ヒーローと探偵   作:タルマヨ

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書き換えられる米花町

阿笠邸の地下実験室は、電子機器の微かな作動音と、張り詰めた空気に包まれていた。

大型モニターには、圭人が昨夜の戦いで回収した「銀色の砂」の拡大映像が、異様な鮮明さで映し出されている。

「……信じられん。これはただの砂などではないぞ」

顕微鏡の接眼レンズから顔を上げた博士が、震える手で額の汗を拭った。その表情は、科学者としての好奇心よりも、未知の脅威に対する本能的な恐怖が勝っているように見えた。

「砂の一粒一粒が、自己増殖機能を持った極微細な機械ユニット……。それも、地球上のどの研究機関でも到達していない、分子レベルのナノマシンじゃ」

「組織の技術でもここまでのものは作れないわね。……星野君、あなたが戦ったあの『のっぺらぼう』たちは、この無数の機械細胞が寄り集まって、人間の姿を模倣していたということよ。それも、細胞レベルで完璧にね」

腕を組み、画面を睨みつけながら志保さんが冷徹な分析を口にする。その瞳には、かつて組織で科学者として過ごした彼女でさえ予測し得なかった「異質な科学」への強い警戒が宿っていた。

《……あいつらは、ただの怪物じゃない。高度な知性を持った、機械の軍勢ということか……》

圭人が低く呟いたその時、ポケットのスマホが激しく震えた。画面には『毛利小五郎』の文字。

(おじさんからだ……。このタイミングで、一体なんだ?)

圭人が通話ボタンを押すと、受話器から小五郎の野太い声が響き渡った。

『……おお、圭人か! 悪いが今すぐ事務所に来てくれ。蘭の奴、空手部の合宿が近いとかで朝から部活に明け暮れててよ、昼飯の用意もねえんだ。目暮警部たちが妙な相談に来てて茶も出せやしねえ。悪いがちょっと手伝いに来い、バイト代はしっかり出すからよ!』

(……なるほど、蘭が部活で不在だから、お茶出しと雑用係として呼ばれたわけか)

「……了解しました。すぐに向かいます」

圭人が電話を切ると、志保さんがモニターの解析データを指差した。

「星野君、待って。これを見て……。このナノマシン、一定の周期で微弱な電波を放って、どこかと通信しているわ。場所は……米花市役所の方向よ」

「わかった。博士、引き続き解析をお願いします。俺は事務所へ行って、コナンと合流してくる。……街の中で、何かが動き始めてる気がするんだ」

 

 

 

 

 

 

毛利探偵事務所

 

事務所の扉を開けると、室内は重苦しい沈黙に支配されていた。

ソファには目暮警部と高木刑事が険しい表情で座り、その向かい側で小五郎が腕を組んで唸っている。そして、部屋の隅の椅子にはコナンが座り、大人たちの会話の一言一句を逃すまいと、鋭い眼差しを資料に向けていた。

「おっ、遅いぞ圭人! さっさと警部にお茶を出して差し上げろ」

小五郎の指示に、圭人は「すみません、すぐに」と応じながらキッチンへ向かう。お茶を淹れるフリをしながら、圭人はソファの近くへ歩み寄った。

「……圭人兄ちゃん」

コナンが足音を殺して近寄ってきた。その瞳には、焦燥の色が滲んでいる。

「博士のところはどうだった? あの砂の正体、分かったのか?」

「ああ。志保さんの分析じゃ、ナノマシンの集合体らしい。しかも、市役所の方向にある何らかの信号源と通信してる形跡があるってさ」

圭人のささやきに、コナンが目を見開く。

「……やっぱりか。今、警部さんたちが話してる不可解な事件も、その市役所が舞台なんだよ」

二人が視線を戻すと、目暮警部が重い口を開いた。

「……実はな、毛利君。米花市役所の職員数名が、昨日から一斉に連絡が取れなくなっているんだ。家族は『いつも通り出勤した』と言っているんだが、当の役所には一人として現れていない」

「しかも変な目撃証言があるんですよ」

高木刑事が手帳を広げ、困惑した様子で付け加える。

「彼らが役所付近の防犯カメラに映っていたんですが……その歩き方が、まるで操り人形のように不自然で。中には、一度も瞬きをしていなかった者もいたそうです」

(……間違いない。あいつらが、役所の人間を拉致して入れ替わってるんだ)

コナンは拳を固く握りしめた。

「……警部。その職員の方々、何か共通の仕事を担当されていましたか?」

圭人がお茶を配りながら、自然な口調で尋ねた。

「うむ。全員が『都市開発部』……街のインフラや、詳細な地図データを管理する部署の人間だ」

「ねえ、警部さん! その『歩き方がおかしい人』って、今も役所にいるのかな? もし具合が悪いなら、僕たちで見に行ってあげようか?」

コナンが子供らしい声を装って尋ねると、目暮警部は「高木君、すぐに役所に電話を入れて、該当する職員の所在を確認させるんだ」と指示を出した。

しかし、受話器を耳に当てた高木刑事の顔から、みるみる血の気が引いていく。

「……警部、市役所の電話が繋がりません。外線も、内線も……まるで、物理的に回線を切断されたかのように……」

「何ですって!? 警部殿、まさか立てこもり事件にでも発展してるんじゃありませんか?」

小五郎が身を乗り出す。元上司に対する礼節を保ちつつも、その声には元刑事としての焦燥が混じっていた。

「よし、高木君。直ちに現場へ向かうぞ! 応援を要請しろ!」

目暮警部が立ち上がり、高木刑事と共に事務所を飛び出した。

「おじさん。……警部。俺も、野次馬が集まる前に市役所の外周だけでも確認しに……」

圭人が言いかけると、小五郎が怒鳴り声を上げ、圭人の肩を強く掴んで引き止めた。

「馬鹿野郎! 止めろ!」

小五郎は真剣な眼差しで二人を睨み据えた。

「立てこもりかもしれねえ現場に、素人が首を突っ込むんじゃねえ! 警部殿たちに任せて、お前はここで大人しくしてろ!」

「でも、おじさん……!」

「いいか、これは命令だ! 蘭がいない間に、お前らに何かあったら俺が蘭に殺されちまうんだよ!」

その頑固なまでの制止に、圭人は一旦引き下がるしかなかった。

目暮警部たちがパトカーのサイレンを鳴らしながら走り去るのを見送り、小五郎が「……ったく、どいつもこいつも。俺は酒でも買ってきて仕切り直しだ」と独り言をこぼしながら、苛立った様子で事務所の奥へ消える。

「……行こうぜ、圭人。おっちゃんが戻ってくる前にな」

小五郎がいなくなった途端、コナンの表情から「江戸川コナン」の仮面が剥がれ落ちた。圭人は事務所の窓から、銀色の霧が漂い始めた市役所の方角を見据え、静かに応じた。

「ああ、分かってる。おじさんの言うことはもっともだけど、相手が『あいつら』なら、普通の警察じゃ手に負えない」

二人は音を立てずに事務所を抜け出し、階段を駆け下りる。

圭人は駐輪場のロードバイクに跨がり、コナンは足元のターボエンジン付きスケボーを蹴り出した。

並走しながら、コナンが風を切って問いかける。

「なあ、圭人。さっき灰原が言ってた『信号』だけどよ……。もし市役所が親機になって街のデータを書き換えてるんだとしたら、あいつらの目的は何だと思う?」

「……単なる侵略じゃない。この街そのものを、自分たちの都合のいいプログラムに作り変えるつもりか」

圭人はペダルを強く漕ぎ、苦々しく言葉を継いだ。

「記録と基盤を司る都市開発部を真っ先に狙ったのも、そのためだろうな。……だとしたら、今ごろ役所の中は……」

二人が市役所の正門付近に到着したとき、そこには既に物々しい警戒線が敷かれていた。だが、異様なのはその「静けさ」だ。

巨大な庁舎の全フロアの窓が、内側から銀色の膜のようなもので覆われ、太陽の光を不味そうに反射している。

「……おい、見ろよ。警察官たちの動きが……」

圭人が指差した先。警戒線を守っているはずの数人の巡査たちの動きが、ふとした瞬間に不自然に跳ねた。高木刑事が背後から不安げに肩を叩いても、彼らは瞬き一つせず、ただ庁舎の入口を虚ろに凝視している。

(……手遅れか。もう警察の包囲網の中にまで、あいつらのナノマシンが浸透してやがる!)

コナンの表情が険しくなる。

「正面からは無理だな。裏の非常階段から潜り込むぞ」

「ああ。ここからは光の戦士と探偵の出番だ」

二人は、赤色灯が虚しく回転する喧騒を背に、銀色の沈黙に包まれた市役所の影へと走り出した。

 

 

市役所内部

 

裏手から潜入した二人が目にしたのは、暗闇の中で響く異様なキーボードの打鍵音だった。数十人の職員たちが感情のない瞳でモニターに向かい、街のデータを書き換えている。

フロアの奥に立つ男が、首を奇妙な角度に曲げてこちらを向いた。

『……星野圭人。そして――工藤新一』

その瞬間、コナンの体が凍りついたように止まった。

「……っ!?」

眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほど大きく見開かれる。自分と灰原、そして圭人しか知らないはずのその名を、人智を超えた存在が事も無げに口にした。心臓の鼓動が耳元で跳ね、冷たい汗が背中を伝う。

「……オメーら、どこまで調べてやがる……!」

コナンが絞り出すような声で吐き捨てるが、男の背後から伸びた銀色の触手は、嘲笑うかのように脈打つだけだった。

『お前たちの存在も、間もなく『無』へと書き換えられるだろう。記録にないものは、この宇宙に存在しないも同義だ』

男の合図とともに、職員たちの皮膚が溶けるように消え、「のっぺらぼう」へと変貌して襲いかかる。

「圭人! ここは俺が食い止める! オメーは屋上だ!」

コナンが恐怖を振り払うように叫び、サッカーボールを蹴り出した。

「……無茶すんなよ、名探偵!」

「バーロ。それはこっちのセリフだ! 早く行け!」

背後で響く鋭い衝撃音を背に、圭人は非常階段を駆け上がった。

辿り着いた屋上には、銀色の結晶でできた巨大な「尖塔」がそそり立っていた。その根元から銀色の砂が渦を巻いて立ち上がり、巨大な鏡の騎士を形成する。

《……これ以上、好きにはさせない。この街は、俺たちが生きてる場所だ!》

圭人は天を仰ぎ、スパークレンスを力強く掲げた。

「ティガーーー!!」

黄金の輝きが、銀色の膜を突き破って米花町の空へと放たれた。

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