ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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糸のないマリオネット(後編)

 蘭の迅速な通報により、現場となったホール裏には間もなく複数のサイレンが重なり、物々しい空気に包まれた。

「鑑識を急がせろ! 廊下の関係者は全員、あちらの待機スペースへ移動してもらって!」

高木刑事が声を張り上げ、機材を運び込むスタッフたちを捌いている。その後ろから、重厚な足音と共に目暮警部、そして鋭い眼光を走らせる佐藤刑事が姿を現した。

「状況は……おお、また君たちかね。星野君にコナン君」

「お疲れ様です、目暮警部」

圭人は警察の面々に対し、迷いのない敬語で短く頭を下げた。隣にいるコナンも、いつものように神妙な顔つきで目暮の足元に立っている。

「……死因は毒物、それも青酸系と思われます。被害者は藤田教授。あちらで取り乱している寿美々さんの持ち物と思われる水筒が、遺体の傍に転がっていました。中身の臭いからして、混入されたのは間違いなさそうです」

「ふむ……。高木君、すぐに鑑識に回したまえ」

「はい、警部!」

目暮が指示を出す傍らで、佐藤が入り口付近にいた蘭と、その隣に立つ見慣れない少女に気づき、歩み寄ってきた。

「蘭ちゃん、状況は今聞いたわ。……ところで、そちらの彼女は?」

「あ、佐藤刑事。こちらは同級生の千ヶ崎美桜さんです。今日一緒に来ていて……」

蘭が紹介すると、美桜は顔色の悪さを隠せないながらも、背筋を伸ばし、徹底した礼節を持って一礼した。

「千ヶ崎美桜と申します。目暮警部、佐藤刑事、よろしくお願いいたします」

「ああ、美桜ちゃん。初対面なのにこんな事件に巻き込んじゃって災難だったわね。……無理しないで、辛かったらあっちで休んでいなさい」

「いえ……私は大丈夫です、佐藤刑事。ご配慮ありがとうございます」

そこへ、審査員席の方から戻ってきた園子が、規制線が張られた廊下の異様な様子に息を呑みながら駆け寄ってきた。

「ちょっと……蘭、圭人君、一体何があったのよ……って、ええっ!? 嘘……藤田教授が……」

園子は変わり果てた藤田の姿を視界に入れ、そのあまりの衝撃に言葉を失い、顔を蒼白にしてその場に立ち尽くした。

「園子君、ここは我々に任せて、君たちも少し下がっていなさい」

目暮に促され、園子は震える肩を抱えながら、蘭の側に寄り添った。

 

 

 

やがて、藤田教授の控え室前の廊下に、容疑者候補となる関係者たちが集められた。

「いい加減にしてよ! 私はただ、かれんのことで話をしに来ただけなのよ!」

美々がヒステリックに叫び、妹のかれんは姉の腕を掴んだまま、顔を伏せて震えている。

「水筒は、さっき廊下のテーブルに置いたまま離れてたの。戻ってきたら無くなってたんだから!」

「あら……。私だって一人だったわよ。出番が終わってから、ずっと洗面所にいたんだもの。……誰も見ていないでしょうけど」

安倍澄香が冷めた瞳で言い放つと、舞台監督の天野も苛立たしげに続いた。

「俺も地下の電源室だ。……目撃者なんていない」

「私だってお手洗いにいたわ。文句があるなら証明してみなさいよ」

川田鏡美も加わり、現場は責任の擦り付け合いで険悪な空気が流れる。

「警部、全員に数分から十分ほどの空白の時間があります。特定は難しいかと……」

高木が困り顔で報告する中、蘭の隣にいた美桜が、音もなく一歩前に出た。

「……あの、目暮警部。お役に立てるかは分かりませんが、私が記憶している範囲でお話ししてもよろしいでしょうか」

「……ん? 何か気づいたことでもあるのかね、美桜君」

美桜は一度静かに目を閉じ、淀みない口調で語り始めた。

「休憩が始まってから、悲鳴を聞いて私がここへ駆けつけるまで、廊下ですれ違った皆様の時刻と様子を正確に記憶しております。安倍澄香さんは三時十四分、廊下の三番目の鏡の前で右の口角に付いた紅を拭われていました。その際、鏡に反射したスタッフの動きを一度追われています」

「え……?」

澄香が息を呑むのを無視し、美桜は淡々と続けた。

「天野さんはその四分後、三時十八分に非常階段の扉を開けられましたが……その際、天野さんの左胸のポケットには、今お持ちのものとは別の、青いキャップのペンが差さっていました」

「な、何だと……!?」

淀みなく語られる「秒単位」の動線と、本人すら自覚していない細部の描写に、目暮も佐藤も、そして容疑者たちも石のように固まった。

コナンは圭人の横で美桜の証言を咀嚼しながら、思考の回路を繋ぎ合わせる。

(三時十八分に非常階段……? 待てよ、あの時、部屋の窓から吹き込んでた風の向きと、カーテンの揺れは……)

美桜が提供した「完璧な記録」が、事件のパズルのピースを一つずつ埋め始めていた。

 

「……三時、十八分、ですか」

目暮は美桜の証言を反芻し、驚きを隠せないまま手元の手帳に目を落とした。

「そんな細かいことまで……美桜君、君は本当に、それらすべてを覚えているのかね」

「……はい。目に映るものは、断片的にではありますが……」

美桜は伏せていた目を上げ、小さく頷いた。しかし、その直後、張り詰めていた空気を抜くように、「あ……」と声を漏らして自身の指先を見つめる。

「……すみません。皆様にそんなに見つめられると、少し……その、記憶の引き出しが絡まってしまいそうです。今、頭の中で整理していますので、少々お待ちください」

困ったように眉を下げ、控えめに微笑む美桜の姿に、現場の緊張がわずかに和らいだ。佐藤は思わず頬を緩め、「無理しないでいいわよ、美桜ちゃん。ゆっくりで」と優しく声をかける。

「ありがとうございます。……ええと、寿美々さんが水筒を置かれたのは三時五分です。廊下の角にある、三番目の丸テーブルの上でした。それから二分後、誰かがそのテーブルの横を足早に通り過ぎました。衣擦れの音が左側から聞こえましたので、控え室側からロビーへ向かう方のどなたかです」

その証言を聞きながら、コナンは現場の状況を再確認していた。床に転がった水筒。中身のスポーツドリンクが絨毯に染み込んだ跡は、入口から見て奥、つまり窓の方へ向かって細長く伸びている。

(美々さんが置いた水筒が、なんで藤田教授の足元に転がってんだ? それにこの溢れ方……まるで、誰かが蹴飛ばしたみたいに伸びてるじゃねーか……)

コナンが思案に暮れていると、美桜が圭人の側に寄り、不安げに袖を引いた。

「星野さん……。先ほどから気になっていたのですが。あの部屋に入った瞬間、左側の頬だけが妙に冷たく感じたんです。……窓が開いていたせいでしょうか」

「……冷たく?」

「はい。それに、カーテンが……。普通、風が吹けば中に入ってくるはずですが、あの時は外に向かって吸い出されるように揺れていました。何か、違和感があって……」

美桜はそこまで言うと、「あ、すみません。私、変なことを言ってしまいましたか?」と、自信なさげに身を縮めた。

「いや……すごく助かるよ、美桜さん」

圭人が柔らかく微笑むと、美桜は「本当ですか? それなら良かったです」と、ようやく少しだけ表情を和らげた。

一方、高木は美桜の指摘した「青いキャップのペン」の行方を追っていた。

「天野さん。先ほど美桜さんが言っていたペン、持っていませんか?」

「だから……さっきから言ってるだろ、どこかで落としたんだって!」

天野が苛立たしげに応じるが、美桜はその記憶を正確に引き出した。

「あのペンのクリップは、少し特殊な十字の形をしていました。……そういえば、寿かれんさんの衣装の裾が、廊下を歩く際に少しだけ何かに引っかかっていたような気がします。……もしや、あちらの舞台袖の暗がりに落ちてはいないでしょうか」

美桜の穏やかな口調とは裏腹に、提示される情報は鋭い刃のように真実を削り出していく。

「よし、高木君! すぐに確認だ!」

「はい、警部!」

コナンは美桜の言葉をきっかけに、犯人が仕掛けた「空気の流れ」と「紛失物」の意味を繋ぎ合わせようとしていた。

(窓に向かって吸い出される風……。もしあの時、控え室の扉が……いや、まさか……!)

 

 

 

 

現場周辺は依然として張り詰めた空気が漂っていたが、蘭は隅の方で小さくなっているかれんの様子が気にかかり、そっと寄り添っていた。

「かれんちゃん、大丈夫? 少しお水でも飲もうか」

「……あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です……」

かれんが力なく答える横で、園子も腕を組んで、周囲の大人たちを牽制するように頷いた。

「そうよ! こんな時にまで疑うなんて失礼しちゃうわ。大丈夫よ、かれんちゃん。私たちがついているから、変な言いがかりは絶対にさせないから!」

一方、目暮たちの元では、美桜の証言に基づいた裏取りが進んでいた。舞台袖の暗がりを捜索していた高木が、声を上げながら戻ってくる。

「警部、ありました! 美桜さんが言っていた通り、十字のクリップがついた青いキャップのペンです!」

「なにっ、それは本当か!」

目暮が驚きの声を上げると、佐藤が即座に舞台監督の天野へ鋭い視線を向けた。

「天野さん。あなた、休憩時間は地下の電源室にいたと言いましたよね? どうしてあなたの持ち物が、正反対の場所にある舞台袖に落ちているんですか?」

「そ、それは……! 多分、第一部の時に落としたんだよ!」

「いいえ。第一部が終わった直後、天野さんが廊下でインカムに怒鳴っていた時、そのペンは確実に胸ポケットにありました。私の目は、それを見間違えたりはしません」

美桜が静かに、しかし断定的に告げると、天野は言葉を詰まらせ、顔を赤くして黙り込んだ。そのやり取りを横で見ていた園子が、ふと容疑者の一人である安倍澄香の方を見て鼻を動かした。

「ねえ……ちょっと蘭、みーちゃん。あの安倍って人、なんだか匂いが変わってない? さっき私の横を通った時、第一部の演奏後とは違う、もっとキツい花の香りがしたわよ」

「え? 言われてみれば、少しだけ……」

蘭が同意すると、美桜の瞳がスッと細くなった。

「……園子さん、それは貴重な情報です。確かに安倍さんは、三時十四分に鏡の前で口角を拭っておられました。もし、それがお化粧直しではなく、毒物を扱う際に付着した何かを拭い、その上から香水で匂いを上書きしたのだとしたら……」

美桜の「記録」と園子の「直感」が結びついた瞬間、現場に衝撃が走る。

二人の会話を傍らで聞いていたコナンは、圭人の裾を引いて耳打ちした。

「……彼女(美桜)が言ってた『カーテンの逆流』、あれは窓と扉を同時に開けた時に起きる気圧差の仕業だ。犯人は控え室の窓を開けておいて、美々さんが水筒を置いた隙に盗み出し、教授が飲む直前に窓から戻したんだ。その時に、天野さんのペンを『重り』か何かに使ったんじゃないか?」

「……なるほどね。天野さんが舞台袖で工作をしていたのも、そのための『風』を作る演出用ファンを操作していたから、っていうことか」

圭人はコナンの推理に納得したように頷くと、目暮の方を向き、穏やかながらも芯のある声で進言した。

「目暮警部、少し確認したいことがあります。この廊下の空調システムと、天野さんが操作していた電源系統のログを見れば、犯人の動線がはっきりすると思うんです」

しかし、その提案を遮るように、美々が「違うわ!」と叫んだ。

「水筒を盗むなんて無理よ! 私はずっと廊下を気にしていたんだから!」

「……本当かなぁ?」

コナンはわざとらしく小首をかしげ、子供らしい無邪気な声を装ってその場に割って入った。美桜が提示した「ドレスの裾」の違和感を、周囲の注意を引くように指差す。

「美桜姉ちゃん、かれんさんのドレスの裾が何かに引っかかってたみたいだって言ってたけど……。ねえねえ、圭人兄ちゃん! あの裾についてる白いカス……これ、さっきの部屋の窓枠についてたペンキと同じじゃない?」

「……そうだね。美々さん、あなたが妹さんの裾をさっきからずっと隠すように持っているのも、それが理由なんじゃないかな。美桜さんが記録した皆さんの動線と、その汚れがどこで付いたかを照らし合わせれば……誰が何をしたか、すぐに分かってしまうと思うよ」

圭人の静かな指摘に、美々とかれんの姉妹は弾かれたように顔を見合わせ、絶句した。

 

 

 

「もういい加減にして! 妹のそばにいてあげたいの、帰らせてちょうだい!」

美々がヒステリックに声を上げ、椅子から立ち上がろうとした。その背後、物陰からコナンが腕時計型麻酔銃の照準を定める。

(悪いな、園子。ちょっと眠っててもらうぜ……!)

放たれた針が正確に園子の首筋を捉えた。園子は「あにゃ……?」と奇妙な声を漏らすと、まるで糸が切れた操り人形のように、壁際の椅子へと崩れ落ちる。

「園子!? 急にどうしたの、大丈夫!?」

蘭が慌てて駆け寄るが、園子はスースーと寝息を立てるばかりだ。その様子を、美桜は微かに目を見開いて見つめていた。

「園子さん……お疲れが溜まっておられたのでしょうか。あのような瞬時の入眠は、あまりお見かけいたしません」

蘭が園子の体を支えようとした時、園子の襟元に忍ばせられたボタン型スピーカーから、凛とした声が響き渡った。

〈そう焦らなくてもいいじゃない、美々さん。……真実から逃げるのは、まだ早すぎるわよ〉

「えっ、園子……?」

蘭が驚いて手を止めると、目を開けぬままの園子が、朗々と語り始める。

〈目暮警部、犯人はその場にいる全員の動線を逆手に取って罠を張ったわ。……でも、一つだけ計算違いがあった。それは、『温度』よ〉

「温度……? 園子君、それはどういうことかね」

目暮が園子へ歩み寄る。その隙に、完全に物陰へ隠れたコナンは蝶ネクタイ型変声機を構えた。

〈高木刑事、被害者が飲んだ水筒の中身。あれ、ぬるくなってはいなかったかしら?〉

「え? あ、はい。鑑識の報告では、保冷機能のある水筒にしては、中身がほぼ室温まで上がっていたそうです」

その言葉を受け、圭人がさりげなく目暮たちの前に進み出た。

「……おかしいですね。あの水筒は最新の真空断熱構造です。美々さんが言うように、休憩時間の三時過ぎに用意されたものなら、まだ冷えているはずですよ。中身が室温に戻るには、もっと前から蓋が開いていたか、隙間があったことになります」

「……っ!」

美々の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

〈その通り。犯人は選考会が始まる二時間以上前……まだドリンクが冷えていた時間帯に、注射器を使って蓋の隙間から毒を注入したのよ。だから冷気が逃げ、飲む頃には室温に戻っていた。……ねえ、みーちゃん。二時間ほど前、美々さんが持っていたもの、覚えているわよね?〉

眠っているはずの園子から突然名前を呼ばれ、美桜は一瞬驚いたように瞬きをしたが、すぐに礼儀正しく姿勢を正した。

「はい。二時間前、美々さんは廊下の隅で化粧ポーチを開けておられました。その際、中から細長い金属製の、医療用注射器のような物を取り出されるのを目撃しております。……あれをどう使われたのかまでは、存じ上げませんが」

美桜の淡々とした事実の提示が、美々の言い逃れを許さない。

〈さらに決定的なのは指紋よ。美々さん、あなたは妹さんの楽屋を整理した時に触れたと言ったけれど、鑑識が見つけたのは『蓋の内側の縁』に残された右親指の指紋。毒を注入した後、確実に蓋を密閉しようとして、指を内側にかけながら力一杯締め込んだ……その時の痕跡よ。佐藤刑事! そのバッグの中にある睡眠導入剤の瓶を調べてみて。……そこに、水筒に混入したものと同じ毒の残渣が残っているはずだから!〉

「……やめて!!」

美々が悲鳴のような声を上げ、佐藤の手を振り払おうとした。その顔は先ほどまでの「妹想いの姉」のものではなく、何かに取り憑かれたような狂気に満ちていた。

「かれんは私の操り人形なの……! 私がいないと、あの子は何もできないんだから! 藤田のジジイが、あの子の才能を私から引き離そうとした……! 許せるわけないじゃない! かれんは私が完成させる、私の夢なのよ!!」

廊下に美々の叫びが虚しく響き渡る。蘭はかれんの肩を抱き寄せ、あまりに悲しい真実を前に、ただ唇を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から一ヶ月。ミス・ジャパネスク全国最終選考会での悲劇は、公正な再審査という形を経て、真の実力者である寿かれんの優勝という幕引きを迎えていた。

阿笠邸のリビングでは、圭人がテレビから流れるかれんの受賞インタビューを眺めていた。

「……よかったな。自分の力で、ちゃんと歩き出せたみたいだ」

隣でデバイスをいじっていた灰原も、画面に一瞥をくれ、「操り人形にしては、いい顔をしてるじゃない」と短く呟いた。

そこへ、圭人のスマートフォンが激しく震える。画面に表示されたのは美桜の名前だった。通話ボタンを押した瞬間、耳に飛び込んできたのは、いつもの静謐さとは程遠い、弾んだ声だった。

『星野さん! お聞きになりましたか? かれんさんの優勝祝賀パーティーが、新しくオープンする東京ベルウッドホテルで開催されることになったそうです!』

「え、あ、あぁ……ニュースでやってたね。……美桜さん?」

『私、蘭さんや園子さんとご一緒させていただけることに……! あのような華やかな場所は初めてですので、今から準備が……何を着ていけば失礼に当たらないでしょうか。星野さんは何を着ていかれますか!?』

スマートフォンの向こうで、瞳をキラキラと輝かせ、両手を合わせて期待に胸を膨らませているであろう美桜の姿が容易に想像できた。普段の徹底した礼節はどこへやら、年相応の少女らしい爆発的なウキウキぶりに、圭人は思わず頬を引きつらせる。

「……あ、いや。俺は何でもいいっていうか……。美桜さん、ちょっと落ち着いて……。……そんなに楽しみなんだ?」

『はい! とても!』

「……そ、そう。……ならよかった。俺も、まあ……ほどほどに楽しみにしておくよ……」

美桜の凄まじい熱量に若干引き気味になりながらも、圭人は苦笑いを浮かべて電話を切った。すると、それまで黙って画面を見ていた灰原が、ジトッとした視線を圭人に向けていた。

「……随分と楽しそうじゃない。誰から?」

「え? ああ、隣のクラスの女子だよ。パーティーに招待されたのがよっぽど嬉しかったみたいでさ」

「ふーん……。隣のクラスの女の子から、あんなに嬉しそうな声で電話ね……。随分と仲が良いのね?」

灰原の冷ややかな視線に、圭人はたじろぎ、困ったような笑みを浮かべる。

「……あ、いや。そんなんじゃないって。千ヶ崎美桜さんっていう人なんだけど、彼女は普段、驚くほど静かで礼儀正しいんだよ。……本当だよ? ただ、今回ばかりはよっぽど楽しみだったみたいで……」

「……そう。それだけ彼女をにさせたってことかしら」

「だから、変な方向に持っていかないでくれよ。……彼女は蘭や園子とも仲が良いし、ただの友達なんだからさ」

圭人がタジタジになりながら必死に訂正を加えるのを、灰原は「……まあ、いいけれど」と小さく鼻を鳴らし、再びデバイスへと視線を戻した。その口角が、わずかに面白がるように上がっていたのを、圭人は気づかない。

 

 

一方、毛利探偵事務所では――。

 

蘭の携帯電話越しからの園子の絶叫に近い声が響き渡っていた。

『聞いたわよね蘭! 目玉はなんと言っても、ホテルのパティシエ特製、アルコールをたっぷり効かせた『特注のラムケーキ』よ! これを食べなきゃ女が廃るわ!』

「もう園子、食べ物のことばっかり。でも楽しみだね、コナン君!」

「うん……! 蘭姉ちゃん!」

蘭に振られ、コナンは子供らしい笑顔で応じる。しかし、園子が口にした「アルコールたっぷり」という言葉に、脳裏を掠めるものがあった。

(アルコール……まさかな……)

かつて、偶然口にした白乾児(パイカル)で身体が一時的に戻った記憶が蘇る。単なる偶然か、あるいは……。

「酒が出るなら、俺様も行かねぇわけにはいかねぇな!」

小五郎がすでに酒宴を想像して鼻の下を伸ばす中、コナンは窓の外を見やった。

新しくオープンする巨大なホテルの影には、まだ拭いきれない不穏な気配が漂っているような気がしてならなかった。

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