ヒーローと探偵   作:タルマヨ

77 / 78
銀砂の胎動(後編)

 広場を埋め尽くしていた警察の拳銃音が止み、代わりに空気を切り裂くような高周波の駆動音が響き渡った。

「目標の生体反応を確認。……総員、照射開始ッ!」

 一条恵美の毅然とした号令が、ノイズ一つない無線を通じて広場に展開するMDR隊員たちに届く。

 次の瞬間、数方向から放たれた特殊熱線が、正確に亜人ゾルブの四肢と胸部を捉えた。通常の銃弾が虚しく弾かれたのとは対照的に、超高温のエネルギーはゾルブの黒光りする甲殻を容赦なく焼き、肉体を物理的に削り取っていく。

「グッ……、あああッ!?」

 初めてゾルブの口から苦悶の声が漏れた。焦げ付く異臭が広場に立ち込め、削られた甲殻の隙間から不気味な体組織が露わになる。

「な、なんて威力だ……。ワシらの拳銃では傷一つ付かなかったというのに……!」

 目暮がその光景に目を見開いて絶句する。隣で銃を構えていた高木も、熱線の光に目を細めながら声を震わせた。

「……これが、怪物対策室の装備……。僕たちの知っている兵器とは、次元が違いすぎます……!」

 一条は毅然とした表情のまま、隣に立つ目暮に向き直った。

「目暮警部、驚かせて申し訳ありません。ですが、これ以上の犠牲は防がねばなりません。一般の方々の避難誘導を急いでください。ここは私たちが食い止めます」

 その言葉には、いたずらに権力を誇示するような傲慢さはなく、ただ目の前の危機を脱しようとする、組織の長としての強い意志が宿っていた。目暮はその真っ直ぐな瞳に一瞬圧倒されたが、即座に深く頷いた。

「……わかった、一条君。高木君、佐藤君! 全員、一般人の避難を最優先だ! MDRの連中を援護しろッ!!」

「了解です、警部!」

 佐藤の鋭い返答と共に、警察の面々が背後の群衆へと駆け出す。だが、焼かれた肉体から銀色の火花を散らしながら、ゾルブは再び不気味に笑い始めた。

「……なるほど。この時代の種も、火の扱いだけは覚えたか。だが……」

 ゾルブが背中の鋭利な刺を、勢いよく足元のアスファルトへと突き立てた。

「……その程度の熱で、古の闇を御せるとでも?」

 刺の先端から、波紋のように銀色の波動が地面を伝播していく。波が触れた瞬間、最前線に配置されていたMDRの特殊装甲車の一台が、車体下部から急速に「変質」を始めた。漆黒の装甲がみるみるうちに白銀の結晶体へと置換され、自重に耐えかねた巨体が、まるで砂時計が崩れるように音もなく「銀砂」へと変わっていく。

「回避ッ! 装甲車から離れなさい!」

 一条の叫びと同時に、崩壊する装甲車から隊員たちが必死に飛び出した。科学の粋を集めた兵器すらも、ゾルブの「物質侵食」の前では、ただの脆い砂の塊に過ぎない。

「嘘だろ……、あの装甲車が、一瞬で砂に……!?」

 駆け寄ろうとしていた高木が、信じがたい光景に足を止めて叫ぶ。

「……総員、立て直しなさい! 負傷者を優先して回収! 警察の皆さんと連携して!」

 一条は通信機越しに迅速な指示を飛ばし、自らも砂の飛沫を浴びながら、倒れ込んだ隊員の手を引く。

 その光景を、駐車場側の規制線の外で見守るコナンと圭人は、息を呑んで凝視していた。

「……通用はしている。けど、決定打になってねぇ。あの熱線じゃ、あいつの核を潰しきれないんだ……!」

 コナンの冷静な分析に、圭人は黙って拳を固く握りしめる。

 一方、広場を見下ろす時計塔の高所。赤井秀一は、MDRの攻撃によってゾルブの甲殻が剥がれ落ち、僅かに露出した「胸部の核」のような一点を、スコープの中に捉えていた。

「……ようやく、見えたな」

 赤井は、FBIの通信機を通じてジョディたちへ現況を伝えながら、引き金に指をかけた。MDRが作り出した一瞬の綻び。そこへ「一撃」を叩き込むタイミングを、狙撃手の冷徹さで見極めていた。

広場を埋め尽くしていた警察の拳銃音が止み、代わりに空気を切り裂くような高周波の駆動音が響き渡った。

「目標の生体反応を確認。……総員、照射開始ッ!」

 一条恵美の毅然とした号令が、ノイズ一つない無線を通じて広場に展開するMDR隊員たちに届く。

 次の瞬間、数方向から放たれた特殊熱線が、正確にゾルブの四肢と胸部を捉えた。通常の銃弾が虚しく弾かれたのとは対照的に、超高温のエネルギーはゾルブの黒光りする甲殻を容赦なく焼き、肉体を物理的に削り取っていく。

「グッ……、あああッ!?」

 初めてゾルブの口から苦悶の声が漏れた。焦げ付く異臭が広場に立ち込め、削られた甲殻の隙間から不気味な体組織が露わになる。

「な、なんて威力だ……。ワシらの拳銃では傷一つ付かなかったというのに……!」

 目暮警部がその光景に目を見開いて絶句する。隣で銃を構えていた高木刑事も、熱線の光に目を細めながら声を震わせた。

「……これが、怪物対策室の装備……。僕たちの知っている兵器とは、次元が違いすぎます……!」

 一条は毅然とした表情のまま、隣に立つ目暮警部に向き直った。

「目暮警部、驚かせて申し訳ありません。ですが、これ以上の犠牲は防がねばなりません。一般の方々の避難誘導を急いでください。ここは私たちが食い止めます」

 目暮警部はその真っ直ぐな瞳に圧倒されつつも、即座に深く頷いた。

「……わかった、一条君。高木君、佐藤君! 全員、一般人の避難を最優先だ! MDRの連中を援護しろッ!!」

 佐藤刑事の鋭い返答と共に、警察の面々が背後の群衆へと駆け出す。だが、焼かれた肉体から銀色の火花を散らしながら、ゾルブは再び不気味に笑い始めた。

「……なるほど。この時代の種も、火の扱いだけは覚えたか。だが……その程度の熱で、古の闇を御せるとでも?」

 ゾルブが背中の鋭利な刺を、勢いよく足元のアスファルトへと突き立てた。

 刺の先端から、波紋のように銀色の波動が地面を伝播していく。波が触れた瞬間、最前線に配置されていたMDRの特殊装甲車の一台が、車体下部から急速に「変質」を始めた。漆黒の装甲がみるみるうちに白銀の結晶体へと置換され、自重に耐えかねた巨体が、まるで砂時計が崩れるように音もなく銀砂へと変わっていく。

「回避ッ! 装甲車から離れなさい!」

 一条の叫びと同時に、崩壊する装甲車から隊員たちが必死に飛び出した。科学の粋を集めた兵器すらも、ゾルブの「物質侵食」の前では、ただの脆い砂の塊に過ぎない。

 駐車場側の植え込みの陰。コナンと阿笠博士が前方を見据える隙に、圭人は一人、モニュメントの死角へと滑り込んだ。

(……このままじゃ、誰も助からない)

 圭人は覚悟を決め、懐から取り出したスパークレンズを胸の前で掲げた。

 眩い白熱の光が圭人を包み込む。その光は瞬時に鋭い一条の光弾となり、地を這うような低空飛行で戦場へと突き進んだ。

「な、なんだ!? あの光……こっちに来るぞ!」

 目暮警部が叫ぶ。一条もまた、レーダーが捉えた異常な移動物体に目を剥いた。

 光弾は、崩落する装甲車の影で絶体絶命の危機にいた隊員たちの直前で急停止し、弾けるように人の形へと実体化した。

 現れたのは、赤、紫、銀の三色を纏った光の戦士——ティガ。

 ゾルブと同じ180cmほどの、引き締まったヒューマノイドの輪郭。その全身から溢れ出る光の粒子が、周囲の銀砂を虹色に浄化していく。

「これは……今回も来たか!」

 目暮警部が確信に満ちた声を上げた。何度も窮地を救ってきたその背中。

 時計塔の高所。赤井はスコープに映る三色の戦士を確認し、静かに銃身を下げた。

「……フッ。やはり、君の出番だったようだな」

《はあッ!!》

 ティガは爆発的な踏み込みを見せ、アスファルトを砕きながらゾルブの懐へと潜り込んだ。

 ティガの出現に、亜人ゾルブは鋭い警戒音を発する。両者の身長はほぼ等しい。間合いを一気に詰めるのはティガだった。地面を蹴る足音もなく、瞬時に肉薄し、正拳がゾルブの胸部甲殻を直撃する。鈍い衝撃音が広場に響く。

《動きが重い》

ティガの思考が、エコーを帯びて虚空に響く。ゾルブはその硬い腕を振り回し、反撃しようとするが、ティガは軽やかに後方へ飛び退き、間髪入れずに再び突進する。裏拳が側頭部を、続く膝蹴りが腹部を捉えた。甲殻にヒビが入る微かな音がした。

怒ったゾルブは背中の棘を震わせた。無数の棘が雨のように発射され、ティガに向かって降り注ぐ。ティガは素早いステップでそのほとんどをかわし、避けきれない数本は腕で受け流した。棘が装甲に当たる火花が散る。

「物質侵食光弾、来ます!」遠くから、一条恵美の警告の声が届く。

ゾルブの口部から、不気味な紫色の光球が放たれた。地面に触れた部分が一瞬で銀色の砂に変わるその攻撃を、ティガはジャンプで回避する。光弾は彼の背後で炸裂し、コンクリートの地面を無惨に侵食した。

着地と同時に、ティガは急降下キックを決めようと宙を蹴る。しかし、ゾルブは予想以上に素早く、両腕を交差させて防御。キックの衝撃でゾルブは数歩後退するが、その隙に腹部の節足を鋭く突き出してきた。

《っ!》

ティガは間一髪で身をひねり、爪先をかすめるだけに留めた。攻防の熱気が空気を揺らす。

 

すると、水族館の建物の影から、一つのサッカーボールが鋭い破風音を立てて飛来した。ボールは亜人ゾルブの複眼の一つに正確に命中し、わずかだがその体勢を崩させた。

《!!…今だ!》

ティガは両腕を前に突き出し、大きく交差させる。エネルギーが彼の周囲に集まり、黄金の光を帯び始める。腕を横に大きく広げ、大気から、そして彼自身の内から光を収束させていく。その動作は流れるように、そして力強く。

ゾルブは危険を察知し、最後の力を振り絞って侵食光弾を連射する。しかし、ティガは構えを崩さない。光弾は彼の周囲をかすめ、あるいは彼の立ち尽くす足元を砂に変えていくが、彼は一歩も引かない。

両腕が再び動く。右腕を垂直に、左腕を水平に組み、あの特徴的なL字の構えが完成する。

光線は一筋の純白の奔流となって右腕から放たれた。それは亜人ゾルブの胸部中央、ヒビの入った一点を正確に捉える。ゾルブは悲鳴にも咆哮にも似た声を上げ、全身を激しく震わせた。

直撃を受けたゾルブの肉体は内側から激しく発光し、大爆発と共に銀色の粒子となって霧散していった。広場を支配していた物質侵食の波動は、光の余波によって完全に浄化され、本来の平穏な空気が戻ってくる。

 土煙が晴れた広場の中心。ゾルブを撃破したティガは、静かに拳を下ろし、直立した。

 

次の瞬間、ティガの全身が眩い白光に包まれた。

その光は拡散することなく、無数の柔らかな光の粒子へと変わり、虹色の軌跡を描きながら青空へと霧散していく。戦士のシルエットが、風に溶けるように音もなく消え去った。

「……消えた……?」

 一条は茫然と、粒子となって消えていく光の残滓を見つめていた。その表情には、未知の存在への戦慄と、救われたことへの安堵が複雑に混ざり合っていた。

 

 

 

 

 

 駐車場側の植え込みの陰。

 コナンと阿笠博士が空を見上げていると、モニュメントの死角から、肩で息をしながら圭人が歩み寄ってきた。

「……博士……待たせたね。それにイチ、さっきのサッカーボールはお前だろ?助かったよ」

「あぁ。まぁ、オメーなら別に必要なかったかもな」

 圭人は二人の前に立つと、少し疲れたように微笑んだ。服には土埃がつき、額には薄っすらと汗が滲んでいる。

「お疲れ様じゃ、圭人君。怪我はないようじゃな」

 阿笠博士が圭人の肩にそっと手を置くと、コナンもまた静かに頷き返した。

 言葉はなくとも、その瞳には親友が無事に戻ったことへの安堵と、確かな信頼が宿っていた。

 

 

 

 

 

 銀色の粒子が完全に空へ溶け、広場には静寂が戻った。破壊された石畳や砂と化した装甲車の残骸が、先ほどまでの死闘が現実であったことを無慈悲に物語っている。

 一条は手元の端末にゾルブの消滅データが記録されたのを確認すると、一つ短く息を吐き、目暮警部のもとへ歩み寄った。

「目暮警部。現場の確保、および一般人の避難誘導への迅速なご対応、感謝いたします。おかげで検体の完全消滅に至りました」

 一条の言葉は極めて事務的ではあったが、そこには警察の役割を尊重する、彼女らしい徹底した礼節が宿っていた。目暮警部は帽子を直し、光が消えた空を見上げながら口を開いた。

「……一条君。礼を言うのはこちらの方だ。ワシらの装備では、あの怪人に傷一つ負わせることはできんかった。……やはり、最後に頼りになるのは、あの『ティガ』の光なのだな」

 目暮警部の言葉に、一条も静かに視線を巡らせる。かつてメディアでも大きく取り上げられ、今や世間でもその名を知らぬ者はいない光の戦士。

「……はい。ティガの出現がなければ、我々MDRの損害もこれだけでは済まなかったでしょう。彼が我々人類にとって最強の守護者であることは、今回の戦いでも証明されました」

 一条の声には、科学者としての客観的な分析と、守護者への揺るぎない信頼が混じっていた。そこへ、救護活動を終えた高木刑事と佐藤刑事が合流する。

「一条さん、MDRの負傷者の搬送はすべて完了しました。……それにしても、メディアで見てはいましたが、間近で見るティガの戦いは……言葉を失いますね」

 高木刑事が感嘆混じりに呟くと、一条は表情を引き締め、警察関係者全員を見渡した。

「高木刑事。ティガの存在に救われたのは事実ですが、我々MDR、あるいは警察の皆様の使命は変わりません。既存の法や物理法則の外側から現れる、怪物や怪人に対し、我々は常に最前線で市民を守らねばならないのです」

 その言葉に、佐藤刑事が鋭く問いを重ねる。

「……一条さん、今回の怪人のような異能の存在に対し、今後MDRと私たちはどう連携していくべきだとお考えですか?」

「現場を最も熟知し、市民を誰よりも近くで守れるのは警察の皆様です。MDRは特殊な事象に対する『専門の盾』。我々の技術と皆様の現場力が合致してこそ、ティガが切り拓いた平和を維持できるのだと考えています」

 一条はそう言って、わずかに目を和らげた。その徹底した謙虚さと警察を尊重する姿勢に、目暮警部たちは深く頷いた。

「……わかった。一条君、これからの怪物対策、警察としても全面的に協力させてもらうよ」

 目暮警部の力強い言葉を受け、一条は深く一礼した。

 周囲ではMDRの技術班が残存エネルギーの測定を開始し、規制線の向こう側では避難していた観客たちの安否確認が慌ただしく行われている。一条はそれらすべての事後処理を統括すべく、再び端末へと意識を集中させた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告