ヒーローと探偵 作:タルマヨ
静かなる侵略者(前編)
キリエロイドとの死闘から数日が経過した。米花埠頭の爆発は、公式には「老朽化した配管のガス漏れ」と発表され、街は再び平穏な日常を演じ始めていた。
帝丹小学校、放課後の1年B組。
掃除を終えた少年探偵団の面々は、教卓を囲んでクラスメイトの佐藤健一の話に聞き入っていた。
「……本当なんだよ。昨日、お父さんが帰ってきたんだけど、なんだか全然違う人みたいで」
健一の怯え方は尋常ではなかった。自分の腕を強くさすり、血の気の引いた顔で声を震わせている。
「違う人と言いますと……。元太君のように、急に食欲が増してお腹が出っ張ってしまったとかですか?」
光彦が真面目な顔で尋ねるが、健一は力なく首を振った。
「そうじゃないんだ。……大好きだった唐揚げに全然手をつけないし、お母さんが話しかけても、ずっと窓の外を見てニヤニヤしてるだけで……。それに、夜中に部屋を覗いたら、真っ暗な中で壁に向かって、ずっと何かを呟いてたんだ。聞いたこともない、変な言葉を……」
「それって、ただの寝不足か風邪じゃねーのか? 俺の父ちゃんだって、酔っ払うと壁に向かって説教してるぜ。こないだなんて、柱に向かって『お前、最近挨拶が足りねえぞ!』って怒鳴り散らしててよ、母ちゃんに叩き起こされるまで止まんなかったんだからな!」
元太が頭の後ろで手を組みながら豪快に笑い飛ばす。だが、歩美は健一の震えに気づき、不安そうに眉を寄せた。
「でも、元太君。健一君、とっても怖そうだよ……。コナン君、私たちで見に行ってあげられないかな?」
「……変な言葉、か」
窓際で読書をしていた灰原が、静かに顔を上げた。その瞳には、単なる家庭の不和とは違う何かを察したような、鋭い光が宿っている。
「……ああ。ちょっと気になるしな。行ってみるか」
コナンは顎に手を当て、少年の言葉を反芻する。
「ええ、それがいいでしょう。コナン君、僕たちも放課後の調査として同行しますよ!」
光彦も、健一の不安を解消しようと意気込んで頷いた。
一行は健一の自宅へ向かった。
夕暮れ時、オレンジ色の光が住宅街に長い影を落とする中、彼らは異様な光景を目の当たりにする。玄関から出てきた健一の父親は、子供たちを一度も視界に入れようとせず、不自然なほど背筋を伸ばしたまま歩き出した。
「……コナン君、見ましたか?」
光彦が強張った声で囁く。
「ああ。歩き方もそうだが、今の短い時間……健一君のお父さん、一度も瞬きをしてなかったぜ」
コナンの鋭い指摘に、光彦が唾を呑み込む。
「……ええ。それに、あの瞳の奥。人間らしい光が全く感じられないわ」
灰原も小声で続く。
父親のあとを追う一同。辿り着いたのは、街外れにある古びた公会堂だった。
「……小嶋くん、円谷くん、吉田さん。それに佐藤くんも。あなたたちはここで待っていなさい」
灰原が厳しい口調で制した。
「そんな! 灰原さん、僕たちも一緒に行きますよ!」
「そうだよ、哀ちゃん! 健一君のお父さん、心配だもん!」
光彦と歩美が食い下がるが、コナンの表情はかつてないほど険しかった。
「ダメだ。……あれは、オメーらが関わっていいホシじゃねえ。元太、光彦、歩美ちゃん。いいか、絶対に動くんじゃねーぞ。……健一君、君もだ」
コナンは探偵団と健一を公園の茂みに待機させると、建物の陰でスマホを取り出した。
一方、阿笠邸。
リビングのソファで、圭人はコーヒーを口にしながら、キリエロイド戦で痛めた肩の具合を確かめていた。
「……ふぅ。まだ少し重いな。博士、あの薬の副作用っていつまで続くんだ?」
「哀君に聞かんとわからんが、それだけ無茶をすれば無理もないわい。しばらくは大人しくしておれと言いたいが……」
博士が苦笑いしたその時、テーブルの上のスマホが激しく震えた。
液晶画面には、『江戸川コナン』の文字が明るく光っている。
圭人はコーヒーカップを置くと、無言で通話ボタンをスライドさせた。
「……ああ、俺だ」
『悪いが今すぐ、街外れの公会堂まで来てくれねーか。……ヤバい「客」が、団体さんでお着きだぜ』
コナンの緊迫した声に、圭人の表情が戦士のそれに変わる。
「……団体さんか。了解した。すぐに行く」
「博士、悪い。行ってくる!」
圭人は上着をひったくると、裏口から飛び出した。
夜の静寂が降り始めた公会堂の裏口。
影に潜んでいたコナンと灰原の前に、圭人が音もなく合流した。
「待たせたね。……で、中はどうなってる?」
圭人は、コナンの隣で建物の隙間から中を覗き込む。
「見ろよ。……あの中にいる大人たち、全員『中身』が入れ替わってやがる。キリエル人とはまた別の、得体のいいれない何かに、な」
コナンが低く、苦々しい声で告げる。
圭人の視線の先には、数百人の大人が等間隔で座り、無言でステージの上を見つめていた。その中には、確かに健一の父親の姿もある。ステージ中央には、不気味な脈動を繰り返す金属球が浮かんでいた。
(……この感覚。生気がない。まるで、冷たい機械の中に閉じ込められているみたいだ……!)
「イチ、志保さん。……こいつらの正体、心当たりはあるか?」
圭人が問いかける。その視線は、浮遊する金属球に釘付けになっていた。
「……まだ断定はできないけれど、あの無機質な反応。……もしかしたら」
灰原が唇を噛み、小声で応じる。
「星野君、あまり身を乗り出さないで。嫌な予感がするわ」
灰原が言いかけたその時、ステージの金属球が激しく発光し、公会堂全体に「ギギギ……」と鋼鉄を擦り合わせたような、耳障りな共鳴音が響き渡った。
「――っ、何だこの音は……!」
圭人が耳を塞ぎ、顔を歪めたその瞬間、公会堂の裏手にある茂みの方から、激しい争い合うような音が響いた。
「うわあああ! 放せよ、何なんだよオメーら!」
元太の怒鳴り声が静寂を切り裂く。
「きゃあああ! 来ないで!」
続けて歩美の悲鳴が聞こえ、光彦の叫びが重なる。
「歩美ちゃん、逃げて! 健一君、僕後ろへ!」
「しまっ……! あいつら、言いつけを守らずについて来やがったのか!」
コナンが即座に駆け出す。圭人と灰原もそれに続いた。
裏庭の広場に飛び出した三人が目にしたのは、異様な光景だった。
顔のパーツが一切存在しない、全身が鈍い銀色に輝く「のっぺらぼう」の人型集団が、元太たち四人を取り囲んでいたのだ。
「星野君、あれを見て!」
灰原が指差した先。銀色の人型の一体が、元太の腕を機械的な力で掴み上げている。
「くそっ、見つかったか! 圭人、やるぞ!」
コナンが腕時計型麻酔銃の蓋を跳ね上げ、鋭い視線で敵を睨み据えた。