ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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銀砂の摩天楼

 森谷邸の応接間に、手錠の冷たい金属音が響いた。

目暮に身柄を拘束されながらも、森谷帝二の口角は不気味に吊り上がったままだ。その瞳には、敗北感など微塵もなく、むしろこれから始まる「真の芸術」を心待ちにするような狂気が宿っていた。

「……森谷教授、観念してください。あなたの負けだ」

白鳥が厳しく言い放つが、森谷は低く、喉を鳴らすように笑った。

「負け? ……ククク、工藤新一君。君のために、最後のプレゼントを用意してあるのだよ。……私が手掛けた中でも最大にして最悪の失敗作……米花シティビル。あそこにも多数の爆弾を仕掛けておいた」

「なっ……何だと!?」

小五郎が身を乗り出す。

「爆発時刻は深夜0時0分。……君の誕生日になると同時に、あの醜い建物は消滅する。……君の大切なレディも、道連れにな」

その瞬間、コナンと小五郎の顔から血の気が失せ、直後に激昂が爆発した。

「(ま、まさか!?)」

「……貴様ぁ!!」

小五郎は目暮の手を振り払うようにして飛び出し、森谷の胸ぐらを両手で掴みあげて激しく揺さぶった。

「蘭を……俺の娘をなんだと思っていやがる! ふざけるな! どこだ、どこに仕掛けた!!」

「毛利君、落ち着け! 離すんだ!」

目暮が必死に小五郎を後ろから抱え込んでなだめるが、小五郎の怒りは収まらない。

「離さてください警部殿! こいつだけは……こいつだけは許せねえ!!」

「蘭!!」

コナンが絶叫した。蘭は今日、新一の誕生日を祝うために、そのビルにある映画館へ行っているのだ。

「白鳥君、高木君! この男を署へ連行しろ! 残りは全員現場へ急行だ!」

目暮の鋭い号令が飛び、小五郎もまた、鬼のような形相で森谷を突き飛ばすと、真っ先に部屋を飛び出した。

「待ってろ蘭! 今すぐ行くぞ!!」

コナンは博士のビートルへ飛び乗り、シートベルトを掴む手すら震わせていた。

「博士、車だ! 早く出してくれ!」

「分かっておる! 新一君、しっかり掴まっておれ!」

博士がアクセルを踏み込み、ビートルが猛烈な勢いで夜の街へ滑り出す。

「クソッ……! 蘭だけじゃねえ!まだあそこには大勢の人が残ってるはずだ! 深夜0時0分……時間がねえ!」

「新一君、落ち着くんじゃ。ワシも全力を出す! 蘭君は、きっと無事じゃよ!」

博士が必死にコナンを励ましながらハンドルを切る中、後続の車内でも別の戦いが始まっていた。

助手席でノートPCを叩いていた灰原が、画面を睨みつけながら圭人を振り返る。

「……星野君。これを見て」

灰原が指し示したのは、米花シティビルの監視カメラ映像だった。避難誘導を行う警備員たちの動きはあまりに機械的で、誰一人として「瞬き」をしていない。

「……ゾルブか」

圭人の声が低く沈む。

「ええ。森谷の狂気に当てられて、この混乱に乗じて擬態化を加速させているみたいね。ビルの重要人物をスキャンして入れ替えるつもりだわ」

「志保さん。……ビルに着いたら、俺の背中から離れるなよ」

圭人は前方のビートルを見据え、決然と言い放った。

「蘭やイチを守るためには、物理的な爆弾だけじゃなく、あの化け物どもを片付ける必要がある」

「分かってるわ。……私も、ナノマシンの解析は進めておく」

前方に、巨大な摩天楼――米花シティビルが見えてきた。その周囲には、常人には見えない銀色の靄が、不気味にまとわりついていた。

 

 

 

 

 米花シティビルの低層階が、腹に響くような爆鳴音と共に火を噴いた。

凄まじい衝撃波が周囲を揺らし、割れたガラスの雨が降り注ぐ中、博士のビートルが横滑りしながら急停車した。

「なんという事じゃ……! 爆発が始まっておる!」

博士が叫び終えるより早く、コナンは開いたドアから弾丸のように飛び出していた。

「蘭!! 蘭、どこだ!!」

返事はない。黒煙が渦巻くエントランスへ、コナンは迷わず突き進む。背後で博士が「新一君、待つんじゃ!」と必死に制止するが、その声すら今のコナンには届かない。

「クッ……! 蘭、今行くぞ……待ってろ!!」

コナンの視界には、もはや炎の向こうにいる幼馴染の姿しか映っていなかった。

 

一方、避難誘導の列が乱れる混乱の最中、圭人のスマホが震えた。

「……はい、赤井さん」

『……星野君、聞こえるか。ビルの周囲を徘徊する「瞬きをしない」連中……あれは、普通の人間には見えないな。君なら正体を知っているんじゃないか?』

ビルの屋上付近、闇に紛れた沖矢昴(赤井秀一)の声は、相変わらず冷徹で余裕に満ちていた。

「ええ、赤井さん。……例の「擬態する連中」です。この大混乱に乗じて、人々のデータを狙っているはずです。……赤井さん、外の連中の足止めをお願いできますか?」

『了解だ。……この高さからなら、面白いように狙い撃てる。君は下の掃除を頼むよ』

通信が切れると同時に、圭人は隣に立つ灰原を見た。

「志保さん、ここで解析を頼む。俺が奴らを近づけさせない」

「ええ、任せて。……でも無理はしないで。あいつら、さっきの爆発のエネルギーを媒介にして、スキャンの速度を上げているみたいだから」

圭人は頷き、人目を盗んで物陰へと疾走した。

懐から出したスパークレンスを右手に持ち、掲げる。解放した白光が圭人を包み込み、その姿を等身大のティガ(光の戦士)へと変質させた。

 

《イチの邪魔はさせない……!》

エコーの効いた声と共に、光の打撃が救急隊員に化けて灰原に迫っていた擬態体を吹き飛ばす。剥き出しになった「中身」を、屋上からの精密な弾丸が貫いた。擬態体は音もなく崩壊し、一握りの「銀色の砂」へと変わる。

その頃、コナンは火災報知器が鳴り響く階段を駆け上がり、ついに歪んだ重厚な扉の前に辿り着いていた。映画館のロビーへと続くその扉は、爆発の歪みで完全に固着している。

コナンは変声機のダイヤルを素早く回し、新一の声で叫んだ。

『〈蘭! 蘭、そこにいるのか!〉』

「……新一……? 新一なの!?」

扉の向こうから、聞き覚えのある、だが震える声が返ってきた。

『〈ああ、俺だ! 蘭、動くなよ! 今そこから出してやるからな!〉』

安堵したのも束の間、コナンの目は扉の隙間から見える「あるもの」に釘付けになった。蘭のすぐ近く、無造作に置かれた紙袋。そこからのぞく電子部品と、刻一刻と時を刻むデジタルタイマー。

森谷の「美学」の終着点――巨大な時限爆弾が、不気味な赤光を放っていた。

 

 

 

 

 米花シティビルの一階ロビーは、混迷を極めていた。充満する黒煙と火災の熱気。瓦礫の下から漏れる呻き声に、小五郎は狂気じみた形相でコンクリートの塊に指をかける。

「蘭……! 蘭、返事をしろ! どこにいるんだ、蘭!!」

爪が剥がれ、指先から血が滴るのも構わず、小五郎は叫び続ける。その背後で、目暮が倒れかかる柱を部下と共に支えながら、必死の形相で周囲を怒鳴りつけた。

「おい、ぐずぐずするな! 負傷者を優先して外へ運べ! 二次災害が来るぞ!」

「け、警部……! あ、あれを……!」

一人の警官が震える指で指し示したのは、ロビーの床一面に広がる不気味な銀色の砂だった。擬態体たちの残骸から染み出したその砂は、まるで意思を持つ生き物のように、脈動しながら一点へと集まっていく。

「な、なんだ……この砂は……!?」

目暮が絶句した瞬間、砂の渦が急激に膨れ上がった。それは周囲の瓦礫や鉄骨をも飲み込み、ロビーの中央で巨大な質量となって荒れ狂う。

「どけ! 全員、そこから離れろ!!」

小五郎が本能的な危機感を覚え、近くの警官を突き飛ばした直後――。

ドォォォォォン!!

凄まじい轟音と共に、ロビーの巨大な強化ガラスが内側から粉々に粉砕された。白銀の奔流が窓を突き破り、ビルの外へと溢れ出す。

外で待機していた灰原と博士の目の前で、その銀色の質量は、夜の闇を反射する不気味な個体へと変貌を遂げていく。アスファルトを溶かし、周囲の物質をピクセル状に分解しながら形成されたのは、身長2メートルを越える銀色の怪人――ゾルブ・エグゼキュター。

「ひ、ひぇぇ……! なんじゃ、あの不気味な姿は……!」

博士が腰を抜かしそうになりながら、震える声で叫ぶ。

「……やっぱり、そうくるわよね」

灰原が冷や汗を流しながら、ノートPCのキーを叩く。

「ビル内のエネルギーを逆流させて、このエリアを文字通り『消去』するための執行者……。冗談じゃないわよ、こんなの」

怪人が放つ電子ノイズが、周囲の街灯を狂わせ、激しい火花を散らさせる。

その圧倒的な破壊の予兆を前に、すでに光の中から現れていた赤・紫・シルバーの巨躯が、静かに一歩を踏み出した。

《志保さん、下がってろ。……博士、おじさん達をお願い》

「圭人君、無理はせんよ! 相手は正体不明なんじゃぞ!」

博士の制止を背に、マルチタイプのティガが、怪人の放つ異様なプレッシャーを真正面から受け止める。

言葉を介さぬまま、静かに構えを取るその姿には、大切な者たちを背負う揺るぎない覚悟が宿っていた。

誰にも、指一本触れさせない。

その決意を体現するように、ティガの拳が、形成を終えたばかりの銀色の怪人へと叩き込まれる。

 

ドォォォォン!!

 

重戦車のような重みを持った一撃が、ゾルブの胸部を陥没させる。

だが、怪人は怯むことなく、即座に腕を鋭利なブレードへと変形させ、ティガの首元を狙って水平に薙いだ。

ティガは最小限の動きでそれを紙一重でかわし、流れるような動作でゾルブの懐へ潜り込む。

右、左、そして渾身の正拳突き。

マルチタイプの持つパワーとスピードの完璧なバランスが、変幻自在な怪人の動きを封じ込めていく。

「な、なんちゅう力じゃ……。あの化け物を押しとどめておる……!」

博士が目を見開いて叫ぶ。

ロビー内から窓の外を凝視していた小五郎も、その光景に震える拳を握りしめた。

「……また、来てくれたのか。頼むぜ、あいつを……蘭を頼む……!」

小五郎は再び瓦礫へと向き直り、指を血に染めながら捜索を再開する。背後で戦う戦士が、必ず時間を稼いでくれると信じて。

ゾルブが全身から銀色の砂を噴射し、視界を遮ろうとするが、ティガは揺るがない。

砂の壁を突き破り、飛び膝蹴りを叩き込む。その一撃はゾルブを後退させるが、怪人は不気味なノイズを上げ、瓦礫やアスファルトを吸着させながらその体躯を強引に修復し始めた。

《……再生能力か。だが、これ以上は好きにさせない》

全快状態のティガは、さらに攻勢を強める。

ゾルブの放つ触手を掴み、力任せに引きちぎると、そのまま強烈な正拳突きで怪人の核を狙い打つ。

活動限界まではまだ余裕がある。圭人は一気に勝負を決めるべく、さらなる追撃に移る。

しかし、怪人は不気味な跳躍で壁面を駆け上がり、吹き抜けを抜けて屋上へと逃走を図った。

逃がせば、ビルの上層にいる蘭やコナンに危険が及ぶ。

《逃がすか……!》

圭人は額のクリスタルに両腕を交差させた。

 

瞬時に全身を駆け巡った眩い紫の光が、ティガの体色を塗り替えた。赤が消え、シルバーと紫のラインが強調されたその姿――スカイタイプへのチェンジだ。

次の瞬間、ティガは重力を振り切るような爆発的な加速で跳躍した。壁面を猛烈な速さで駆け上がるゾルブを追い、吹き抜けの空間を二筋の閃光が突き抜ける。

「ワ、ワシらの目でも追えん……!」

博士が空を見上げて絶句する。

ティガとゾルブは、ほぼ同時に屋上の縁を蹴り、強風が吹き荒れる屋上へと着地した。

着地した瞬間の慣性すら利用し、ティガはゾルブに超高速の回し蹴りを叩き込む。

ドォォン!!

ゾルブは腕をブレードに変形させて防ぐが、スカイタイプの連撃は止まらない。目にも止まらぬ速さで繰り出される手刀と蹴りが、怪人の銀色の装甲を削り取っていく。

ゾルブも負けじと、全身から銀色の砂を触手のように伸ばし、ティガの機動力を削ごうと周囲に張り巡らせた。

だが、その死闘を静かに見下ろす銃口があった。

屋上の給水塔の頂。消音機を備えたライフルのスコープが、ゾルブの核を捉える。

パシュッ、という乾いた発射音。

精密な狙撃がゾルブの足を絡め取ろうとした触手の根元を正確に射抜き、怪人のバランスが大きく崩れる。

『……ふむ、隙だらけだぞ』

通信機から、あるいは風に乗って聞こえたような、落ち着き払った声。

給水塔の上に伏せる沖矢は、スコープを覗いたまま口角を微かに上げた。目の前で戦う戦士が何者であるか、それを今さら野暮に問うつもりはない。ただ、共通の敵を排除するための「支援」に徹するのみだ。

《……助かるよ、赤井さん》

圭人は心の内でその援護に感謝し、一気に勝負を決めるべく、着地と同時に再びクリスタルに腕を交差させた。

瞬時に色が戻り、赤・紫・シルバーの三色が夜闇に浮かび上がる。最強の攻撃力を備えた基本形態、マルチタイプへの再チェンジだ。

ティガは両腕を左右に広げ、胸の前で交差させる。

溢れ出す光のエネルギーが、大気を激しく震わせた。

《これで終わりだ……!》

L字に組んだ腕から放たれたのは、最強の必殺技・ゼペリオン光線。

純白の光線が夜空を真昼のように照らし出し、ゾルブの核を真っ向から貫いた。

怪人は逃れる術もなく、断末魔のような電子ノイズを上げながら、膨大な銀色の砂へと還り、夜風の中に霧散していった。

静寂が戻った屋上で、ティガは拳を握り、階下へと視線を向ける。

戦闘を終えたばかりの胸のカラータイマーが、ここで初めて、ゆっくりとした点滅を始めた。

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