ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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1200万人の標的

 米花共済病院の静かな病室。頭に包帯を巻いたコナンがベッドで休んでいると、枕元の電話機がけたたましく鳴り響いた。

誰よりも早く、コナンがその受話器を手に取る。

「……はい」

『……誰だお前は。工藤はどうした? 工藤を出せ!』

機械加工された歪な声が、剥き出しの苛立ちと共に受話器から漏れる。犯人は工藤新一の自宅へかけた電話が、阿笠邸を経由して病院へ転送されていることなど露ほども知らず、電話に出た子供の声に激昂していた。

「……新一兄ちゃんなら、今ちょっと席を外してるけど……」

コナンが冷静に「使いの少年」を演じようとした瞬間、背後に控えていた小五郎がその手から強引に受話器を奪い取った。

「おい、まさか犯人か! 貸せ、ガキ!」

小五郎は受話器を耳に押し当てると、険しい表情で怒鳴りつけた。

「おい! 何だお前は! 俺は毛利小五郎だ! 工藤の野郎は今いねぇ! 用があるならこの名探偵に言いやがれ!」

『……毛利小五郎か。まあいい、工藤に伝言だ。東都環状線に5つの爆弾を仕掛けた。列車が時速60キロを下回れば爆発する。さらに、日没までに発見できなければタイマーが作動し、やはり爆発する。……健闘を祈るよ。ククク……』

「待て! おい!!」

無機質な切断音が響き、小五郎は受話器を叩きつけるように置いた。すぐさま振り返り、病室内に詰めていた目暮、高木、白鳥に向かって声を張り上げる。

「目暮警部! 東都環状線に爆弾です! 時速60キロを下回ると爆発するって話ですよ!」

「な、何だと!?」

目暮はすぐさま無線を手に取った。高木、白鳥も緊迫した表情で動き出し、各部署への緊急配備と運行管理センターへの連絡に追われる。

一方、病院の廊下。病室の外で待機していた圭人と灰原の元に、邸からノートパソコンを持ち込んだ博士が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「大変じゃ、圭人君、哀君! 今、新一君の家にまた犯人から電話が来て、病院のコナン君のところへ転送されたんじゃが……」

「博士、分かってる。中の騒ぎで筒抜けだよ」

圭人が険しい顔で応じる。博士の持ってきた端末には、転送のログと共に、環状線の運行データが表示されていた。

「……時速60キロ以下で爆発、か。典型的なスピードトラップね。工藤君はあの状態じゃ動けないわ」

灰原が冷静に呟き、圭人を見上げた。圭人は頷き、病室のドア越しに、必死に地図を広げようとするコナンの気配を感じながら口を開く。

「……ああ。哀ちゃん、俺達で先に動くぞ。博士、コナンを頼むよ」

「あ、ああ。二人とも、後のことはワシに任せておきなさい。……気をつけるんじゃぞ!」

博士に見送られ、圭人と灰原は病院の出口へと急いだ。

ベッドの上のコナンは、遠のく二人の足音と小五郎たちの怒鳴り声の中で、犯人の真の狙いを探るべく思考の海に沈んでいく。

(東都環状線……時速60キロの罠。犯人が守りたかったあのガス灯と同じように、この爆弾の設置場所にも奴なりのこだわりがあるはずだ……!)

環状線のレールの上で、数千人の乗客の命を乗せた死のドライブが、今幕を開けた。

 

 

 

 

「ん?……待てよ。そういえば、さっきまでここにいた元太たちはどうしたんだ?」

小五郎が爆弾の知らせに顔を強張らせた直後、ベッドの上のコナンが鋭く問いかけた。見舞いに来ていたはずの3人の姿が、いつの間にか消えている。

「ああ、それなら……。せっかくここまで来たんじゃから、3人で、新しくできた駅ビルの駄菓子屋へ行くと言っておったが……」

博士が答えた瞬間、そのポケットで探偵団バッジが鳴り響いた。

『博士ー! 聞いて聞いて、今ね、環状線に乗ってるんだけど、すっごい速いよ! ガタンゴトンって音が……』

歩美の無邪気な声が響く。だが、それを最後まで言わせる前に、コナンが博士の手からバッジをひったくるように奪い取った。

「バーロォ! 浮かれてんじゃねぇ!!」

コナンの怒号が病室を震わせる。

『……えっ? コナン君?』

『な、なんだよ急に!』

『コナン君、どうしたんですか……?』

バッジの向こうで、歩美、元太、光彦の3人が困惑し、息を呑む気配が伝わってきた。コナンは一切の猶予を与えず、鋭く言い放つ。

「歩美、元太、光彦! よく聞け! 今すぐ座席に座って、そのまま一歩も動くんじゃねえぞ! いいな、絶対に動くな!」

命令に従わなければならないという尋常ではない威圧感だけを叩き込む。その背後で、目暮警部、高木刑事、白鳥警部が同時に動き出した。

「な、何だと……! まさか、あの子供たちがその列車に……!?」

目暮警部が震える手で無線を掴み直す。高木刑事が青ざめた顔で目暮警部へ詰め寄った。

「目暮警部! すぐに運行管理センターへ連絡を! 子供たちが乗っている車両を特定させましょう!」

「うむ! 高木君、白鳥君、直ちに運行管理センターへ向かうぞ! 現場の指揮はワシが執る!」

「はい!」

高木刑事と白鳥警部が即座に病室を飛び出していく。警察関係者が去っていく中、廊下で待機していた圭人と灰原がドアを開け、室内へ視線を送った。

「……最悪のタイミングね。あの3人、死神に魅入られたのかしら」

灰原が険しい表情で呟く。圭人は灰原の肩を軽く叩き、ベッドの上の親友を真っ直ぐに見据えて頷いた。

「……哀ちゃん、俺達も行くぞ。……イチ、後は任せた」

「……ああ、分かってる。圭人、頼む……!」

互いに背中を預け合う「イチ」と「圭人」として、無言の信頼を交わす。二人が病院を飛び出すのを見送り、コナンはバッジを再び口元に寄せた。

「……いいか、歩美。そのまま、じっとしてろよ……!」

走る爆弾と化した列車の中、何も知らない3人を守り抜くため、コナンの孤独な指揮が始まった。

 

 

 

 

 東都環状線総合指令室。巨大なモニターに映し出される無数の光点は、爆弾を抱えたまま走り続ける列車の現在地を示していた。

到着した目暮は、無線機を握りしめ、指令長へ鋭い指示を飛ばした。

「指令長! 現在の速度を絶対に維持させてください。時速60キロを下回れば爆発する可能性がある。車間距離の調整は信号操作で強引にでも行うんだ。現場の責任はすべて、私が持ちます!」

「は、はい! 目暮警部!」

目暮の毅然とした態度に、混乱していた指令員たちが一斉に持ち場へ戻る。小五郎もモニターを睨みつけ、かつての刑事の顔で問いかけた。

「警部、あいつらの乗っている第21列車の位置は!?」

「うむ、白鳥君が今、阿笠さんやコナン君からの情報を精査しているところだ。……毛利君、子供たちは必ず助け出す。いいな!」

「……はい!」

 

 

 

 

 一方、環状線の沿線を走る一台の覆面パトカー。運転席の高木は、バックミラー越しに後部座席の二人に声をかけた。

「圭人君、哀ちゃん、大丈夫かい? かなりスピードを出しているけど……」

「俺達のことは構わないでください。 それより、解析の結果はどうだ、哀ちゃん」

圭人が隣の灰原を促す。灰原は膝の上のPCを叩き、画面に表示された複雑な計算式を睨みつけた。

「……犯人の声明にある『線路の間』。これは物理的な設置場所を指しているだけじゃないわ。特定の条件下で影が線路を覆う瞬間、光センサーが反応する仕組みよ。……博士、聞こえる?」

灰原が探偵バッジに問いかけると、病院のベッドサイドで端末を操作する博士の声が返ってきた。

『ああ、哀君! ワシの方でも計算してみたが、日没によって建物の影が線路に落ちるタイミングが、爆破のスイッチになる可能性が極めて高い!』

「……クソッ、それじゃあ、日が沈んだら終わりってことかよ……!」

圭人が窓の外、徐々にオレンジ色に染まり始めた空を見つめる。

その頃、病室のベッドの上で、コナンは片手に握った探偵団バッジを食い入るように見つめていた。バッジからは、走行音に混じって微かな震え声が聞こえてくる。

『……コナン君、怖いよ……。まだ動いちゃダメなの……?』

歩美の泣き出しそうな声。それに応じるコナンの声は、驚くほど静かで、かつ断固としたものだった。

「……歩美、元太、光彦。よく聞け。今は一ミリも動くんじゃねえぞ。俺が絶対になんとかしてやるから……俺の合図があるまで、そのままじっとしてろ。いいな!」

『……コナン、信じていいんだな?』

『僕達、頑張ります……!』

元太と光彦の覚悟を耳にし、コナンは隣の博士に視線を送った。

「博士、日没までの正確な時間は?」

「……あと、十分弱じゃ。太陽がビルに隠れる瞬間、影が一気に線路を飲み込むぞ……!」

警察の指揮を執る目暮、現場を追う圭人と灰原、そして病室で子供たちを支えるコナン。それぞれの場所で、愛する者たちを救うための「賭け」に向けたカウントダウンが始まろうとしていた。

 

 

「目暮警部! タイムリミットの正体が分かりました!」

高木のパトカーの後部座席から、圭人が無線機越しに叫んだ。隣では灰原がPCの画面を見つめ、冷汗を流している。

「犯人の狙いは、日没そのものじゃない! 建物の影が線路の特定の高さ……つまり、車体下の光センサーを完全に覆う瞬間が起爆スイッチなんです。影が線路を飲み込む前に、全列車を爆弾のない区間へ退避させなきゃならない!」

指令室でその報告を受けた目暮は、即座に指令長へ向き直った。

「指令長! 今すぐ全列車を隣の待避線、あるいはポイントの先へ誘導してください。影が落ちる前に、一時的に全車両を減速させ、爆弾の範囲外へ逃がすんだ!」

「な、何を言っているんですか! 21本もの列車を同時に制御するなんて、システム上不可能です。もし一秒でもズレれば、衝突か爆発のどちらかだ!」

指令長が顔を青くして首を振る。だが、目暮はその机を叩き、退かぬ気迫で言い放った。

「私が全責任を持ちます! やってください!」

「……指令長、やるしかねえ。あいつらが乗ってるんだ、頼む!」

小五郎もまた、必死の面持ちで指令長に詰め寄る。その緊迫したやり取りは、探偵団バッジを通じてコナンの耳にも届いていた。

「……よし。オメーら、よく聞け。今から列車が少し大きく揺れる。けど、絶対に座席から離れるな。互いの手をしっかり握って、目をつぶってろ。……いいな!」

『……うん、コナン君。歩美、頑張る!』

『俺も、絶対に動かねえぞ!』

『僕達を信じてください!』

子供たちの震える、けれど力強い声。コナンはバッジを握りしめ、隣に座る博士と視線を交わした。

「……博士、例のポイントまでは?」

「あと三十秒じゃ! あそこのビル影が伸びる前に、全列車がポイントを通過せにゃならん!」

指令室では、白鳥がストップウォッチを片手に秒読みを開始していた。

「……三、二、一……今だ! 全列車、一斉減速!」

目暮の合図とともに、指令員たちが一斉にレバーを引いた。環状線を走る21本の列車のブレーキが、火花を散らしながら同時に作動する。

キィィィィィィ! という耳を震わせる金属音が、バッジ越しに病室まで響き渡った。

「……止まるな……行けッ!」

コナンの祈りとともに、列車は時速60キロを割り込みながら、ポイントを滑り込んでいく。その背後では、巨大なビルの影が、まるで生き物のように線路を飲み込んでいった。

センサーが影に触れるか、それとも列車が爆弾の感知範囲を抜けるのが先か。

一瞬の静寂の後、指令室のモニターに表示された全列車のランプが、赤から青へと変わった。

「……全列車、ポイント通過を確認! 爆発、ありません!」

指令員の声が響いた瞬間、指令室に地鳴りのような歓声が上がった。

高木の車内でも、圭人と灰原が深く安堵の息を吐き、互いの無事を確認し合う。

「……やったな、哀ちゃん」

「ええ。……でも、まだ終わりじゃないわ。犯人を捕まえない限り、この悪夢は終わらない」

灰原の言葉に、圭人は頷き、鋭い視線で夕闇に沈む街を見据えた。

病室では、コナンがバッジを置き、ゆっくりと上半身を起こしていた。

「……止まったか」

「ああ、よくやったな、新一君……。だが、体はまだ無理をさせちゃいかんぞ」

博士が心配そうに声をかけるが、コナンは返事をせず、ただ静かに自分の拳を睨みつけていた。

「……歩美たちまで、あんな目に遭わせやがって……」

低く、押し殺したようなコナンの声が病室に響く。それはヒーローのような威勢のいい言葉ではなく、親しい者たちを標的にされたことへの、工藤新一としての底冷えするような怒りだった。

「……逃がさねえぞ。絶対に」

その瞳には、すでに次の標的――爆弾魔の姿が映っていた。

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