血管のように張り巡らされた「祭壇」があった。
祭壇の上には、圭人のデータを反映し、禍々しく脈動する「黒い石像」が鎮座している。
そして、その前に立つ黒崎が、狂気のリモコンを掲げて圭人を振り返った。
「ようこそ、星野圭人。君の光こそが、私の進化を完成させる最後の鍵だ!」
黒崎は自らの胸に、試作型のスパークレンスを突き立てた。
「神は、外から現れるのではない……私が、神になるのだ!」
バチバチと凄まじい放電が黒崎の身体を包み、祭壇の石像が液状化して彼を飲み込んでいく。漆黒の光がドームを埋め尽くし、臨界点に達した闇が爆発した。
爆煙の中から現れたのは、銀と黒の体色に、禍々しい琥躍色の瞳を持つ戦士。
黒崎の意識と、奪われた圭人のデータが、最悪の形で融合した姿だ。
「……お前自身が、それになったのか」
圭人はスパークレンスハイパーを高く掲げ、一気にスイッチを押し込んだ。
「……させるかよ!」
《ティガ!》
閃光が収束したとき、ドームの中央には光の戦士と、黒崎が変身した影の戦士が対峙していた。
一瞬の静寂の後、二人の足元にあった鋼鉄の床が、同時に陥没した。
ドォォォォォンッ!
激突。
互いの右拳が正面からぶつかり合い、凄まじい衝撃波がドームの壁を震わせる。
影は圭人と全く同じ初速、全く同じ軌道で左の回し蹴りを放つ。
《……ッ!》
圭人はそれを腕一本で受け止め、すぐさま膝蹴りを叩き込む。だが、影はその動きすら予見していたかのように、圭人の肩を掴んで空中へと放り投げた。
空中で姿勢を立て直した圭人に、影が指先から漆黒の光弾を連射する。
《させるかよ!》
圭人もまた、光弾を放ち応戦。
空中で光と闇の弾丸が激突し、火花が雨のように降り注ぐ。
着地と同時に、両者は再び肉弾戦へと突入した。
影の打撃は重く、冷たい。圭人の鳩尾にめり込む正拳突き。圭人は苦悶に顔を歪めながらも、影の首を掴んで強引に地面へ叩きつけた。
もみ合いながら、巨大な資材の山を突き破り、鉄柱をなぎ倒す。
圭人は渾身の力を込め、影の胸板に両手突きを叩き込む。
影は数メートル後退したが、すぐさま姿勢を低く保ち、超速のタックルを仕掛けてきた。
壁際まで押し込まれ、背後のコンクリートが粉々に砕ける。
影の容赦ない連打が圭人の顔面を、腹部を、容赦なく打つ。
(……強い。俺の動きを知っているだけじゃない。黒崎の執念が、この影の出力を引き上げてやがる……!)
だが、圭人には背負っているものがあった。
自分を信じて送り出してくれた、博士やコナン。
そして、今もどこかで祈るように解析を続けている、あの少女の瞳。
《……ふざけるなッ!》
圭人の身体から、より眩い光が溢れ出した。
影の拳を真正面から受け流し、その懐に飛び込む。
渾身の右アッパーが影の顎を跳ね上げ、続く左ミドルが脇腹を捉えた。
影は一瞬だけ、その動作を予測できなかったかのように硬直する。
《データだけじゃ、俺の全部は測れないんだよ!》
圭人は怒涛の連続攻撃を叩き込んだ。
回し蹴り、手刀、掌底。
一つ一つの打撃が重なり、影の黒い装甲にヒビが入っていく。
影もまた、琥躍色の瞳を凶暴に輝かせ、闇のエネルギーを右足に集中させた。
互いの必殺の蹴りが空中で交差し、ドーム全体の照明が過負荷で弾け飛んだ。
闇に包まれたドーム内。
二人の戦士のカラータイマーだけが、青と赤の残像を描きながら激しく動き回る。
肉体と肉体がぶつかり合う鈍い音。火花。
そして、ついに両者のエネルギーが限界に達しようとしていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……。
静まり返った空間に、二つの警告音が重なって響く。
圭人は大きく呼吸を整え、全ての光を右腕へと集束させた。
対峙する影もまた、漆黒の雷撃を両腕に纏わせ、対照的な構えを取る。
「消えろ、星野圭人! 君の光も、君が愛したこの世界も、すべて私の影が飲み込むのだ!」
影の内側から、黒崎の歪んだ声が響く。
(……イチ、博士。そして、志保さん。……見ててくれ)
圭人は両腕を大きく広げ、胸のタイマーから溢れ出すエネルギーを一点に凝縮し、腕をL字に組んだ。
影もまた、対抗するように破壊の光を解き放つ。
ゼペリオン光線。
白熱の光流と、禍々しい闇の奔流が中央で衝突した。
バチバチと空間を焼き切るような音が響き、エネルギーの球体がお互いの間を激しく行き来する。
最初は拮抗していた。だが、影の放つ闇が、次第に圭人の光を押し返し始める。
(……クソッ、押し負けるのか……!?)
その時、インカムを通じてではない、確かな声が脳裏に響いた気がした。
『――負けないで。あなたの中の光は、そんなものじゃないはずよ』
灰原哀の声。
その瞬間、圭人の心臓が高鳴った。
恐怖ではない。熱だ。
誰かを守りたい、この世界を、彼女のいる明日を繋ぎたいという、計算不可能な情熱。
《……あああああああああああああッ!!》
圭人の咆哮と共に、放たれた光が七色の輝きを放ち、爆発的に膨れ上がった。
「な、何だと!? 出力が……測定不能だと!?」
黒崎の悲鳴のような絶叫を置き去りにし、純白の光が漆黒の闇を飲み込んだ。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
爆光がドームを埋め尽くす。
影の戦士は、その光の奔流の中で、断末魔の叫びをあげることもなく、ただ静かに粒子となって霧散していった。
衝撃波が制御室を直撃し、要塞都市全体が崩壊を始める。
爆煙が立ち込める中、圭人は膝をつき、変身を解除した。
荒い呼吸。全身を走る激痛。だが、視線の先には、もう影の姿はなかった。
「……圭人!」
瓦礫をかき分け、コナンと赤井が駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か……! 施設がもたねぇ、脱出するぞ!」
コナンの肩を借り、圭人は立ち上がった。赤井が周囲を警戒しながら、出口への最短ルートを示す。
「……終わった?」
圭人の問いに、赤井が短く答えた。
「ああ。黒崎の野望と共に、影は消えた。……見事だったぞ、ボウヤ」
三人は、崩壊を続けるアイランド・ゼータを後にした。
背後で巨大な研究施設が爆炎と共に海へと沈んでいく。
夜明けが近い。
水平線の向こう側から、わずかな光が差し込み始めていた。
博士の潜水艇に戻り、ハッチを開けた先にいたのは、安堵のあまり膝を震わせ、それでも気丈にこちらを見つめる灰原の姿だった。
圭人は、ボロボロの体で無理でも笑ってみせた。
「……よっ、哀ちゃん。約束は守ったよ」
灰原は何も言わず、ただ一度だけ深く頷いた。その瞳には、夜明けの光よりも温かな色が宿っていた。
光は影を乗り越えた。